2017.06.20

2017年英国総選挙と現代デモクラシーの変容

白鳥浩 現代政治分析論

国際 #イギリス#英国#英国総選挙#EU離脱#メイ首相

2017年英国総選挙の位相

2017年6月8日に、英国では総選挙の投票が行われた。英国における総選挙の実施は、実に2年ぶりである。英国の全国的な投票としては、昨年、EU離脱を決めた国民投票以来であり、それからは、ほぼ一年が経過していたなかでの有権者の審判という意味があった。結果として、この選挙は、英国政治の歴史の中では、非常に特異な選挙となったといえるのではないだろうか。

開票の結果、英国下院の650議席のうち、どの政党も下院における過半数を占めることが出来ない「ハング・パーラメント(宙吊り議会、hung parliament)」と呼ばれる状況が生まれることとなった。英国戦後政治の中で、このハング・パーラメント状態に陥ったのは、1974年、2010年に続き、今回で3回目である。そうした意味でも、この選挙は英国政治の歴史の中では非常に特異な選挙であった。

この選挙はいったいどういった意味を持った選挙であったのであろうか。この選挙の国内・国際政治的な意義を解明するのがこの記事の目的である。

ハング・パーラメントと英国政治

英国の政治は、単独政権による強いリーダーシップと、政権与党の首尾一貫した政策の実践によって特徴づけられてきた。フランスの政治学者であるモーリス・デュベルジェ(Maurice Duverger)が、英国の政治を理想的な政治体制として、その著書『政党社会学(Les partis politiques)』の中で、紹介したのは著名なことである。彼デュベルジェを一躍有名にした「デュベルジェの法則」においては、小選挙区を採用する英国は、二大政党制による強いリーダーシップをとることが可能な単独政権を導く典型例とされている。

確かにこれまで、現代の英国政治はデュベルジェの示唆したように、保守党と労働党の二大政党による単独政権を基調としたものであった。しかしながら、近年ではこの二大政党以外もその存在感を増してきている。例えば国際化の下で地域での主権を模索する訴えを掲げるスコットランド国民党などに代表される政党も、英国の特定の地域において一定の強固な支持を得ており、二大政党制の国家の類型からは逸脱してきたという見方も説得力があるかもしれない。

しかしながら、今回の選挙からは、英国における「国際化」(国際機構のEUからの離脱や、国際化の負の側面であるテロ対策の問題)と「高齢化」(EUという自由市場における国際競争の下の若年層の課題と、いわゆる「ゆりかごから墓場まで(from the cradle to the grave)」の福祉国家状態からの変容)という二つの影響により、既存の二大政党制が大きく変容してきた可能性がある。

さらに、これらは現代のデモクラシーに共通する課題といえる。つまり、今回のハング・パーラメント状態の出現は、単に英国という特殊な状況で起こった特異な事例であり、他のデモクラシーに何ら示唆を与えるものではない、と矮小化して理解されるべきではない。むしろ、英国という現代デモクラシーの典型において、他国にも共通する問題が争点として表れた結果と理解されるべきであろう。そうした現代デモクラシーの変化を英国の選挙から理解することが出来る。

英国における民主主義と2011年議会任期固定法

そもそも、この選挙は元来予定されていたものではなかった。すでに英国は2015年5月に総選挙を行っていたのであり、現在は5年の任期の途中にあたっていた。そこで、本来であれば、2020年までは次の総選挙は行われないと考えられていた。

というのも英国では、これまで、与党の側の党利党略による解散については、批判されてきた。国民によって信託された期間である議会の存続期間(議員の任期)を軽視しているのではないか、という意見が強く存在していたのである。そこで英国議会は2011年9月11日に、総選挙に関しては5年ごとに行うことを原則とする議会任期固定法を制定し、即日施行することで、解散を行いづらくさせていた。

このように本来であれば、2020年まで選挙が存在しないと考えられていた。しかしながら、テリーザ・メイ(Theresa May)首相は、4月18日に、突然、総選挙の前倒しの意向を表明した。この解散総選挙に関しては、条件によっては野党の反対も予想されるものではあったが、結果として議会もこれを承認したことで、具体的にこの「予期せぬ選挙」の幕はきって落とされたのであった。

当然、与党が解散を提案するには、その時点における保守党の支持率が、他の野党よりも十分に高いという背景が存在することはいうまでもない。しかしながら、この選挙の実施に当たっては、単に保守党の党利党略の側面からだけ理解されるべきではない。というのも野党も解散を賛成したという事情がある。すなわち、このメイ首相の突然の決定は、野党にとっても決して理解できないものではなく、理由のないものではなかったのであった。

メイ首相の決断の背景にあるもの:予期されていた当初の争点としての「EU離脱」

それではメイ首相の決断の背景には何があったのであろうか。そこには、「民意の正統性を得たリーダー」の不在であったということが出来よう。

メイ首相は、前のデービッド・キャメロン(David Cameron)政権においては、内務大臣を2010年から務めていた。キャメロンが、2016年の英国におけるEU離脱国民投票の残留キャンペーンを主導した政治的責任を取り、辞任を表明したのを受けて、保守党の次の党首として選出されたのであった。メイにとっては、英国議会下院の650議席のうちで、330議席を保守党が占めるとはいえ、一度も選挙で党のリーダーとして国民に選ばれたことがない——換言すれば、民意の信任を得て国の指導者になったのではないという政治的な弱みが、政治運営の上で常につきまとっていた。

また、昨年行われた英国のEU離脱国民投票においては、キャメロンは英国のEU残留を訴えて投票に臨んだものの、僅差で離脱を選択するという結果となった。そして、この国民投票の結果を尊重することで、政権与党の保守党はEUからの離脱を推し進めることとなる。もちろん、国民の中において、不承不承のEU離脱決定に対して異議を唱えるものがいることは明らかであった。しかし、それのみならず未だ党内にすら、EUからの離脱に対しては必ずしも積極的ではない政治家を抱えていたのである。

民意を尊重してEUからの離脱を決定した政権与党ではあったが、国際的に大きな影響を与える難題であるからこそ、この交渉を進めるには「国民から信任されたリーダーによる政策の遂行」という民意の追い風を再び得ることが必須であった。そして政権の正統性を担保する必要があったといえるのである。

しかしながら、選挙は必ずしも予期した通りには進むものではなかった。選挙結果には、短期的、そして長期的な要因が強く影を落とすこととなったのである。

短期的課題の選挙への影響:予期されていなかった争点としての「テロ対策」

20世紀の最後の10年で、ヨーロッパにおいては「脱冷戦」の時代の認識が浸透した。戦後国際政治を支配した東西冷戦が終わり、暴力的な紛争の可能性は消滅したかのように見えたが、それと入れ替わるように、2001年9月11日以降、世界は「テロとの戦争」状態に入ったといわれている。

サミュエル・ハンチントン(Samuel P. Huntington)が『文明の衝突』の中で予言したような、異なる文化的背景を持ち、自らの価値の正当性を暴力によって誇示することもいとわないテロ組織が現れたのだ。こうした集団にどう対処するかは、現代のデモクラシーにとって共通の課題であるといえよう。

テロの一つの特徴は、それがどこで起こるか予期が出来ないということである。今回の選挙期間中にも、予期せぬテロが生起した。5月22日にマンチェスターにおける米国歌手アリアナ・グランデ(Ariana Grande)のライブにおける爆弾事件である。ティーンエージャーを中心に人気のある歌手のライブにおける死傷者には多くの未成年が含まれており、それ自体、英国国内での批判を招くものであった。しかし、このテロ事件は、予期せぬ批判をメイ首相に投げかけることとなった。

メイ首相は、自らが首相に就任するまで、キャメロン内閣において2010年以来、国内の治安維持、テロ対策を司る内務大臣の職にあった。この彼女の経歴において、直前まで内務大臣であったにもかかわらず、このテロを防ぐことが出来なかったという批判が向けられたのであった。

やり場のないテロへの怒りは、そのはけ口をメイ首相に見出し、メイ首相の保守党はその支持率を低下させるとともに、ジェレミー・コービン(Jeremy Corbyn)労働党党首の選挙キャンペーンの中で効果的に利用され、労働党の支持率向上に寄与することとなった。さらにテロ事件は続き、6月3日にはロンドンにおいても発生した。選挙結果をみると、マンチェスターとロンドン近辺において労働党の議席が躍進しているのは、この批判によって動かされた有権者が多いことを表していると考えられる。

長期的課題の選挙への影響: 予期されていなかった争点としての「高齢者福祉対策」

選挙に影響を与えたのは、こうした短期的で突発的な事態だけではない。高齢化という長期的要因も、選挙結果に影響を与えていったのである。保守党は今回選挙にあたってマニフェストを公表したが、その中で世代間の公平性を図るために高齢者福祉負担の増額を打ち出したのであった。これは世代間の不公平感の高い若年層対策という側面も持っていたことは見逃せない。

英国は「ゆりかごから墓場まで」というキャッチフレーズに象徴されるように福祉国家として知られる。しかしながら、マーガレット・サッチャー(Margaret Thatcher)政権以来、その福祉に対する見直しが進んできた。こうした背景の中で、英国の高齢化は進んできている。65歳以上の人口は2005年には15.9%であったが、2015年には17.7%に上昇した(Eurostatによる)。増大しつつある高齢者に対する負担増は、若年層への配慮を示したものであったが、それ自体、高齢者の支持を失うものであった。

さらに、この保守党の政策は、若年層を念頭においていたものであったが、若年層は必ずしも保守党支持というわけではなかった。というのも、イギリスにおいては、25歳以下の若年層の失業率が、EU平均よりも高く、また25歳以上の年齢層と比べても25歳以下の若年層の失業率は4倍ほどにもなっている。日本と比較しても倍以上高い。そのなかで若年層は、「自分たちが雇用されないのは、これまでの保守党が行ってきた新自由主義政策の結果である」という意識を持っていた。

この若年層の高い失業率は、移民や外国人が自分たちの労働の場を奪っているという視点にもつながるかもしれない。しかし、移民に関してはEU離脱によりある程度の制限が見込まれるので、今後の問題としては、国内において労働環境をいかに保護するかに焦点が移る。そこで、若年層の労働者を保護してくれるのは、労組の支持を受けている労働党である、という視点につながっていったのではないだろうか。

投票にあたって、若年層の多く集まるマンチェスターやロンドンに代表されるような都市部で、さらに労働党の票を押し上げる結果となったことは想像に難くない。さらに投票率の向上が、これまで投票に行かなかった若年層を投票に向かわせ、彼らが労働党の議席の獲得に一役買ったとみることには十分な理由がある。

他党の対応不全にみる2017年英国総選挙の争点の位置

こうしてみると、選挙における予期せぬ争点の出現が、選挙結果に影響を与えたことが理解できるが、それだけが今回の選挙の帰趨を決した特徴とは言い切れない。やはり、当初予想されたEU離脱という国際化の問題は、他の政党の選挙結果にも影響を与えていたのであった。

突然決定された英国の総選挙であったが、それに対して2大政党以外の政党は、準備万端で臨めたかというと必ずしもそうとは言い切れない。スコットランドのスコットランド国民党は、前回の2015年選挙におけるように、予期せぬ総選挙の実施に対して必ずしも十全に対応できたわけではなかった。特に、英国全体がEUから離脱する中で、スコットランドの利害のみを訴えることは、スコットランドにおける有権者の支持を広げる結果には繋がらなかった。

また、2014年の欧州議会選挙で躍進を遂げ、EUからの英国の独立を強く訴えることで注目を集めた英国独立党も、EUからの英国の独立が現実のものとなってしまっては、自らの中心的な訴えはすでに過去の争点として有権者には映っていた。結果として、英国独立党は議席を獲得するには至らなかったのであった。

こうしてみるならば、やはり、今回の選挙の底流を流れていたのは、国際化にまつわる問題であったということが出来よう。むしろ、そうした視点からするならば、労働党の「テロ対策のために警察官を一万人増員する」や、「共通市場に残留しながらのEU離脱を目指す」といった政策は、どれも国際化にまつわる問題であったとみることも出来るかもしれない。

今回の選挙では、変容する人口構成の変化といった国内の状況の中で、EU離脱やテロ対策という国際的な問題に対して、現代デモクラシーがどのように適応できるのかが問われていたとみてもよいだろう。

現代デモクラシーの変容とその影響

筆者はかつてEUを現代の「ローマ帝国」のアナロジーとしてとらえ、かかる国際帝国との関係性の中で個々の国家や、個々の地域をとらえてきた。これは国際化において国民国家であるヨーロッパの現代デモクラシーが変容していく様を分析するものであった。

英国は、現代のローマ帝国であるEUから離脱する。しかし、今回の選挙における課題はそれだけではなかった。よりグローバルな「テロとの戦争」や、マクロな高齢化という人口構成の変化に現代デモクラシーがどのように対応するかという、より一般的な命題が存在していたことも忘れてはいけない。「国際化」や「高齢化」に対してどういった対応を採るかは、現代デモクラシーが共通課題としてかかえていることである。EUという枠組みから離脱することで、国民国家としての英国が、この課題に対してどういった方針で臨んでいくのかが問われた選挙であったといえよう。

こうした視点からすれば、英国総選挙の結果は隣国フランスと鋭い対照をなしている。すなわち、フランスは「国際化」や「高齢化」にまつわる問題に対して、引き続きEUを主導することを大統領選で選択し、イギリスと対応が分かれた。さらに、英国総選挙とほぼ同時期に行われた国民議会選挙において、フランスはエマニュエル・マクロン(Emmanuel Macron)大統領に過半数を超える議席を与えることとなった。

イギリスでは政権担当者がリーダーシップを必ずしも発揮できない結果となったのに対して、フランスでは新たな政権担当者に強力なリーダーシップを発揮する機会を与える結果となった。これは、国際帝国から離脱する国民国家と、国際帝国を指導する国民国家の見事な対比を表しているかもしれない。しかし、おそらくはフランスでも今後、イギリスで問われた「国際化」や「高齢化」にまつわる問題が強く争点化する可能性がある。われわれは、今後も他の現代デモクラシーにおける、こうした共通課題に対する対応を注視しなければならないといえるであろう。

現代デモクラシーが共通して抱える課題、それ自体、現代デモクラシーの変容の一断面を表しているといえる。それが今回の英国の選挙で明らかとなったことは、同様に日本という現代デモクラシーに居住するわれわれにとっても、示唆に富むものであるのかもしれない。

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現代欧州統合の構造―「新しいローマ帝国」と国民国家(芦書房)
白鳥浩 (著)

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二〇一三年参院選 アベノミクス選挙:「衆参ねじれ」はいかに解消されたか (ミネルヴァ書房) 

白鳥浩 (編集)

プロフィール

白鳥浩現代政治分析論

法政大学教授・政治学博士。元英国オックスフォード大学客員フェロー。日本地方政治学会・日本地域政治学会理事長。法政大学大学院政策科学研究所所長。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程に学び、日本学術振興会特別研究員(政治学)、長崎県立大学専任講師、静岡大学助教授、法政大学助教授を経て、現在、法政大学大学院公共政策研究科教授。元ノルウェー王国オスロ大学政治学研究所国費招聘客員研究員。元ドイツ連邦共和国マンハイム大学ヨーロッパ社会研究センター公費招聘客員教授。専攻は現代政治分析論、とくに国民国家の現代における変容に、その理論的な関心を持つ。政治理論研究では、北欧や西欧において、イデオロギーにとらわれずに高度な発展を遂げた国際政治学理論を精力的に日本に紹介し、現代政治の変動について新たな発信を試みている。著書に「現代欧州統合の構造」(芦書房)など。

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