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		<title>epub</title>
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		<pubDate>Mon, 28 Nov 2011 09:26:49 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[epub]]></category>

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		<description><![CDATA[
α-Synodos　epub版サンプルの読み方
（iPhone＆iPadの場合）
 １．お使いのiPhone（iPad）にて、左の「α-Synodos sample」画像をタップする。
 ２．「“iBooks”で開く」をタップすると、iBooksでepub版サンプルが起動します。
　※ iBooksアプリがインストールされている必要があります。インストールされていなければAppstoreからダウンロードをお願いします。
 ３．Android端末やPCでの読み方、詳しい機能などについては【こちら】をご覧ください。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
<strong>α-Synodos　epub版サンプルの読み方<br />
（iPhone＆iPadの場合）</strong><br />
 １．お使いのiPhone（iPad）にて、左の「α-Synodos sample」画像をタップする。<br />
 ２．「“iBooks”で開く」をタップすると、iBooksでepub版サンプルが起動します。<br />
　※ iBooksアプリがインストールされている必要があります。インストールされていなければAppstoreからダウンロードをお願いします。<br />
 ３．Android端末やPCでの読み方、詳しい機能などについては<a href="http://synodos.livedoor.biz/archives/1861348.html"><strong>【こちら】</strong></a>をご覧ください。</p>
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		<title>58.大野更紗「社会モデルへのパラダイム転換 &#8211; コミュニケーション不全から脱却するために」</title>
		<link>http://synodos.jp/seminar/seminar2011/1818</link>
		<comments>http://synodos.jp/seminar/seminar2011/1818#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 04 Nov 2011 02:01:50 +0000</pubDate>
		<dc:creator>SYNODOS</dc:creator>
				<category><![CDATA[seminar2011]]></category>

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		<description><![CDATA[
今日の日本社会が抱える広範な課題は、3月11日に突然出現したものではない。戦後の日本社会システムがその生成時点から抱え続けてきた慢性的機能不全が、震災という大きなショックを契機に、わたしたちの目前に露出し突きつけられている。

震災後の議論、特に人の生存権や社会権に抵触する領域について、具体的な対策を議論をしようとするとき、わたしたちはコミュニケーション不全に陥る。最低限の「共通言語」の概念の共有すらなされていないのが、今日の日本の言論の現実である。共通言語の不在は、各分野の論者による政策論連携の阻害要因ともなっている。日本社会のシステムがそうであるように、ディシプリンや言説も「タテ割り」の傾向がいまだ強い。

超高齢化という未知の人口変動やグローバリゼーションの進行、情報の不確実性や認識エラーの発生は、避けがたい自明の現実である。エラーの連鎖は、ときに紛争と化し、「不毛な議論」への対応に論者たちはエネルギーを割かなくてはならなくなる。かつて「全知全能」の神々であった言論は、万能性がその代償に孕む脆弱性にさらされている。他者のエラーや失敗を容認するためのパラダイム転換なくして、「わからないことが多い」時代の言論は協働しえない。

常に変化してゆく現実の動態に柔軟に向き合い、建設的な議論をしてゆくために。いかにして互いのコミュニケーション不全から脱却し、パラダイム変換を果たせるか。参加者の方々と、人のQOL（生活の質）を確保する「臨床の武器」たる共通言語を、ともにこの場でもつことができればと思う。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
今日の日本社会が抱える広範な課題は、3月11日に突然出現したものではない。戦後の日本社会システムがその生成時点から抱え続けてきた慢性的機能不全が、震災という大きなショックを契機に、わたしたちの目前に露出し突きつけられている。<br />
<br />
震災後の議論、特に人の生存権や社会権に抵触する領域について、具体的な対策を議論をしようとするとき、わたしたちはコミュニケーション不全に陥る。最低限の「共通言語」の概念の共有すらなされていないのが、今日の日本の言論の現実である。共通言語の不在は、各分野の論者による政策論連携の阻害要因ともなっている。日本社会のシステムがそうであるように、ディシプリンや言説も「タテ割り」の傾向がいまだ強い。<br />
<br />
超高齢化という未知の人口変動やグローバリゼーションの進行、情報の不確実性や認識エラーの発生は、避けがたい自明の現実である。エラーの連鎖は、ときに紛争と化し、「不毛な議論」への対応に論者たちはエネルギーを割かなくてはならなくなる。かつて「全知全能」の神々であった言論は、万能性がその代償に孕む脆弱性にさらされている。他者のエラーや失敗を容認するためのパラダイム転換なくして、「わからないことが多い」時代の言論は協働しえない。<br />
<br />
常に変化してゆく現実の動態に柔軟に向き合い、建設的な議論をしてゆくために。いかにして互いのコミュニケーション不全から脱却し、パラダイム変換を果たせるか。参加者の方々と、人のQOL（生活の質）を確保する「臨床の武器」たる共通言語を、ともにこの場でもつことができればと思う。</p>
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		<title>57.猪飼周平「超高齢社会の先にある未来について ―― 病院の世紀の理論からの視座」</title>
		<link>http://synodos.jp/seminar/seminar2011/1799</link>
		<comments>http://synodos.jp/seminar/seminar2011/1799#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 04 Oct 2011 06:09:04 +0000</pubDate>
		<dc:creator>SYNODOS</dc:creator>
				<category><![CDATA[seminar2011]]></category>

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		<description><![CDATA[
近年の社会保障改革その他の広義の福祉政策についての議論は、そのほとんどが「いかにして超高齢社会を乗り切るか」に焦点をおいてきた。また、専門家も一般国民もそのような福祉政策のアジェンダ設定を当然のこととして受け止めてきた。

もちろん、日本の人口高齢化の進行が、日本の社会・経済・文化に深刻な影響を与えてきていること、これから数十年の間はこの影響と日本社会が向き合わなければならないこと自体は疑いの余地がない。だが、高齢社会を乗り切ることそれ自体は、日本社会の未来をつくり上げる行為そのものでないということには注意が必要である。その意味では、日本の福祉政策が高齢社会対応に専心すればするほど、わたしたちは日本社会の未来の展望から遠ざかることになるのである。

筆者が昨年上梓した『病院の世紀の理論』は、直接的にはヘルスケア政策に関する歴史社会学的研究であるが、従来近視眼的な性格を有してきた政治・行政的思考の限界をこえた長期的政策展望の生み出し方についての研究でもある。セミナーでは、筆者の研究のあらましを紹介した上で、長期的政策の可能性について参加者と議論を深めることができればと思う。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
近年の社会保障改革その他の広義の福祉政策についての議論は、そのほとんどが「いかにして超高齢社会を乗り切るか」に焦点をおいてきた。また、専門家も一般国民もそのような福祉政策のアジェンダ設定を当然のこととして受け止めてきた。<br />
<br />
もちろん、日本の人口高齢化の進行が、日本の社会・経済・文化に深刻な影響を与えてきていること、これから数十年の間はこの影響と日本社会が向き合わなければならないこと自体は疑いの余地がない。だが、高齢社会を乗り切ることそれ自体は、日本社会の未来をつくり上げる行為そのものでないということには注意が必要である。その意味では、日本の福祉政策が高齢社会対応に専心すればするほど、わたしたちは日本社会の未来の展望から遠ざかることになるのである。<br />
<br />
筆者が昨年上梓した『病院の世紀の理論』は、直接的にはヘルスケア政策に関する歴史社会学的研究であるが、従来近視眼的な性格を有してきた政治・行政的思考の限界をこえた長期的政策展望の生み出し方についての研究でもある。セミナーでは、筆者の研究のあらましを紹介した上で、長期的政策の可能性について参加者と議論を深めることができればと思う。</p>
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		</item>
		<item>
		<title>『もうダマされないための「科学」講義』</title>
		<link>http://synodos.jp/publishing/synodos-readings/1771</link>
		<comments>http://synodos.jp/publishing/synodos-readings/1771#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 13 Sep 2011 02:31:53 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[side_book]]></category>
		<category><![CDATA[synodos-readings]]></category>

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		<description><![CDATA[
ようこそシノドスへ！　マネージング・ディレクターの飯田泰之です。

シノドスは〈アカデミック・ジャーナリズム〉を旗印に、専門性・職業の垣根を越えた有志が集まる「場所」です。

研究者は、それが先端的な研究者であればあるほどに、狭い業界内の興味・関心のみにとどまりがちです。そして、メディアも難解な学者先生のお話を敬遠しがちであるため、アカデミックな知識の普及は遅々として進みません。シノドスは研究者、評論家・ジャーナリスト、出版関係者が相互に顔の見える形で質問をぶつけ合い、時に議論をすることで、アカデミズムとメディア・ジャーナリズムのよりよい関係構築と情報交換を目指しています。
＞ 続きを読む
これまでもシノドスでは、先端的な研究業績をわかりやすく伝えるセミナー・出版を手がけてきました。そのなかの一つの試み――シノドス・リーディングス第４弾のテーマは「科学」です。

現代の思考や社会生活を、自然科学の知見抜きに語ることは不可能です。そのことをあらためて知らしめるきっかけとなったのが、東日本大震災、そしてその後の原発事故関連問題にほかなりません。メディアでは耳慣れない科学用語を含むニュースが連日報じられ、初めて耳にする単位の増減に全国民の注目がそそがれています。そのなかで、これまでともすると無批判に受容されてきた、「政府見解」「専門家の結論」への信頼が大きく揺らいだこともまた、今後の科学の社会的・政治的な役割を考える上で大きな事件と言えるでしょう。

科学に関する情報が必要とされる局面で、私たち門外漢はそのよりどころであった「政府見解」「専門家の結論」を失いつつあります。このような状況で頻発するのが、自称専門家や自称事情通による不確実な情報の氾濫です。震災直後には、パニックに陥ったさまざまな論者によって、基本的な科学上の誤りを含む情報が披露されたことは記憶に新しいところでしょう。なかには「非常時なのだから不確実な情報でも意味がある」と言って開き直る人さえ見かけることもありました。そして現在では、ごく意図的な形で、「放射線汚染に効く○○」といった科学的根拠の希薄な対策商品が流通し始めています。

現在もなお続く原発関連問題、そしてその他の科学的な妥当性判断を要する情報のすべてに対し、個々の専門分野に関する知識を持って臨むというのは、誰であっても時間的にも能力的にも不可能です。すると、私たちに必要な能力は、発信される情報の「科学性」「科学度」を認知するという点に集約されるのではないでしょうか。

科学と非科学（またはニセ科学・似非科学・疑似科学など）を区別するための基準は「線引き問題（Demarcation Problem）」と呼ばれ、科学哲学のフィールドで長く議論され続けてきましたが、まだ決着はついていません。そこで、本書各章では、そこで提起される課題の緩和に資するような線引き問題への暫定的な解答が語られるとともに、「線引き」という問題設定そのものが内包する問題点への言及が行われます。

１章「科学と科学ではないもの」（菊池誠）は表題の通り、線引き問題を強く意識した内容になっています。とはいえ、科学哲学史上の大論争への最終回答が提示されるわけではありません。本章では「多くの科学者が科学だと思っているのがたぶん科学だ」という出発点から、豊富なケーススタディとともに、ニセ科学――意図的に科学を装う非科学の識別が論じられます。

菊池氏は統計物理学を専攻する科学者であり、提示される基準は明快かつ現実的、そして身も蓋もないものです。しかし、線引き問題の未決着が、ニセ科学に「科学と非科学に明確な区別がないのだから否定はできない」という、極端な相対主義に基づく弁解の余地を残している現状では、このような割り切った定義づけが重要な役割を果たすことになるでしょう。あえて「多くの科学者」という、ある意味曖昧な境界設定から出発することで、「線」ではなく「（科学度の）グラデーション」としての科学とニセ科学の区別を考えることが可能となるのです。

科学と非科学に関してグラデーションを持った識別が可能であるとしても、そこには大きな問題がつきまといます。それが非科学と未科学・準科学の違いです。現時点ではその原理が解明されていないため、ハードな科学的知見とは見なされていないものの、将来の研究動向次第で科学的知見となる可能性の高いもの、または知識の体系化は行われていないが経験的にその有効性が高いと知られている知見を、一概に非科学として切り捨てることはできません。

２章「科学の拡大と科学哲学の使い道」（伊勢田哲治）は、科学が実際の問題解決のツールとして用いられる場合、それは時として狭義の科学の領域から逸脱せざるを得ないことがあると指摘します。伝統的な科学哲学は、天文学や理論物理学といった純粋科学（モード１科学）を中心的なフィールドとしてきました。しかしながら、私たちが日々直面し、その解決に科学的知見の利用が欠かせない問題の多くは、科学のみで解決がつくとは限りません。学際的な分析が必要となったとき、モード１科学の基準を墨守することは、かえって効率的ではないこともあるのです。

このような実利的な局面では、蓄積された経験や現場勘から導かれる「ローカルな知」の包摂（モード２科学）の重要性が増大します。拡大された科学、モード２科学において科学と非科学はどのように区別できるのでしょう。長年にわたり線引き問題研究を続けてきた科学哲学者である伊勢田氏の提案する科学の定義は、情報識別において大きな有用性を持つと思われます。

その一方で、科学者や科学哲学者が、いかに科学的な知見の重要性を唱え、科学と非科学の区別方法を提示しても、それが社会に流通するとは限りません。メディアでは根拠が明確でない、時に明確に誤った情報が流通され続けています。その理由の一つが「人は〝自分が信じたいと思うこと〟を信じる」という心理的特性にあると考えられます。そしてメディアは視聴者・読者なしには成り立ちません。需要が供給を誘発するという構造のなかで、メディアに求められる科学報道の姿勢とは何なのでしょう。

３章「報道はどのように科学をゆがめるのか」（松永和紀）は、全国紙の記者としての経験から語られるメディアの科学論です。第一に指摘されるのが、科学的な専門知が必要とされているにもかかわらず、それがおろそかになりがちな食品・健康に関する報道の問題点です。食の安全をめぐる問題は、まさに２章で議論されたモード２科学の領域と言えるでしょう。そして、関連領域が多岐にわたればわたるほど、記者・読者の無理解は非科学的な情報流通を誘発することになります。

松永氏が指摘する自然信仰やゼロリスク幻想は自然科学に限らず、政策決定や日々のビジネスシーンにおいても大きな足かせになっています。自然（または自然っぽいこと）がなんら安全を証するものでないことは言を俟ちません。また、リスクの存在を明示することは誠実な姿勢ですが、そのリスク明示によって、（不誠実にも）リスクを隠して提案される案件のほうが好まれるならば本末転倒でしょう。

科学にも例外や誤りがないとは言えません。その一方で、少しでもリスクがあるならばまったく考慮に値しないという姿勢では、科学的知見の利用・活用はいっこうに進みません。この両者の板挟みのなかで、科学者・ジャーナリストは今まで以上に高度なコミュニケーションを求められるようになっています。

４章「３・11以降の科学技術コミュニケーションの課題」（平川秀幸）は、原発事故が引き起こした科学者集団への、ひいては科学的知見への信頼の危機をテーマに、科学からの情報発信のあり方について論じています。

なかでも注目すべきは、これまで科学からの情報発信が想定してきた「欠如モデル」の問題点でしょう。「科学技術への不安や抵抗感を感じるのは科学知識が足りないから」という考え方は、現実からは少なからず逸れているといってよい。「理由はともあれ遺伝子組換え作物（または原発・科学物質等）はいやなんだ」という感情は重視されるべきであるし、それに対する科学からの働きかけは、啓蒙ではなく対話であるはずです。

問題が現実的で、ビジネスや人々の生活に密着しているものであればあるほど、科学、または論理だけでは解決がつかないことが多い。科学的に問うことはできるけれど、科学では答えを出せないトランスサイエンス的問題にどのように立ち向かっていくのか。そして、トランスサイエンス的問題における科学的な姿勢とは何か。これらを考えることが、今後の科学コミュニケーションの鍵を握っているのかもしれません。

「線引き問題」から始まり、その伝達方法に至る各章の論考に対し、東日本大震災と東京電力福島第一原発の事故は不幸な、しかし最適な事例を提供してくれています。

付録「放射性物質をめぐるあやしい情報と不安に付け込む人たち」（片瀬久美子）では、今次災害におけるデマ、虚偽情報、ニセ科学商品の実例を整理することを通じ、本書の議論の有効性・有用性を確認することができるでしょう。まずは付録を読むことで問題の重要性を知り、本編でその対応策を考え、そして再び付録を読むことで、本書をより有効に活用できるのではないかと思います。

これまでシノドスが編集・出版してきた書籍のテーマは、スタッフの専門性から、人文科学・社会科学にとどまりがちでした。従来のテーマ設定の殻を破る試みとして、『もうダマされないための「科学」講義』をここにお届けします。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
ようこそシノドスへ！　マネージング・ディレクターの飯田泰之です。<br />
<br />
シノドスは〈アカデミック・ジャーナリズム〉を旗印に、専門性・職業の垣根を越えた有志が集まる「場所」です。<br />
<br />
研究者は、それが先端的な研究者であればあるほどに、狭い業界内の興味・関心のみにとどまりがちです。そして、メディアも難解な学者先生のお話を敬遠しがちであるため、アカデミックな知識の普及は遅々として進みません。シノドスは研究者、評論家・ジャーナリスト、出版関係者が相互に顔の見える形で質問をぶつけ合い、時に議論をすることで、アカデミズムとメディア・ジャーナリズムのよりよい関係構築と情報交換を目指しています。<br />
<div class="slide red">＞ 続きを読む</div>
<div>これまでもシノドスでは、先端的な研究業績をわかりやすく伝えるセミナー・出版を手がけてきました。そのなかの一つの試み――シノドス・リーディングス第４弾のテーマは「科学」です。<br />
<br />
現代の思考や社会生活を、自然科学の知見抜きに語ることは不可能です。そのことをあらためて知らしめるきっかけとなったのが、東日本大震災、そしてその後の原発事故関連問題にほかなりません。メディアでは耳慣れない科学用語を含むニュースが連日報じられ、初めて耳にする単位の増減に全国民の注目がそそがれています。そのなかで、これまでともすると無批判に受容されてきた、「政府見解」「専門家の結論」への信頼が大きく揺らいだこともまた、今後の科学の社会的・政治的な役割を考える上で大きな事件と言えるでしょう。<br />
<br />
科学に関する情報が必要とされる局面で、私たち門外漢はそのよりどころであった「政府見解」「専門家の結論」を失いつつあります。このような状況で頻発するのが、自称専門家や自称事情通による不確実な情報の氾濫です。震災直後には、パニックに陥ったさまざまな論者によって、基本的な科学上の誤りを含む情報が披露されたことは記憶に新しいところでしょう。なかには「非常時なのだから不確実な情報でも意味がある」と言って開き直る人さえ見かけることもありました。そして現在では、ごく意図的な形で、「放射線汚染に効く○○」といった科学的根拠の希薄な対策商品が流通し始めています。<br />
<br />
現在もなお続く原発関連問題、そしてその他の科学的な妥当性判断を要する情報のすべてに対し、個々の専門分野に関する知識を持って臨むというのは、誰であっても時間的にも能力的にも不可能です。すると、私たちに必要な能力は、発信される情報の「科学性」「科学度」を認知するという点に集約されるのではないでしょうか。<br />
<br />
科学と非科学（またはニセ科学・似非科学・疑似科学など）を区別するための基準は「線引き問題（Demarcation Problem）」と呼ばれ、科学哲学のフィールドで長く議論され続けてきましたが、まだ決着はついていません。そこで、本書各章では、そこで提起される課題の緩和に資するような線引き問題への暫定的な解答が語られるとともに、「線引き」という問題設定そのものが内包する問題点への言及が行われます。<br />
<br />
１章「科学と科学ではないもの」（菊池誠）は表題の通り、線引き問題を強く意識した内容になっています。とはいえ、科学哲学史上の大論争への最終回答が提示されるわけではありません。本章では「多くの科学者が科学だと思っているのがたぶん科学だ」という出発点から、豊富なケーススタディとともに、ニセ科学――意図的に科学を装う非科学の識別が論じられます。<br />
<br />
菊池氏は統計物理学を専攻する科学者であり、提示される基準は明快かつ現実的、そして身も蓋もないものです。しかし、線引き問題の未決着が、ニセ科学に「科学と非科学に明確な区別がないのだから否定はできない」という、極端な相対主義に基づく弁解の余地を残している現状では、このような割り切った定義づけが重要な役割を果たすことになるでしょう。あえて「多くの科学者」という、ある意味曖昧な境界設定から出発することで、「線」ではなく「（科学度の）グラデーション」としての科学とニセ科学の区別を考えることが可能となるのです。<br />
<br />
科学と非科学に関してグラデーションを持った識別が可能であるとしても、そこには大きな問題がつきまといます。それが非科学と未科学・準科学の違いです。現時点ではその原理が解明されていないため、ハードな科学的知見とは見なされていないものの、将来の研究動向次第で科学的知見となる可能性の高いもの、または知識の体系化は行われていないが経験的にその有効性が高いと知られている知見を、一概に非科学として切り捨てることはできません。<br />
<br />
２章「科学の拡大と科学哲学の使い道」（伊勢田哲治）は、科学が実際の問題解決のツールとして用いられる場合、それは時として狭義の科学の領域から逸脱せざるを得ないことがあると指摘します。伝統的な科学哲学は、天文学や理論物理学といった純粋科学（モード１科学）を中心的なフィールドとしてきました。しかしながら、私たちが日々直面し、その解決に科学的知見の利用が欠かせない問題の多くは、科学のみで解決がつくとは限りません。学際的な分析が必要となったとき、モード１科学の基準を墨守することは、かえって効率的ではないこともあるのです。<br />
<br />
このような実利的な局面では、蓄積された経験や現場勘から導かれる「ローカルな知」の包摂（モード２科学）の重要性が増大します。拡大された科学、モード２科学において科学と非科学はどのように区別できるのでしょう。長年にわたり線引き問題研究を続けてきた科学哲学者である伊勢田氏の提案する科学の定義は、情報識別において大きな有用性を持つと思われます。<br />
<br />
その一方で、科学者や科学哲学者が、いかに科学的な知見の重要性を唱え、科学と非科学の区別方法を提示しても、それが社会に流通するとは限りません。メディアでは根拠が明確でない、時に明確に誤った情報が流通され続けています。その理由の一つが「人は〝自分が信じたいと思うこと〟を信じる」という心理的特性にあると考えられます。そしてメディアは視聴者・読者なしには成り立ちません。需要が供給を誘発するという構造のなかで、メディアに求められる科学報道の姿勢とは何なのでしょう。<br />
<br />
３章「報道はどのように科学をゆがめるのか」（松永和紀）は、全国紙の記者としての経験から語られるメディアの科学論です。第一に指摘されるのが、科学的な専門知が必要とされているにもかかわらず、それがおろそかになりがちな食品・健康に関する報道の問題点です。食の安全をめぐる問題は、まさに２章で議論されたモード２科学の領域と言えるでしょう。そして、関連領域が多岐にわたればわたるほど、記者・読者の無理解は非科学的な情報流通を誘発することになります。<br />
<br />
松永氏が指摘する自然信仰やゼロリスク幻想は自然科学に限らず、政策決定や日々のビジネスシーンにおいても大きな足かせになっています。自然（または自然っぽいこと）がなんら安全を証するものでないことは言を俟ちません。また、リスクの存在を明示することは誠実な姿勢ですが、そのリスク明示によって、（不誠実にも）リスクを隠して提案される案件のほうが好まれるならば本末転倒でしょう。<br />
<br />
科学にも例外や誤りがないとは言えません。その一方で、少しでもリスクがあるならばまったく考慮に値しないという姿勢では、科学的知見の利用・活用はいっこうに進みません。この両者の板挟みのなかで、科学者・ジャーナリストは今まで以上に高度なコミュニケーションを求められるようになっています。<br />
<br />
４章「３・11以降の科学技術コミュニケーションの課題」（平川秀幸）は、原発事故が引き起こした科学者集団への、ひいては科学的知見への信頼の危機をテーマに、科学からの情報発信のあり方について論じています。<br />
<br />
なかでも注目すべきは、これまで科学からの情報発信が想定してきた「欠如モデル」の問題点でしょう。「科学技術への不安や抵抗感を感じるのは科学知識が足りないから」という考え方は、現実からは少なからず逸れているといってよい。「理由はともあれ遺伝子組換え作物（または原発・科学物質等）はいやなんだ」という感情は重視されるべきであるし、それに対する科学からの働きかけは、啓蒙ではなく対話であるはずです。<br />
<br />
問題が現実的で、ビジネスや人々の生活に密着しているものであればあるほど、科学、または論理だけでは解決がつかないことが多い。科学的に問うことはできるけれど、科学では答えを出せないトランスサイエンス的問題にどのように立ち向かっていくのか。そして、トランスサイエンス的問題における科学的な姿勢とは何か。これらを考えることが、今後の科学コミュニケーションの鍵を握っているのかもしれません。<br />
<br />
「線引き問題」から始まり、その伝達方法に至る各章の論考に対し、東日本大震災と東京電力福島第一原発の事故は不幸な、しかし最適な事例を提供してくれています。<br />
<br />
付録「放射性物質をめぐるあやしい情報と不安に付け込む人たち」（片瀬久美子）では、今次災害におけるデマ、虚偽情報、ニセ科学商品の実例を整理することを通じ、本書の議論の有効性・有用性を確認することができるでしょう。まずは付録を読むことで問題の重要性を知り、本編でその対応策を考え、そして再び付録を読むことで、本書をより有効に活用できるのではないかと思います。<br />
<br />
これまでシノドスが編集・出版してきた書籍のテーマは、スタッフの専門性から、人文科学・社会科学にとどまりがちでした。従来のテーマ設定の殻を破る試みとして、『もうダマされないための「科学」講義』をここにお届けします。</div></p>
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		<title>αシノドス目次</title>
		<link>http://synodos.jp/whats-new_article/1743</link>
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		<pubDate>Fri, 15 Jul 2011 00:53:46 +0000</pubDate>
		<dc:creator>SYNODOS</dc:creator>
				<category><![CDATA[What's New!!]]></category>

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		<description><![CDATA[
5/15 メールマガジン「αシノドス」vol.100配信！
【１】ロスト近代とは何か（１）/ 橋本努
【２】震災から一年　当事者リアリティの変化とメディアの役割（後編） / 藍原寛子×荻上チキ
【３】オウム真理教とアカデミズム（前編）（後編）/ 大田俊寛
【４】ヘルパーのお仕事 / 柳本文貴
【５】「ジェネレシーションY」（＝デジタルネイティヴ）のインターネット実践（３）/ 樫村愛子
【６】この夏を乗り切るために私たちがすべき10のこと / 山口浩
※いまお申込みいただきますと、前号のvol.99から配信いたします。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
<a href="mail-magazine"><strong>5/15 メールマガジン「αシノドス」vol.100配信！</strong></a><br />
【１】ロスト近代とは何か（１）/ 橋本努<br />
【２】震災から一年　当事者リアリティの変化とメディアの役割（後編） / 藍原寛子×荻上チキ<br />
【３】オウム真理教とアカデミズム（前編）（後編）/ 大田俊寛<br />
【４】ヘルパーのお仕事 / 柳本文貴<br />
【５】「ジェネレシーションY」（＝デジタルネイティヴ）のインターネット実践（３）/ 樫村愛子<br />
【６】この夏を乗り切るために私たちがすべき10のこと / 山口浩<br />
※いまお申込みいただきますと、前号のvol.99から配信いたします。</p>
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		<title>aSYNODOS 最新号 for iPhone/iPad</title>
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		<pubDate>Sat, 02 Jul 2011 04:07:50 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[aSYNODOS_for_iPhone]]></category>

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※いまお申込みいただきますと、前号のvol.99からお読みになれます。

vol.98 2012/4/15目次
【１】ロスト近代とは何か（１）/ 橋本努
【２】震災から一年　当事者リアリティの変化とメディアの役割（後編） / 藍原寛子×荻上チキ
【３】オウム真理教とアカデミズム（前編）（後編）/ 大田俊寛
【４】ヘルパーのお仕事 / 柳本文貴
【５】「ジェネレシーションY」（＝デジタルネイティヴ）のインターネット実践（３）/ 樫村愛子
【６】この夏を乗り切るために私たちがすべき10のこと / 山口浩


vol.99 2012/5/1目次
【１】震災から一年　当事者リアリティの変化とメディアの役割（前編）/ 藍原寛子×荻上チキ
【２】離別父親の実態と養育費施策のありかた / 大石亜希子
【３】性の受け止め方、語り方（後編）/ 猪瀬優理
【４】雑誌編集論のアルケオロジー（５）/ 大澤聡
【５】経済ニュースの基礎知識TOP5 ―― 2012年4月のニュース読解 / 片岡剛士
【６】『生保』について / 岩永理恵

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<big><strong>※いまお申込みいただきますと、前号のvol.99からお読みになれます。</strong></big><br />
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<h3>vol.98 2012/4/15目次</h3>
【１】ロスト近代とは何か（１）/ 橋本努<br />
【２】震災から一年　当事者リアリティの変化とメディアの役割（後編） / 藍原寛子×荻上チキ<br />
【３】オウム真理教とアカデミズム（前編）（後編）/ 大田俊寛<br />
【４】ヘルパーのお仕事 / 柳本文貴<br />
【５】「ジェネレシーションY」（＝デジタルネイティヴ）のインターネット実践（３）/ 樫村愛子<br />
【６】この夏を乗り切るために私たちがすべき10のこと / 山口浩<br />
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<h3>vol.99 2012/5/1目次</h3>
【１】震災から一年　当事者リアリティの変化とメディアの役割（前編）/ 藍原寛子×荻上チキ<br />
【２】離別父親の実態と養育費施策のありかた / 大石亜希子<br />
【３】性の受け止め方、語り方（後編）/ 猪瀬優理<br />
【４】雑誌編集論のアルケオロジー（５）/ 大澤聡<br />
【５】経済ニュースの基礎知識TOP5 ―― 2012年4月のニュース読解 / 片岡剛士<br />
【６】『生保』について / 岩永理恵<br />
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		<title>10.高橋洋一「統計のウソを見破る」</title>
		<link>http://synodos.jp/lecture/lecture2011/1627</link>
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		<pubDate>Fri, 25 Mar 2011 06:58:55 +0000</pubDate>
		<dc:creator>SYNODOS</dc:creator>
				<category><![CDATA[lecture2011]]></category>

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		<description><![CDATA[
「統計数字はウソをつかない」とよくいわれます。逆に「統計数字にダマされるな」ともいわれます。一体どちらが本当なのでしょうか。私の経験では、「統計数字はウソをつかないが、それを使う人はよくウソをつく」です。
本レクチャーでは、この私の経験を踏まえた上で、正しいデータ解析方法や統計のウソを見破る方法を、具体例を挙げて解説します。
例えば、データの解析方法がわかれば、日本銀行がデフレターゲット政策をとっていること（物価政策目標が、実質的に－１％～０％になっている）がわかりますし、ベストセラーになった『デフレの正体』の「人口が減るとデフレになる」という説は間違いであることもわかります。
このインターネット時代、幸いなことに各種統計データを集めることは非常に簡単です。ですので、データの解析方法がわかれば、もっともらしく掲げられた統計数字のウソを見破ることができます。
「人口が減るとデフレになる」が誤りであることを証明するために、具体的にどうしたかといえば、世界銀行のデータベースからデータをダウンロードして表計算ソフトのエクセルに落とし込み、人口増減率を横軸に、インフレ率を縦軸にして散布図をつくりました。もし正の相関があれば、散布図は右肩上がりに見えますが、そうはなりませんでした。統計については、このように自ら手を動かしてデータを集めて作ることが重要です。そうすることで格段に理解度が深まりますが、実は大学教授でさえ、このような作業を怠っていたりするのです。
以上のように、さまざまな具体例を挙げつつ、統計の基本的な説明から、正しいデータ解析方法、統計のウソを見破る方法の解説までを、時間の許す限り行いたいと思います。
上記内容に加え、統計とは切っても切れない関係である確率について、原発や放射能のリスクなどを例に説明します。また、震災後一月半ということで、政府が行うべき経済政策および復興プランについても言及します。
最後に今回の講演料は被災地に寄付させていただきます(高橋洋一)
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
「統計数字はウソをつかない」とよくいわれます。逆に「統計数字にダマされるな」ともいわれます。一体どちらが本当なのでしょうか。私の経験では、「統計数字はウソをつかないが、それを使う人はよくウソをつく」です。<br />
本レクチャーでは、この私の経験を踏まえた上で、正しいデータ解析方法や統計のウソを見破る方法を、具体例を挙げて解説します。<br />
例えば、データの解析方法がわかれば、日本銀行がデフレターゲット政策をとっていること（物価政策目標が、実質的に－１％～０％になっている）がわかりますし、ベストセラーになった『デフレの正体』の「人口が減るとデフレになる」という説は間違いであることもわかります。<br />
このインターネット時代、幸いなことに各種統計データを集めることは非常に簡単です。ですので、データの解析方法がわかれば、もっともらしく掲げられた統計数字のウソを見破ることができます。<br />
「人口が減るとデフレになる」が誤りであることを証明するために、具体的にどうしたかといえば、世界銀行のデータベースからデータをダウンロードして表計算ソフトのエクセルに落とし込み、人口増減率を横軸に、インフレ率を縦軸にして散布図をつくりました。もし正の相関があれば、散布図は右肩上がりに見えますが、そうはなりませんでした。統計については、このように自ら手を動かしてデータを集めて作ることが重要です。そうすることで格段に理解度が深まりますが、実は大学教授でさえ、このような作業を怠っていたりするのです。<br />
以上のように、さまざまな具体例を挙げつつ、統計の基本的な説明から、正しいデータ解析方法、統計のウソを見破る方法の解説までを、時間の許す限り行いたいと思います。<br />
上記内容に加え、統計とは切っても切れない関係である確率について、原発や放射能のリスクなどを例に説明します。また、震災後一月半ということで、政府が行うべき経済政策および復興プランについても言及します。<br />
最後に今回の講演料は被災地に寄付させていただきます(高橋洋一)</p>
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		<title>09.片岡剛士「現在、過去、未来の視点から考える日本経済」</title>
		<link>http://synodos.jp/lecture/lecture2011/1567</link>
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		<pubDate>Wed, 12 Jan 2011 08:42:08 +0000</pubDate>
		<dc:creator>SYNODOS</dc:creator>
				<category><![CDATA[lecture2011]]></category>

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		<description><![CDATA[
1990年代の長期停滞－「失われた10年」を経て、デフレをともなった不十分な景気回復、そしていまだ世界金融危機の影響に翻弄されている日本経済。この「失われた20年」はわれわれにとっては甘んじて引き受けねばならない事態、つまり人為の埒外にある運命的な現象なのでしょうか。

われわれは過去と未来というふたつの時代の接点としての「現代」に生きています。現代を考えるには過去の事象を詳細に考察することが必要です。一方、未来に生じうる現象の予想が現代の経済現象や経済政策に少なからず影響しているのも事実でしょう。

このレクチャーでは、現代の日本経済を概観しつつ、なぜこのような状況になったのかを過去に遡って探るとともに、未来に生じうる現象を検討するという三方向から、日本経済とその対処策としての経済政策を考えてみたいと思います。

第一部　現代の視点から考える日本経済
経済政策についての基本的概念を解説するとともに、現代の日本経済の立ち位置を各種統計に即して跡付けることで、日本経済の現状を概観します。

第二部　過去の視点から考える日本経済
第一部で取り上げた、日本経済の現状がなぜ生じたのか。その答えは過去の経済現象をどのように理解するかに拠ります。ここでは、長期停滞に関するさまざまな解釈を紹介しつつ、それらを実証的見地から検討を加え、長期停滞がなぜ、どのようにして生じたのかを多面的に考えます。

第三部　未来の視点から考える日本経済
悲観論が蔓延している現状の類推から「未来」を思い描けば、その未来は「陰鬱」なものにならざるを得ないでしょう。しかし陰鬱な未来は既成事実ではありません。むしろ、諸問題が山積しているのが未来だとするのならば、それを乗り越えさえすれば、陰鬱な未来は明るい未来になり得るともいえます。ここでは、我が国の財政問題や人口減少といった将来不安要因とされている問題を例にあげながら、「いま何をなせばよいのか」といった視点から現代の日本経済を考えます。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
1990年代の長期停滞－「失われた10年」を経て、デフレをともなった不十分な景気回復、そしていまだ世界金融危機の影響に翻弄されている日本経済。この「失われた20年」はわれわれにとっては甘んじて引き受けねばならない事態、つまり人為の埒外にある運命的な現象なのでしょうか。<br />
<br />
われわれは過去と未来というふたつの時代の接点としての「現代」に生きています。現代を考えるには過去の事象を詳細に考察することが必要です。一方、未来に生じうる現象の予想が現代の経済現象や経済政策に少なからず影響しているのも事実でしょう。<br />
<br />
このレクチャーでは、現代の日本経済を概観しつつ、なぜこのような状況になったのかを過去に遡って探るとともに、未来に生じうる現象を検討するという三方向から、日本経済とその対処策としての経済政策を考えてみたいと思います。<br />
<br />
第一部　現代の視点から考える日本経済<br />
経済政策についての基本的概念を解説するとともに、現代の日本経済の立ち位置を各種統計に即して跡付けることで、日本経済の現状を概観します。<br />
<br />
第二部　過去の視点から考える日本経済<br />
第一部で取り上げた、日本経済の現状がなぜ生じたのか。その答えは過去の経済現象をどのように理解するかに拠ります。ここでは、長期停滞に関するさまざまな解釈を紹介しつつ、それらを実証的見地から検討を加え、長期停滞がなぜ、どのようにして生じたのかを多面的に考えます。<br />
<br />
第三部　未来の視点から考える日本経済<br />
悲観論が蔓延している現状の類推から「未来」を思い描けば、その未来は「陰鬱」なものにならざるを得ないでしょう。しかし陰鬱な未来は既成事実ではありません。むしろ、諸問題が山積しているのが未来だとするのならば、それを乗り越えさえすれば、陰鬱な未来は明るい未来になり得るともいえます。ここでは、我が国の財政問題や人口減少といった将来不安要因とされている問題を例にあげながら、「いま何をなせばよいのか」といった視点から現代の日本経済を考えます。</p>
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		</item>
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		<title>56.松永和紀「報道はなぜ、科学を大きくゆがめてしまうのか？」</title>
		<link>http://synodos.jp/seminar/seminar2010/1540</link>
		<comments>http://synodos.jp/seminar/seminar2010/1540#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 23 Nov 2010 04:18:27 +0000</pubDate>
		<dc:creator>SYNODOS</dc:creator>
				<category><![CDATA[seminar2010]]></category>

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		<description><![CDATA[
科学技術は私たちの暮らしに深く関わっているが、マスメディアは往々にしてバイアスのかかった情報を一般市民に提供している。取材者側が、急激に進み変わって行く専門知識、情報を吸収咀嚼することができず、思い込みに基づく情報発信をしている場合が多いが、話題を呼ぶことを狙って意図的に情報をねじ曲げるケースも散見される。特に、慣例、慣習が重んじられ保守的になりがちな食品の報道においては、その傾向が顕著で、その結果、市民が必要のない不安にとらわれたり、根拠のないバッシングに加わったりする事態となっている。そこで、最近話題となった食や農業問題を具体例に、メディアがバイアスのある情報を発信してしまう理由、組織としての構造的な問題を検討し、一般市民が対処する方法論を考える。

]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
科学技術は私たちの暮らしに深く関わっているが、マスメディアは往々にしてバイアスのかかった情報を一般市民に提供している。取材者側が、急激に進み変わって行く専門知識、情報を吸収咀嚼することができず、思い込みに基づく情報発信をしている場合が多いが、話題を呼ぶことを狙って意図的に情報をねじ曲げるケースも散見される。特に、慣例、慣習が重んじられ保守的になりがちな食品の報道においては、その傾向が顕著で、その結果、市民が必要のない不安にとらわれたり、根拠のないバッシングに加わったりする事態となっている。そこで、最近話題となった食や農業問題を具体例に、メディアがバイアスのある情報を発信してしまう理由、組織としての構造的な問題を検討し、一般市民が対処する方法論を考える。<br />
</p>
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		</item>
		<item>
		<title>55.菅原琢「データで政治を可視化する」</title>
		<link>http://synodos.jp/seminar/seminar2010/1513</link>
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		<pubDate>Tue, 12 Oct 2010 04:20:22 +0000</pubDate>
		<dc:creator>SYNODOS</dc:creator>
				<category><![CDATA[seminar2010]]></category>

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		<description><![CDATA[
メディアを通してわれわれが目にする政治は、政治部の取材体制によって規定されている。大物政治家を中心とする政局報道が政治ニュースの中心となるのは、政治現象を少ない人数で把握するのにそれが効率的な方法だったからに他ならない。派閥と族議員を中心とする自民党政治は、そのような取材体制と表裏一体のものだったとも言えるだろう。しかし、小泉政権と政権交代を通じ、すでに派閥領袖中心の政治は終焉を迎えており、政治を理解するツールとしての政局取材も刷新が求められている。
そこで、今回のセミナーでは、政治を理解する、現実政治を可視化する方法としてのデータ分析について紹介する。政治現象がいかに数値化され、説明されるのか、講師がこれまで行ってきた分析を中心として実際の例を見ていく。その過程で、データ分析の長所、短所などについても論じる。
今のところ、取り扱う題材としては、一票の格差、世論調査、議員行動、選挙ポスター、政治意識の国際比較などを考えている。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
メディアを通してわれわれが目にする政治は、政治部の取材体制によって規定されている。大物政治家を中心とする政局報道が政治ニュースの中心となるのは、政治現象を少ない人数で把握するのにそれが効率的な方法だったからに他ならない。派閥と族議員を中心とする自民党政治は、そのような取材体制と表裏一体のものだったとも言えるだろう。しかし、小泉政権と政権交代を通じ、すでに派閥領袖中心の政治は終焉を迎えており、政治を理解するツールとしての政局取材も刷新が求められている。<br />
そこで、今回のセミナーでは、政治を理解する、現実政治を可視化する方法としてのデータ分析について紹介する。政治現象がいかに数値化され、説明されるのか、講師がこれまで行ってきた分析を中心として実際の例を見ていく。その過程で、データ分析の長所、短所などについても論じる。<br />
今のところ、取り扱う題材としては、一票の格差、世論調査、議員行動、選挙ポスター、政治意識の国際比較などを考えている。</p>
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