2013.03.13

ネット選挙運動が解禁されることで何が変わるのか ―― ネット選挙法Q&A

原田謙介 谷本晴樹

情報 #ネット選挙#選挙運動#Q&A

Q1 最近「ネット選挙法」という言葉をよく聞きますが、具体的にどのようなものですか?

じつは「ネット選挙法」といった類の法律はありません。日本の選挙については、「公職選挙法」という法律に、そのやり方や制限などが細かく定められていますが、インターネットは公職選挙法で配布が許されている「文書図画(ぶんしょとが)」のなかに含まれていないため、使用が制限されています。最近話題になっている「ネット選挙解禁」とは、この点を改め、インターネットを選挙でも使えるように、公職選挙法を改正することを言います。

Q2 インターネットを選挙で使えるようになると、何ができるようになるのでしょうか?

インターネットを使った「選挙運動」ができるようになります。「選挙運動」とは特定の選挙において、特定の候補者の当選を目的として行う運動のことです。これまで、公示日(地方選挙の場合、告示日)から投票日の前日までの選挙期間は、インターネットを使った選挙運動は禁止されていましたが、解禁によって、選挙運動でウェブもソーシャルメディアも使えるようになります。メールについては、執筆時点(2月26日)では、候補者と政党にだけ送信を認めるか(与党案)、有権者にも送信を認めるか(野党案)で対立があります。

与野党間で現時点で合意している点を、具体例で説明すると、下記のようなネット選挙運動ができるようになります。

・候補者がブログやソーシャルメディアで、支持を訴える。

・有権者がtwitterで、特定の候補者への投票を求める投稿をする。

・演説をUstream中継する。

・候補者や政党が投票を求めるメールを送信する。

・政党がバナー広告を掲載する。

Q3 現在の選挙運動ではどんな活動が認められているのですか? また、何が禁止されているのでしょうか?

公職選挙法は「べからず法」とも呼ばれるぐらい、選挙のやり方を制限しています。「ほとんど禁止だけど、例外的にいつかの方法だけ許される」と考えた方が良いでしょう。

選挙運動は「文書図画による選挙運動」と「言論による選挙運動」があります。文書図画については、頒布(はんぷ:不特定多数に配ること)が許されているものは、葉書、ビラ、政策についてのパンフレットに限られています。しかも葉書、ビラについては枚数まで細かく定められています。たとえば衆議院の小選挙区では、ハガキは3万5千枚、ビラについては7万枚、候補者は使用することができます。ただし、認められる手段を行うのであれば、手厚い公費による補助が受けられます。法定ハガキは無料で送ることができ、ビラについても製作費の補助が出ます。ただし、一枚一枚に選挙管理委員会の発行する証紙を貼らなければならないので、大変な作業です。

掲示が許される文書図画は、ポスターだけです。こちらも掲示できる場所と枚数が限られていて、公費負担制度があります。

「言論による選挙運動」については、街頭演説、演説会、選挙運動用自動車(いわゆる選挙カー)、政見放送の使用に限られています。戸別訪問は認められていませんし、演説の場所も時間も、限られています。こちらにも公費負担制度があり、選挙カーについていうと、自動車レンタル代からガソリン代、運転手代まで出ます。

ただし、自由にできる選挙運動もあります。それは電話による投票依頼です。日中家にいると、投票依頼の電話が頻繁にかかってくるのはこのためです。

Q4 現在認められている選挙運動のみでは何が問題なのでしょうか?

公職選挙法は、昭和25年につくられた法律であり、その時点から大きく見直されていないため、有権者の生活スタイルに必ずしも対応できていません。とくに、日中自宅にいないサラリーマンが、候補者の情報を得る手段は、非常に限られています。現在の公職選挙法は、公正な選挙に重きを置きすぎ、有権者の利便性という視点に欠けていると言わざるをえません。型どおりのハガキやビラ、あるいは連呼といった現在の選挙運動では、本当に有権者が知りたい情報について聞いたり、いま起こっている身近な問題について、候補者の意見を比べたりすることは難しいはずです。

選挙運動に多くの人々が不満を抱いているはずです。にもかかわらず、そうした選挙手法が多額の公費により支えられているのです。

Q5 ネット選挙運動が解禁されることによるメリットは何ですか?

最大のメリットは、有権者と候補者が選挙期間中も直接、双方向にコミュニケーションを取ることができることです。これまでは直接会うか、もしくはメディアを介してでしか、有権者と候補者はつながることができませんでした。時間・場所の制約は大きく、とくに地方議会議員選挙のように、メディアにあまり情報が出ていない選挙になると、有権者にとってはなかなか候補者の詳しい情報が得られず、候補者にとっては自らの政策・想いを有権者に伝えにくい状況がありました。

ネット選挙運動が解禁されることで、有権者は選挙期間中でも、候補者がどのような選挙運動をしているのか知り、ウェブサイトやSNSを通じて直接メッセージを受け取ることができます、また、候補者に質問や疑問を投げかけることが可能となるのです。候補者も、有権者のニーズや想いを収集することができます。

選挙期間は、有権者がもっとも選挙に関心を向ける時期のひとつです。この時期に、ネットを通じて、有権者と候補者、あるいは友人同士が気軽に議論する環境ができることで、人々の政治に対する関心を高め、有権者の足を投票所に向けさせることにつながるかもしれません。

ネットは「使い方」次第です。すでに地盤・看板・カバンという「三バン」がなくても、ネットを巧みに使って、当選する若い議員も出てきました。ネットを使って情報を発信することは、それだけ候補者や議員の「情報発信力」あるいは「コミュニケーション力」を磨くことにもつながります。いままで後援会を通じてしか顔を向けてこなかった政治家の行動も変えていくことになるかもしれません。

候補者本人にとっても大きなメリットがあります。たとえば選挙期間中に、マスメディアで事実と異なる報道がされてしまったら、ネットが使えないいまの状況だと、候補者はこれに対抗しうる反論の手段を持っていませんでした。ネットであろうがなかろうが、根も葉もない誹謗中傷が飛び交うことは選挙期間中、日常茶飯事です。そんなとき候補者にとってネット、とくにソーシャルメディアは大きな反論の手段となるはずです。

また、ネット選挙が解禁されようがされまいが、もうすでに、政治家の「なりすまし」のアカウントもあるし、巨大掲示板には根も葉もないことも書かれていることもあるでしょう。今回のネット選挙解禁法案によって、なりすましや誹謗中傷に対しては、罰則を含む対策が取られることになります。掲示板にかかれた誹謗中傷も、これまでより迅速に削除がされやすくなります。

Q6 ネット選挙運動が解禁されることによるデメリット、危惧される点はありますか?

今回のネット選挙解禁は、「何でもネットでやっていい」ということにはなりません。たとえば与党案では、有権者が選挙運動用のメールを送信できないことになっています。このまま与党案の通り改正された場合、有権者がメールで「この候補者に投票して!」と気軽に書いて送ってしまうと、公職選挙法違反になってしまうことに注意が必要です。

候補者の方も注意が必要です。今回の解禁案では、政見放送などについての規定は変わるわけではありません。したがって、政見放送をどんどんyoutubeなどの動画サービスに流してしまうと、公職選挙法違反に問われる可能性があります。

よくデメリットというと、誹謗中傷やなりすましがあげられますが、現在の状況よりはだいぶ「マシ」になるでしょう。というのは、現在の公職選挙法は、これらに対し明確な罰則規定を置いておらず、事実上の無法地帯でした。掲示板などで誹謗中傷が書かれても、これまでより迅速に削除がなされる可能性が高くなりました。

もっとも問題になるのは、候補者や政党の名を騙って、ウィルスメールなどを送りつける悪い人間が出てくる可能性です。また、どれほど候補者や政党がメールを出すかわかりませんが、ひょっとすると毎日メールが届いて辟易するという事態も起こるかもしれません。

Q7 これらのデメリットの解決策はあるのでしょうか?

まず、今回の解禁は全面解禁ではなく制約があるということについて、有権者も候補者もきちんと知ることが必要です。メールについては、メールアドレスを知らせた覚えがないのに候補者からメールが来たら、開かず捨てるべきでしょう。メールは拒否する人に送ってはいけないことになっています。身に覚えがない場合、あるいは量が多すぎて辟易したら、候補者に連絡して送らない旨を伝える必要があります。

Q8 外国では、ネット選挙運動に対してどう捉えられているのですか?

主要先進国で、インターネットを用いた選挙運動を制限している先進国はほとんどありません。基本的には規制がなく自由に行うことができます。とくにアメリカでは、選挙になるとウェブを積極的に利用しています。昨年2012年の大統領選挙においても、オバマ・ロムニー両陣営が、ソーシャルメディアを積極的に使用して日本でもニュースとなりました。

特徴的なのは、インターネット献金への動線が多く、小口の政治献金を多く集めたことです。民間でも、Twitter社が日々ツイートを解析し、両候補者への評価を数値化して示す、「Twitter Political Index」という企画を行なうなど、インターネットを通じて、さまざまな角度から選挙が分析され、有権者・候補者の判断に役立てられています。

おとなりの韓国では、2012年の大統領選挙から候補者だけでなく、一般の人もインターネット・SNSをつかっての選挙運動が可能となりました。インターネット広告については候補者のみが認められています。また、誹謗中傷の違法行為を監視するための機関を設置しています。

Q9 候補者はどのようにネットを活用していけばよいのでしょうか?

基本的には、普段有権者と接するのと変わらない態度が求められると思います。画面の向こうに一人の有権者がいるという想像力をきちんと持つことが重要です。つまり一人の有権者と直に向き合うように、自分の政策や人柄について伝える努力をすべきです。一人の有権者と会話するとき、一方的に自分の話ばかりするでしょうか? きちんと有権者の話や要望も聞くはずです。同じように、ソーシャルメディアを通じて有権者と「会話」を心がけるべきです。

そして候補者と有権者がどのようにコミュニケーションをしているかは、すべての有権者にみられています。「コミュニケーションをしない」ということもまた、有権者の判断材料になることを肝に銘じることが必要でしょう。情報発信力とコミュニケーションに長けた候補者が、有権者との距離を縮め、共感の連鎖を呼び、支持を集めることになると思います。

また、情報を積極的に公開することで、たまたま近くにいる有権者の目に止まり、リアルのつながりを生むかもしれません。ですので、ネットでの日々の選挙運動の予定、候補者の移動スケジュール、街頭演説の予定などを載せることが有効でしょう。予定だけでなく、街頭演説の動画配信など、ネットを通じて様々な表現、手法を通じて政策と人柄を訴えていくことが求められていくと思います、

そして、危機管理の意識が重要となるでしょう。ネットやメディアで自分がどのように言及されているのか、日ごろからチェックする必要があります。必要に応じて反論し、選挙管理委員会へ報告し、サービス・プロバイダーへの誹謗中傷に対する削除要請などをしていく必要があるでしょう。選挙期間は非常に短いですので、放っておくと根も葉もない誹謗中傷・噂が独り歩きして、気が付いたときには選挙終了後、という悲惨なことにならないように気をつけなければなりません。

Q10 選挙の際に、国民はどのようにネットを活用していけばよいのでしょうか?

特別に身構えず、普段通りのネットの関わり方を政治に対してもすればいいのではないかと思います。選挙期間になって、なんとなく政治に関心が出てきたならば、地元の立候補者を調べたり、ソーシャルメディアでフォローしてみてもいいでしょう。そして、自分が気になる問題について、ソーシャルメディアを通じて、政治家に気軽に質問や意見を言ってみたらよいのではないでしょうか。

必ず返信が来るわけではないですが、「返事が来ない」ということも含めて、有益な判断材料になると思います。そして自分が良いと思う候補者の政策や発言があるならば、応援してみてもいいと思います。とかくネガティブな批判ばかりが横溢するのが政治に対する言説ですが、あなたのちょっとした応援が、支持する政策・候補者への支援の輪を広げるきっかけとなるかもしれません。

そしてできるならば、ひとつの情報源を鵜呑みにせず、さまざまな情報源から情報を取るようにしてください。ネット選挙解禁で、これからは有権者の情報リテラシーも本格的に問われる時代となりそうです。

プロフィール

谷本晴樹(一財)尾崎行雄記念財団客員研究員

「One Voice Campaign」発起人。(一財)尾崎行雄記念財団客員研究員。インターネットと政治、平和論、政治倫理など幅広く研究している。主な著書に『統治を創造する』『グローバリゼーション再審』(ともに共著)など。

この執筆者の記事

原田謙介NPO法人YouthCreate代表

NPO法人YouthCreate代表。「One Voice Campaign」発起人。内閣府子ども・若者育成支援推進点検・評価会議委員。東大在学時の2008年、「20代の投票率向上」を目指し学生団体「ivote」を結成。議員と学生との飲み会を行う「居酒屋ivote」、メールを活用した「ivoteメールプロジェクト」、全国18箇所で開催「20代の夏政り」等を行う。大学卒業後は政治と若者をつなぐ」をコンセプトにさまざまな活動をおこなっている。

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