憲法9条と安全保障 ―― 憲法改正によらない安保政策の根底的な改変を前に

はじめに

 

筆者に与えられたテーマは「憲法9条と安全保障」であり、「憲法9条とはどのような条文なのか、日本の安全保障にとってどのような意味をもつのか」をその内容として、執筆の依頼を受けた。

 

昨年(平成24年)春に自民党の「日本国憲法改正草案」(以下、自民党「改正草案」)が公にされ、同年12月の衆議院議員総選挙、そして本年7月の参議院議員通常選挙において改正に意欲を示している自民党が勝利したことで、憲法改正論議へ国民から一定の関心が寄せられる状況となっている。

 

しかし、憲法96条の手続きによる憲法改正という方途とは別に、時を同じくして静かに進行している安全保障政策の改変・転換は、さほど高い関心を呼んでいない。

 

確かに、私たちは日々の生活に忙しい。消費税増税など日々の生活に直結する問題と比べて、安保問題は生活に直結するような「リアルさ」がない、といえるのかもしれない。

 

しかしながら、個々具体的な安保政策の転換の結果として、実質的に憲法改正に匹敵するような安保政策体系の大変容が生ずるとしたら、それは重大な問題である。憲法9条を、憲法96条という「正攻法」によらずに、ショートカットして変更してしまうに等しく、法や国家への信頼や正統性が危機に瀕することになってしまってもおかしくない。また安保政策のありようは、私たちの「自由」(人権)にも影響を及ぼすものである。

 

そこで本稿では、現在進められている〈憲法改正によらない安保政策の転換〉の孕む問題を視野にいれながら、「憲法9条と安全保障」を考えてみようと思う。

 

 

憲法9条はどのような条文なのか

 

日本国憲法は、時に「平和憲法」という呼び方をされる。国民がパッと思い浮かべる憲法条項の筆頭が、9条ではないだろうか。まずは何が書いてあるのか、見てみよう。

 

 

第9条  日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

 

2  前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

 

 

〈日本は戦争を放棄し、戦力をもたず、交戦権をもたない〉という。

 

極めて単純明快な規定のように見えることだろう。また憲法の前文第1文は、「……政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し……」としている。それに、憲法のどこにも軍隊の編成等についての規定がない。そして、98条2項は「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする」としている。

 

そこで、政府解釈や学説・通説は、9条を次のように解釈してきた。

 

9条1項にいう「戦争」について、国際法上の用法から自衛戦争や制裁戦争は放棄されていないが、2項により一切の戦力の保持と交戦権が否認された結果、すべての戦争が放棄された、と。

 

大日本帝国憲法の下では存在していた陸軍・海軍といった軍隊に対して、日本国憲法は〈権限を配分しない〉ところが、憲法9条のポイントであることは、明らかだ。

 

〈戦力はもたない、戦前の軍隊のような軍隊は憲法の想定するところではない〉といった「軍の否定」の論理(なぜ自衛隊が合憲なのかについては後述する)自体は、解釈の対象ではなく大前提として、これまで閣議決定、諸制度の設営及び運用がなされてきたのである。この論理は、たとえていえば「礎石」であり、その上に自衛隊をはじめとして諸制度が積み重なって、全体の安保政策体系が形成されてきた。

 

 

どのように政府は自衛隊を合憲と説明してきたのか

 

前節で述べたように、政府解釈・学説共に、戦争は放棄され、日本は「戦力」を持ちえないと理解しているが、日本には世界でも有数の装備をもった自衛隊がある。この自衛隊の評価をめぐって、合憲とする政府解釈と違憲とする学説・通説が対立しており、学説の議論は政府解釈に大きな影響を与えてきたのだが、本小論ではこの点に立ち入らない。政府解釈で示されている合憲の「理由づけ」に注目することとしたい。

 

それは、日本国も独立国家である以上、国民の生命や財産を守る責務があり、「国家固有の権利として自衛権を有する」ため、「自衛隊のような自衛のために必要な最小限度の実力は、憲法の禁ずる戦力ではない」とするものである。他国の侵略に対して自国を防衛するという(個別的)自衛権は、国際法でも昔から認められてきた。このように政府解釈は「国家固有の権利として自衛権を有する」という、憲法9条の「外」にある論理を用いているのである。

 

以上の解釈の下で、戦後の安保政策とは、憲法の命ずる「軍の否定」という論理を軸において、防衛作用を行政作用の一つとして法律以下のレベルで処理しながら、自衛隊をはじめとする諸制度を設置運営する、というものだったのだ。

 

そこで、日本の安保政策は、日本国憲法の下で、「軍の否定」という論理一点で正統性が支えられているのだといえる。不安定で危なっかしいように聞こえるかもしれない。しかし、そうともいえない。法的安定性はかなり強いのである。

 

というのも、〈戦争や戦力は放棄したが、国家固有の権利として自国を守ることはできるはずだ〉という論理は一定の訴求力の強さを持っているのであるし、この「礎石」の上に、互いに整合性を図りながら解釈と政策を積み上げるという努力のなされてきた「戦後実践」は、相応の重さを持っているからだ。これらが、政府解釈の正統性を担保しているものと観察することができる。

 

 

 

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