2016.06.22

参院選、経済政策の観点から見た争点とは?——アベノミクスを中心に検討する

片岡剛士 応用計量経済学 / マクロ経済学 / 経済政策論

経済 #18歳からの選挙入門#経済政策#アベノミクス

6月22日公示、7月10日投開票の第24回参議院議員選挙。選挙権年齢が18歳以上に引き下げられてから最初の投票となります。シノドスでは「18歳からの選挙入門」と題して、今回初めて投票権を持つ高校生を対象に、経済、社会保障、教育、国際、労働など、さまざまな分野の専門家にポイントを解説していただく連載を始めます。本稿を参考に、改めて各党の公約・政策を検討いただければ幸いです。今回は経済政策の観点から、三菱UFJリサーチ&コンサルティングの片岡剛士氏にご寄稿をいただきました。(シノドス編集部)

安倍首相は6月1日に記者会見を行い、2017年10月から予定していた10%の消費税増税を2019年10月まで延期することを表明しました。首相は会見の中であわせて「アベノミクスをもっと加速するのか、それとも後戻りするのか、これが来る参議院選挙の最大の争点であります。」と述べています。以下では、首相が述べる「最大の争点」であるアベノミクスを中心に、与野党の政権公約資料を参考にしながら論点を整理してみることにしましょう。

経済政策の三つの手段とアベノミクスの是非

アベノミクスは金融政策、財政政策、成長戦略という三つの政策からなっていますが、昨年9月に安倍首相はアベノミクス第2ステージとして、新たな三つの政策――希望を生み出す強い経済(名目GDP600兆円の達成)、夢をつむぐ子育て支援(希望出生率1.8の実現)、安心につながる社会保障(介護離職者ゼロの実現)を打ち出しました。

経済政策、ないしアベノミクスを考える際には、こうした様々な政策を場合分けしてみると見通しが良くなります。

経済政策は、大きく、「経済安定化政策」、「成長政策」、「所得再分配政策」の三つに分けることができます。

経済は好景気と不景気という形で循環しながら推移していますが、バブル景気といった形で景気が過熱し、かつ長期化すると、その反動として生じる不況は深刻化・長期化する可能性が高まります。「経済安定化政策」とは、財政政策や金融政策を用いることで景気の波を安定化させ、程々の好景気を維持し続けることを目的としています。

そして「成長政策」というのは、経済安定化政策とは異なり、活発な経済活動の障害となり得る各種規制の撤廃や効率化を進めることで、一定の資源でより多くの財やサービスを生み出すことができる状態、つまり生産性を高めることを目指す政策です。

さらに「所得再分配政策」とは、税や社会保障といった手段を通じて社会の公平度を高め、全ての国民が最低限の生活を送れるような基盤を提供しようとする政策です。

こう整理してみると、「アベノミクス」として掲げられていた、金融政策、財政政策、成長戦略というのは、景気を安定化させる「経済安定化政策」と生産性を高める「成長政策」に分類することができます。

では、「アベノミクス第二ステージ」はどう考えれば良いのでしょうか。希望を生み出す強い経済(名目GDP600兆円の達成)という新たな目標は、従来、「アベノミクス」として掲げられていた金融政策、財政政策、成長戦略の三つを用いて、現在500兆円程度である名目GDPを2020年ごろには600兆円まで高めることを意味します。

そして、夢をつむぐ子育て支援(希望出生率1.8の実現)、安心につながる社会保障(介護離職者ゼロの実現)といったアベノミクス第二ステージの残りの二つの目標は、政府が子育て支援や社会保障の充実といった所得再分配政策を採用したとみることができます。つまり、アベノミクスからアベノミクス第二ステージへと移ることで、政府の経済政策は経済安定化政策と成長政策といった成長重視の姿勢に加えて、所得再分配の充実を図ろうとしているということになります。

図表1は自民党「政策パンフレット2016」(https://jimin.ncss.nifty.com/pdf/pamphlet/20160608_pamphlet.pdf)から自民党の主な経済政策を抜粋したものです。

kataoka01  

図表1からは、金融政策、財政政策、成長戦略の三つを通じて成長を実現するとともに、成長による成果(所得増)を子育てや介護に分配し、それらの恩恵を受ける人々の所得を増やし、それを更なる成長につなげていく仕組みを構築するとされています。つまり成長→分配→成長……の循環を実現していこうというわけです。

一方、民進党はこうした自民党の政策とは違う路線を志向しています。図表2は民進党「民進党の重点政策:国民との約束」(https://www.minshin.or.jp/article/109344)から主な経済政策をまとめたものです。

kataoka02

民進党の資料をみていくと、『公正な再分配を実践し、日本の潜在能力を引き出すために、「人への投資」「働き方革命」「成長戦略」を実行していくこと、これが民進党の経済政策です。』という指摘があります。アベノミクスを進めることで成長を達成して、その果実を分配という形で還元して、分配から成長への好循環を作っていくというのが自民党の主張である一方で、アベノミクスは失敗であるから、まず分配を進めて、日本の潜在能力を引き出すために政策を行うというのが民進党の主張です。

それぞれの政策路線を判断するポイントはどこでしょうか。自民党の場合は、アベノミクスをこのまま進めることで成長を達成することが可能なのかということでしょう。これはアベノミクスが失敗であるという民進党の主張の是非にかかわります。そして単に分配を進めるという民進党の主張は、分配のための資金源が調達できなければ、誰かの所得を取り上げて他の誰かに分配するという「椅子取りゲーム」につながってしまいます。どちらの主張がより妥当性を有するのか、という点が経済政策の観点からみた争点の一つと言えるでしょう。

日本経済の状況をどう見たら良いのか

さて以下では、筆者の私見を交えながら、アベノミクスは失敗なのかという点についてみていきたいと思います。図表3は2013年度から2015年度までのわが国の実質GDP成長率と、GDPに含まれる各項目(消費、投資、政府支出、在庫、輸出入)が実質GDP成長率にどの程度影響したのかを寄与度の形で示したものです。

図表3 わが国の実質GDP成長率と各項目の寄与度
図表3 わが国の実質GDP成長率と各項目の寄与度

まず実質GDP成長率に着目しましょう。2013年度はプラス2.0%と堅調な伸びを示しましたが、2014年度はマイナス0.9%と落ち込んで、2015年度はプラス0.8%という結果に終わっています。2015年度はマイナス成長からやや持ち直したものの、その伸びは落ち込みと比較して緩やかな形で終わっており、2013年度のプラス成長の後、日本経済は一進一退の状況にあるといえます。

2013年度のプラス2.0%成長の背景には何がどの程度影響を及ぼしたのでしょうか。民間最終消費支出から輸入までの寄与度を見ていくと、民間最終消費支出の寄与度がプラス1.4%、輸出の寄与度がプラス0.7%、公的固定資本形成(公共投資)の寄与度がプラス0.5%となっており、2013年度の日本経済は民間消費主導で成長したことがわかります。

そして輸出の寄与度が比較的大きいのはアベノミクス第一の矢として行われた金融緩和政策による円安が影響したからでしょう。公的固定資本形成の寄与度が高まったのは、アベノミクス第二の矢として行われた経済対策によります。

確かにアベノミクス第一の矢として行われた金融緩和、第二の矢として行われた財政支出拡大は、主に民間消費の拡大に作用することで総需要不足を改善させましたが、民間企業設備(設備投資)の力強い増加にはつながっておらず、景気回復は脆弱な動きに留まっています。

こうした中、2014年に入ると日本経済はマイナス成長に陥りました。図表3をみると、マイナス成長には民間最終消費支出(寄与度マイナス1.7%)、民間住宅投資(寄与度マイナス0.4%)の落ち込みが大きく作用したことがわかります。民間消費や住宅投資の落ち込みの主因は2014年4月以降に行われた消費税増税です。輸出の寄与度はプラス1.3%と大きく増加しましたが、民間企業設備(設備投資)の動きは振るわず、公的固定資本形成も低下となりました。

先に述べたとおり、2015年度はプラス成長となったものの、2014年度の落ち込みからのリバウンド以上の成長には至りませんでした。民間消費支出の寄与度はわずかにマイナスとなっており、これは民間消費の低迷が未だ続いていることを意味します。住宅投資もようやく増加に転じた状況であり、民間企業設備の動きも鈍い。さらに世界経済を牽引してきた中国など新興国経済の成長率が鈍化し、英国のEU離脱や米FRBの利上げといったリスク要因が顕在化する中で輸出の伸びも大きく鈍化しました。

こうした点からすれば、民進党が述べるとおり、アベノミクスは成果を上げておらず失敗であるという見方も可能かもしれません。ただし2014年度のGDP成長率がマイナスとなったのは2013年度の成長の牽引役であった民間消費の大幅な落ち込みが原因であること、さらに消費税増税を行った2014年4月以降、民間消費の停滞が続いている事実を考慮に入れると、アベノミクスが十分な成果を上げていないのは、回復の途中段階で早すぎる消費税増税に踏み込んだことが原因であるとも考えられます。

2016年度の日本経済は、これまで比較的堅調であった海外経済のリスク要因が顕在化しつつある中で、弱々しい内需を立て直すことが課題です。弱々しい内需を立て直すための具体策があるのか否か、あるとすれば日本経済の現状を踏まえた場合に提案されている具体策が実効性のあるものなのか否かという観点から各党の経済政策を判断する必要があるでしょう。

プロフィール

片岡剛士応用計量経済学 / マクロ経済学 / 経済政策論

1972年愛知県生まれ。1996年三和総合研究所(現三菱UFJリサーチ&コンサルティング)入社。2001年慶應義塾大学大学院商学研究科修士課程(計量経済学専攻)修了。現在三菱UFJリサーチ&コンサルティング経済政策部上席主任研究員。早稲田大学経済学研究科非常勤講師(2012年度~)。専門は応用計量経済学、マクロ経済学、経済政策論。著作に、『日本の「失われた20年」-デフレを超える経済政策に向けて』(藤原書店、2010年2月、第4回河上肇賞本賞受賞、第2回政策分析ネットワークシンクタンク賞受賞、単著)、「日本経済はなぜ浮上しないのか アベノミクス第2ステージへの論点」(幻冬舎)などがある。

この執筆者の記事