ヨーロッパ社民の対抗戦略  

「赤いエド」なのか?

 

イギリス労働党の党首にエド・ミリバンドが選出された。「ミリバンド」と聞いて、政治学者がまず思い浮かべるのは、マルクス主義研究者のラルフ・ミリバンド。エドはラルフの次男である。

 

エドと党首選で争った長男デイヴィッドも、ブレア政権を盛り立て、つづくブラウン内閣で外相を務めた政治家である。ジェフリー・アーチャーの「ケインとアベル」ほどではないにしても、ドラマティックな展開である。

 

9月に行われた党首選では、ブレア流の「ニューレーバー」路線の象徴たるデイヴィッドと、ブラウンのブレーンでもあった「赤いエド」の実質的な一騎打ちとなった。そしてエド・ミリバンドは、労働党のコアな支持者や労組の票をまとめ、僅差で兄を破った。

 

エドは、党首としてはじめての演説で、「労働党の新しい世代は違う。違った態度、違ったアイディア、違った政治手法をとる」と宣言した。

 

「赤いエド」と巷で喧伝されるほどには、エドは左派色を鮮明にしているわけではなく、演説でも「社会民主主義」という言葉は一度も使われることがなかった。演説を受けて、英フィナンシャル・タイムズ紙は、ミリバンドの労働党は「中道で統治する意思を明らかにした」と論評している。

 

しかし、若き党首がロンドンでのゲイ・パレードを引き合いに出しつつ、労働党政権下で同性婚が認可されたことを、同政権の成果として誇ったように、より個人主義的で開かれた政治を目指していることはたしかである。

 

いずれにしても、「ニューレーバーの終わり」を唱えたエドが選出されたことは、もしかしたらヨーロッパの左派にとって大きな意味をもつかもしれない。

 

「ニューレーバー」とは、周知の通り、1990年代からつづいたブレア元首相による「オールドレーバー」からの脱却の試みであり、ここから生まれた「第三の道」を唱えたことが、1997年の18年ぶりの政権奪回につながった。

 

このブレア路線に異議を唱えるエドが、このままつぎの総選挙で政権交代をもたすとすれば、それは新たなヨーロッパ社民主義のモデルの誕生を意味するかもしれないのだ。

 

 

「ソリッド」vs「リキッド」な近代

 

乱暴を承知で、社民主義を一言で表現すれば、「生産関係を基盤にした政治における改革主義」のことだといえるだろう。したがって、1970年代のオイルショックによって戦後の経済産業構造が転換するのと同時に、多くの国で左派勢力が勢いを失い、ついで80年代に新自由主義勢力の台頭をみたのは偶然ではない。

 

反対に、80年代の新自由主義は、「個人主義を基盤にした自由市場主義」である。ここでかつての社民主義の核となっていた、生産関係を基礎にした連帯や進歩主義は崩壊することになった。

 

社会理論家のバウマンは、現代が経済成長・集団・組織・教育・共同体・長期性といった要素から成り立っていた「ソリッドな近代」から、解放・消費・自由・選択肢の増大・短期性を所与とする「リキッドな近代」へと移り変わったと論じる(森田典正訳『リキッド・モダニティ』)。

 

 

規型や形式はもはや生活政治(ライフ・ポリティックス)にさきだち、生活政治の枠組みを決定するようなものではなく、逆に生活政治を追いかけ、生活政治の変化にあわせて形づくられるものになった。液状化の力は「体制」から「社会」へ、「政治」から「生活政治」へおよび、社会生活の「マクロ」段階から「ミクロ」段階へと降りようとしているのである。

 

 

もちろん、「ソリッド」な近代は、流動性が低いから閉鎖的で抑圧的な側面がある。それに対して、「リキッド」な近代はより開放的ではある。だが、共同体や所属から放出されて個人化が全面化し、これにリスクや不安が付随する。

 

 

「ネオリベ」の承認

 

90年代後半は、ブレア労働党だけでなく、ドイツのSPD(社民党)、フランスの社会党などを中心として、ヨーロッパ主要国で左派政権がつぎつぎに誕生し、「バラのヨーロッパ」(バラは社民・社会主義の象徴)などと呼ばれた(当時の雰囲気は、高橋進『ヨーロッパ新潮流―21世紀を目指す中道左派政権』に伺うことができる)。

 

その背景には、戦後体制のなかで完成し、70年代に破綻した社民主義/社会主義レジームを左派政党が捨て去り、80年代の新自由主義レジームと妥協する姿勢が評価されたことがある。

 

当時、英ブレア首相と独シュレーダー首相が共同で発表した宣言、「新たな中道/第三の道」はつぎのように謳っていた。

 

 

われわれの政治を、今日の現代的で新たな経済の枠組みに適応させなければならない。それは、企業に付随するものではないが、しかし政府は企業を支持するためにあらゆることを遂行するということを意味する。市場の本質的な機能は、政治行為によって妨げられるのではなく、補完され促進されなければならない。われわれは市場経済を支持はするが、市場社会は支持しない。

 

 

つまり、80年代に新自由主義が誕生した前提を受け入れて、より「マーケット・フレンドリー」で「ビジネス・フレンドリー」な政治を行うことを約束したことで、90年代の社民は信頼をふたたび獲得、政権与党としてリバイバルすることができたのである。

 

しかし2000年代後半に入り、オセロのように情勢がひっくり返り、ふたたびドイツやフランス、北欧諸国で保守政権による政権交代が、相次ぎ実現された。

 

その理由を知るには、バウマンの区分がまたしても参考になる。すなわち、「リキッド」な近代にあって、個人化が不安やリスクを促進するのであれば、世界不況や9.11同時多発テロを背景とした、漠然としたセキュリティ意識の高まりは、「個人概念」をベースにした保守派に有利に働くからだ。

 

さらに福祉国家の揺らぎは、移民が自国人の権利を侵害しているという「福祉ショーヴィニズム」を招き寄せる。以下にみていくように、21世のヨーロッパ保守も、やはり新自由主義の承認によって、その性質を変化させたのである。

 

 

 

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