2010.10.02

民主党代表選の党員投票から日本の政党組織について考える

菅原琢 政治学

政治 #党員投票#民主党

政治現象を数値化すること

政治現象を数値化して分析するというと、奇妙に感じる人も多いだろう。選挙結果や内閣支持率のような数字そのものが焦点となる場合を除けば、政治は人が主役であり、特定の状況での彼らの打算や感情を推測することが分析だと思われている。

もちろん、こうした従来の政治分析のあり方をここで全面的に否定するつもりはない。しかし、数値化して分析することで確認できること、発見できること、あるいは否定できることは、案外多い。

そこで、このシノドス・ジャーナルでの連載では、なるべく簡単な手法を用いながら現実の政治現象を計量的に分析し、現代日本政治について論じていきたい。

既存メディアが苦手とする政党組織

第1回となる今回は、9月14日に行われた民主党代表選を取り上げる。

民主党代表選は、国会議員、地方議員、党員・サポーターという3つの有権者団によって行われる。国会議員は1人2ポイントを有しており、地方議員は全体で100ポイントをもち、投票結果をもとにドント式で配分される。党員・サポーターは300の衆議院小選挙区ごとに投票を行い、各選挙区1位の候補に1ポイントが与えられる。ここではこの党員・サポーター投票(以下、党員投票)に焦点を当てる。

党員投票を取り上げる理由は、ここから民主党の政治家と支持者の関係、つまり政党組織について論じることができるためである。

政党組織は、政局中心の取材体制と手法をもつ既存メディアが苦手とする一方で、政党政治のあり方を考える上で重要な題材である。したがって、計量政治分析の有用性を確認するうえでもよい題材であろう。

3乗比の法則

党員投票では、菅直人候補が249選挙区で1位となり、51選挙区の小沢一郎候補に大差をつけている。一方で、得票数・率では菅候補が13万8千票で60.3%、小沢候補が9万票で39.4%となっており、獲得選挙区の数に比較して大差は開いていない。

小選挙区制の選挙では、得票率に比較して議席率の差は大きく広がる。一般には、議席率が得票率を3乗した値に比例する「3乗比の法則」として知られている。党員投票は議席ではなくポイントをめぐる争いだが、同じことが起きている。(なお、3というのはあくまで経験則にもとづくキリのいい整数として採用されているだけであり、理論的に3乗となるという意味ではない)。

図1に示すように、今回の代表選の得票率と党員投票による獲得ポイントの割合(ポイント率)の関係は、ほぼ3乗比の法則通りとなっている。2択の選挙で、4割程度の得票率では、これくらいのポイントしか取れないのは、致し方ないといえるだろう。単純に、小沢候補への党員・サポーターの投票が少なかったことが、この大差を生んだのだといえそうである。

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議員票と党員投票のギャップ

ただ、民主党代表選の仕組みを考えると、単純に3乗比の法則が党員投票で表れるのもおかしな話かもしれない。

党員投票の選挙区は衆院選挙区と同じであり、したがって民主党衆院議員の投票行動の影響を受けるはずである。議員票はほぼ1対1であり、選挙区選出の議員にしたがって党員が投票していれば、ポイント率も1対1に近くなるはず、という想定もできる。

しかし、現実には3乗比の法則にしたがっている。小沢候補のほうがグループの議員数が多く運動熱心な議員が多かったことを思い起こせば、これは不思議に感じる。多くの親小沢議員は、なぜ党員・サポーターを小沢候補への投票へと導けなかったのだろうか?

ここで、この議員票と党員投票のギャップの要因を探ってみよう。

まず、選挙区ごとの票差に着目してみる。データは民主党ウェブサイトで公開されているが、選挙区ごとの選出議員が掲載されておらず、わかりにくいので、こちらにデータをアップしたので参照されたい。

図2は、小沢候補の得票から菅候補の得票をマイナスした値を棒の高さで表現し、左から大きい順に並べたものである。左右に極端な票差がついている選挙区が見られる以外は、100から-500くらいの幅に収まっている。

この左右の極端に棒が伸びた選挙区は、選出議員が熱心に活動を行った結果と考えられる。全体的に菅候補のほうが満遍なく票差を稼ぎ、小沢候補は一部選挙区で大きく票差を稼いでいるものの、僅差で制した選挙区は少ないという印象である。

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表1は、小沢、菅両候補の得票数の差がもっとも開いた選挙区を、それぞれ10選挙区抜き出したものである。それぞれの候補の地元周辺の選挙区や、候補を支援する議員の選挙区が並んでいるのがわかる。

広島6区は2009年に民主党は候補者を擁立しなかったが、もともとは佐藤公治参院議員の地盤である。佐藤参院議員は、父親が小沢候補の盟友と呼ばれた故佐藤守良元農水相であり、自身も新進党、自由党、民主党と小沢候補と行動を共にしている。

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しかし、このように大きな票差を稼ぐ議員は、ごくわずかしかいなかった。小沢候補の推薦人となった15人の衆院議員の地元選挙区のうち、小沢候補がポイントを獲得したのは表1に登場する田中議員、小泉議員以外では、鹿児島の川内博史議員、皆吉稲生議員の選挙区のみであり、それぞれ12、13票という僅差でのポイント獲得である。他の11議員の選挙区は、菅候補にポイントを与えてしまっている。

小沢グループでよく名前の出てくる議員でみても、細野豪志議員の選挙区では500票近い大差で負けており、元秘書の樋高剛議員のところでも菅候補がポイントを獲得している。支持を表明した有力議員でも、田中真紀子議員の選挙区はわずか11票差の勝利であり、鳩山由紀夫前首相の北海道9区は152票差で菅候補にポイントを渡してしまっている。

選挙区議員の支持態度と党員投票結果

ただし、小沢候補を支持した議員が党員投票にまったく影響力がなかった、とするのは早計である。

ここでは、党員投票の締め切り(11日)前までの衆院選挙区選出議員(比例復活を含む)の態度に応じて300小選挙区を菅支持、小沢支持、中立の3つに分けて分析する。中立には、態度が明らかでない場合のほかに、社民党等に譲り候補者を擁立しなかった選挙区、公認候補が比例でも復活しなかった選挙区を含む。

内訳は菅支持100、小沢支持90、中立110である。あくまでメディアの取材やウェブサイト等で明確に表明した議員、両候補の推薦人や陣営で働いた議員などにかぎっており、当時報道された数よりは両候補の支持議員数は絞られている。

たとえば選管委員であることを理由に、支持態度を最後まで表明しなかった津島恭一議員の青森4区や、先述の広島6区は、状況的に小沢支持選挙区に分類してもよさそうだが「中立」に分類している。こういった例を小沢支持選挙区とみなしても、以降の分析結果と解釈に大きな影響はなかった。また、比例単独立候補の議員の支持が多かった分、対象となる議員に占める小沢支持議員の割合は必然的に小さくなっている。

まず、表2から選挙区の都市度別に支持の分布を見ておきたい。都市度のデータはこちら(http://freett.com/sugawara_taku/data/2003did.html)を参照されたい。中立が農村に多いのは、落選や他党への移譲の影響で農村ほど民主党議員が不在のためである。これを除くと、小沢支持選挙区はやや農村に多い傾向となる。

つぎに、表3から都市度・支持別に、小沢候補の党員投票での得票率を確認しておこう。ここでは選挙区ごとの得票率をもとめてから、これを平均している。

この表からは、都市か農村かに関係なく、小沢支持議員の選挙区であれば小沢候補の得票率が高く、菅支持選挙区であれば小沢候補の得票率が低いという傾向が見られる。つまり、選挙区の議員の支持態度が党員投票に影響を与えていること、議員が支持者に働きかけを行っていることが強く推察されるのである。

もちろん、ここからは逆の因果、つまり選挙区党員の支持が多い候補を議員が支持しているという関係も想定できる。ただし、選挙区の多くで菅候補がポイントを得ているため、多くの小沢支持議員に関してはこの因果関係を指摘することは難しいだろう。

つまり、小沢支持議員は、選挙区党員に影響力を発揮したにもかかわらず、基礎的な不人気により投票結果を覆すことができなかった、とみることができるのである。

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政治家の党員への影響力の測定

さて、表3からは面白いことがわかる。図3は表3を折れ線グラフにしたものだが、農村部ほど上下に折れ線が開く傾向にあることが示される。

つまり、農村ほど選出議員の支持態度が党員投票に影響を与えているということである。逆に、都市部では議員の支持態度や働きかけは、党員投票に大きな影響を与えていないということになる。100選挙区ごとの3等分にしても、小沢候補が圧勝した岩手のデータを除いても、この傾向自体は変わらなかった。

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表3をもとに支持態度による影響力の大きさを、数値的に示しておこう。

農村選挙区では中立選挙区に比較して、小沢支持選挙区では14.4ポイント小沢候補の得票率が高くなっている。これは、議員の支持態度により最低でも14.4%(56.2マイナス41.8)の投票者に影響を与えうるということを意味する。

「最低でも」としたのは、影響を与えうる党員・サポーターでも最初から小沢候補に投票するような人もいるからである。言い換えると、投票先の相違というか たちで影響がみえる部分が14.4%ということである。この値は菅支持選挙区では13.9%となる。いずれにしろこれはあくまで平均値で、議員の働きかけ を強めればもっと大きくなると思われる。

菅支持選挙区と小沢支持選挙区の小沢候補の得票率の幅を、議員の影響力の指標と考えれば、都市選挙区での幅(11.2ポイント)に比較して農村選挙区は2.5(28.3÷11.2)倍、議員の支持者・サポーターへの影響力が強いという計算になる。

この影響は、小沢候補の推薦人の選挙区をみても明らかである。推薦人のうち9人が「都市」「やや都市」の選出だが、小沢候補がポイントを獲得したのは「や や都市」の鹿児島1区(川内博史議員)のみであり、北海道2区(三井辨雄議員)、東京1区(海江田万里議員)、東京2区(中山義活議員)、神奈川9区(笠 浩史議員)、愛知5区(赤松広隆議員)、大阪6区(村上史好議員)、和歌山1区(岸本周平議員)、熊本1区(松野頼久議員)の各選挙区ではポイントを落と している。

一方、「農村」「やや農村」の4推薦人うち茨城3区(小泉俊明議員)、石川2区(田中美絵子議員)、鹿児島4区(皆吉稲生議員)の3選挙区ではポイントを獲得している(福岡7区(野田国義議員)では落としている)。

都市 ―― 農村格差の説明と議論

この都市と農村の影響力の格差は、政治家と党員との関係から説明できるだろう。

たとえば、農村では政治家個人の後援会員が党員を兼ねているような場合が多く、政治家と党員・支持者の関係が近い。そのため議員の支持態度と党員投票の結 果の結びつきが強くなる。逆に、都市部では一般の党員はその選挙区の政治家を支持しているというよりは、党そのものに所属し、支持している傾向が強いと考 えられる。

都市部で政治家と党員の結びつきが弱くなる理由は、政治家の後援会組織が農村部ほど強くないためと考えられる。あるいは、政治家の支持態度が影響する党員・サポーターの数が同じでも、議員から独立した党員・サポーターの数が大きく上回っている場合もあるだろう。

いずれにしろ、選挙制度改革が行われて14年が経過した現在でも、都市部に比べて農村部では、政治家中心の政党組織が形成されている傾向が強い、ということになる。これは民主党だけでなく自民党でも同様であろう。

選挙制度改革は人から党へ、地域利益誘導から全国的な政策へという、政党や選挙競争の変化を目指したが、農村部ではまだまだ人(政治家)を中心とした組織で選挙運動がなされ、政党はこれに乗っている側面が強いのである。

ただし、今回の代表選に関しては、民主党議員が有する党員投票への影響力も、小沢候補の当選には不十分であったことが確実である。つぎのように、全選挙区に小沢支持議員がいたと仮定した場合のシミュレーションを行っても、過半数の選挙区を獲得できないからである。

表3の総計から、小沢支持選挙区と中立選挙区の差9.3ポイント(49.0-39.6)と同菅支持選挙区との差20.0ポイント(49.0-29.0)の 差があることが計算できる。これをもとに中立選挙区の小沢候補の得票率に9.3ポイント、菅支持選挙区に20.0ポイントを足してみたところ、小沢候補の 得票率が50%を超える選挙区は123しかなかった。

また表3をもとに、もう少し細かく都市度分類ごとに小沢支持と中立、菅支持の差分をそれぞれの選挙区に足してみたところ、50%を超えたのは121選挙区でしかなかった。

結局、小沢候補が党員投票で惨敗したのは、小沢支持議員の党員への働きかけが不足したからではなく、党員・サポーターのあいだで小沢候補への支持が低かったからということになるだろう。

おわりに

以上、簡単に民主党代表選の党員・サポーター投票を分析し、民主党の党組織について考えてきた。このようにデータをまとめ、分析すれば、現代日本政治について多くのことが考察できる。

とくにここで指摘したようなことは、有力政治家周辺を取材するだけではみえてこない、政治構造の骨格にあたる部分であり、今後の政治の見通しを立てる、あるいは政治改革の方向性などを考える上で参考となるだろう。

小選挙区制は、同一政党候補者間の競争を止めさせ、派閥の必要性を低下させたことはたしかである。しかし、個々の選挙区における競争に勝利するために候補者は地域化し、理論的予測に比較すれば、政党中央の力は現段階であまり高まっていないように見える。

55年体制以来変わっていない政治家中心の選挙と政治を、どう政党と政策中心の選挙と政治に向かわせるか、議論していく必要があるだろう。

学術的には、民主党の研究は昨今盛んになっているものの、55年体制下の自民党研究を比較対照した党内役職の研究などが主であり、草の根の党組織に関する研究はまだまだ進んでいないと思われる。

その意味で本稿は、今後の民主党研究の参考となるかもしれない。農村部では党に直接属さない政治家個人の支持者や組織・ネットワークが維持されていると考えられ、これは党員・サポーターのみを分析した本稿の範囲を超えており、研究がまたれる。

今後の連載でも、なるべく新しい出来事を中心に、現代日本政治の諸側面についてデータを提示し、議論をしていければと考える。要望等は筆者のツイッターアカウントに返信(@sugawarataku)いただければ幸いである。

プロフィール

菅原琢政治学

1976年東京都生まれ。東京大学先端科学技術研究センター准教授(日本政治分析分野)。東京大学大学院法学政治学研究科修士課程、同博士課程修了。博士(法学)。著書に『世論の曲解―なぜ自民党は大敗したのか』(光文社新書)、共著に『平成史』(河出ブックス)、『「政治主導」の教訓―政権交代は何をもたらしたのか』(勁草書房)など。

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