一度も稼働しないバターン原発はいま

REMEMBER FUKUSHIMA、福島を忘れない

 

東日本大震災とその後の原発事故、放射能汚染から3年を迎えた今年3月11日、世界中で追悼式や事故再発防止に向けたシンポジウムなどが開催された。

 

日本の南の隣国フィリピンの首都マニラから西へ約80キロ、車で約3時間のところにあるバターン半島のモロンでも、市民が集まり、「REMEMBER FUKUSHIMA」と書かれた横断幕を手に、静かに福島への思いを寄せた。

 

人々が特別な思いを持って福島の事故収束を祈るのは、この地域には原発を巡り、世界的にも稀有な歴史があるからだ。それは、建設されたものの、一度も稼働しない「バターン原発(モロン原発)」があることだ。しかも、その原発は一般市民、海外からの観光客などの見学を受け入れている。

 

なぜバターン原発は一度も稼働していないのか。また今後、稼働する可能性があるのか。昨年、このバターン原発を福島県の高校生とともに訪ね、その問題を考えた。

 

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「バターン」は現地語で「バタ(子ども)アン(場所)」、「子どもが遊んでいるところ」の意味だ。その地名通り、原発サイトの近くには風光明媚で穏やかな波の小さな海岸がたくさんあり、浜辺に降りていくと、子どもたちが波遊びをしている平和な風景が広がっていた。

 

 

シノドス バターン死の行進の石の道標 起点0マイルの道標

バターン死の行進の石の道標 起点0マイルの道標

 

 

一方で、日本にとっては厳しい歴史の縁もある。1941年の太平洋戦争でフィリピンに侵攻した日本軍は、米国、フィリピンの兵士や民間人ら捕虜を歩いて長距離移動させた。「バターン死の行進」として知られているこの強制連行によって、多くの捕虜が死亡した。

 

マニラからバターン半島に向かう山道には、いくつもの白い石の道標(マイルストーン)が目印として建っている。日本とフィリピンの歴史が交錯する場所だけに、東日本大震災後の大規模な爆発事故とそれに続いて今でも汚染水を吐き出している眠らない東京電力福島第一原発と、一度も稼働しないまま静かに操業凍結されている眠った巨大なコンクリートの塊であるバターン原発との正反対の結末が、皮肉なものとして迫ってくる。

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.222 特集:沖縄

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・宮城大蔵「静かに深まる危機——沖縄基地問題の二〇年」

・北村毅「戦争の『犠牲』のリアリティー:当事者不在の政治の行く末にあるもの」

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