2010.11.29

誤解される高速道路無料化政策 

斉藤淳 政治学

政治 #高速道路無料化

毎年、お盆や正月になると、恒例行事のように高速道路の渋滞がニュースになります。2009年から週末定額料金制度が導入され、2010年に入り無料化社会実験が行われたため、高速道路の渋滞を強調するニュースが多い印象をもちます。

わたしは以前から高速道路無料化を主張してきましたので、渋滞報道に接するたびに、有料道路を堅持したい人たち渋滞報道させているのではないかと、ついうがった見方をしてしまいます。(これが憶測に過ぎないことを祈ります!)

道路行政はさまざまな利権が関わるので、既存の仕組みを変えようとすると大きな抵抗に遭います。高速道路無料化も例外ではありません。今回は日本の高速道路政策の是非、とくに無料化への動きについて、その効果も含めて考えていきたいと思います。

有料道路制度の是非

まずはじめに、ここでいう高速道路とは、

(1) 流入制限: 出入り口以外から車線に入ることができない

(2) 中央分離帯: 任意の地点で反対車線に入ることができない

(3) 連続立体交差: 進路を変更するときに反対車線をまたぐ必要がない

この三つ条件を兼ね備えた道路のことです。国土交通省は「高規格道路」という用語を使っています。

このような道路は交差点がないので、信号が必要ありません。連続して高速走行を維持することが容易になります。「有料だから高速道路」は誤解に過ぎません。ただ単に、流入制限があった方が料金徴収を行いやすいことと、これまで日本のほぼ全ての高速道路が有料で維持されてきたたため、高速道路=有料という誤解が広がっていたのです。

日本人にとって、高速道路とは料金を払って乗る特別な道路という感覚が染みこんでいいます。しかし、先進国で高速道路がほぼ100%有料なのは日本ぐらいで、料金徴収をせずに高規格道路を維持している国はたくさんあります。

それでは高速道路は有料で維持すべきものでしょうか、無料開放すべきでしょうか。良く耳にする議論は、受益者負担の原則から、道路を使用する人が料金を負担すべきだという議論です。一見正論のようにも見えますが、本当でしょうか。

道路の仕組みに立ち入る前に、日本の財政の仕組みをみると、「受益者負担」は特別会計の仕組みを維持するための大義名分であることに気がつきます。つまり、特別な税源を維持し、天下り先も含めて既得権益を維持するために、是が非でも正当化するためのキャッチ・フレーズなのです。しかも有権者に対する説明が容易なため、広範に受け入れられてきました。

受益者が明確に定義され、しかも民間ではその業務を行うことが難しい場合、特別会計を通じて政府が事業を行うことが正当化できます。しかし道路に受益者を明確に定義することはできるのでしょうか。道路は、人の移動だけでなく、物流全般において使用されます。道路を使ってコメを出荷する農家、魚を出荷する漁業者、あるいはコンビニでおにぎりを買う消費者、それぞれ何らかのかたちで道路使用による利益を間接的に享受しています。

もうひとつの問題は、一般道路が無料開放されていることです。受益者負担論では、なぜ高速道路以外の道路が無料で開放されているのか、説明できません。一般道路は車両税などの税源を用いています。であれば、高速道路でも一般道路と同じように、料金徴収ではなく自動車諸税で整備維持することも可能です。道路とは異なりますが、同じ受益者負担でも、例えばインターネットの回線使用料は定額料金の場合がほとんどです。

つまり、こと高速道路については必ず料金徴収を行い、これで運営しなければならないという特別な根拠はありません。繰り返しになりますが、海外では高速道路が無料の国が多々あります。

二本建て道路制度の大きな無駄

これまでの日本の道路行政は、高速道路が有料、一般国道が無料という二本建ての仕組みでした。無料の一般国道は旧建設省が税金で維持管理し、有料高速道路は旧道路公団が徴収した料金を、税金で薄めて使うかたちでした。

この仕組みにはふたつの大きな弊害があります。まず第一に、高速道路建設予算が高速道路料金収入を大きく上回ることができなかったため、高速道路の整備が当初の計画に比べて大幅に遅れました。第二に、縦割り行政の弊害です。これまで各省間の縦割り行政と調整不足による弊害は、随所で指摘されてきました。道路についてみると、国土交通省内部の狭い領域の中でさえ、道路局と高速道路会社という縦割りと二重行政が発生しました。

高速道路と一般道路バイパスの重複投資がいかに無駄か。具体例として、私が以前議席を預かっていた衆議院旧山形4区(現3区)の例をご覧下さい。周辺の地図はこちらにあります。

http://map.goo.ne.jp/map.php?MAP=E139.51.10.560N38.47.29.010&ZM=6

旧山形4区で、主要都市は酒田市と鶴岡市です。これを結ぶ幹線道路は、山形自動車道と国道7号線があります。旧7号線は道幅が狭く集落のなかをぬって走るため、大変に危険でした。とくに鶴岡市蛾眉橋付近は迂回路も限られ、渋滞の名所となっていました。

この渋滞を解消するために建設されたのが三川バイパスです。延長8.8 km の事業費は220億円で、わたしが衆議院に議席を預かっていた2003年9月に開通しました。当時、わたしもテープカットに参加させていただきました。

バイパス完成前後の光景については、次の資料をご覧ください。

http://www.thr.mlit.go.jp/sakata/road/case/img/mikawa_080325-2.pdf

また事業効果について、国土交通省による評価については次の資料をご覧ください。

http://www.thr.mlit.go.jp/sakata/ROAD/ir/hyouka/jigo/r7_mikawa-bp2/index.html

この資料によると、渋滞改善、移動時間短縮、排気ガスや騒音の削減などの効果がみられます。しかし三川バイパスは、高規格道路とはいえ、両側あわせて2車線の供用で、追い抜ができない中途半端なバイパスとして完工しました。

ここで地図をよくご覧になればお気づきだと思いますが、このバイパスから3キロほど西に行くと、山形自動車道が開通しています。この有料高速道路は多額の費用をかけて建設され、1997年10月30日に開通しています。多くの住民が熱望し、地元の総力を挙げて建設促進へ向けて陳情活動を展開したにもかかわらず、道路料金が高いため、一日あたり交通量は2000台程度でした。料金収入で建設費用を償却しようとすれば、金利を無視しても100年以上かかり、有料道路として維持するのはそもそも無理です。

利用が低迷していた原因には、高い料金と暫定二車線開通に伴う不便さがあります。酒田と鶴岡を乗用車で往復するだけで1300円もの料金がかかっていました。しかも暫定2車線、つまり片側1車線で開通しており、快適に追い抜きのできる安全な道路とは言えません。同時期、三川バイパス開通前の国道7号線蛾眉橋付近は、12時間交通量で2万台を超えていました。

国道7号線三川バイパスは2車線供用で、建設に要した費用は220億円です。これに平行して位置する山形自動車道に事業費がいくらかかったのか正確な情報は持ち合わせていませんが、おそらく200~300億円程度かかったものと推定されます。こちらも両側あわせて2車線です。

じつは片側が2車線の道路は、片側が1車線の道路の2倍を上回る交通容量があります。片側1車線なら、すべての車両が遅い車に速度を合わせなければなりません。このため1日7000台の交通量を裁くのが限界です。しかし、片側2車線なら安全に追い抜きができ、1車線あたり容量は1日1万8千台です。

庄内地方に開通した国道バイパスと高速道路は、合計するとおよそ400億から500億円の費用をかけて2万8000台の交通をさばくことのできる道路体系をつくりました。総費用を450億とすれば、1億円あたり62台の交通容量です。

しかし、最初から山形道を片側2車線で整備していれば、350億円程度の費用で、7万2000台の交通容量を確保できたはずです(1億円あたり205台)。どちらが効果的な投資か、複雑な費用便益計算など行わなくても明らかです。最初から無料の高速道路をつくったほうが、3倍以上の投資効率を上げることができたのです。

こうした重複投資が行われたのは、三川バイパス周辺だけではありません。山形道は鶴岡ICから湯殿山IC、月山ICから寒河江ICにかけて、それぞれ国道112号線と並行して走っています。山形道、国道112号ともに一部を除いて片側1車線の2車線道路であり、結果的に追い抜きのできない道路を2系統もつことになりました。最初から無料の高速道路を4車線で整備すれば、道路事業予算全体を大幅に節約できたはずです。

有料道路の構造上の無駄

一般道との計画の重複に伴う無駄だけでなく、実際のところ、有料高速道路は、無料の場合に比べて、建設時点でも、維持管理でもかなり大きなコストがかかります。たとえば、有料の高速道路は、すべての車両が料金所を通過しなければならないため、無料の高速道路に比べてインターチェンジ(以下IC)の用地買収費や建設費用だけで3倍から、場合によっては5倍近いコストがかかるとされます。

有料の高速道路を維持するためには、すべての車が料金所を通る必要が生ずるため、出入り口の形状が複雑になり、広大な用地が必要になります。比べて無料なら簡素な出入り口で間に合うため、建設コストは4分の1程度で済みます。しかも、ETC設備を用意したり、料金徴収員を配置する人件費などが不要です。

有料の場合、IC建設予算が莫大になるため、多くの箇所に出入り口を設置することができません。すんなり高速に乗り降りできないため、高速道路に乗り降りするために大きく迂回することを余儀なくされ、移動の効率が損なわれます。一般幹線道との接続も犠牲にされるため、移動時間と燃料消費の無駄が多くなります。無料なら、回り道せずに高速道路を利用し、目的地にたどり着くことができます。

このような意味で、料金上限制と無料化政策はまったく性格が異なります。「無料化実験」は、道路構造の改革を伴わない、中途半端な政策だといえます。一方で無料化は、道路構造そのものの改革をも視野に入れた政策なのです。

日本は交通事故が多い

高速道路を無料化することで得られる、忘れてはならない利点に、交通事故の減少があります。日本の交通事故について残念な事実として、死傷事故の確率が非常に高いことがあげられます。2004年のデータで、1億台キロあたり死傷事故発生件数はイギリスの41.6、アメリカの40.0に対して、日本は121.8です。

イギリスもアメリカも高速道路は原則無料です。日本では本来なら高速道路を使うべき車両が、料金を節約するために一般道をスピードを出して通行するため、横断中の歩行者が犠牲になる事故が多いのです。

日本国内の一般道と高速道路を比較すると、自動車が同じ距離を走ったときに死傷事故発生確率は、一般道は自動車専用道の9.4倍も高いそうです!それだけでなく、一般道では信号が赤になる度に停止しなければならないため、環境負荷も、一般道の方が高いのです。 http://www.mlit.go.jp/road/ir/ir-council/highway/4pdf/22.pdf

通過交通を一般道から高速道路に逃がせば、死傷事故件数はかなり減らせるはずです。無料化によって医療費、保険料を節約し、交通事故に伴う様々な悲劇や苦しみを予防することができるのです。

なぜ一般国道中心の道路行政になったか

高速道路無料化政策にはさまざまな利点があることを示しましたが、それではなぜ、これまで、有料の高速道路と無料の一般道という二本立ての道路行政が維持されてきたのでしょうか。一言でいえば、与党議員が集票目的に使う「えこひいき政治」において、高速道路が無料になると都合が悪かったからです。

その理由として第一にあげられるのが、不動産開発です。流入制限のある道路は、IC周辺以外に沿線開発ができないため、不動産屋や農協、土地所有者を儲けさせることが難しいのです。反面、流入規制のない一般道なら、沿線にだらだらとコンビニやパチンコ屋が立地するようになるわけです。選挙で応援してくれる業者に儲けさせようとしたら、高速道路ではなくて一般道に税金を使った方が選挙対策としては明らかに有利です。

第二に、有料高速道路では、料金を払い直さずに給油や食事を行う施設として、サービス・エリアが必要となります。ご存じの通り、これは大きな利権の固まりでした。無料化すれば、いったん高速を降りて地元の商店や給油所を利用すればいいので、そもそもサービス・エリアは必要ありません。選挙で応援してくれた人たちを儲けさせようとすれば、サービス・エリアとして参入障壁を設定できる有料道路は、美味しい仕組みだったともいえます。

これだけでなく、建設業者にとっては、工事予算があれば高速道路でも一般道でも関係ないわけです。業界にとっては、効率良く、少ない予算で高い経済効果を発揮する道路建設を行うことには、あまり強い関心が向かわなかったのでしょう。

無料化による被害を救済すべきか

これから年末年始にかけて、高速道路の渋滞が報じられるとともに、交通量が減った国道沿線の商店主の恨み節が、新聞紙面を賑わすことになるでしょう。何の罪もない商店主が国の政策に振り回される様子は、読者の同情を引き、高速道路無料化実験に対する反発を喚起しています。しかし、国道沿線の商店が廃れることを理由に、高速道路無料化を取りやめたり、商店主に保障措置を講じたりすべきでしょうか。

交通量の変化は、一般国道のバイパスが開通したり、大型店舗が開店したり、あるいは他の原因で起こることもあります。このような状況で、沿線交通量が落ち込み、売り上げが低迷している商店や食堂に対して、何らかの補償措置を講じたという話は聞いたことがありません。

無料化によって、公共交通の経営に打撃が生ずるかどうかは場合によります。たとえば瀬戸内海を横断する高速道路と競合するフェリーについては、料金補助、利子補給、自治体が買い上げるなど、地域ごとの対応が必要になるでしょう。反対に、高速道路無料化により地域道路の渋滞が緩和されれば、バス路線の定時制が確保されるなどの利便性が向上します。

新時代の道路行政と交通体系へ

高速道路無料化が、ただ単純にバラマキ策のように論じられるのは、本当に残念でなりません。有料道路制度が望ましいと主張している経済学の先生方は、ほとんどの場合は大都市圏で生活しています。もちろん大都市なら、混雑料金として有料道路を維持することは理にかなうのですが、地方ではむしろ一般道との重複投資による弊害が大きいのです。

有料高速道路と無料一般国道との間にいびつな分業体制があり、計画の重複による無駄な投資が行われ、しかも完成した高速道路が十分に利用されていない現状があります。これを改めるためには、高速道路と一般国道を計画の段階から一本化し、コストを抑え、道路システム全体の効率化と十分な活用を図ることこそが、本来必要な改革なのです。

道路行政のあり方は、街作りや地域計画と密接に関係しています。メリハリのある街作りを行うのであれば、高規格道と中心市街地のコネクションを工夫し、通過交通を高速に流しながら、中心市街地は歩行者への配慮を十分に行うという方向性が考えられます。

もちろん長期的には環境対策をも考えなければなりません。中規模都市でのLRT(軽量鉄道、次世代型路面電車)活用なども、交通弱者に優しい町作りとして検討されるべきでしょう。道路だけでなく、港湾や鉄道も含めた物流体系についても、長期的な視野に立って考えていかなければならないのです。

プロフィール

斉藤淳政治学

J Prep 斉藤塾代表。1969年山形県酒田市生まれ。山形県立酒田東高等学校卒業。上智大学外国語学部英語学科卒業(1993年)。エール大学大学院 政治学専攻博士課程修了、Ph D(2006年)。ウェズリアン大学客員助教授(2006-07年)、フランクリン・マーシャル大学助教授(2007-08年)を経てエール大助教授 (2008-12年)、高麗大学客員助教授(2009-11年)を歴任。これまで「日本政治」「国際政治学入門」「東アジアの国際関係」などの授業を英語 で担当した他、衆議院議員(2002-03年、山形4区)をつとめる。研究者としての専門分野は日本政治、比較政治経済学。主著『自民党長期政権の政治経済学』により第54回日経経済図書文化賞 (2011年)、第2回政策分析ネットワーク賞本賞(2012年)をそれぞれ受賞。近著に『世界の非ネイティブエリートがやっている英語勉強法』など。

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