「一つの中国」をめぐって――中国と台湾の曖昧な関係

外交で台湾を追い込む

 

――一方で蔡英文の民進党政権も当初の中国からの独立志向への支持の反面、最近は支持率の不振が指摘されています。対中関係の悪化を不支持の一因とする声もありますが、松田さんはこの不支持の要因をなんだとお考えですか。

 

一言で言うなら、蔡英文政権は、今のところ内政面で期待外れなのです。政権交代を果たした蔡英文に対して、支持者は新鮮な人事や果断な政策決定を期待していました。ところが蔡英文は主要人事では国民党系のベテランを登用するなど、「安全運転」の布陣で批判を浴びました。政策面でも、経済成長や格差是正策で新基軸を打ち出せていません。

 

また国民党が取得した不透明な資産の回収問題、年金改革、司法改革、同性婚など難しい課題を同時に進めようとし、強い反発を受けて、立法過程は停滞しています。蔡英文は決断力と実行力に疑問符をつけられ、支持率が低下しているのです。ただ、同性婚に関しては、先日大法官会議の憲法解釈により、男女の結婚しか認めていない現行民法が違憲であるとの判断が下されたため、前進しそうです。年金改革もようやく一歩前進しました。抵抗を排除して一つずつ実現すれば、支持率は一定程度回復するでしょう。

 

 

――蔡英文氏による長期政権は厳しそうですか。

 

蔡英文が2期目を目指す総統選は2020年初頭にあります。その前哨戦が2018年11月の統一地方選です。民進党内で蔡英文への不満が強まっていて、今後内政の成果が乏しければ、地方選挙で苦戦して再選に向けた求心力は落ちるでしょう。国民党は、2017年5月に、不人気な洪秀柱前主席に代えて、呉敦義前副総統を主席に選出しました。老練な本省人政治家である呉が党主席となったことで、国民党は当面持ち直すと思われます。民進党にとっては内輪もめをしている余裕がなくなりました。蔡英文再選・政権維持に向けて、民進党は団結を維持するしかない状態です。

 

 

――今回、中国からの要請を受け、WHOが台湾を総会には招待しないという事態になりました。中華民国と100年以上の外交関係を持っていたパナマも断交に踏み切り、中華人民共和国と外交関係を樹立しました。悪化する中台関係が、台湾の今後の国際社会への参加に影響する可能性はあるのでしょうか。

 

馬英九時期の「外交休戦」はすでに終わっています。何よりも、中国共産党第19回全国代表大会(19全大会)を迎えるに当たり、習近平政権は内政も対外関係も、習近平の下で全てうまくいっているのだ、という体裁を整える必要があります。ドナルド・トランプ大統領との首脳会談や北朝鮮の核・ミサイル開発をめぐる一定の協調姿勢などはその重要な要素です。最近目立つ日本への接近、「一帯一路」(ユーラシアの発展協力構想)の鳴り物入りの推進、香港返還20周年式典への「空母つき出席」、という事象も全てその文脈の中で理解できます。この中で、唯一うまくいっていない問題――正確には他と違ってうまくごまかし切れない問題――が台湾問題なのです。

 

就任から1年経っても、蔡英文政権は中国への妥協を拒否して、「92年コンセンサス」を受け入れませんでしたし、中国との間に類似の共通認識を作り上げることできませんでした。中国内部では、特にタカ派から蔡英文政権を強くたたくべきだという圧力が相当強まっているのかもしれません。ですから、5月以降中国は台湾に強めの圧力をかける姿勢に切り替わったのでしょう。しかしながら、これがこのままエスカレートするとは思えません。なぜならドミノ倒しのように、一気に外交関係のある国を奪っても、何もメリットもないからです。一ヵ国毎に効果を確認しつつ、真綿で首を絞めるように取り上げていくのでしょう。

 

 

――中国からの圧力も、今のところ外交的なもののみなのですか。

 

いろいろあります。外交的圧力には、限定的な効果があります。つまり、台湾の一般民衆は国際関係の影響を直接受けないので、国際的な政治空間でのみ台湾をしめつけるのは、政権だけに打撃を与えることができる手段なのです。中台間の外交闘争には延長戦が続く理由があるのですね。

 

他方中国は台湾に対して、投資制限や貿易制限といった経済制裁をしていません。これは中国経済に不利益が発生することが最大の理由ですが、制裁によって市民生活が圧迫されることで台湾の一般の人々が中国に対して悪感情を抱くことも大きな理由です。中国は、台湾向けの観光客を減らしたり、台湾からの農産物買い付けを停止したりしていますが、これはやり過ぎると台湾住民からの恨みを買います。経済ゲームは互恵の側面がありますからね。

 

ただし、軍事面で、中国は台湾向けの弾道ミサイルを増やしたり、空母を通過させたりと、圧力をかけ続けています。まさに中台関係は「複合的な延長戦」なのです。

 

 

――となると、中台関係は緊迫した状態が続く可能性が高いということでしょうか。

 

普通に考えると、中台はそれぞれのナショナリズムがいずれ直接ぶつかるかもしれず、よい材料はありません。このままずるずると悪化する可能性は高いです。ただし、中台関係が悪化一辺倒であると見るのは短絡的です。19全大会後の習近平は、さらに権力基盤を強めるでしょうし、蔡英文も改革を進めて2020年に再選されたら、その権力基盤は強まるでしょう。一方国民党は万年野党化するかもしれません。弱い指導者は強硬策しかとれませんが、強い指導者は強硬にも柔軟にも対応できます。これは政治の鉄則です。

 

したがって、その時に中台関係の「機会の窓」が拡がる可能性も見ておく必要があります。2017年という早いタイミングで強硬手段を使っておいた方が、後に双方が妥協すべきタイミングで柔軟な手段をとることを可能にするかもしれません。早めに強硬手段をとって相手をたたくことで、内部のタカ派に文句を言わせずにすみますし、叩かれて頭に血が上っていた側も、時間が経てば冷静に利害得失を計算できるようになります。タイミングのよい強硬手段は、後の関係改善につながることがあるのです。国際政治は諸行無常であり、複眼的に見る必要があります。

 

 

不確実な世界の中で

 

――中台関係には、それぞれの米国との関係性が影響すると聞きます。トランプ政権の発足以後、米中関係も変化しつつありますよね。この米中関係の変化は中台関係にどのような影響を与えると思われますか。

 

そもそも台湾の存在は、米中両国のパワーバランスがアメリカに圧倒的に傾いているから維持されてきたのです。台湾は共産党が支配する中国を牽制するアメリカの意図で守られてきたのです。トランプ政権の成立はその前提を崩すかもしれません。

 

米中関係は、核兵器を有する第一位と第二位の経済大国間の関係です。つまり、米中が仲良くなりすぎて第三国の利益を無視しても、本気で喧嘩したりしても、必ず困る国がでます。

 

もしも米中が親密になりすぎたら、中国が台湾の利益を犠牲にするディールを持ちかけ、アメリカがそれに乗る可能性もあります。反対に米中が険悪になり中国がアメリカに対して戦争をちらつかせる瀬戸際政策をとって、アメリカの対台湾介入を阻止したりした場合も、台湾は多大な損害を被ってしまうでしょう。台湾はそうした非常に不安定な立ち位置に置かれているのです。

 

トランプ政権は、多重の不確実性を抱えています。1つ目は、中国との関係において、これまで積み重ねられた政策を簡単にひっくり返してしまうかもしれない点です。就任直前に、トランプはアメリカの「一つの中国政策」に疑問をなげかけました。2つ目は、中国との関係において、娘のイバンカ・トランプや娘婿のジャレッド・クシュナーのような、外交に習熟していない個人が影響力を持っていることです。3つ目は、台湾が単なる「バーゲニング・チップ」として扱われる可能性があることです。たとえば、中国が北朝鮮への制裁を強める代わりに、アメリカは台湾問題で妥協しろ――米中間で台湾への武器輸出をやめる新しい共同コミュニケにサインする――というようなディールが、クシュナーを通じて米中間で成立したら、台湾にとっては悪夢となるでしょう。

 

加えて、トランプ政権は、武力に依存する傾向があります。シリアが化学兵器を使った疑いが出た際、トランプ政権は躊躇することなくシリアの空軍基地を空爆し、北朝鮮に対しても軍事的圧力を高めました。トランプ大統領の支持率は史上最低ですが、シリア空爆の時、大部分の共和党支持者はトランプを支持しました。トランプ政権が、武力を背景に北朝鮮とチキン・ゲームをしている最中に、お互いの判断ミスが重なると、何が起こるか分かりません。歴史的に見ても朝鮮半島と台湾海峡の緊急事態は連動したことがあります。極めて低いとは思いますが、トランプの登場で大動乱の蓋然性を排除できない時代になったと思っています。そうなると、現状維持志向の強い日本や台湾が得をすることなどありません。

 

 

――最後に、今後の中台関係の展望について、どのようなものになるか松田さんの見解をお聞かせください。

 

私は、数年前にシナリオプラニングという方法論を使って、中台関係の4つの将来シナリオを描いたことがあります。まず、中台関係の中から、まず「重要かつ不確実な要素」を2つ抽出します。1つ目は、中国が協調的な大国になるか、覇権的な大国になるか、という横軸です。2つ目は、台湾の独立した状態が事実上固定化するか、徐々に中国の傘下に編入されていくか、という縦軸です。これでマトリックスを作りました。

 

1つ目の仮定として中国が覇権大国化する一方で、台湾の独立状態が固定化すれば、それは中国が台湾に怒りを爆発させる「A:台湾海峡危機」のシナリオになります。2つ目の仮定は中国が協調大国化する一方で、台湾の独立状態が固定化するパターンで、「B:分断の永続化」のシナリオになります。これはおそらく現状の追認に近い状態になるでしょう。第3の仮定は中国が協調大国化する一方で、台湾が中国の傘下に入るような状態になる、「C:フィンランド化した台湾」のシナリオです。つまり台湾は属国に近い状態になるが、物わかりの良い中国は急速な統一を追求せず、台湾の変化を待つ、ということです。そして、最後は、中国が覇権大国化する一方で、台湾が中国の傘下に編入される「D:統一に向かう中台」のシナリオです。この場合、台湾は独立状態を諦めて中国とよりましな条件で交渉し、統一せざるを得なくなる、ということです。

 

これは、あくまで頭の体操であり、将来予測そのものではありません。しかしこうした「将来」を描いてみると、中台双方が「今」何をしようとしているかが分かるようになります。危機のシナリオAは、中台双方とも嫌ですし、そもそも地域の安定を維持しようとする日米両国の「介入」を招くかもしれない下策です。中台の軍事闘争は、手詰まりのままなのです。

 

そうなると、中国は台湾を支配できるシナリオCかDを狙って、台湾を自分の影響下に置く手段を強化します。他方台湾は、現状維持のシナリオBをねらって中国からの自律性を維持し、同時に中国からの敵意や攻撃をまともに受けないよう挑発も避ける、というアプローチをとることになります。軍事、外交、経済といったハードパワーで、中国は台湾を圧倒しようとしますが、そうすると、台湾住民の中国への反発や台湾人アイデンティティが強まり、中国から気持ちが離れ、統一が遠のきます。この矛盾は、そう簡単に解消しないでしょうね。

 

 

――中台の関係は今後もはっきりしない状況が続きそうなんですね。松田さん、お忙しいところありがとうございました。

 

 

知のネットワーク – S Y N O D O S –

 

 

台湾における一党独裁体制の成立

著者/訳者:松田 康博

出版社:慶應義塾大学出版会( 2006-11-01 )

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ISBN-10 : 4766413261

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