今こそ「国際倫理学」の話をしよう  

国際倫理学とは何か

 

ハーヴァード大学のマイケル・サンデル教授の講義が「白熱教室」として紹介され、話題になったおかげで、日本ではここ数年「政治哲学ブーム」が起きている(今は少し落ち着いたように思われるが)。この種の学問に多少なりとも身近さを感じられるようになったとすれば、私としては非常に喜ばしいことである。とはいえ「国際倫理学」という分野には、まだあまりなじみがないのではないだろうか。このたび、リチャード・シャプコット著『国際倫理学』が岩波書店より刊行された。そこで、この場を借りて、「国際倫理学」という学問について、少し書き連ねてみたい。

 

「国際倫理学」とは、はたしてどのような学問なのだろうか。一般に、「倫理学」とは、ある行為の道徳的評価にかかわる学問研究であり、ある種のメタレベルの問いを扱うものである。だとすると、「国際倫理学」とは、国際社会における道徳なるものを哲学的に探究する学問であるといえる。国際社会における主たるアクターの1つには国家があり、したがって、国家にかかわる法や正義を探求する「法哲学」や「政治哲学」といった隣接分野とも、当然ながら大いに関連する学問である。また、「国際政治学」における、とりわけ規範的な側面を扱う理論などとも関係するため、「国際倫理学」とは、極めて学際性が高い学問領域である。

 

それと同時に、「国際倫理学」は比較的新しい学問領域である。「倫理学」は前述のようにメタレベルの問いを探求する学問であるから、国家間関係や国際問題について正面から論じることはそもそもあまりない。「法哲学」や「政治哲学」における考察の中心は、前述のように国家、もっといえば、国内社会における法や正義であった。たとえばジョン・ロールズの『正義論』を見れば明らかなように、彼は一国内の財の公正な配分の原理を探求したわけである。したがって、少なくともおよそ1980年代以前までは、概して「倫理学」「法哲学」「政治哲学」が国際社会に関心を寄せることはほとんどなかったのである。

 

他方で、国家間関係などを扱う「国際政治学」においては、少なくとも日本では、往々にして実証主義的研究が重視され、哲学的な研究は等閑視されてきたように思われる。それにはいろいろな理由があるのだが、1つには、「英国学派」の重鎮であったマーティン・ワイトがかつて述べたように、国家の「生存」を扱う国際政治学と、人々の「善き生」を扱う政治哲学は明確に峻別されるべきであり、国内社会を考察の対象とする政治哲学の議論は、アナーキーな国際社会を対象とする国際政治学にあてはめることはできないという考えが広く流布していたからであろう (*1)。

 

ところが、冷戦が終焉し、また経済のグローバリゼーションが進むにつれて、こうした状況が変わってきた。とりわけ、環境、金融、テロ、格差などのグローバルな問題群の噴出によって、問題解決の「ヴィジョン」を示せといういっそうの要望が出されるようになった 。そうしたなかで、カントやヘーゲルといった古典からロールズなどの近年の政治理論家にいたるまでの幅広い知見を大いに取りこみながら、国際政治上の倫理的諸問題を扱う「規範理論」(normative theory)への関心が高まってきたのである。(*2)

 

(*1)See M. Wight, “Why Is There No International Theory?” in H. Butterfield, and Wight (eds.), Diplomatic Investigations: Essays in the Theory of International Politics, London: Harvard University Press, 1966, pp. 17-34.〔「国際理論はなぜ存在しないのか」佐藤誠他訳『国際関係理論の探求──英国学派のパラダイム──』(日本経済評論社、2010年、1-23頁)〕

(*2)押村高『国際政治思想──生存・秩序・正義──』、勁草書房、4頁。

 

 

 

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