改めて考える、「ポピュリズム」とは一体何か?

右派的なポピュリズム、左派的なポピュリズム

 

荻上 ポピュリズムの中にも、保守的なポピュリズム、あるいはリベラル的なポピュリズムというものは存在するのでしょうか。あるいは、そうした政治的思想の枠組みとの繋がりは薄いのでしょうか。

 

水島 やはり、「エリートの抵抗を排して人民の意思を実現するべき」という立場なので、いわゆる保守主義やリベラリズム、社会民主主義などと比べると、思想的には弱いですね。ただ現実には、ポピュリズムの中でも色合いの違いはあり、特に右派的なポピュリズムと左派的なポピュリズムは、同じポピュリズムでもだいぶ違います。概して言えば、ラテンアメリカでは左のポピュリズムが強く、ヨーロッパでは右のポピュリズムが強いと言えます。

 

荻上 現代のヨーロッパで考えると、例えば移民問題や難民問題に対してアンチを唱える、あるいは欧州連合のあり方を批判する、そういった主張によってポピュリズムが右派的になっていくということでしょうか。

 

水島 そう思います。一方、ラテンアメリカの場合は、今もなお圧倒的な所得格差があるため、エリート層に富と権力が独占されている、それを再分配せよという左派的な方向性になりがちなのです。

 

ヨーロッパ、特に北部の発達した福祉国家では、一部の特権階級の独占する富を再分配に回せという主張は広い支持を受けにくい。他方、福祉国家のシステムの中で恩恵を被っていると思われる移民や難民の人びとが、特権階級として認識される現象が起きます。日本の場合も生活保護批判に代表されるように、福祉国家の保護の対象となった人が特権階級扱いされがちですよね。

 

荻上 しばしばネット上で「在日特権」などという言葉を使って在日朝鮮人の方々をバッシングするといった問題が起きますが、あれも「恩恵を不当に享受している」という一方的な批判が含まれていたりもしていますね。

 

水島 やはり、再分配がある程度なされている国においては、それによって恩恵を被る人が、不当に甘い汁を吸っている人だと見なされることが起こりやすいんです。しかも、その際に恩恵を被っている人びととリベラルな政治家が結託している、といった筋書きが作られてしまうんですね。

 

荻上 ただ、日本はずっと保守が強い状況が続いていながらも、そこから生まれてくるポピュリズムは反保守主義的な側面が弱く、むしろ反朝日新聞、反知性主義といった立場のように見えます。そのあたりのバランスはユニークだなと思うのですが、どう考えれば良いのでしょうか。

 

水島 日本は、良くも悪くもグローバル化にさらされている度合いがヨーロッパやアメリカよりも低い部分があります。特にヨーロッパは欧州統合が進んでいますので、各国レベルでできることがかなり減ってしまっている。それに対し、日本は自国通貨を維持していますし、国内の政策的な余地はかなりあります。また、自民党政権は伝統的に地方重視の政策をとってきたということもあり、アメリカやイギリスと比べれば露骨な格差の拡大は抑えられている状況です。

 

圧倒的な所得差があり、一部のエリートが富を独占している社会であれば、エリートはあいつらだとすぐ分かるわけですが、日本のように一種の平等感覚が残っている国では、誰がピープルで誰がエリートなのか、必ずしもはっきりしない。むしろ朝日新聞に象徴されるような知的エリートのヘゲモニーの方が、際立って見えてしまうということがあるのではないでしょうか。

 

荻上 ということは、誰がポピュリズムのターゲットになるのかという線引きは、その都度、社会的に構築されていくものなのでしょうか。

 

水島 そうですね。それはポピュリズム側の戦略によるところも大きいでしょう。例えばヨーロッパでは、イスラム移民を批判する際に「彼らは男女平等を守ろうとしない」「政教分離、個人の自由を認めていない」と言って批判しますが、本当にポピュリズム側が心から男女平等を信じているかというと、それはなかなか疑わしい。しかし、そういう「進歩的」な主張をすることで、既存の極右政党には乗れない有権者から、「ポピュリズム政党の方がましだ」といった形で支持が集まる、そういうことが現実に起きているわけです。

 

荻上 そういった移民批判をするポピュリストに対して、支持者らが「実は歴史修正主義ではないか」「実は右翼じゃないか」といった疑いを持つことはないのでしょうか。

 

水島 近年のヨーロッパでは、数としては、極右ではなくリベラルな起源を持つポピュリズム政党も多いのです。例えばオランダのヘルト・ウィルダース議員が党首を務める自由党などは、もともと自由を基本的な価値として設立された党とされており、その自由尊重の価値観に基づいてイスラムを批判する、という立場を取っています。歴史修正主義のような「重たさ」もこの党には感じられません。

 

 

ポピュリズムはディナーパーティの泥酔客

 

荻上 水島さんはご著書の中で、ポピュリズムの主張に賛成か反対かという議論で終わってしまうのではなく、ある種の機能を持った存在として分析する観点が重要だとおっしゃっています。ポピュリズムの機能というのは、どのようなものなのでしょうか。

 

水島 さきほど申し上げた通り、ポピュリズムには純粋民主主義という性質がありますので、民衆の要求を直接実現しようとするが故に、逆に反対派を抑圧したり、反法治国家的な振る舞いに対して目をつぶってしまう傾向があります。ここには当然問題があります。他方で、ポピュリズム政党の躍進によって既成政党に緊張感が走り、一定の政治的な変化を呼び起こす効果もあります。実際、ポピュリズム政党が出てくると既成政党は概して改革に走り、改革派に転向したふりをするのですが、それによってこれまで成しえなかった政策転換が起こる可能性もあります。

 

本の中で最後に「ポピュリズムは、ディナーパーティの泥酔客のような存在だ」という喩えを引用しました。どういうことかと言うと、着飾った人びとがパーティを楽しんでいる最中に、突然、泥酔客がやってきて下品な言葉を吐き始める。人びとはなんとか追い出そうとするのですが、泥酔客の発言の中にはときどき真実が含まれていたりするんです。例えば、動物愛護を訴える上流階級が集まるパーティだったら、「パーティで肉を食べてるんじゃねえよ」と吐き捨てるように言ったりする。すると言われた側は、表情は変えなくても心の中ではドキッとするわけです。もしかすると、それをきっかけに社会のあり方が変わっていくかもしれない。あるいは、単純に追い出すだけかもしれない。いずれにせよ、何らかの波紋を呼び起こす存在としてポピュリズムは現実に存在する。リスクはあるが変化の可能性もある。やはり功罪半ばするというのが私の主張です。

 

荻上 リスナーの方から質問がきております。

 

「トランプ氏の当選に絡めてポピュリズムがよく語られていますが、『大衆迎合主義』と言いつつ、オバマ大統領の就任前の支持率とは相当な開きがあるそうです。政治的に正しいかどうかは別にして、支持率だけ見ればオバマ大統領の方が、実現の難しい理想を並べて大衆の支持を集めたと言えなくもないと思うのですが、なぜオバマではなくトランプがポピュリストと呼ばれるのでしょうか。」

 

ポピュリズムという用語がもっぱら否定的に使われがちなのは、私も強い違和感を覚えますね。大統領の資質という点ではトランプ氏にはかなり疑わしいものを感じますが、社会的に苦境に置かれ、彼を支持せざるを得なかった白人労働者たちの叫びを無視して、ポピュリズムという一言で片付けてしまっている。彼らの問題提起を無視すべきではないと思います。

 

水島 そうですね。見捨てられた白人労働者階級、いわゆる「ニューマイノリティ」と呼ばれる方々も、やはり重要な国民の一部です。主張そのものが妥当かどうかは別問題として、まずはさまざまな立場の意見を取り入れながら政治を進めていく。そうしなければ、必ずいつかは反逆が起こります。

 

 

これからのポピュリズムと民主主義

 

荻上 ここで、もうお一方にご意見を伺いたいと思います。『欧州複合危機』(中公新書)などの著書がある、北海道大学教授で政治学者の遠藤乾さんです。遠藤さん、よろしくお願いします。

 

遠藤 よろしくお願いします。

 

荻上 遠藤さんはヨーロッパ政治がご専門ですが、ヨーロッパにおける現代のポピュリズムの役割や位置づけ、評価についてどうお感じになっていますか。

 

遠藤 ヨーロッパ社会に広がるポピュリズムは、自由や平等というリベラルな理念を軽視する傾向があり、そこが将来的にやはり心配なところです。ここでいうリベラルとは、井上達夫氏が指摘するところの「反転可能性」、つまり自分と他者が反転したとしても受け入れられるかどうか、ということです。その点で、国内外の「敵」を可視化して、主流国民との越えがたい溝を強調するポピュリズムの手法には懸念が残ります。

 

ポピュリズムとデモクラシーには親和性があり、どちらも「置き去りにされた人びと」の声をすくい上げるという大事な機能があります。ただ、どういうやり方ですくい上げるのかは検証しなければいけません。特に、すくい上げるリーダーがどういう社会を作ろうとしているのかは、十分に検証する必要があります。

 

荻上 既存の専門家やメディアの主張をみんなで批判すれば一つの力にはなりますが、蓄積された知識をいっぺんに捨ててしまうと、合理的な選択は得られないけど満足感だけは残る、長期的には首を絞める結果になることもありますよね。

 

遠藤 はい。ただ、水島先生のご著書にも書かれていましたが、例えばベルギーではかつてポピュリズムが興隆する中で、既存の政党が民意の声をすくい上げる方向に向かい、政党自身が再活性化したという事例があります。ポピュリズムにもそういった機能があるのです。

 

しかし他方で、ブレグジットもトランプ氏もそうですが、民主的なプロセス自体がデマや嘘に満ちているということが起きている。この劣化の先に、今後、法治国家の枠の中でこの運動が留まっていくのかどうか。留まったとしても、ナチスのように法治国家の形式を取りながら全体主義に進んでいった例もあるわけです。そういった懸念が拭えない。今のヨーロッパの大手新聞社の見解にも、こうした懸念が表れていると思います。

 

荻上 ポピュリズムにはデモクラシーを装いながらも、デモクラシーを壊すような側面があるということですが、水島さんはいかがでしょう。

 

水島 それはラテンアメリカを例にとりますと、ベネズエラのチャベス政権やそれ以降の政権でも言えることだと思います。法治国家の枠を超える行動に出ている面があります。民衆の支持があったとしても、そこで自由や平等がきちんと守られているのかという問題がありました。

 

ただ、現在のヨーロッパのような先進諸国の場合、ポピュリズムが政権をとったらそのままデモクラシーが崩れていくのかというと、それには疑問はあります。私たちが見てきたデモクラシーは、そんなに脆いものだったのでしょうか。もしかすると、ポピュリズムをも包摂するデモクラシーの伝統や奥深さに期待できるかもしれません。ですから、ポピュリズム政権が誕生した時に実際にどう機能するかは、これから見ていかないと分からないところではあります。

 

荻上 例えばブレグジットの時も、EU離脱派の人たちはいざ勝ったとなるとオロオロして、ちょっと言い過ぎたと撤回するような動きもありましたよね。

 

ただ一方で、ポピュリズムの具体的な攻撃の対象が難民だったりすると、人権を侵害され、国を追い出されてしまう人も実際に出てくるので、これは長期的に見るのか、それとも個別に見るのかで随分と映る背景が変わりそうですね。

 

水島 そのとおりで、実際に難民を多く受け入れたドイツでは、難民キャンプ襲撃など様々な問題が起きていますね。ただ、ポピュリズム政党がなければそういった問題が起きなかったのかというと、そう単純ではないでしょう。いずれにせよ、遠藤先生がおっしゃるように、そのようなポピュリズム政党が社会の主流を占めるに至ったとき、むしろ難民や移民を差別する見方が当たり前になってしまうとなると、やはり大きなリスクを抱えていると思いますね。

 

荻上 今後のヨーロッパのポピュリズムの動きについて、遠藤さんはどのようにご覧になっていますか。

 

遠藤 非常に懸念しています。3月のオランダ、4、5月のフランス、その辺りでポピュリズム勢力が伸長するのがほとんど確実視されているのです。これが、戦後ヨーロッパの内外政の構造を根底から揺り動かすようなことになるのかどうか、注視しているところです。

 

また、ポピュリズムが政治を活性化する場合にも課題は残ります。それは、ポピュリズムの躍進によって、政治とグローバル化の乖離がますます進んでしまうのではないかという問題です。手つかずのままグローバル化が残され、ポピュリズムがそれに手をかけられずに無力に終わってしまう。トランプ政権が典型的ですが、富裕層を偏重する軍人とウォールストリートの人たちは、グローバル化の本丸である資本移動の自由化にはまったく手を付けないと予想されるからです。そうなると、あれだけグローバル化批判をしたのですが、数年後には政策的に行き詰まって期待はずれに終わることは目に見えています。

 

荻上 トランプ氏は、グローバリズムを前提とした上でアメリカに来いと各企業に呼びかけているように感じますよね。

 

遠藤 ラストベルトの労働者たちが抱いていた夢と、今後の帰結が乖離することを意味していますよね。そこで更なる幻滅を生むのであって、本当に政治の活性化が予定されているのかどうかは相当疑問だと私は思います。

 

荻上 となると、今後のポピュリズムをどう見ていけば良いのでしょうか。

 

水島 ポピュリズムを全面的に受け入れることは危険ですが、無視することにもリスクがあります。国によってやり方は違いますが、ある程度、衝撃を受け流していくやり方もあるはずです。先ほどのディナーパーティの例で言えば、泥酔客に寄って行って、「君は何が言いたいのかね」となだめていく方法もあるだろうと。泥酔客を排除しようとして激高されたら、それはそれで厄介です。やはり、知恵を絞って対応しなければなりません。その方法を模索することが、デモクラシーを支えていくすべとなるのかもしれませんね。

 

荻上 なるほど。今後はトランプ氏やドゥテルテ氏のような国内向けのポピュリストが、国外とのさまざまな約束を破ったり、場合によっては地域の秩序を乱すようなことも起きていくかもしれません。そうした存在に対して、日本はどう向き合っていくべきなのか、これからの大きなテーマになるかと思います。遠藤さん、今年ヨーロッパでは選挙イヤーですが、余波は大きそうですか?

 

遠藤 大きいだろうと予想しています。ただ核となるドイツの政党政治は比較的安定しておりまして、やはり注目はフランスですね。最近、私は「もしルペ」と言っているのですが、もしも大統領がマリーヌ・ルペン氏になってしまうと、これは相当な激震になると思います。

 

荻上 もしそうなると、日本にもポピュリズムが感染していく可能性もあるかと思います。水島さんは、今後どこに注目したいとお考えでしょうか。

 

水島 やはり地方の問題ですね。日本の場合は都市と地方の格差がまだそれほど開いていないのですが、今後はわかりません。イギリスやアメリカの例を見ても、繁栄するグローバルな大都会と、置いてきぼりとなった地方との断絶が、ポピュリズムを支えるひとつの土壌となるのではないでしょうか。

 

荻上 歴史を参照しながら、より広い見方で考えていきたいですね。遠藤さん、水島さん、ありがとうございました。

 

 

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