英国はテロとどう向き合っているのか?

揺らぐ英国のテロ対策

 

荻上 一連のテロ対策は国内ではどのように総括されているのですか。

 

若松 少なくとも今回の3連続のテロが起こるまでは、成功していたと考えられています。イギリスはかなり監視を徹底していました。監視カメラも設置していましたし、テロの企図を疑われる監視対象人物の通信は、電話やネットを含め傍受がされていました。もちろんこれは議論を呼ぶものですが、結果としてこれまで大規模なテロは起こっていなかったのは事実です。

 

荻上 これまでの監視体制が機能しなくなった理由は何か考えられますか。

 

若松 正直に言って理由はわかりません。特に今回の連続した3回のテロのうち、2回目は恐らく海外の組織とのつながりがあったと思われます。爆弾の使用もあり相当の準備をしてきたはずですので、これだけの監視体制を敷きながらなぜ防げなかったのだろうと疑問です。

 

荻上 イギリスでは100件以上のテロを未然に防いでいるとのことですが、それぞれのケースがなぜ「未然防止」に該当するのかの理由は公表されているのですか。

 

若松 公表はされていません。当局の情報収集能力と関連するので機密扱いなのでしょう。数だけが報道されている状態ですので、計画されたテロの規模などの詳細はわかりません。

 

荻上 冤罪の可能性などもあるということでしょうか。

 

若松 可能性はありますね。ただそのあたりは公表されていません。

 

荻上 簡易的な手法によるテロは防止が難しいですよね。各国もそれを踏まえてテロ自体を止めるのではなく、テロを生むような過激思想が生まれる土壌を作らないよう、移民問題対策などに力を入れてきました。過去12年間、イギリスではどのような対応がとられてきたのでしょうか。

 

若松 移民対策が必ずしもテロ対策と結びつくわけではありませんが、テロの背景に個人レベルでの社会からの疎外感があると考えると、やはりそうしたリスクを抱える若者の社会への包摂は重要になりますね。

 

イギリスはよく多文化主義を認める国家だと言われます。ヨーロッパにはフランスなど他にも移民の多い国がありますが、多文化主義はすべての国が強調してきた方針ではありません。フランスの場合、極論のところ、フランスに住むのなら考え方も文化もフランスに同化してください、個人としてフランス人になってください、という方針を取っています。しかしイギリスの場合多文化社会を一定程度重視していて、コミュニティの自主性に価値を置いている。コミュニティが主体となって、社会統合を進めていきましょうということです。

 

度々ですが、コミュニティによる支援はうまくいく時も、そうでない時もあります。テロにつながるような不満を抱えてしまうケースは、うまくいっていない場合です。そう考えると多文化主義やコミュニティ主体が、当局が言うほどうまく機能しているのかは疑問が残ります。

 

実際、2000年代に入ったころには、イギリスでも多文化主義の限界がささやかれ始めていました。イギリス社会が、すでに社会の枠組みから疎外されてしまった個人をいかに再統合することができるのか、現状の多文化社会の在り方に見直しがされるようになったのです。具体的には、積極的な雇用の推進ですとか、学業支援など、多様な文化の尊重を否定はしないけれども、その方向性を再考するものですね。結果として、場合によっては多文化主義が否定されるという状況も生じています。

 

荻上 多文化主義を支えるための行政による政策はどのようなものが採られてきたのでしょうか。

 

若松 政権の性格によってかなり違いがあります。特徴的だったのは2000年代のブレア首相率いる労働党政権でしょうか。ブレア政権はテロの問題を多文化主義やマイノリティの問題とは考えず、あくまで経済格差の問題として捉えました。ですから白人であろうとその他の人種的・民族的マイノリティであろうと、職に就けない人たちに一律に職業訓練をしたりしました。

 

ブレア政権は宗教や民族的な慣習の違いを捨象していました。しかし最近のテロで問題になっているイスラム系の人々は、宗教が生活の文化としてあるわけですので、聖俗分離に対する考え方が多くの人とかなり異なります。生活における宗教の位置付けが違うわけですから、当然キリスト教系の人と全て同じというわけにはいきません。労働党はそのあたりのずれに対して関与ができませんでした。

 

保守党に政権交代された後も、そのあたりへの介入はうまくいっていません。結論を言えば、宗教という問題に対して、イギリスの対処法では解決できていない部分があるのだと思います。

 

 

マイノリティが抱える二重の疎外感

 

荻上 イギリスは民間セクターを利用しながら社会の強さを活かして市民同士で支え合っていくビジョンを掲げてきました。しかしそのビジョンはキリスト教があり、教会があり、学校があり、という旧来の社会を想定したものです。宗教や文化の多様性が増し、新しいコミュニティが生まれると、その在り方とそれまでの社会設計にずれが生じ、対応までに時間がかかってしまうことも考えられます。

 

若松 そうですね。わかりやすい話をしますと、コミュニティの中に閉じこもってしまう人たちがいます。特にアジア系に多いです。イギリスは昔インド洋を囲むように植民地を持っていましたので、インドやバングラデシュ、パキスタンなどのアジア系の移民が多いのですが、彼らは母語が英語ではないので、家庭では英語をあまり話しません。

 

一方でイギリスには他にもマイノリティがいます。カリブ海などの英語圏から来ているこれらの移民は、もともと英語を話します。当然社会でコミュニティを一歩出て、学校や職場に行けば英語が必要になりますから、アジア系移民は他のマイノリティに比べて不利な状態からの出発になりがちです。人種や民族といった文化の問題が社会進出への直接的な「障害」になっている。社会サービスの提供という点で、このような問題にうまく対応しきれていないのは事実でしょう。

 

荻上 イギリスでは、例えば他国出身の児童へ向けた個別指導などでクラスになじめるように配慮されているということですが、それでは不十分なのでしょうか。

 

若松 ケースバイケースですね。それでうまくいく場合もあります。反面、コミュニティ主体の統合支援では、そもそもコミュニティが子弟のイギリス社会への統合を望むのかという問題点が発生します。すなわち英語を使ってイギリスの会社に勤めて、ということをよしとするかです。ステレオタイプになってしまいますが、例えばイスラム教徒の女子生徒教育に対する価値観などはそれに当たるでしょう。

 

このような点で、イギリスのマイノリティ、特にアジア系の若者は、二重の疎外状況に置かれていると言われます。第一の疎外はコミュニティの外に出た時の社会変質で感じる疎外です。もう一つは、コミュニティ内での疎外。年功序列や男女の役割分担などで、文化的に自分の役割を決められてしまい、自由がないと感じる若者も多くいます。特にこの2つ目の疎外にイギリス行政がどう介入していくのかというのが、非常に難しい問題だと思います。

 

荻上 一般的に、排除は「社会の側がマイノリティを受け入れない」というロジックで語られますが、時としてコミュニティが参画を嫌がる場合もある。その中で特に少数派の若者が、社会には入れない一方、自分のコミュニティにも不満を抱き、発散の場が見つからないということもあるわけですか。

 

若松 そうですね。そうした二重の疎外感は、マジョリティ社会からの排除とはまた違った性格があり、対処が難しく、実際こうして事件につながってしまっている。結果としてさらに疎外感がクローズアップされているところもあります。

 

今後のイギリスのテロ対策の焦点は、方向性をどうするかでしょう。国や行政が積極的に関与していくのか、コミュニティ内での啓蒙を促すのか、もしくは過激主義を強制的に排除するのか……。相当性格の違う問題を同時並行で進めていく必要があると思います。政治的な立場や考え方の違いによって、主張するポイントは変わってくるでしょう。

 

荻上 テロの対策は長期的に取り組まなければならない反面、その報道は短期的な事件報道が多いですよね。本来何が犯人をそうさせたのか、ルポルタージュなどがあればいいのでしょうが、そうしたものもないため共感性も育まれず、テロもあちこちで起こるので、結果として排外主義をやむを得ないと考える人が増えるかもしれません。

 

若松 そうですね。テロは国際的に共通性をもった部分と、国や文化に依存している部分があるので、対策においてもその違いは考えて行わなければなりません。海外の事例を参考にできるのは背景の半分ほどかとは思いますが、長期的な情報が入るようになれば社会の見方も変わるかもしれません。

 

 

IRAの経験から引き継がれるもの

 

荻上 リスナーからはIRAのテロについての質問も来ていますが、いかがでしょうか。

 

若松 確かに、近年のイスラム系急進主義の問題が出てくるまで、イギリスでテロ対策と言えばIRAの問題でした。IRAは1960年代から1990年代ごろまで活動していた、イギリスからの独立を願う北アイルランド系の過激派組織です。

 

イギリスは主に2つの島から成り立っています。一つはロンドンのある、大ブリテン島です。もう一つが、その横にあるアイルランド島です。アイルランド島の南部はアイルランド共和国ですが、北部はイギリスに帰属していて、北アイルランドと呼ばれています。北アイルランドには、ロンドンと同じようにプロテスタント系の住民と、アイルランド島全体で主要な宗教であるカトリック系の住民とが暮らしています。

 

北アイルランドのカトリック系住民は、イギリスから独立して同じくカトリックの南部と一緒になりたい。一方でプロテスタント系の住民は現状を維持してイギリスの一部でありたい。そうした宗教対立と領土問題が重なる中で、カトリック系の急進派がイギリス側のプロテスタント勢力と武力衝突を起こしています。特に両派の対立が激しかった1970~1990年代にかけて、IRAは爆弾テロなども起こしていました。しかし1998年には和平合意が結ばれ、現在IRAはそこまで大きなテロの脅威とはなっていません。

 

ただ、これも偏見があり、プロテスタント側に武装組織がなかったというわけではありません。しかし現在のメインストリームの歴史の中では、IRAのテロはかなり注目を集めています。現在につながるイギリスのテロ対策が、IRAによるテロで「鍛えられた」側面はあると思います。

 

荻上 IRAの存在自体は注目から外れても、その時のテロ対策の枠組みが今でも生きているということでしょうか。

 

若松 監視カメラや諜報活動、警備の方法といったハードの面では当時の枠組みが活きているでしょう。一方でソフト面での対策、例えばネットワークを使ってさまざまなかたちで啓蒙活動を行ったり、個人へ支援したりするのは比較的新しい手法だと思います。

 

荻上 ソフト面での対策は、今回保守党が明示したようなネット規制や監視強化の方向性とは異なりますよね。今後テロ対策の方向性は変わって行くのでしょうか。

 

若松 正直、方向性としてはあまり変わると思いません。むしろ市民の自由という観点で考えると、悪い方向に進み続けるのではないかと危惧しています。コミュニティ内のネットワークを使って危険そうな人物を通報するという仕組みは、どんどん悪い方向に作用してしまうのではないかと懸念しています。

 

荻上 取り締まり対策を議論するだけでなく、どうやってテロをしない文化の機運を高めるのかといった方向性を示せるかが、その国のリーダーのスタンスを見極める材料になりそうですね。若松さん、お忙しいところありがとうございました。

 

 

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