復興計画の作成をどのように進めるか

都市計画における「ビジョン」と「手段」

 

わたしの専門である都市計画は、狭義には都市計画法に規定される。「都市計画」という言葉に漠然としたイメージを描く人も少なくないだろうが、都市計画法には都市の計画を実現するための具体的な方法が体系的に定められている。その体系は大ざっぱに分けると、都市の将来を示した「ビジョン」と、それを実現するための「手段」で構成される。たとえるならば、ビジョンは家を建てるための設計図、手段は家を建てるためのノコギリや金槌などの道具ととらえるとイメージがわくだろうか。

 

少し都市計画に詳しい方は、「都市計画図」とよばれる、様々な色に塗り分けられ、道路の予定線が書き込まれた地図をみたことがあるかもしれないが、そこに書き込まれているのは手段である。そして、あまり目にする機会はないが「都市計画マスタープラン」とよばれる計画文書が別につくられており、それがビジョンとなる。

 

目標がないまま、設計図がないまま手段だけが先行してしまうと、都市を計画通りにつくることができない。それゆえに「手段をビジョン」に先行させてはいけない、ということがよく言われており、このことは、法定都市計画にかぎらず、さまざまな分野の計画においても同じことが言えるだろう。

 

津波被害地域において、復興は遅くはあるが着実に進んでいる。復興のための計画や事業の多くは都市計画法に位置づけられるものではないが、ビジョンと手段の関係に倣って考えてみると、そこではしばしば、「手段が先行している」「手段だけで議論がされている」ということが論点となっている。

 

もう少し卑近な話をすると、手段の選択が、補助金がつくかどうかで決まり、本当のニーズにもとづく正しいビジョンは二の次、事業費がついたところから進めていく、ということになってしまっている、ということだ。これは設計図も描かず、たまたまブルドーザーがもらえたから必要でもない大規模造成をする、たまたまドリルが余っているから道路でなくトンネルを掘る、というような暴挙である。

 

たとえば、被災地のあちこちで土地区画整理事業が行われようとしているが、土地区画整理事業の本質は「土地を入れ替える」ことと「土地を少しずつ提供してもらって道路等の都市施設をつくる」の2点にある。専門用語で、前者を換地、後者を減歩というが、Aさんの土地とBさんの土地をそれぞれが使いやすいように入れ替えてあげられるのが換地、Aさんの土地とBさんの土地をそれぞれ少しずつ削り、道路をつくるのが減歩である。これによりAさんの土地もBさんの土地も有効活用ができるようになり、土地の資産価値があがり、かつ公共的には道路が広い安全な空間ができる、被災者にとっても公共にとってもWIN-WINの手法である。

 

関東大震災以来、この土地区画整理事業は伝統的に災害復興の主要な手段となってきた。とくに阪神淡路大震災でこれが大々的に用いられたことは記憶に新しい。東日本大震災の被災地でもこれが多く用いられようとしているが、既述の通り、土地区画整理事業の本質は「土地の入れ替え」と「道路等の都市施設をつくる」ことの2点にある。

 

しかし津波ははっきりとした方向性をもって空間を破壊するタイプの災害である。ほぼすべての地権者は海から離れたところの再建を選ぶだろうからその動きは一方向的であり、「入れ替え」は向かない。また、阪神淡路大震災の土地区画整理事業で縦横に規則的に広い道路をつくったのは、火災の延焼を防ぐためのものである。波の動きと火の動きは異なるので、どれほど広い道路をつくったところで津波の被害は防げない。さらには、これらを通じても土地の資産価値はあがりそうになく、WIN-WINの関係をつくり出すことができない。

 

このように土地区画整理事業を津波復興に適用するには無理があるのだが、多くの都市では土地区画整理事業が真剣に議論されている。これは、土地区画整理事業しか道具がなかったからであるし、復興=区画整理、という関東大震災以降に刷り込まれた考え方が復興を主導しているからである。

 

 

「ビジョン」と「手段」のどちらが先行するべきか

 

では、復興に欠けているのはビジョンなのだろうか。手段の手をとめてビジョンを描き、それに従わない手段は破棄し、あらたな手段を実践すべきなのだろうか。

 

都市計画はビジョンと手段からなるという考え方は、近代的な考え方にもとづく。そして、わが国の都市計画は懸命にそれを実現しようとしてきた。しかし、歴史を紐解いてみると、じつは近代都市計画制度で最初にできたものは手段であった。

 

都市の改善(当時は「市区改正」とよばれた)のため、道路をどこにつくるのかを示したものが、わが国初の都市計画(1888年)である。そしてそれを先導するためのビジョンの制度として都市計画マスタープランが創設されたのは、そこからじつに遅れること104年後の1992年のことである。つまりは日本の都市計画の大半は手段で先導されてきたことが歴史的な事実である。

 

手段が先行しているという批判は近代都市計画の理想からすれば正しいが、平常時の都市計画ですら、歴史的には手段が先行してビジョンがそれを追認した。つまるところ手段は、分かりやすいのである。手段で議論をしたほうが行政と民間の力も糾合できるし、市民にとっても分かりやすい。

 

復興において、分かりやすいところから議論が始まるのは当然である。緊急時の復興において、すでに先行している手段の手をとめてビジョンをつくるべき、という主張はあまりにも弱く、動き出した社会をとめることはできない、というきわめて現実的な壁に突き当たってしまう。この点において「ビジョンをつくるべき」という主張もリアリティを持たないのである。

 

 

 

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