震災、原発、首相交代 ―― 霞ヶ関広報の変化の芽を、過去形にしたくない

学生時代からの旧知、菅直人の要請を受け、「国民と政権の間のパイプの詰まりを取ろう」と飛び込んだ内閣広報室。攻めの広報をやるつもりが、菅さんまでが守りの広報。着任1ヶ月でマインド・リセットを余儀なくされた下村氏。半年も経たない2011年3月11日に史上稀に見る大地震が起き、前例のない緊急時広報を経験することに。津波災害、原発事故への対応、被災地支援、首相の隣で国の中枢の決断と情報を国民に伝えるという大役を引き受けることになった。菅首相退陣から野田総理の新エネルギー政策決定まで、戦後最大の国難の時期を広報審議官として過ごした下村さんがふりかえる、「できたこと・できなかったこと・これから伝えたいこと」。(聞き手・構成/難波美帆)

 

 

【第1期】守りの広報 ―― コツコツと“前例”を積み上げ

 

難波 ここまでお話をうかがって下村さんが内閣広報室に入った経緯と戸惑い【転身編】、そして、2年間の任期が、取り組みの内容で大きく5つの時期に分かれると伺いました。まずは第1期、着任(一昨年10月22日)から翌年の3・11までの4ヶ月半の平時の広報審議官の仕事の中身についてお聞かせいただけますか?

 

下村 これはもう完全に、菅直人総理大臣密着の広報。ぼくの席は、内閣官房の建物(国会記者会館の隣。官邸の斜め向い)4階にある内閣広報室の本体にはあったけど、まったく行けたことがなくて、ずっと官邸にいました。ぼくの直属の上司、内閣広報室のトップである内閣広報官は、総理や官房長官と打ち合わせすることが多いから、官邸の中にも内閣広報官室という“出先”の部屋を持ってます。ぼくは菅さんにちょくちょく呼ばれるから、そこに常駐してました。

 

難波 内閣広報官と一緒の部屋で仕事ですか?

 

下村 一応、薄い仕切り板はありますけどね。机を置いて。呼び出し電話が来るたびに、4階のその部屋から5階の総理執務室へと、1日に何回も走って往復するという生活が続きました。

 

難波 「守りの広報」の時期とおっしゃっていましたが、その中で、ご自身で納得できる目に見えた前進はありましたか。

 

下村 印象深いのは、史上初のインターネット番組への総理生出演だと思います。1月始め、神保哲生さんのビデオニュース.comで、菅さんが生放送で年頭所感を1時間やりました。これは、福山官房副長官や寺田総理補佐官といった若い側近政治家がプッシュしてくれて、実現しました。ぼくはTBS社員を辞めた後、10年以上も市民メディア・アドバイザーという謎の肩書で、マスメディア以外の発信をサポートしてきました。ですから、この“前例”を作れたことは、今後の市民メディア発展の足場として大切だと思っています。

 

自分として一番時間をかけたのは、カンフルブログだったんですが、残念ながら、既存メディアが全然とり上げてくれませんでした。そりゃそうだよね、商業メディアとしては、総理がネットで直接国民と繋がってしまったら、いわば情報ルートとして“商売敵”の出現ですから。余程のことがないとわざわざ報道で紹介しないですよね。それで、アクセスは非常に伸び悩みましたけど、目に見えない副産物も狙って、とにかく動画と文字と両方での発信を続けていきました。

 

難波 副産物とは?

 

下村 お役所って、前例がモノを言う。だから、とにかくぼくは、2年という限られた自分の任期のうちに、今後のための前例をたくさん作っていこうと思ってたんです。

 

たとえば、総理が動画でどんどんしゃべるということ。今までは外遊に行っても、意味もなく遮断されていた部分にまで、徐々にぼくがブログ制作という理由で入っていった。1回目の外遊のときは、ビデオカメラを持った新参者が総理の周りをうろちょろするなんていうのは、徹底的に異端扱いされたんですよ、官邸筋からも外務官僚の方々からも。SPさんから、「ダメだよ、TBS!」と止められたこともありました。

 

でも、回数を重ねると、警戒すべき行動じゃないと判って、だんだん皆も慣れてくるじゃないですか。そうすると、「ああ、下村審議官、こっちこっち」なんて言ってくれるようになって。そうやって、徐々に風穴を開けていきました。「メディアはここまで」という規制線を超えて、1台だけ特別にカメラを入れるのは、大変。だから、規制線の中にいるぼくが撮って、アップした動画はメディアに全部使用OKにして、映像素材としてどうぞ国民に伝えてください、というルールにしました。

 

でも、それらの映像を、既存メディアも市民メディアも、まったく使ってくれなかったですね。ぼくの撮影で唯一引っ張りダコになったのが、震災発生翌朝に、菅さんが福島第一原発にヘリで降り立ったときのシーンかな。

 

難波 わたしも、サイエンス・メディア・センターという活動をやっていて、科学者の生コメントをメディアに提供する社会実験のようなことをしているんですが、日本のメディアはなかなか使ってくれませんね。海外のメディアは使います。しかし、日本のメディアは自分で取材したもの以外使おうとしません。

 

下村 使ってくれない彼らの論理は、ぼくもメディアにいたからわかります。「どうして俺らが、政府広報のお先棒を担がなくちゃいけないんだ」という矜持です。その姿勢自体は、間違っていません。メディアが権力の批判・監視をやめちゃったら、オシマイですから。だけど、「政府側のアングルを切り捨てて批判する」んじゃなくて、「それはそれとして伝えた上で批判する」という、是々非々のスタンスに立った方が、国民の考える材料が増えていいのになぁ、とぼくは思いますけどね。

 

そんなわけで、外から見たら、下村なにやってるんだかサッパリわからん。これが最初の4ヶ月間でした。

 

 

下村健一氏(TVキャスター時代)

下村健一氏(TVキャスター時代)

 

 

 

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