韓国という「国のかたち」――朴槿恵大統領の弾劾というケース

次期大統領選挙のゆくえ

 

韓国における政治ゲームで最も重要なルールは、大統領選挙にせよ総選挙にせよ統一地方選挙にせよ、選挙日程がずっと先まで固定されていて、それぞれの間隔が毎回変化するということである。政治家も政党も有権者も、各アクターはこのことを織り込んでそのつど「後ろ向き推論(backward induction)」を行っている。

 

朴槿恵大統領も、2007年8月20日にハンナラ党の党内予備選挙で負けた瞬間から、12年12月19日の大統領選挙に向けて準備を始め、李明博政権に対しては「与党内野党」と形容されるくらい協力しなかった。

 

今回、憲法裁判所による弾劾審判の結果次第で朴大統領が罷免になるかもしれないということは、こうした計算がもはや次期大統領選挙に関して成り立たなくなっていることを意味する。事実、罷免を前提にした選挙戦がすでに始まっている。それだけでなく、「闕位」に伴う選挙で就任した首長の任期は、前任者の残余期間となる地方の知事・市長・郡守・区長とは異なり(公職選挙法第14条第3項)、大統領の場合だけ丸々の5年間となるため(憲法第68条第2項・第70条、公職選挙法第14条第1項・第35条第1項・同条第5項)、選挙サイクルも今後変わることになるかもしれない。

 

最有力候補は野党第1党「共に民主党」元代表で、前回の大統領選挙で朴槿恵に敗北した文在寅である。大統領選挙が早いほど自らに有利であると考え、弾劾訴追後も、朴大統領に対して憲法裁判所による決定を待たずに即時退陣することを求めている。その他の公務員とは異なり、大統領だけは弾劾審判中であっても自ら辞任できるのかに関する法理上の争い(国会法第134条第2項)とは別に、政治的な思惑が明らかで、当初「秩序ある退陣」を唱えるなど主張に一貫性がないこともあって、支持率は横ばいである。

 

他方、朴大統領の「即時退陣」「拘束・収監」など旗幟を鮮明にすることで支持率を急上昇させ、一気に文在寅に迫っているのは、「韓国のサンダース」を自称する李在明・城南市長である。大統領選挙が前倒しになるということは党内予備選挙の方法も流動化することを意味するが、李在明は決選投票制の導入を主張し、「反・文在寅」の結集軸になろうとしている。

 

今後も「サンダース」が善戦すると、「ヒラリー」の政策位置が「左旋回」することが予想される。

 

与党セヌリ党はそうでなくても党内に有力候補が一人もいないばかりか、朴大統領との共同責任、「共犯」が問われて支持率が急落し、野党第2党「国民の党」を下回る水準である。弾劾訴追案に関する可否は党内で真っ二つに割れ、「親朴」「非朴」の間の対立は膠着したままで、分党の直前である。期待するのは、2016年12月末で国連事務総長としての任期を終える潘基文の擁立だが、朴大統領が離党せず、「親朴」が執行部を独占しているセヌリ党のままでは、実現可能性が低いだろう。

 

「国民の党」元代表の安哲秀も、この間支持率を下げたが、政界再編に活路を見出すかもしれない。そもそも、安は、前回の大統領選挙で自らが辞任することで文在寅に候補者を一本化し、その後、新党にも共に合流したが、文と決別して新たに結成したのが「国民の党」である。その場合、憲法改正が軸になり、潘基文と安哲秀の連携の可能性も出てくる。

 

いずれにせよ、大統領不在の中、国会で国政の主導権を事実上握っている「共に民主党」に対抗するために、政党間、候補者間で従来の枠組みをこえた合従連衡の動きが盛んになることは間違いない。

 

選挙は、有権者が候補者や政党に対して、業績や公約、政治家としての資質などを基に国政を委任すると同時に、責任を問う機制で、代議制民主主義の根幹を成している。

 

韓国大統領選挙の場合、現職の候補者が常にいないため、過去の業績を評価するよりも将来に対する期待投票になりやすい。しかも、政党も(大統領)選挙のたびに再編されるため、委任と責任の連鎖が政党を通じて担保される「政党政治(party politics)」も実現しにくい。事実、朴槿恵大統領は、大統領選挙に先立つ総選挙において、「与党」ハンナラ党から「新党」セヌリ党へと再編することを通じて、現職の李明博との差別化に成功した。その反面、党内予備選挙も含めると2007年と12年の2回、大統領選挙を通じてトップリーダーとしての資質が検証されたはずであるが、全く不十分だったということである。

 

政策も、「経済民主化」という「時代精神」を先制することで対立軸の打ち消しには奏功したが、大統領就任後はこれといった成果を残せず、むしろ格差の拡大、「銀のスプーン」と「土のスプーン」の間の対立、「甲の横暴」の争点化につながった。

 

今回、各候補者の資質の検証がこれまで以上に喫緊の課題だが、選挙日程が不確実で、政党の枠組みも流動的になる中で、業績や公約などと合わせてどのように評価するのか、有権者も「本人」としての力量が問われている。罷免に伴う大統領選挙の場合、政権引き継ぎの期間を経ることなく、当選と同時に大統領に就任することになるため、なおさらである。

 

憲法裁判所の弾劾審判の結果、朴大統領が罷免されることになれば、「60日以内」に大統領選挙が実施されることになるが、選挙戦は事実上すでに始まっているため、大統領権限代行の黄教安には「公正な選挙管理」が期待される。

 

もとより、大統領権限代行は国軍統帥権、条約締結権、人事権など大統領に固有の憲法権限を全て行使できるのかについては憲法上明記されていない。しかし、学説上は「現状維持」が有力説で、盧武鉉大統領が弾劾訴追されたときに権限代行に就いた高建も、人事権は次官級に限って行使しただけだった。

 

黄教安の場合、2017年1月末に生じる憲法裁判所長の後任人事が焦眉の関心事だが、行使した場合、野党の反発は必至である。また、野党が提唱したどおりに、政府と国会の間で政策協議体が発足した場合、在韓米軍へのTHAAD(終末高高度防衛ミサイル)の配置、日韓「慰安婦」合意、日韓GSOMIA(軍事情報包括協定)の締結、国定の「正しい歴史教科書」の刊行など、野党がこれまで反対してきた政策は変更されることになるのか、外交上の含意がある部分は特に日本・米国・中国・ロシアが注視している。

 

 

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○シン・編集後記(山本ぽてと)