「どうなっているのか」と「どうすべきか」を一緒に考える

社会全体における「教育」というシステムを把握するために

 

―― なるほど……。では、本田先生はどのような研究をされているのかをお話いただけますか?

 

わたしは「教育」「仕事」「家族」という3つの社会領域の間の関係性やその変化、とくに日本固有のあり方に力点をおいて研究を行っています。

 

わたしは大学院で学んだあと、1994年に、当時の日本労働研究機構、いまは労働政策研究・研修機構という名称になっている、厚生労働省所管の研究機関の研究員として就職しました。若年労働市場を研究する部署に配属され、就職のあり方や、学校を離れた直後の人たちがどのようなキャリアをたどっているかについて研究していました。

 

2001年まで勤めていたのですが、94年から01年って、バブルが崩壊し、就職氷河期とか超氷河期とか呼ばれていた時期とちょうど重なるんですね。新規高卒者の求人数がどっと減って、大学卒業生は増えて、安定した仕事に就けない若者が大量発生するという、戦後日本では未曾有の現象が若年労働市場において発生した時期です。ですからあの頃は、なにが目の前で起こっているのかを把握するための大きな調査研究プロジェクトがたくさん動いていて、それらに携わっているうちに、自然に「教育」と「仕事」の関係への関心が強くなったんですね。

 

ただ、そのうち、教育を終えた人が仕事の世界に入るという、「教育の出口」の研究をしているだけではバランスを欠いているように感じて、研究員としての業務とは別に、家族と教育の関係に関心をもつようになりました。親、とくに母親が子供の教育に対してどういう意識をもち、どのように教育しているか、「教育への入口」である、「家族」と「教育」の関係も見なくては、この社会における「教育」というシステムの特徴や位置づけを把握できないという考え方が強くなり、「教育」「仕事」「家族」の三角関係のあり方、そしてそれらを貫く「能力」というものについての人々の考え方や社会的な仕組みについて研究するようになっていたんです。

 

これまで、日本の教育社会学は、学校教育内部での進路選択に関する研究を「コア」というか「王道」としてきましたので、わたしのような、どちらかといえば教育の外を見ようとしている研究は、教育社会学の中心からは少し外れているかもしれません。

 

 

10代、20代を引きずりながら

 

―― 本田先生が若者の立場に立ってお話をされているのは、労働政策研究・研修機構での研究が影響しているんですね。それ以前はどのような研究をされていたのでしょうか?

 

わたしはその都度その都度、自分の苦しさを研究テーマにしてきたところがあります。もしかしたらそれが色濃すぎるところがあって、いけないことなのかもしれないと思っています。

 

中高生のとき、「なんでこんなことを勉強させられているんだろう?」ってしんどい思いをしていました。いまの研究的な言葉でいえば、生活や社会との内容的なレリバンス(関連性)が薄い勉強を強要されて、学ぶことが自分を強くしたり生きやすくしたりしているという実感がぜんぜん得られていませんでした。でも勉強しなければ成績が下がるから勉強するしかない。一応優等生扱いされていましたが、器用なほうじゃないので、「ひえ~!」って頭がおかしくなりながら、とにかく覚えて、書いて、やらなきゃいけないことを必死にこなしていました。

 

その後の20代は、将来への不安を強く抱いている時期でした。わたしはオーバードクターも含めて大学院に7年間在籍しています。頑張って論文を書いてもなかなか掲載されないし、就職先もない。大学院に行ったのに、奨学金も切れて、塾講師などでしのいでいたけど、どうしてこんなに貧乏で、どこもわたしを必要としてくれなくて……と、とにかく不安な状況が長かったんですね。

 

10代の勉強の不安と20代の将来の不安を、トラウマのようにいまでも引きずっている。バブル崩壊前のことですから、バブルが崩壊して若者たちが苦しくなるちょっと前に、わたしは一歩早くその苦しさを経験してしまったところがあるので、その後の若者が置かれている状況は、他人事とは思えないんです。とはいえ、いまは職を得ているので「なんでのうのうとしているお前が、若者に共感するようなことをいうんだ」っていわれてしまうこともあります。

 

 

―― そういう経験をされているからこそいえることもあると思いますし、それが原動力となっているのかと思いましたが……。

 

でもね、社会学と名乗るのなら、自分の経験を研究とは切り離して、精緻に、クールに研究したほうがいいんでしょうけど、申し訳ないですけどわたしはできなくて。教育社会学という分野をシノドスで語らせてもらう役割には、もしかしたら適任ではないかもしれません。

 

 

文学部か教育学部か

 

―― 教育社会学を選ばれた理由もご自身の経験が大きいのでしょうか?

 

また個人的なお話になってしまいますが、わたしは親から医者になることを薦められていたこともあって、高校は理系クラスだったんですね。でも、「やっぱりわたしなんかが人の命を扱う仕事はとてもできない」って感じて、「隠れ文転」をしていたんです。隠れ文転とは、たとえば物理の授業中に世界史をこっそり勉強していることですね。

 

結局、東大の文三に入りました。東大は3年生に進学するときに、どの学部に進むか選択する仕組みになっています。いちおう文学少女でしたし、国語の教員免許もとりたかったので、文学部の国文学科に行くか、それとも教育学部に進んで、わたしにとって恨みつらみの対象である教育を、なんらかの学問的アプローチで研究するか迷っていました。

 

結局、文学は趣味として読むこともできるけど、教育については学問として勉強できる機会が大学以外に少ないかなと思って、教育学部を選んだんですね。さらに教育学部のなかのどのコースを選ぶかも迷ったのですが、その頃、母親が「社会学って流行っていて、つぶしが効くみたいよ」っていっていたので、「そういうもんなのか」って教育社会学のコースを選んだんですね。いい加減ですけど。そうしていまに至っています(笑)。

 

わたしたちの世代って、たぶん、進路をいまの若者よりもいい加減に選んでいたと思います。バブル崩壊以前は、それでもなんとかなっていた面があった。でも、いまは社会や経済の状況が変化してしまって、流れや組織に身を任せているだけだと、どんなリスクが降りかかってくるかわからない。だから、いまの若い人にとって、進路選択は、かつてより難しく、かつ重要になってしまっている。その大変さに対して、少しでも手助けができないかと思うんです。

 

 

honda

 

 

 

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