ドイツ議会で今週、アルメニア法案審議

ドイツ議会は、1915年のアルメニア人強制移住を「ジェノサイド」と位置付ける草案を用意し、これを来る木曜日に投票にかける。連立政権と緑の党が承認したこの法案は「アルメニア人とその他のキリスト教マイノリティに対しなされた101年前のジェノサイドの追悼」と題され、当時のドイツ帝国も共犯として責任を問われている。

 

 

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ドイツで連立を組むキリスト教民主同盟とキリスト教社会同盟(CDU/CSU)、社会民主党(SPD)と、野党の緑の党は、1915年事件について何カ月間も準備した法案を完成させた。4党の承認を得て木曜日に審議されるこの法案は、1915年事件を公式に「虐殺」と位置付け、アルメニア教徒だけでなく、オスマン朝でキリスト教徒のマイノリティであったネストリウス派、シリア正教徒、カルデア教会派も虐殺にあったと主張している。「101年前のアルメニア教徒と、その他のキリスト教のマイノリティに対するジェノサイドの追悼」と題される法案には、緑の党が以前議会に提出した原案よりもさらに多くの証言が記載されている。法案では当時の青年トルコ政府が、オスマン朝領内に住んでいたアルメニア教徒をほとんど根絶やしにした強調され、次のように述べられている。

 

 

オスマン朝のコンスタンティノポリス

 

「ドイツ議会は、オスマン朝において、アルメニア教徒とその他のキリスト教徒のマイノリティに対して、100年以上も前に始まった強制移住と虐殺の犠牲者の記憶に敬礼する。当時の青年トルコ政権の指示によって1915年4月24日、オスマン朝領内にいた100万を超えるアルメニア教徒への組織的な移住と殺害が始まった。彼らの運命は20世紀に起きた恐ろしい大量虐殺、民族浄化、強制移住とさらにはジェノサイドの例である。ドイツのオスマン朝にいた大使や領事が送った文書は、ドイツ外務省の書庫にある公文書は、組織的な殺人と強制移住について記している。ドイツ外務省はこれらの書類が保存されている書庫を何年も前に公開し、1998年にすべてをマイクロフィッシュに収めてアルメニアへ渡した。トルコもこれらの書類を要求した。」

 

 

ドイツ帝国の罪

 

法案では、当時のオスマン帝国の軍事同盟国であったドイツ帝国の役割を「恥ずべきもの」と断罪し、ドイツ議会はこれに大きな悲しみを覚えると強調している。オスマン帝国に滞在していたドイツの外交官たちは、アルメニア人に対する組織的な強制移住と殺害について、非常に詳しい情報を送っていたと主張し、「ドイツ帝国はこの人道的な犯罪を止めようとしなかった。ドイツ帝国はこの事件の共犯者である。ドイツ議会は、ドイツの特別な歴史的な責任を認めている」と述べられた。また、虐殺という言葉を、ドイツの学とで次の世代にこの事件を語り継ぐことになり、ドイツで暮らすトルコ人とアルメニア教徒を先祖とする人々の調和に貢献するだろうと述べている。

 

 

ポントス人(訳注:古くからアナトリアの黒海沿岸に住むギリシア正教徒)も申請

 

また、トルコの市民社会、科学、芸術と文化の面で、アルメニア教徒の虐殺とアルメニア教徒との平和に関する試みは増えているし、「ドイツ議会はこの試みを肯定的にとらえている。平和の基本は、歴史と真摯に向き合うことから始まる。二つの国民の和平は、100年前に起きた事件が全面的に明らかにされ、これを係争の種にしない形で光を当てることで可能になるだろう」と述べた。ドイツ議会が1915年事件を「ジェノサイド」と呼ぶ動きを受けて、ポントス人も自分たちがジェノサイドに遭ったことが認められるよう申請したことが分かった。

 

Hurriyet紙(2016年05月30日付)/ 翻訳:新井慧

 

■本記事は「日本語で読む世界のメディア」からの転載です。

 

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