裸足で、いっしょに逃げる

沖縄の夜の街に生きる若い女性たちへの聞き取りをまとめた、『裸足で逃げる 沖縄の夜の街の少女たち』(太田出版)が話題となっている。家族や恋人からの暴力、見知らぬ男性からの性暴力から逃げ、自分で居場所を作り上げていくまでの記録である。ひとの語りを聞くこと、沖縄を語ることとはどういうことなのか。2017年03月28日ジュンク堂池袋本店で開催された、著者の上間陽子氏、社会学者の岸政彦氏による刊行記念トークイベントより抄録する。(構成/大谷佳名)

 

 

「何が食べたい?」「なんでもいい」

 

 彼女たちへの調査は、いつごろから始められたのですか。

 

上間 2012年からです。それまでは東京で調査を行っていました。地元である沖縄に帰った後、大学の教員を勤めながらスーパーバイザーの依頼を受け始めます。暴力、虐待、少女買春など、複雑な問題を抱える未成年の子どもたちへの対応について学校の教師やNPO団体の方々から相談を受け、その子たちにどう介入していくか、本人の持っているネットワークの中でどう支援していくかという見立てをする仕事です。

 

その中で、相談にあがっていない、まだ誰にも話を聞いてもらえない子どもはたくさんいるはずだ、その子たちの現実を明らかにするためには、やはり調査しかないなと思うようになりました。

 

 調査を始めたきっかけなどはありましたか。

 

上間 2010年に起きた集団暴行事件です。14歳の女の子が集団レイプを受け、自死したという事件で、大きなニュースにもなりました。

 

2013年にも、中高生13人を含む19人の未成年者が県外で管理的な売春をさせられていたという事件が起きました。この事件も大きく取り上げられ、沖縄県教育委員会と県警の主催で県民集会が開かれました。そこで、沖縄の中高生の女の子がスピーチを行ったのですが、それは「(売春をさせられていた)被害者の子の気持ちが、私には理解できない」、「被害防止のために、おうちの人と相談して、携帯電話のフィルタリングをするべきだ」といった内容だったのです。

 

少し考えれば分かると思いますが、中高生で援助交際や風俗店で働く方は、かなりしんどい育ち方をされているケースが多いんですね。だから、「子どもが危険なサイトにアクセスしないように」とか、「子どもがどんな学校生活を送っているか」とか、親が心配してくれるような家庭ではないんです。それなのに、集会では事件の背景には一切触れず、むしろ被害者の子を責めるような言葉が飛び交っていた。悔しくて、その日は泣きながら帰ったのを覚えています。同時に、これはきちんと事実を伝えていくために、調査を続行しなければいけないなと思いました。

 

 風俗店で働く女の子たちの調査は、同じく沖縄でフィールドワークをしている打越正行さんと一緒に始められたんですよね。

 

上間 はい。打越さんは暴走族やヤンキーの若者の調査をしているので、風俗店のオーナーを何人か紹介していただきました。夜の仕事をしている女の子に接触する上で、まずはオーナー層に会う必要があるからです。また、オーナー層からの紹介ではないケースも、打越さんと一緒に協力して調査を進めてきました。

 

 本を読んでいると、女の子たちが上間さんに対して、ほかの人には絶対に言わないようなことを相談しているのが分かります。彼女たちは他に相談できる人がいないのでしょうか。

 

上間 人によっては、そういう子もいます。調査してはっきり分かってきたのは、ヤンキーの子の場合は友達がいるんですよね。それは必ずしも最初から互助的な関係ではないけれど、たとえばグループの中でトラブルが起きた時、危機的な状況があった時には、お互いの状況をシェアできる。だから、これは自分たちでは手に負えないという判断もできる。それが支援してくれる人に繋がるきっかけになることもあります。

 

しかし、そうしたネットワークを持たない子、男性とのつながりしか持たない子は、危険な状況を察知する力が弱いように感じます。たとえば、中学生のころから性風俗産業に入っている子は、学校に行けなくても、お店に出ていれば、客もつきお金ももらえ、オーナーに可愛がってもらえるからそこが居場所になってしまう。でも、性的な関係というのは、それほど言葉を交わさなくてもとても親しくなった気がしますよね。そのため、早い時期から性的な関係で相手と繋がる手段しかなかった子の場合、コミュニケーションをとる上で、互助的な物言いを覚えるのに時間がかかるんだなと思います。加えて、自分のことを話すことが苦手な子が多い。

 

 僕もこの本の中で一番印象に残ったのは、自分の欲望が言えない子が出てくるんですよね。一緒にファミレスに行って、「何が食べたい?」と聞いても、「なんでもいい」と言う。

 

上間 そう言う子は多いですね。援助交際などの場合は、初対面の男性と一対一で会うので、そうしたリスクの高い状況の中で自分の気持ちを言うより相手に合わせる方がメリットが大きいからそうしているという側面もある。いびつではありますが、彼女の賢さでもあるだと思います。

 

 相手を怒らせないコミュニケーションが発達していくんですね。

 

 

上間氏

上間氏

 

この交差点まで逃げてきてね 

 

 この本に書かれている話は、ものすごく深刻なケースなのですが、ディテールの描き方がどこか優しいんですよね。でも、前向きでもない。たとえば印象に残っているのが、テレビを買う話です。

 

上間 翼さんのお話ですね。彼女は現在シングルマザーなのですが、結婚していたころに4年間ずっと夫に暴行されていてボコボコにされていたんです。顔を殴られて、全治一カ月のひどい怪我を負ったこともありました。その時に、彼女の友達が一番に駆けつけてくれたんです。その友達は、彼女を見て「大丈夫?」って聞かなかったんですね。その代わりに自分も殴られてあざがあるような化粧をして、「一緒に写真を撮ろう」って言ったんです。その時に、翼さんは、「夫と別れよう」と決めたのだそうです。

 

でも、彼女が離婚を切り出したとき、夫は「親権は俺が取る」と言ったんですね。それはおそらく、本当に親権が欲しいからではなくて、彼女にとってそれがアキレス腱だと知っているから。

 

 一番大事なものを奪って脅してやろうと。

 

上間 そう。結局は翼さんが親権を得て離婚が成立したのですが、夫がアパートから出ていく時、彼女がキャバクラで働いて買ったテレビを勝手に持ち出して行ったんです。でも彼女はその足で家電ショップに行って、テレビを買って帰ってくるんです。これまでと何も変わらない生活を送ろうと決めた、ということなんですね。

 

 ここでテレビを買うということが、人間の尊厳なんだと思いますね。

 

この本に出てくるのは暴力から抜け出した子の話ですが、現に今、恋人や家族から暴力を受けている子もいるわけですよね。しかも、彼女たちは相手ではなくて自分を責めてしまったりする。そういう時に、どう声をかけてあげればいいのでしょうか。「そんな男とは別れろ!」と言っても、簡単には別れられないですよね。

 

上間 私は、「私だったら別れるよぉ」とは言います。でもそれは彼女の気持ちを引き出すために、とりあえず言うという感じです。だから、彼女が自分の言葉で反論できるような形で言うんですね。なぜ今動けないのかをきちんと考えるための合わせ鏡になっているつもりで。そうしつつ、次の一手を考えます。

 

この本の中だと、優歌さんがそうでした。「別れた方がいいと思うよ」と何度も言っていたのですが、なかなか別れない。でもそれは仕方ないですよね。「明日は笑ってくれるかもしれない」と言う彼女に、私は「今日笑わなかったやつは明日も笑わないよ」「でも、いまは仕方ないんだね」と言ったこともありました。

 

それでも、そうやって彼女と会って話をした後には、車に一緒に乗って、「このルートから逃げられるよね」という相談はしていました。「ここまで逃げてきたら私に電話をかけて来てね」、「もし私が電話に出られなかったら警察に電話してね」、「警察に行くにはこのルートだよ」とか。いくつかの方法を準備しておくんです。

 

 僕がいつもすごいなと思うのは、上間さんのアドバイスって具体的なんですよね。「お前にも尊厳があるんだ!」なんて絶対に言わない。「この交差点まで逃げてきてね」、「このファミレスは24時間やっているからここに来てもいいよ」とか、その子がすぐ実行できそうな方法を提示するんですよね。今、被害にあっている子に対して、「お前には尊厳がないのか」、「お前も個人として自立するべきだ」なんて言っても、それができないから悩んでいるわけなので。

 

僕も昔、失敗したことがあって、「なんで別れないんだ!」と説教してしまったんです。「そんなやつと付き合ってたらダメだ」と言えば言うほど、逆に頑なになってしまうんですよね。それは「その男と付き合っているお前がバカなんだ」というメッセージになってしまう。

 

本の中で、キャバクラで働きながら看護師になった女の子の話がありましたね。彼氏からDVを受けていて辛いときに、看護師さんから優しくしてもらって、それがきっかけで看護師になったという。

 

上間 そう、彼女は脳性麻痺のお子さんを育てていて、子どものお見舞いで病院に通っていたんですね。本人はDVのことを誰にも打ち明けていなくて、殴られた傷跡をメイクで隠して病院に行っていたんです。でも、看護師さんたちはみんな気づいていて。「病院は24時間空いているから、何かあったらここに逃げてきて」と声をかけてくれたり、「いつでも連絡して」と自分の携帯電話の番号を書いた紙を手渡してくれたりしたんです。彼女は、今でも看護師の方からもらった手紙を大切に手帳に挟んで持ち歩いています。この看護師たちのように、その方の力を奪わないように、そしてその方の工夫や努力を最大化するように話は聞かないといけないと思います。【次ページにつづく】

 

「ポピュリズムはなぜややこしいのか?」

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.224 特集:分断を乗り越える

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