多数決型と多様性の間で揺れるトルコ民主主義――大統領選挙と大統領制導入問題

トルコの大統領は2007年の憲法改正を受け、国会議員による選出ではなく、国民による直接選挙で選出されることとなった。そして8月10月に、初の直接投票による大統領選挙が実施され、レジェップ・タイイップ・エルドアン首相が第1回投票で過半数を獲得し当選した。

 

同日夜、エルドアン首相は支持者らを前に勝利演説を行い、「今日の勝者は私だけではなく、トルコ国民の意思と民主主義だ」と述べた。エルドアンは8月28日、正式に大統領に就任し、前日に公正発展党(AKP)の新党首に選出されていたダウトオール前外相を首相に指名、組閣を要請した。

 

こうしてエルドアン大統領・ダウトオール首相の新体制が発足することとなった。憲法改正によって、大統領の任期は7年再選不可から5年2期までとなり、エルドアンは次期選挙で再選すれば、最長で2024年まで大統領職に留まることが可能である。

 

トルコの政治制度は議院内閣制であり、大統領には一定の立法権および行政権が付与されているものの、その権限は首相に比べて弱い。しかしエルドアンは、トルコで初めて国民から直接選ばれた国家元首として、これまでの大統領よりもより強い権限を行使すると明言している。さらにエルドアンは安定した政治運営とより迅速な政策決定を実現するためとして議院内閣制から大統領制への移行が必要と訴えている。大統領制導入が実現すれば、トルコ政治にとって大きな変化となるだろう。

 

そこで本稿では、まず今回の大統領選挙の意味と選挙結果を整理する。そしてAKPが提案する大統領制について検討する。この検討のなかで、厳格な三権分立に依拠するアメリカ型の大統領制度とは異なり、AKPの求める大統領制では三権分立の原則が緩められていることが明らかになるだろう。大統領制への移行に対する反対もトルコでは根強く、2015年6月に予定されている総選挙を前に、大統領制は今後の大きな政治争点になると思われる

 

 

反政府デモ、汚職捜査、パラレル国家

 

2002年に政権の座に就いて以来、AKPは2007年および2011年の総選挙で国民から再任され、2004年、2009年、2014年の統一地方選挙にも連勝、憲法改正の是非を問う国民投票でも改正案を可決させてきた。AKPが初めて戦った2002年総選挙を含め、今回の大統領選挙まで全戦全勝ということになる。経済が順調に成長し、その恩恵が広く国民に行き渡ったことがAKP人気の要因だ。また、有権者の多くは、エルドアン政権であれば今後も経済的繁栄が続くと信じ、AKPを支持してきた。

 

しかしながら、AKP政権が11年目を迎えた2013年、エルドアン首相は3つの大きな国内問題に直面していた。

 

ひとつは日本でも注目を集めた、2013年5月末から6月にかけて発生したゲジ公園反政府運動である。この抗議運動には、非常に大規模なものとなり、AKPのイスラーム主義に強い嫌悪感をもつ都市部の世俗派や左派、エルドアン政権の新自由主義的経済政策に批判的な人々、そしてイスラーム的価値観を重視しつつもエルドアンのデモに対する強行措置を「やりすぎ」と憤った保守層など、多種多様な集団が参加した。

 

エルドアン首相はデモに対して一切の妥協を示さず、最後まで対決姿勢を維持した。しかし批判の対象をもっぱら都市部の世俗主義勢力、特に治安当局に激しく抵抗した一部の過激な集団に絞り、さらにこうした集団はトルコの台頭を妨害しようとする外国勢力や金融業者らとつながっていると訴えた。一方で、治安当局の強行措置に対する純粋な憤りから政権を非難した市民や宗教的保守層に対してエルドアン政権は強い反発を示すことはなかった。こうした戦術により、エルドアン政権は政府批判の分断に成功する。結局、この抗議運動は7月下旬には沈静化した。

 

第二の問題は、昨年12月に始まり、エルドアン政権を揺るがした大規模な汚職捜査である。現役閣僚の子息のみならず、エルドアンの子息も贈収賄に関与したとして捜査対象となった。首相にも疑惑が及んだ。首相と息子の電話内容とされる音声データがインターネットに流出したからだ。この会話記録には、汚職捜査が始まった12月17日にエルドアン首相と思われる男性が息子に対して、自宅に隠した現金を隠すようよう指示している。

 

会話記録の流出後、エルドアン首相は即座に音声データは偽物と反論、汚職疑惑の対象となった閣僚を辞めさせ内閣改造を行い、体制の立て直しを図る。さらには捜査を担当していた警察官を大量に更迭・異動させ、捜査の封じ込めを行った。

 

同時に首相は一連の捜査は「パラレル国家」による政府転覆計画だと反論した。ここでいう「パラレル国家」とは、警察や司法内部に入り込んでいるトルコの有力なイスラーム社会運動のひとつ、ギュレン運動の賛同者らが形成したもう一つの権力構造のことである。

 

ギュレン運動は、米国ペンシルヴァニアで事実上の亡命生活を送るトルコのイスラーム指導者で説教師のフェトフッラー・ギュレンのイスラーム社会運動である。トルコだけでなく世界各地に支持者・賛同者のネットワークがあり、イスラーム的価値の実践を通じた社会変革を唱える市民運動体である。しかしギュレン運動の支持者らは市民社会だけではなくトルコ政府内、特に警察や司法においてもネットワークを構築していると疑われている。

 

政治政党であるAKPと、社会運動組織のギュレン運動との間には有機的なつながりはないものの、イスラームを重視する政治を求めるという点では一致する。さらに両者ともに長年トルコの世俗主義体制から、特に軍部から敵視されてきた点でも共通項がある。

 

そこで両者は2003年から2009年頃まではEU加盟交渉による民主化改革をテコにして軍部の政治的影響力を削ぐことに力を注いできた。AKP政府が法改正などにより文民統制を強化する一方、検察内部のギュレン運動の支持者が軍の一部による政府転覆計画をリークし、軍部を追い詰めていったと考えられている。

 

しかし軍部の封じ込めという共通の目標がなくなると、その後はいくつか重大な政治問題をめぐり齟齬が目立つようになり、AKPとギュレン運動は袂を分かつことになる。昨年来、エルドアン政権は統治機構からギュレン運動を一掃すると公言している。

 

もちろんギュレン運動側はこうした「パラレル国家」の存在を否定しているが、このエルドアン政権とギュレン派との抗争がトルコ政治における大きな不安定要因であり、エルドアン政権が昨年来直面していた第三の問題だ。

 

こうした中で今年3月には統一地方選挙が実施された。ゲジ公園デモ以降、エルドアン政権の強権的な政治手法が批判され、12月には大きな汚職スキャンダルが発生し、ギュレン運動との対立が高まる中、AKPがどれだけ得票するのか注目されたが、選挙結果はAKPが45%の得票で野党を圧倒した。

 

 

 

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