2013.06.14

地理空間情報の技術による東日本大震災における被災地情報支援

田口仁 空間情報科学 / 災害情報 / リスク情報 / 森林情報

社会 #震災復興#地理空間情報#災害対策基本法#東日本大震災協働情報災害プラットフォーム#ALL311#Web-GIS#eコミュニティ・プラットフォーム#eコミ

昨年6月に災害対策基本法の一部が改正された。東日本大震災の教訓にもとづき、多くの点が改正されたのだが、そのなかのひとつに、災害応急対応の責任者に対して、地理空間情報の活用や情報共有をするよう、努力義務が明記された。

地理空間情報とは、仕組みは後述するが、情報に位置が紐付いたものであり、位置(地理座標)をキーにして、各種地理空間情報を統合的にあつかうことで効果を発揮する。

災害対応は「いつ」、「どこで」、「なにが起きている」、「なにをしている」という情報が重要である。そして、さまざまな主体がおこなう災害対応を、効率的かつ効果的にするためには、さまざまな情報を総合的に判断することが大切であり、そのためにも位置情報の共有はとくに必須なのである。したがって、情報を統合するための手段として、地理空間情報と、それをあつかう技術はきわめて重要となる。

東日本大震災において、わたしが所属する独立行政法人防災科学技術研究所(以下、防災科研)の研究員有志と、ご支援をいただいた団体・個人の方々とともに、地理空間情報の技術(地理情報システム)を活用した被災地の情報支援(東日本大震災協働情報災害プラットフォーム:ALL311)を震災直後から実施してきた。活動内容はあとに説明するが、インターネットをもちいた地理空間情報をあつかう技術(Web-GIS)と、インターネットによる地理空間情報の流通技術により、上記の法律で目指している地理空間情報の共有を実践し、被災地の災害対応を情報面で支援した。

本稿では、地理情報システムについての簡単な説明と、インターネットを使った地理情報システムの技術を説明した上で、災害対応におけるWeb-GISとインターネットによる地理空間情報の流通技術のメリットを紹介する。そして、実際に被災地において実践したWeb-GISによる情報支援を紹介し、課題や今後の展望をのべたいと思う。

インターネットとGIS

地理情報システム「GIS」は、Geographic Information Systemの略である。「位置や空間にかんするさまざまな情報を、コンピュータをもちいて重ねあわせ、情報の分析をおこなったり、情報を視覚的に表示させるシステム(地理空間情報活用推進会議 GISポータルサイトより)」と説明されることが多い。ここでいう「位置や空間にかんするさまざまな情報」というのは、現実世界にあるモノを、点・線・面で抽象化して表現した図形のことである。この図形を表現するための座標が、緯度・経度のような地理座標で記述されており、これらを地理空間情報と総称する。

GISで取りあつかう点・線・面のデータの例について説明する。点のデータとしては、消火栓のような地点として表現するのに適したデータがあり、線のデータは、道路といった線として表現するのに適したデータがある。また面のデータとしては、浸水エリアのような領域として表現するのに適したデータがある。

ここで示した、消火栓、道路、浸水エリアの各データは、それぞれ別のデータ(レイヤと呼ぶ)として、コンピュータ上で保存されており、これら別々のデータをパソコンの地図画面上で重ねあわせて可視化することで、新しい発見が生まれたり、レイヤにある図形(地物)との近さや重なり具合による定量的な分析などが可能となる。

点・線・面のデータとは別の種類のデータとして、画像データがある。たとえばGoogleマップなどで表示されている航空写真や衛星画像がこれにあたる。地図の投影法にあわせて画像データを変形・補正したものであり、このような画像データを下敷きに、点・線・面のデータを、GISを使って画面上に重ねあわせて可視化する。

地理空間情報を可視化や分析するための道具は、パソコンにインストールできるデスクトップ型のGISソフトウェア(フリーのものや有償のものがある)を利用することが多く、おもに技術者や研究者などが利用していた。しかし、2000年代にはいってからはインターネットの普及にともない、Web上でGISをあつかうケースが増えてきており、これに関する技術を総称してWeb-GISという。

初期の頃は、Web-GISの中心的な用途は、ウェブサイトに地理空間情報を閲覧できるサイトを構築・公開することだったが、パソコンにインストールするソフトウェアと同じような高度な機能を有するGISソフトウェアが、ウェブブラウザから利用できるようになってきたため、インターネット上(いわゆるクラウド)にあるGISソフトウェアを構築および利用することが容易になった。

インターネットの普及による大きな変化としては、地理空間情報をあつかう道具(ソフトウェア)だけでなく、地理空間情報というデータ自体の流通が簡単になったことも見逃せない。一時期、複数のサイトのデータを組みあわせるマッシュアップという言葉が流行したが、インターネット上にある地理空間情報を動的に取得し、それを一元的に表示することが簡単になったのである。それを実現するためのデータ流通の標準技術については、ISO等により国際標準が策定されており、それに対応したソフトウェアは商用およびオープンソースを含めて数多く存在している。

災害対応におけるWeb-GISのメリット

Web-GISとインターネットによる地理空間情報の流通技術が容易に利用可能になったことで、本稿の冒頭でのべた、災害対応における地理空間情報の共有や統合の重要性が容易になったことはメリットとして非常に大きい。

たとえば、被災直後に撮影された航空写真が、インターネット上に地理空間情報として配信サーバから公開されれば、GISソフトウェアが即座にそのデータを取得して、地図上に重ねあわせることが可能になる。さらに、別の機関が、たとえば道路の通行状況の地図を公開していれば、それを取得することで地図上に簡単に重ねあわせることができ、被害状況の把握と被災地の道路の通行状況を把握することが容易に可能となる。

また、地理空間情報はデータのファイルサイズが大きいことが多いが、地理空間情報を配信するサーバとGISソフトウェアとのあいだで、必要な地理的な範囲だけを切り出して地図画像としてやりとりすることによって、地理空間情報そのものを取り込む処理が必要なくなる。このような流通方式はすでに標準化されており、それによって、GISソフトウェアを使い容易に地理空間情報を統合および可視化できるようになった。

上記のように、GISソフトウェアを使うことで外部の地理空間情報を取得表示は容易にできる。ただし、パソコンにデスクトップ型のGISをインストールして利用している場合、自らつくった情報はパソコン内にあるために、共有するにはどこかのサーバで公開しなければならず、その準備が大変だ。一方、デスクトップ型ではなくWeb-GISを利用した場合、自らが作成している地理空間情報の公開・共有という目的も容易に実現できる。というのも、Web-GISの場合、災害対応に関する情報そのものはデスクトップ型のGIS同様、自ら地図上へ登録するわけだが、地理空間情報はウェブサーバ上にあるため、その情報を公開することによって、ほかの人との共有が容易に実現できるのだ。

さらに、あらかじめWeb-GISが構築されていれば、インターネットのブラウザと通信端末があれば、どんなパソコンであっても、そのWeb-GISへアクセスしてすぐに利用が可能であり、利用するパソコンに依存しない。また、Web-GISがあるサーバはインターネット上にあるため、ツール自体のメンテナンス等の後方支援は被災地外でもおこなえる。ほかにも、ユーザ自身が被災してしまった場合でも、サーバは被災地外の頑強な場所にあれば、Web-GISのサーバの被害が受けにくく、パソコンと通信端末があれば利用を開始できるのもメリットである。

Web-GISを使った被災地情報支援

2011年3月11日に発生した東日本大震災における、Web-GISを活用した被災地情報支援について事例紹介する。

筆者らは震災前から、上記のことが実現できるGISソフトウェアとして、Web-GISの開発をおこなってきた。これは、海外のオープンソースの地理情報システムを組みあわせ、地図の重ねあわせや情報追加編集、地図印刷等ができるようにカスタマイズをおこなったもので、「eコミマップ」という。

このシステムは、官民のさまざまな主体が保有するハザードマップや被害想定、防災情報などの各種地理空間情報を、インターネットを使って相互に利用できる形式で流通させ、情報共有および協調連携を容易に実現する「分散相互運用」のコンセプトにもとづく。その実現のために、インターネットを介した国際標準の地理空間情報の流通方式(いわゆるAPI等)をもちいて、シームレスかつ即時的に情報を流通させることを実現している(図1)。

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また、Web-GISだけでなく、ブログ等が書けてホームページとして情報発信が容易に可能なCMS「eコミグループウェア」もあわせて開発しており、eコミマップを含めて、「eコミュニティ・プラットフォーム (以下、eコミ)http://ecom-plat.jp」という名称で、オープンソースによる無償公開を震災前からおこなっている。本震災では、このeコミを活用して、被災自治体を中心にクラウド環境による情報システムの支援を実施したのである。

東日本大震災のように広域かつ大規模な災害発生の直後は、被災地内から被害の状況や支援ニーズを発信することが困難となる。こうした初動期には、被災地を支援する被災地外の国や自治体、NPO、民間事業者が、機動的に被災地支援を展開するための準備を進めることが重要である。そして、被災地支援に必要な各種情報を収集し、被災自治体等当事者を含め関係者間による情報共有が不可欠となる。

そこでeコミを使って、被災地支援に必要な各種情報を集約するポータルサイト「ALL311:東日本大震災協働情報プラットフォーム http://all311.ecom-plat.jp/」を2011年3月14日に開設した。関係機関に同ポータルサイトへの情報提供と被災地支援のための協力の要請、被災地に対しては支援が可能なことを呼びかけた(図2)。

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このサイトは、当研究所の研究員をはじめ、以前からつながりのある個人や団体、関係機関等に協力を呼びかけ、被災地を支援するための各種情報の収集をおこない、とくに被災地支援に有効な地理空間情報の所在情報の収集に力をいれた。地理空間情報は、国際標準の流通方式の場合は、eコミマップで重ねあわせできるよう、前述した国際標準の地理空間情報の流通方式に変換をおこなって配信し、データ自身が公開されていた場合はダウンロードをして、情報を集約し公開した。

eコミマップで利用できた地理空間情報は、写真地図はJAXAが撮影した被災直後の「だいち」衛星画像、国土地理院やNTT空間情報等の民間が災害発生後に撮影した航空写真がある。さらに、基盤的な都市地図やゼンリンの住宅地図、公共施設、指定避難所等の位置情報などを重ねあわせた地図、ITS Japanが公開した通れた道マップなどがある。

ALL311のウェブサイト自体は、リンク集のように見えるかもしれない。しかし、これとは別に、クラウド環境を民間企業から提供を受け、被災地災害対応者向けのWeb-GISを構築し、被災地が自ら活用してもらった。以下、実際の事例を紹介する。

被災地で実際にWeb-GISを活用した事例

宮城県災害ボランティアセンターを運営する県社会福祉協議会に対しておこなった支援を紹介する。

宮城県災害ボランティアセンターおよび各市町村の災害ボランティアセンターの広報用サイトとしてeコミグループウェアを構築した。トップページは県の災害VCのページとなっており、そこから各市町村の災害VCのページに飛べるようになっている(http://msv3151.c-bosai.jp/)。災害VCのページには、開設状況や活動状況を書き込み、公開をした。

サイト内にはeコミマップが組み込まれており、ボランティアセンター自身がVCの位置やボランティアの生活を支援する周辺施設を紹介するマップを、eコミマップを使って作成して公開できるようになっている。

一方で、非公開の地図ではあるが、被災後の航空写真や住宅地図を下敷きにしながら、地域住民から集約したボランティアニーズを地図上にプロットして管理していた。さらに土地勘が無い外部のボランティアに対して地図を印刷して渡し、住民等からのニーズとボランティア進捗状況の管理などをおこなった。(図3)

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宮城県にある各ボランティアセンターには、ALL311で支援を受けたノートパソコンやデータ通信のための通信端末をもちいて支援をおこなった。eコミは前述の通り、支援を受けたクラウドサーバをもちいた。また、eコミを活用するために、県社協と共同で情報ボランティアを募集し、被災地でボランティアセンターの方とともにeコミを活用した。

eコミマップを使用して復旧業務をおこなった自治体として釜石市がある。震災から1か月経過したころから、民有地のがれきの撤去を開始したが、住民からの問い合わせを受け付け、地図でその場所を確認する業務が膨大に発生した。そこで、筆者らはeコミマップを提供し、市民から受け付けた内容を地図上にプロットし、がれきの撤去状況を画面で登録して進捗を管理できる環境を提供した。これにより、迅速かつ効率的に業務を実施することができた。(図4)

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庁舎が被害を受けた岩手県陸前高田市および大槌町では、eコミマップをもちいて罹災証明の発行を支援した。ただし、これは庁舎の通信環境の問題や、データベースに登録するデータが個人情報であることから、Web-GISとして利用したのではなく、オフラインの環境で利用した。陸前高田市では、eコミマップをベースに罹災証明を発行する機能を追加・拡張し、インターネットには接続せずに閉じたローカルネットワークを構築して発行業務を実施した。

一方、大槌町では、各ノートパソコンにeコミマップをインストールし、罹災証明の際の参考情報として被害調査結果と航空写真を地図へ登録して、窓口で参照された。両自治体は、航空写真や住宅地図をインターネットが接続できる環境において地図画像をキャッシュして保存し、そのデータをうつして利用することで解決した。(図5)

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課題

本稿の前半で、Web-GISとインターネットによる地理空間情報の流通について説明したが、このような技術が確立していて、情報共有ができる仕組みがあるのにもかかわらず、東日本大震災においては、そのような仕組みを活用して、被災地支援および災害対応をおこなう機関がほかにまったくなかったことは大きな課題である。

ALL311自体は、Web-GISとインターネットによる地理空間情報の流通による被災地支援、被災地災害対応をする環境がほかに一切無かったため、現業機関ではない研究所の研究員が実施したものである。したがって、今後はこのような仕組みを、災害対応をおこなう主体が平時から構築していくべきであり、そのための社会的な体制構築をおこなっていくことが必要である。

本稿の冒頭で災害対策基本法の改正についてのべたが、このような法律ができたにもかかわらず、それを実現するための地理空間情報をあつかうツールがどうあるべきか、どのような技術的な標準で地理空間情報を流通させて、情報共有を実現するのか、平時からどのように準備をしておき、通信を含めてどういう後方支援をおこなうべきか、というような具体的な議論はまったく進んでいないのが現状である。

図6は、インターネットを使った地理空間情報の流通方式やWeb-GISによる災害対応の目指すべき姿をしめしたものである。地理空間情報を流通するためには、そのデータがどこにあるのかという情報が必要であり、地理空間情報を流通させる予定の機関は、メタデータを平時から作成してクリアリングハウスへ登録しておき、それを災害対応者が検索し、その地理空間情報が災害対応へすぐに利用できる環境が重要だと考えている。

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このようなことを実現するためには、災害対応を実施する実務官庁(たとえば、内閣府、国土交通省、総務省、消防庁、防衛省など)の横の連携や、実際に災害対応をおこなう地方自治体、ライフライン企業など、官民が一体となって議論していかなければならず、国の旗振りのもと、さまざまな機関が協力していくことが求められる。その際に、今回おこなった被災地情報支援の事例は、今後の参考になると考えており、わたしたちが今回のような情報支援をしなくて済むような仕組みにしなければない。

おわりに

本稿では、最初に地理情報システム(GIS)の説明から入り、インターネットによるGISの利用(Web-GIS)と地理空間情報の流通技術について説明し、これらの技術の災害対応における有効性について説明した。そして、このような技術を使ってわたしたちがおこなった被災地の情報支援(ALL311)を紹介した。

起こり得る大規模広域災害にたいして、今回の被災地情報支援の教訓を活かし、官民恊働で地理空間情報の流通および共有が実現し、Web-GISを使った災害対応を実現に貢献していきたいと考えている。ただし、これは技術だけではない問題が数多く含まれており、一歩ずつ進めていくことが重要であろう。

参考文献

長坂俊成・坪川博彰・須永洋平・李泰榮・田口仁・臼田裕一郎・船田晋:情報技術による東日本大震災の被災地支援-宮城県および岩手県での活動事例-, 東日本大震災調査報告 , 防災科学技術研究所主要災害報告, No.48, pp.141-160, 2012.

長坂俊成:記憶と記録 311まるごとアーカイブス(叢書 震災と社会), 岩波書店, 2012.

 

プロフィール

田口仁空間情報科学 / 災害情報 / リスク情報 / 森林情報

(独)防災科学技術研究所社会防災システム研究領域研究員。博士(工学)。空間情報科学、災害情報、リスク情報、森林情報が専門。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了(2004-2006年)、東京大学大学院工学系研究科社会基盤学専攻博士課程修了(2006-2009年)。2009年より現職。Webを介した自治体および地域住民の防災対策支援システムの研究開発、地理空間情報を主とした災害リスク情報の流通およびオープンデータ化のための研究開発に従事。全国各地で自治体や地域住民と実証実験を展開している。

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