2013.01.07

世界は経済で決まる!?

経済学者・飯田泰之氏インタビュー

情報 #経済政策#教養入門#マクロ経済学

大学受験で高校生は、数多くの大学・学部の選択を迫られます。しかし高校までの教育では、それぞれの学問について、ほとんど知識が得られない状況にあるのではないでしょうか? 何の情報も持たない高校生に、将来の大きな岐路となる大学・学部の選択を迫ることは、高校生だけでなく大学にとっても望ましくないと思います。

そこでシノドス・ジャーナルは今年から、悩める高校生のために『高校生のための教養入門』と銘打っての連載を開始いたします!「大学ってどんなところ?」「○○学って何をやるの?」などなど。そんな素朴な質問を、大学の先生にぶつけていきます。ときには大学の先生ではなく、社会で働く方々にお話をうかがうことも……?

記念すべき第一回は、経済学者・飯田泰之氏にお話をうかがいました。経済学はどんな学問なのか。経済学を勉強してなんの役に立つのか。経済学を勉強することの楽しさとは? 高校生だけでなく、すでに大学を卒業されている方もぜひご一読いただけると幸いです。(聞き手・構成/小島瑳莉)

―― 飯田先生のご専門についてお聞かせください。

ぼくの学問上の専門はマクロ経済政策学の実証分析です。財政支出、失業率、金利やGDPのような様々な経済変数のあいだに、どんな統計的な関係があるのかを調べるのが一番典型的な仕事。また、その統計的な関係に近い理論モデルは何かということを考えるのも研究の一部です。

経済学の研究は「理論」と「実証」に大別されます。実証派は、実際の経済を説明できるモデルをみつけ、それを使って経済政策の効果などを予想します。一方、理論派は、論理的に導かれたモデルが現実の経済現象を説明できるのかどうかに主な関心を持っています。ぼくはその実証派にあたりますね。

―― そもそもマクロ経済学ってなんですか?

経済学は、大きく「ミクロ経済学」と「マクロ経済学」の2つにわけられています。大学では主に「ミクロ経済学」「マクロ経済学」「統計(計量経済学)」の3分野が教えられていて、この3つをやれば、経済学を一通り勉強したと言えるでしょう。

まずはミクロ経済学についてお話をします。ミクロ経済学は、個人や企業の行動選択がどのように決まるのかを明らかにするものです。一人ひとりがどのように行動するのかがわかれば、それが1億2千万人集まった日本経済が、どのようにモノを需要するかがわかるはずですよね。また、企業の活動を見れば、それぞれの企業環境・技術環境、原材料費などで、商品にいくらくらいの値段がついて、どのくらいの量を供給するのかがわかるはずです。

ミクロ経済学では、経済には需要と供給が一致するように価格や数量を調整する力があり、それによって効率面において最適な環境が作られると考えます。高校の授業で習った「見えざる手」は、この「市場を調整する力」のことですね。

しかしマクロ経済学は、この「見えざる手」の力が十分には働かない ―― 遠い先には調整されるかもしれないが、あまりにも時間がかかると考えます。たとえば、価格はそう動かないので需要と供給が一致しないまま経済が推移すると考える学者もいる。その他、現在のマクロ経済学は、ミクロ経済学は、「見えざる手」の力が働くために必要な条件をそもそも満たしていないのではないかとも考えています。

放っておいても「見えざる手」の力によって最適な状態になるのであれば、何もする必要はありませんよね。でもその力が働かないとしたら、じつは最適な環境なんて達成できないとしたならば、調整を待つだけではなく現在よりはましになるように策を尽くすべきだという議論になる。ミクロ経済学の考え方をそのままマクロの経済に適用すべきか、それともマクロにはミクロと異なる理屈が必要なのかというのが、経済学の大きな対立軸になります。

考え方は異なりますが、どちらかが間違っていて、どちらかが正しいというわけではありません。例えば風邪を引かないためにぼくたちができることは二つありますよね。ひとつ目は、風邪の予感がしたので、栄養ドリンクを飲んで、湯船にゆっくり浸かって、ぐっすり眠る対処法。これがいわばマクロ経済学の考え方。もうひとつ、そもそも体調を悪くしないように、体を鍛えて、毎日規則正しく生活をする対処法。こちらがミクロ経済学の考え方になります。どちらも決して間違った対処法ではありませんが、想定している時間の視野が違いますね。

少し具合が悪くて体育の授業を休みたいときに、「体を鍛えないのが悪い!」と先生に言われたら困りますよね。反対に保険の先生に「きみは体が弱いからずっと保健室のベッドで寝ていなさい」という言葉に毎日従っていたら体は弱ってしまう。ミクロ経済学とマクロ経済学は、場合によって使い分けながら、どちらも使いこなすことが大切なんです。

―― マクロ経済学ってなんの役に立つんですか?

国民経済について考えるときマクロ経済学の知識が役立ちます。国民経済と関係の深い経済政策の是非を問うとき、損と得、希望とリスクを比較しなくてはいけません。そのためにも、ある経済政策を実施した場合に考えられる効果やリスクを知っておく必要がある。

さらにマクロ経済学を勉強していくと、次第に「物事には必ず裏表がある」という考え方が身につくようになります。例えば、服を買ったとき、ただ服を手に入れたのではなく、その分のお金を手放しています。すべての取引はつねに双方向的なものです。

またテレビでよく「デフレから脱却しなくてはいけない」といったニュースを目にすると思います。デフレは物価が下がること、反対にインフレは物価が上がることを指すのですが、一見すると、物価が下がるということはお小遣いで買えるモノの量が増える、嬉しいことのように思えますよね。

でもそのお小遣いをくれる両親が会社に売っている「労働力」の値段も下がっているわけです。皆さんのご両親や自身の収入が減ってしまっては元も子もありませんよね。自身は買い手であると同時に売り手でもあるという点は、つねに意識しておかなければならない。

マクロ経済学を勉強していると、物事の裏表やその関係について考える思考法が身につくようになります。これは社会に出てからとても役に立つ思考法です。

―― 他に経済学がどんなことを考えるのか教えてください。

経済理論の問題整理力が典型的にみてとれるのが、経済学の黎明期である1800年代にイギリスの経済学者・デヴィッドリカードがまとめた「比較優位説」です。

たいていどの学年にも、顔も頭も人当たりもよく、成績はトップクラス、部活ではエース級で、演説もうまい同級生が一人はいるものです。仮にA君としましょう。そしてA君に比べると何をとってもいまいちのB君もいる。でも学級委員も図書委員も生徒会長もと、何から何までA君に頼ることは出来ません。A君の体は一つですし、時間の制約があります。こんなとき、A君にはA君がもっとも得意とすることを任せて、B君はB君がもっとも得意とすることを任せると、もっとも効率的に仕事ができる、と考えるのが「比較優位説」です。

もう少し具体的に説明しましょう。

例えばぼくが一本の原稿を書くのに必要な時間を2時間、研究室の掃除を終えるのに2時間かかるとしましょう。一方、小島さんが原稿を書くのに必要な時間が10時間、掃除を終えるために必要な時間は5時間だとします。絶対的な比較をすれば、執筆も掃除もぼくの方が早く済みますよね。

でもだからといって、ぼく一人で執筆と掃除をする方が効率的かというとそうではありません。よく考えてみてください。ぼくの執筆と掃除に必要な時間には1対1の関係があり、小島さんの場合は、2対1の関係がありますよね。小島さんが原稿を1本書くために必要な時間を掃除にあてた場合、研究室を2部屋掃除できます。ということは、小島さんがぼくの研究室を掃除してくれたら、ぼくは掃除する手間が省けた分、原稿をたくさん書ける ―― このような分業を通じて小島さんとぼくとの合計の作業量は増加するというわけです。

それぞれが相対的に手間のかからない方を選んだほうが、全体的にもっとも効率的になる、ということです。ぼくと小島さんに限らず、どんな2人のあいだにも、いずれかの仕事において片方が比較優位を持っているはずです。どんな人にも、必ずその人にとって優位な経済活動があるはず。これは人生訓においても重要なことかもしれません。

比較優位についてもっと詳しく知りたいという人は、安藤至大さんがお書きになった「誰にでも出番がある社会を実現するために」を読んでみてください。

―― どんなときに「経済学って面白い!」と思いますか?

「わかった!」という瞬間です。この「わかった!」という瞬間は、前提、論理、結論、予想の4ステップがうまくはまったときに訪れます。どの学問でも同じかと思いますが、ぼくは比較的に経済学にそう思える瞬間が多いと思う。

世界史や日本史を暗記するように、経済学史の年表をじっと眺めて覚えることが経済学の面白さではありません。AだからB、BだからC、CだからDという論理のステップを理解すること、その瞬間が訪れたとき「”わかる”ってこういうことなんだ」と思える。皆さんにもぜひ、その瞬間が訪れて欲しいですね。

―― 飯田先生はどうして経済学を選んだのですか?

高校生のころ、世界史や日本史の授業で習った世界大恐慌の話がとても面白かったんです。世界恐慌の処理に失敗したことが第二次世界大戦へのきっかけになっている。特にドイツでは、人々の経済的な不満が高まるにつれて、極端な排外思想がはやるようになっています。ナチスの議席獲得数と失業率が非常に良く連動していた。つまりはナチス・ドイツを生んだのは不況だというわけです。

歴史的な事件と経済、なかでも大恐慌はとても関わりが深いんです。これは日本でも例外ではありません。ファシズムへの道を突き進むきっかけとなった2.26事件。なぜ青年将校はあんな事件を起こしたか。陸軍士官学校を卒業し、小隊長として各地に赴任した彼らは、徴兵されてきた東北地方の兵隊の体格の悪さにびっくりします。当時の東北地方は非常に貧しく、ろくなものが食べられなかったんです。隊の親分でもある小隊長はそれが見るに堪えず、「日本は間違っているんじゃないか」と燃え始めて、直接的な行動を起こした。これが2.26事件です。

他にもたくさん面白い話はあります。例えばマクドナルド理論。これまでマクドナルドがある2国間での戦争は一度も起こっていません。やっぱりマクドナルドが出店するくらい経済的に発展していると、みんな殺し合いなんてしたくないんですよ。戦争するくらいなら、仕事でお金を稼いで、欲しいものを買ったり美味しいものを食べたりしたいと思うようになるんです。

経済が与える影響の大きさに気がついたときに、「経済ヤバい! 経済で世界が決まるんだ!」って興奮した(笑)。

さらに言うと、ぼくが高校生の頃にちょうどバブルが崩壊していて。ぼくは日本人が浮かれていた時代が、どんどんぎすぎすしていく様を目の当たりにしているんです。経済が悪くなると世間・社会・世界がぎすぎすしてくる。ということは、経済学を勉強すれば、それを回避することもできるのではないでしょうか。世界恐慌の処理を適切に行えていれば、景気が悪くならなければ、ナチスは「世間から浮いた狂信者集団」のままだったかもしれません。「貧すれば鈍す」「衣食足りて礼節を知る」って言いますよね。

景気が良かったころは生活保護へのバッシングなんてほとんどありませんでした。攻撃的な思想が話題になっても、大きな問題になるほど発展しなかった。今の日本はなんだかぎすぎすしていますよね。20年間も不況を続けてきただけはあるなあと思ってしまいます。

―― 実際に経済学部に入って、抱いていたイメージとのギャップはありましたか?

苦手な数学を超使うこと(笑)。

でも意外と高校数学と違って楽しかったですよ。ぼくは計算が苦手で数学が好きじゃなかったんですけど、大学は具体的な計算はあまりしないんですよ。論理数学がほとんど。それに計算が苦手でも、大学では計算ソフトにお願いすればいい(笑)。

数学が苦手で文系を選んだ人は多いと思いますが、じつは文系で、特に言葉が好きな人が論理数学を勉強してみると、楽しいと感じる人がたまにいるんですよね。経済学に興味はあるけど数学は苦手って人でも、じつは経済学や大学での数学は楽しいと思えるようになるかもしれません。

―― 経済学にはどんな可能性があるのでしょうか。

経済学はいま、大きな転換点に差し掛かっています。というのも、ミクロ経済学、マクロ経済学ともに、人間の合理性を狭く捉えすぎていたんです。

これまで経済学は、「人間は経済的な損得を重視して行動している」と考えてモデルを組んできました。このモデルでもかなりの予想力はあるのですが、よくよく考えてみると、別に経済学だからといって経済的な損得に分析を集中させなくてもいいじゃないか、とあるとき気がついたんですね。

世の中が豊かになってくると、経済的な損得だけでなく心理的な損得の影響が大きくなってくるんです。それをいかにモデルに組み込むか。行動経済学という分野では、いままさにその研究を行っています。

―― 最後に、高校生に向けてメッセージをお願いします。

高校までの勉強は、知識を頭に入れるという性格が強いですね。これは考えるために必要な具材を用意している段階なんですね。大学は、その具材をどのように活かすことが出来るか、いわばレシピを勉強するところです。そして大学で覚えたいろいろなレシピを社会で活かしてください。

どんなに素晴らしいレシピでも具材が悪ければ、まずい料理ができてしまいます。だからまずは具材を、知識をしっかり習得してください。そして、どんなに素材が良くてもレシピがさっぱりならたいした料理にはならない。だから大学では、大学でしか出来ない勉強をして欲しい。そして、できれば経済学部に入って、経済学の楽しさを知ってもらいたいですね。

(2012年12月20日 飯田泰之研究室にて)

経済学が分かる! 高校生のための経済学書3

大学で学ぶべきは「○○学」そのものというよりも、「○○学の思考法」の方だと思います。『思考の型を身につけよう』では経済学の考え方を実社会にどのように活かすのかという点に重点を置いて解説しています。自著で恐縮ですが、経済学部に行くと何が出来るようになるのか ―― 高校や予備校の説明だけではいまいちわからないという方にオススメします。

経済学が大きく発展した理由は人々の幸福を数値化可能なもの、なかでも金銭に置き換えたところにあります。その一方で、私たちの生活や幸福は直接的に金銭的な評価にはなじまない様々な要因に左右される。このような非経済的・非論理的な要因を探求するのが行動経済学。本書はその両者をつなぐ作業 ―― 一見経済問題ではない物事の経済的評価を試みる労作です。

「マンガでわかる○○」という本がわかりやすかったことはない ―― という経験をしたことがある人も多いのでは? 知識や論理をマンガのストーリーに載せるのは難しいですからね。同シリーズはストーリーを捨てて、イラスト・一コママンガで経済を語るという新しい(じつは海外では一般的な)試み。意外と深い話題にまで切り込んでいるので一読の価値はありますよ。

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https://synodos.jp/intro

プロフィール

飯田泰之マクロ経済学、経済政策

1975年東京生まれ。エコノミスト、明治大学准教授。東京大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。著書は『経済は損得で理解しろ!』(エンターブレイン)、『ゼミナール 経済政策入門』(共著、日本経済新聞社)、『歴史が教えるマネーの理論』(ダイヤモンド社)、『ダメな議論』(ちくま新書)、『ゼロから学ぶ経済政策』(角川Oneテーマ21)、『脱貧困の経済学』(共著、ちくま文庫)など多数。

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