2016.03.11

弁護士と銀行員が語るこれからの防災――日本の強み「災害レジリエンス」とはなにか?

岡本正×蛭間芳樹

社会 #震災復興#災害レジリエンス

防災に弁護士と銀行員!?実は、日本の防災には法と金融の力が欠かせなかった。東日本大震災で無料法律相談を先導してきた弁護士の岡本正氏と、防災・減災に取り組む企業を評価するBCM格付け主幹の蛭間芳樹氏が語る、日本のこれからの防災の話。(構成/山本菜々子)

法と金融で「防災」!?

蛭間 東日本大震災から5年を経過し、日本の防災はどのように変わってきたのか。今日は、弁護士の岡本さんと銀行員の私とで、防災や危機管理の話をしたいと思います。読者の皆さんは、なぜ、この組み合わせで防災の話を? と思われる方もいるかもしれません。

岡本 一般的には、備蓄や耐震化が「防災」のイメージだと思います。あるいは、「津波を予期したら自分の判断で率先して逃げる」「地震がきたら安全な場所に隠れたり、身を小さくする」いった、災害が起きた瞬間に命をどう守るかについて。もちろん、それらこそが最も大切な「防災」であることは疑いません。

ですが、仮に命が守られた後も、「災害」は続きます。たとえば、生活再建のための資金はどうしたらいいのか。会社の資金繰りは、住宅ローンは、家賃の支払いは、公共料金などはどうなるのか。失った通帳や証券は、そもそもどこにいけば良いのか、自分の生活にこれからどんな困難が襲ってくるのか……。

あたりまえの日常生活の、あたりまえのつながりが、災害後には逆転して様々な悩みと困難の根源になってしまうのです。そのようななかでも、少しずつ生活を立て直すためには、まさに「法律」と「金融」のしくみが重要です。

蛭間 日本の「災害対策基本法」は災害対策に関する包括的な取り組みを定義したものですが、一般に「防災」は人命と資産を防護する対策が中心となり、「減災」は人命の損失を回避し、資産への被害を軽減する対策が推進されますね。建物の構造設計や都市計画でも、大雑把にいってこの防災・減災の二段階のアプローチで対策が進められていきました。

岡本さんは東日本大震災で弁護士が実施した無料法律相談について、データベース化ときめ細やかなとりまとめをされてきて、4万人もの声と向き合っておられましたが、そのなかで見えてきた具体的な課題はありますか。

岡本 生活再建につながる法制度があったとしても、その周知が足りないのが問題でした。実は、日本には「災害対策基本法」をはじめ、「災害救助法」「被災者生活再建支援法」「災害弔慰金法」など、災害直後に救助や生活再建などに直結する、特別の支援法制度が相当程度整備されています。強制権を発動する法令も事前にしっかり備わっているのです。

ところが、どれだけ使えそうな制度があっても、被災地で日々の生活に精いっぱいの被災者個人個人が情報を自ら取得することはとても難しいのです。

一方で、行政も十分な法的知識をもっているわけではありません。これだけ情報技術が進化した社会にあっても、被災された方に有益な情報に気付いてもらうためには、直接伝えるしかないことがよくわかりました。

氾濫する情報をコーディネートすること、すなわち情報の取捨選択が必要なことは、今後も変わらないと思います。

蛭間 いまの日本社会のITリテラシーと活用度では、実際に顔をみないと届けることができないのですね。行政を含め、現場担当者も人事異動があるので、専門性が求められるような制度に精通した方は非常に少ないですね。具体的な相談はどのようなものが多いのですか。

岡本 生々しいですが、やはり「お金」の支払いについてです。支払わなければならない住宅ローンや事業ローン、リースなどに、多くの方は恐怖と絶望感すら抱いていました。その時、金融業界が果たした役割は大きかったと思います。

たとえば、金融庁は通帳がなくてもお金をおろせるように通知しましたし、支払いに困っている人は支払い猶予措置をとるようにアドバイスをしていました。結果、被災地では1万件以上の支払い猶予事案があったことが金融庁資料から確認できます。

しかし、残念ながら、災害直後の一番不安と絶望のなかにある時期に、支払い猶予ができることや、支援金の支払い制度が存在しているという知識は、被災された方や企業に伝わっていませんでした。すべての金融機関が積極的に被災者支援制度を伝えたわけではなかったのです。

一方で、これらの被災者の方に有益な情報を弁護士だけで被災地に広げていくことには限界があります。日常生活の取引先として顔の見える地元の金融機関が支援策の存在や、支払い猶予措置を伝える活動をより積極的におこなっていたら、災害直後の混乱や不安は劇的に減少すると考えられます。

たしかに、先ほど述べた災害直後の金融庁の通知や、2011年7月に、弁護士らの政策提言から実現した「被災ローン減免制度」(個人債務者の私的整理に関するガイドライン)が存在すること自体は、政府や金融機関のホームページに掲げていたかもしれません。また、自ら銀行の窓口にいって問い合わせれば制度を知ることができたかもしれません。

しかし、なにもかも失ってしまった被災者が金融機関を訪ねれば、もしかしたら、今後の融資を打ち切られるのではないか、財産を差し押さえられるのではないか、と考えてしまうのも無理なからぬところがあると思います。

蛭間 おっしゃるとおりで、一個人が復旧、復興のフェーズでとくに困るのはお金に関することですね。生活をしていくための収入確保や二重ローン問題はその典型です。そこを、メインバンクが「大丈夫です」と言うだけで不安感が一気に解消されますよね。

東日本大震災後は、条件変更や債務免除の努力をしている銀行もありましたが、銀行が有事にも顧客に「安心してください」と言えるためには、相当な努力が必要です。金融機関のリスク管理の一般的なストレスとは異なる、よりシビアなストレスがかかるリスクもあるわけですから。もちろん、金融機関のリスク管理自体が国の政策に大きく依存するテーマですから日本国の事業継続計画(BCP)とあわせて考える必要があります。いまは、それが明示的には存在していません。

ひるがえって、金融機関のBCPは日本銀行を核とした金融システムの一員としてその機能を継続することは当然ですが、それ以上に重要なことだと私が思うのは、いかに顧客との取引継続を図るかということだと思います。

有事にも取引継続ができる耐力がある銀行には競争優位性と社会的な価値があります。東日本大震災でも顕在化しましたが、この観点をもたないと、今後の西日本大震災や平成関東大震災では、とくに地域に根ざした金融機関は、ある一定のインパクトを超えると、地域の経済主体とともに共倒れしかねません。

岡本 金融機関による災害後の「防災」として注目されるのが、保険業界の活躍です。とくに行方不明者の方の死亡保険金の支払いについては、政府を動かしました。死亡保険金を支払うのは、その方が亡くなったことを証明する戸籍や死亡診断書(検案書)などが必要です。「行方不明」では、戸籍上死亡になりませんから、「死亡保険金」が支払えないのです。

一方で、生き延びたご家族が保険金に頼らなければならない場面は当然あります。そこで、保険会社は津波によって行方不明になった方にも死亡保険金を出そうと各所に働きかけました。結局、法務省が行方不明者でも家族の陳述などがあれば戸籍上死亡とする規制緩和の解釈通知を行い、その結果として、死亡保険金の支払いができるようにしました。

蛭間 なるほど。規制緩和の要望など、かなり大きな働きかけがあったのですね。民から官に積極的に働きかける素晴らしい事例ですね。

岡本 震災後に、生活をどう立て直していくのか。それは「防災」であり「減災」です。そして、そこを支えるのが「法律」と「金融」なのだと思います。

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写真:岡本正氏

「災害レジリエンス」とはなにか

岡本 さて、今回蛭間さんとお話ができるということで、ぜひ触れておきたいのが、昨年9月に国連で採択された「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030 アジェンダ」です。

ここで、災害に対する「強靭性(レジリエンス)」という言葉が複数うたわれています。これを読んで、金融と法律の制度が整備されている日本こそ、災害からの「レジリエンス」は得意分野だと思ったのです。

「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030 アジェンダ」(抜粋)

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もともと、レジリエンスは物理学の用語ですよね。外力による歪みを跳ね返す力のことです。それがたとえば災害精神医学の分野で「人間が有している本来の回復力」「人の本来の力強さ」などとしても使われています。

また、内閣官房国土強靭化推進室は「強靱な国土、経済社会システムとは、私たちの国土や経済、暮らしが、災害や事故などにより致命的な被害を負わない強さと、速やかに回復するしなやかさをもつこと」であり、強靭の反対語は「脆弱」であると説明しています 。強靭性という用語が心理学や教育学、さらには防災政策の文脈で利用されるようになったことで、相当多義的になっているようにも思います。

蛭間 ありがたいですね。いまやどこでも「レジリエンス」という言葉を聞きます。なんとなく格好いい言葉にも聞こえますし、その概念自体も使い勝手が良いです。ただ、なにか間違った使い方をしているのではないかと危惧もしています。岡本さんがご指摘のとおり、定義も医学、災害、心理学、環境、教育など専門領域で様々ですし……。

近年のレジリエンスのブームをつくったのは、間違いなく世界経済フォーラム(通称:ダボス会議)でしょう。私も参加させて頂いた2012-2013年の「ナショナル・レジリエンス研究」が出発点だと思います。

ダボス会議での議論は本当に面白かったですね。国力を経済成長力と危機管理力の観点から分析するとともに、常時接続したグローバルなサプライチェーンのなかに潜むリスクとそのあるべき管理方法などについて議論しました。また、「防災先進国とレジリエンス先進国は違う」ということを学びました。その後、リスクとレジリエンスは半ばセットで意識的に使われて以降、国連などの国際機関や、経済、経営、教育、建築、マインドフルネスなど様々な専門分野で積極的にこの言葉を使用しています。

ただ国内に目を転じてみると、ナショナル・レジリエンス=国土強靭化ですよね。レジリエンスを“強靭化”と訳すのは1万歩譲って良いとしても、ナショナルを“国土”と訳すのはどうなんでしょうね……、というか単語訳として間違いですよね。

われわれダボス会議では、経済競争力と危機管理について、国家総体、国力としてのレジリエンスを議論してきたのですが……。ちなみに、防災における「レジリエンス」については、ある種の負けを認め、パラダイムシフトを宣言したところがあるんですよ。

岡本 負けを認めた?

蛭間 防災や減災の限界を認めたといったらいいのでしょうか。人命など代替が効かないものは事前の対策で災いを防ぐ(防災)必要が絶対的にあります。しかし、社会システム全体の安全レベルを完全防災の状態にするのは、時間的・金銭的な制約条件から不可能です。

ですから減災という概念が出てきたのですが、その後の復旧・復興のことも考える必要があるということです。限られた社会資源で人間がつくるものはぜい弱性を有しています。30mの津波が想定されるから40mの堤防をつくればいいか?という話にはならないですよね。

災害レジリエンスというのは、日本文化の文脈からいえば「災いを転じて福となす」戦略のことです。これを企業経営に転用しますと、事業環境の様々な変化に対して、ビジネスモデル・サプライチェーン・事業ポートフォリオなどの観点からリスクと機会を見極め、より企業価値を高める変革をしていく経営戦略となります。

国連はレジリエンスの概念を20年前から定義していましたが、最近は「Build back better」と端的に表現し直しました。防災・減災と罹災後の復旧・復興まで含め、危機を総合的に管理していくことの必要性、防ぎようのない危機に対して未来志向でいこうというコンセプトが掲げられましたように思います。

ここで強調したいのは、レジリエンスは未来志向ということです。そのためには、過去の経験からの教訓を積極的に学ぶ必要があります。厳しくも自己否定をせざるを得ない局面にさらされるため、実はこれが一番難しいのですが……。

岡本 私は「レジリエンス」という言葉をみたとき、日本が力を発揮できるのはまさに、その部分だと思いました。

日本では災害が起こることを前提に、そのあとを「生き抜く」ための金融や法律のしくみをつくっています。国連のレジリエンスの定義と合致します。ですから、国連が「レジリエンス」という言葉を言ったときに、まさに日本が災害後に対応してきたことを広めるべきだと思ったのです。

災害後に被災前の状態へ生活や事業の再生・回復する社会基盤や法律の整備を「法的(リーガル)」な「強靭性(レジリエンス)」の構築と表現しても良いのではないでしょうか。

津波の映像をみせて、恐怖を植え付ける防災をすることだけでは問題があるということはもうずいぶん前から言われています。いまは、事前に起きうる被災をイメージし、さらに想定外にあっても判断できる人材育成に力を入れているはずです。

私は、さらに一歩進み、被災後の生活の困難をもイメージし、実際にどのような支援制度や金融上のしくみがあるのか知ることも、立派な「防災」であると考えます。日本が災害後の被災者支援や事業者支援に用意している様々な法制度そのものを、財産として輸出するべきでしょう。蛭間さんは仙台の2015年国連防災世界会議にも関わられていましたね。

蛭間 防災の社会技術は日本のキラーコンテンツだと思います。多くの日本人が知らないことが残念ですが、国連防災世界会議は、これまでに3回行われています。国際的な防災戦略について議論する国連主催の会議であり、第1回(1994年、於:横浜)、第2回(2005年、於:神戸)の会議とも、日本で開催されています。

第2回会議では、2005年から2015年までの国際的な防災の取り組み指針である「兵庫行動枠組」が策定されるなど、大きな成果をあげてきたとともに、これを主導した日本のプレゼンスは素晴らしいものでした。グローバル・アジェンダを日本がこれだけ牽引できる数少ない専門分野だと思います。

第3回(2015年、於:仙台)では、兵庫行動枠組の後継となる新しい国際的防災指針である「仙台防災枠組2015-2030」と、防災に対する各国の政治的コミットメントを示した「仙台宣言」が採択されました。「仙台」という名前がついた、日本からの発信で2030年までの体制は整えたのですから、一定の成果はあったといえます。

しかし、私も幾ばくか関わりましたが、正直なところ不安が残りました。先に述べたとおり、防災の概念の広がりや気候変動に代表される他のグローバル・アジェンダとの関連性を踏まえるに、過去の日本的な防災モデルとは異なったアプローチを提案する国や団体もありました。

詳細は控えますが、具体的には、より多様なセクターの参画が求められること、ハードとソフトのバランス、金融市場や保険機能を活用したリスク回避、経済との関連などです。また、ジェンダーや人権、原発の問題と防災の関係性について、重要性に認識のギャップがあったようで、私は知人から「日本のプレゼンスが落ちるぞ」と言われ、ハッとしましたね。

岡本 ありがとうございます。詳しい経緯がわかりとても勉強になりました。ここで、少し個人の生活再建・レジリエンスにも目をむけてみたいと思います。たとえば、災害を受けた家屋や事業所に発行される「罹災証明書」というものがあります。

いまや自治体の防災部局においては少しずつ知識の備えとしてスタンダードになってきましたが、東日本大震災当時は、被災地自治体で「罹災証明書」を知っている行政職員も少なかったということが、法律相談の結果でもわかってきました。当時は、罹災証明書は法律で発行が義務付けられている制度ではなかったのです。

2013年には、法改正で罹災証明書の発行が自治体の義務となりました現場の知恵が「法律」になることの価値は、直後の初動の速さが増すことにあります。事前にマニュアルが整備されるので、迅速になるという非常に単純な図式です。日本は、災害後に制度を精緻に改正することで、次の災害で現場が即応できる、すなわち災害後に財産や健康を守るという意味での「防災」を進めてきたといえます。

たとえば、災害後に住宅ローンの負担に悩む被災者に対しては、先述の個人版私的整理ガイドラインの新設によって対応しようとしました。これは、東日本大震災でしか使うことができないガイドラインでした。法制度でなかったためか、周知が圧倒的に不足し、予定していた件数の1割も使われていないのです。

しかし、その後、2015年12月には、弁護士らの積極的な提言と関係者の議論により、災害救助法が適用される規模の災害で常に利用することができる、『自然災害債務整理ガイドライン』が成立しました。

これに対する期待はとても高いです。さらに進んで立法化の提言も法律家はおこなっているところです。まさに災害後に進化する「ソフト」な施策こそ、日本の強みのひとつだと確信しています。

蛭間 おっしゃるとおりで、日本の災害経験知を世界の共有知として有効活用しなければいけないと思います。それは、日本の外交戦略として活用するアプローチもありますし、これから経済成長を歩んでいくアジアモンスーン地域の途上国に、日本の社会基盤や防災の技術を現地に適用しながら、ともに構築していくことです。

大げさですが日本へのリスペクトや親日関係が深まる可能性も十分にあります。私の本業であるBCM格付融資は、フィリピン国に展開する調査をはじめましたし、APEC、国連、世銀らとも展開可能性について議論をはじめました。

これからは、対外戦略として防災を明確に位置づけ、内閣府防災と既存の関連省庁である国土交通省に加え、経済産業省、厚生労働省や外務省が平時から密に連携する体制を取る必要があります。

もっと、オールジャパンとして、日本がこれまで経験してきた震災の経験を世界の叡智として有効活用しなければいけないと思います。外交手段としての防災を使うのはいいですが、国土強靭化の方向だけではなく、もっとソフトやとくに風土や経済連合体としてのアジア圏との関連性を踏まえた日本の防災戦略を考えたほうがいいですね。

岡本 今では、建物の「旧耐震基準」「新耐震基準」という言葉があたりまえに浸透しています。建築基準法改正による耐震基準強化は、阪神淡路大震災でも検証されたように、多くの命を救うことになりました。

法制度の改善により命が守られることは、多くの日本人が実感してきたことではないかと思うのです。この改善の歴史を世界に発信すべきではないかと思うのです。

昨年4月に、のカトマンズ近郊巨大地震が発生し、多くの命が失われ、建造物も破壊されました。私は昨年10月に、JICAの協力でカトマンズに招聘され、ネパール最高裁判所や弁護士をはじめとする司法関係者、政府・自治体職員、国連職員の方々に対して講演する機会をいただきました。

そこでは、日本の災害法制の変遷(改善)の過程こそ、ぜひネパール復興支援で取り入れてほしいと訴えてきたところです。現場の声からボトムアップで政策が実現できることを少しでもお伝えできたと思っています。BCM格付同様に輸出できる知見の一つではないかと思っています。

ちなみに、東南アジアの各国の法制度は日本の支援でつくられているケースが多く、ネパールもその途上にあります。この点からも日本がアジア地域の防災法制度構築に果たせる役割は大きいと考えます。

最後は人の力

蛭間 東日本大震災後に、企業経営としての災害レジリエンスを象徴する顕著な事例を2つ紹介しましょう。

一つは東日本大震災被災地の「石巻のかまぼこ店」の事例です。被災後に本社や工場が津波で甚大な被害を受けましたが、驚異的な復旧力で商品供給に取り組みました。なかでも、感銘を受けたのが平時からの人材教育です。この会社は、包丁一本でかまぼこをつくるという伝統的な仕事と専門技術を、まず新人に教えるそうです。製造設備、工場のラインに立つ前に、職人を育てるのです。

すると、分業化されたはずの製造工程を、作業員は全体像をもって関与でき、有事には多能工の如く流動的かつ迅速に対応できる。商品供給の再開が早かったため、震災前後で商圏の市場シェアのトップになりました。経営陣のリーダーシップはこういうものだと驚きました。余談ですが、ここのかまぼこ、すごく美味しいので食べてみてください。

もう一つは、世界への供給責任を負っている、とあるグローバル企業です。彼らは、震災で東日本拠点の物流施設が被災するとともに、原発の避難区域に子会社が立地していました。当時、海外投資家からは「なぜ、こんなにもリスクの高い日本で事業をおこなうんだ」など厳しい指摘もあったようですが、危機管理関連の設備投資やサプライチェーン改革に取り組みます。

リスク耐性向上の観点からサプライチェーンを一斉に見直し、様々な対策を講じています。もちろん経済とのバランスや短期的な企業価値向上も目下の経営課題ですが、日本が世界に誇るサプライチェーン管理「ジャスト・イン・タイムの進化版」、日本企業が日本で事業をおこなうことの意義を体現するような取り組みをおこなっています。

このような事例をみていると、企業経営とBCPにおけるハードウエア、ソフトウエアの重要性はもちろん、それ以上に現場での創意工夫ある対応力であったり、それを引き出すトップのリーダーシップや決断がレジリエンスの基礎になっていると考えさせられます。我々金融業だって本来そうなんですが。

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写真:蛭間芳樹氏

岡本 おっしゃっている「人の力」というキーワードから連想することは私にもあります。

たとえば、非常に悲しい事例ですが、施設の利用者が津波で犠牲になってしまった場合に、安全配慮義務違反を理由に、損害賠償訴訟が起きています。判決や和解となった事例もかなり出てきました。

裁判例を検討すると、津波の予見可能性があったかどうかについては、事前にマニュアルやBCPを整備していたかも大きな争点となっていましたが、災害後に情報を収集し、その情報を使っての現場での判断の是非が問われている判例も多く見受けられました。

災害後にどのような行動をとり、情報を収集すべきなのか、命を救うための教訓が読み取れることに気付きます。とくに、組織に危機が訪れたときに「だれが現場で判断するのか」という点を事前にきめておくことの重要性を実感しました。

だからといって結果が変わるかどうかはわかりません、しかし、だれもが、自分が判断しなければならい可能性を認識しておくべきと警告しているようでもありました。マニュアルがいくら立派でも、それを使うのが自分かもしれないという意識づけは、まさに組織を構成する個別の「人の力」なのだと思います。

蛭間 たしかに盲点ですね。「BCPという計画文書を作成すれば良い」といったリスク管理というには程遠いマニュアル管理と化したマネジメントではダメであると。一方、日々の業務でそういったチャレンジや判断は基本的には求められません。100を求められたら100をおこなう仕事が大半です。

現場への権限委譲はもとより、優先順位をつけていく意思決定すら組織的に管理されるわけです。これはガバナンスの安定性を考えればあるべきマネジメントなのでしょうが、現場力といいますか現場の創意工夫を削ぎ落としかねません。

テールリスクを想定した有事の対応力をあげることも重要ですが、日々の業務にリスク管理の思想がどれだけ組み込まれているか、防災やBCPをわざわざ持ち出さなくとも、今回のような特集が組まれなくとも、日常のあたりまえとして、日常的に進めることができないかと思うのです。

弁護士と銀行員とが手を組んで

蛭間 これらかの日本を俯瞰したときに、いま大きく舵をきる必要があると思っています。それは現状維持作戦では、豊かな日本の未来が私自身イメージできないからです。

社会課題解決には、行政だけの努力ではどうにもならないのは、もはや自明なことです。国連の「仙台防災枠組」では官民連携についての項目が入りました。

日本ではあたりまえのことですが、さらに日本の現状に踏み込んで考えると、自助、共助、公助の役割分担を大きく見直す必要があると考えます。市町村レベルでは、平成の大合併を経て、行政サービスの効率化と広域化が進み、一定の成果が上がったと思います。

一方で、これまではどんな市町村でも防災、危機管理担当が職務として定義されていたわけですが、そのポストも統合してしまいました。昔の役場はいまや総合支所となり、人事交流の観点から当地に精通していない人が支所長クラスを担当しているケースが多くなっています。消防団の高齢化も進みました。これらは明らかに、公助が弱くなる証左ですし、ある面仕方がない部分もあります。

厳しい言い方をあえてすれば、地域防災計画に記載された行政の業務を対応できるほど、人的資源の量とスキルが足りていないのです。ですから、ある種のリスク・コミュニケーションだと思うのですが、行政は「できないこと」を宣言して、地域の様々なステークホルダーと質の高い連携をとる必要があります。また、そのような意欲のある地域の主体(家計、自治会、企業、業界団体、NGO、NPOなど)の取り組みをエンカレッジする制度設計が、いままさに求められているのではないでしょうか。組織としてのそれぞれの強みを出したほうがいいに決まっています。

地方創生の文脈でも、生き生きとしている地域は住民の顔が生き生きとして見えますね。そして、これから否応なく大合併という名の生き残りを迎える地域の金融機関が、これにどう関わるかは大変重要なポイントです。

岡本 そうですね。自治体職員にも知識が必要ですが、金融のシステムの勘所がわかる金融関係者が協力したほうがスムーズに決まっています。被災した住民にとってみれば、行政から支援金が出るかどうか、も大きな関心事ではありますが、銀行との契約がどうなるのか、という点のほうが、関心も強いのではないでしょうか。

私は、「罹災証明書」「被災者生活再建支援金」「災害弔慰金」「被災ローン減免制度」など巨大災害後の公的な支援を認知しておくことの重要性を説くことが多いです。ところが、多くの防災マニュアルでは、このような支援制度を必ずしも紹介していないのが実情です。単に「公助のひとつ」と思われ、「自助」「共助」による防災活動が中心の防災マニュアルのなかから見落とされているようにも思います。

ところが、各種の支援金にたどりつくためには、まさに「自助」の努力が必要なのです。「どこにいったらいいのか」「なにからはじめたらよいのか」「そもそも支援があるのか」。そのような声が巨大災害の現場で必ず起きるということを、「知識の備え」としてもっていてほしいのです。

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蛭間 素晴らしいですね。防災という社会課題の解決のために、法技術と金融技術の双方の貢献ができるかもしれませんね。たとえば、耐震化対策などの指針がありますが、法令水準をきめたら、あとは各々の自助努力になります。

ベースラインをきめるのは法律で、それを超える自助努力分を社会的な価値として認め、投資してインセンティブを与えられるのが我々金融でしょう。社会課題の解決に向かって、努力したものが損するのではなく、積極的に得をするような社会をデザインするために、それを支える専門技術が越境しながらつながっていくと面白いですよね。

岡本 やはり、被災した後にどのような制度を使えるのか、知ってもらうような教育が実施されるべきです。これは、誰もが、自分のため、家族のために知っておいてほしい知識です。もちろん、自治体職員や一定数以上社員がいる企業においては、教育プログラムの導入を必須としても良いのではないでしょうか。

蛭間 とても重要なことです。やはり法学部の学生や法科大学の院生でも、災害対策基本法や危機管理関係の知識を知らなかったりするのでしょうか。

岡本 災害があったときにどのような制度を使えるのか、という切り口で体系的に教える講座はいまのところ聞いたことがありません。だからこそ「災害復興法学」を自分でつくってしまったわけです。

「災害復興法学」では、たとえば「ローンの残っている家を津波で失った。職場も被災し、給与もでていない。いったいこれからどうしたよいのか」という、声にならない声に、どのような支援ができるのかを、あらゆる制度や法律を駆使して考えます。

「民法に照らせばこう解釈できる」「裁判例だとこういう権利がある」というだけでは、答えは導けません。目の前の声に、どうやって応えるのか、あるいは応えられないのなら、その次にどんな行動に移るのか。たとえば法改正の提言をするのか、その場合は、どんな「立法事実」が必要なのか、などを徹底的に検証します。

蛭間 実践的な法律家を育てる必要があると。

岡本 そのとおりです。災害時の法律解釈を学ぶことは、法律の限界を浮き彫りにしますし、逆に既存の法律の新たな可能性に気付くチャンスにもなります。

蛭間 そう考えると、岡本先生がいままさに挑戦されていることは、今後の日本いや世界の防災や危機管理についても貴重な財産ですね。日本の教育界は、グローバル人材強化に頑張っていると思いますが「ベンチャーをするにはシリコンバレー」のように「防災や危機管理を学ぶなら日本」のように世界に印象付けられるといいですね。

そして、法や金融のシステムを学んだ次世代の防災専門人材が生まれていく。私自身、若輩者ですし、防災の大先輩方が多く活躍されているなかで、弁護士と銀行員とが手を組んで、防災のフロンテイアを築いていく必要があると思います。

*本記事での各人の発言は個人の見解であり、それぞれが所属する各組織の公式見解ではありません。

プロフィール

蛭間芳樹日本政策投資銀行

株式会社日本政策投資銀行 環境・CSR部 BCM格付主幹。1983年、埼玉県生まれ。2009年東京大学大学院工学系研究科社会基盤学卒業(修士)、同年(株)日本政策投資銀行入行。企業金融第3部を経て2011年6月より現職。専門は社会基盤学と金融。世界経済フォーラム(ダボス会議)ヤング・グローバル・リーダー2015選出、フィリピン国「災害レジリエンス強化にむけた国家戦略策定(電力セクター)」アドバイザー、内閣府「事業継続ガイドライン第3版」委員、国交省「広域バックアップ専門部会」委員、経産省「サプライチェーンリスクを踏まえた危機対応」委員、一般社団法人日本再建イニシアティブ「日本再建にむけた危機管理」コアメンバーなど、内外の政府関係、民間、大学の公職多数。日本元気塾第一期卒業生「個の確立とイノベーション」。また、2009年よりホームレスが選手の世界大会「ホームレスワールドカップ」の日本代表チーム「野武士ジャパン」のコーチ・監督をボランティアで務め、2015年からはホームレス状態の当事者・生活困窮者・障がい者・うつ病・性的マイノリティ(LGBT)などが参加する「ダイバーシティ・フットサル」の実行員も務める。NHK-Eテレ2016年元日特番『ニッポンのジレンマ ―競争と共生―』に出演。著書は『責任ある金融』(きんざいバリュー叢書/共著)、『日本最悪のシナリオ 9つの死角』(新潮社/共著)、『気候変動リスクとどう向き合うか(きんざい/共著)』、『ホームレスワールドカップ日本代表のあきらめない力(PHP研究所)』などがある。

この執筆者の記事

岡本正弁護士

弁護士。医療経営士。マンション管理士。防災士。防災介助士。中小企業庁認定経営革新等支援機関。中央大学大学院公共政策研究科客員教授。慶應義塾大学法科大学院・同法学部非常勤講師。1979年生。神奈川県鎌倉市出身。2001年慶應義塾大学卒業、司法試験合格。2003年弁護士登録。企業、個人、行政、政策など幅広い法律分野を扱う。2009年10月から2011年10月まで内閣府行政刷新会議事務局上席政策調査員。2011年4月から12月まで日弁連災害対策本部嘱託室長兼務。東日本大震災の4万件のリーガルニーズと復興政策の軌跡をとりまとめ、法学と政策学を融合した「災害復興法学」を大学に創設。講義などの取り組みは、『危機管理デザイン賞2013』『第6回若者力大賞ユースリーダー支援賞』などを受賞。公益財団法人東日本大震災復興支援財団理事、日本組織内弁護士協会理事、各大学非常勤講師ほか公職多数。関連書籍に『災害復興法学』(慶應義塾大学出版会)、『非常時対応の社会科学 法学と経済学の共同の試み』(有斐閣)、『公務員弁護士のすべて』(レクシスネクシス・ジャパン)、『自治体の個人情報保護と共有の実務 地域における災害対策・避難支援』(ぎょうせい)などがある。

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