「あたらしい『新しい公共』円卓会議」は、市民運動を越えられるか?

2010年6月13日。高円寺の一室に、鳩山前首相、鈴木寛文部副大臣、松井孝治前官房副長官、著名な社会起業家、メディア関係者らが車座になって、100人近い若者たちとともに、子育て、教育、メディアのあり方などの社会問題について語り合っていた。

 

発起人の長尾彰氏のファシリテーションもあり、場は独特な熱気を帯びていた。そこにはフラットな姿勢で、熱心に長時間、若者たちと意見交換する前首相や現文部副大臣の姿があった。会の模様は動画配信サイトの「Ustream」を使って全国に配信、リアルタイムに情報発信共有ができるミニブログ「Twitter」上でも多くの議論が交された。

 

「あたらしい『新しい公共』円卓会議」(通称: PURC: Public Renovation Club)のキックオフミーティングである。

 

 

「あたらしい『新しい公共』円卓会議」の誕生

 

発端は鳩山前首相の「友愛社会」にあった。社会的包摂に近い理念を掲げた前首相が、政権担当時に、「人と人が支えあう社会」を「新しい公共」と呼び、その実現に向けて一歩を踏み出した(第一七三回所信表明演説)。

 

大学教員や企業人、社会起業家たちから構成された「新しい公共」円卓会議が、内閣府に設置される。そして、同円卓会議の「新しい公共宣言」を受けて、政府は「『新しい公共』円卓会議における提案と制度化等にむけた政府の対応」

http://www5.cao.go.jp/entaku/shiryou/22n8kai/pdf/100604_03.pdf)を公表した。

 

「新しい公共」円卓会議の成果については、賛否がわかれている。すでに繰り返し政策課題としてあがっていた寄付税制の改革以外、具体的施策の姿がみえてこないからだ。

 

結局、鳩山前首相自身は辞任する運びとなった。そこで、「「新しい公共」円卓会議のミッションを、つぎは民間で」という長尾氏の呼びかけで始まったのが、「あたらしい『新しい公共』円卓会議」だ。

 

 

マルチチュード、あるいはスマートモブズ?

 

氏の呼びかけは、Twitterやメーリングリストを介して、瞬く間に意志を同じくするものの間に広がった。呼びかけ1ヶ月足らずで、300名を越えるメーリングリストに成長し、「気づいた人から、できることからやっていく」(「やりましょう!」)を合い言葉に、いまでも昼夜問わず活発にメールが飛び交っている。

 

テクノロジーを介して問題意識を同じくする同士が集まって、社会を変えていこうとする様は、政治学者アントニオ・ネグリが述べるマルチチュード的である。あるいは未来学者ハワード・ラインゴールドが提唱する、情報機器やモバイルデバイスを介して繋がる「スマートモブズ」(「賢い群衆」)や、姿を変えた「新しい社会運動」の萌芽のようにもみえる。

 

では、このような社会運動は、既得権益で覆われ閉塞感漂う日本社会の現状を、はたして打破することができるだろうか。

 

 

「アマチュアリズム」とパトスに支えられた「社会運動」の罪

 

過去の歴史を遡れば、これまでにも、日本社会では熱狂的なパトスに支えられたシングルイシュー(ひとつの課題)を契機として、「社会運動」が盛り上がりをみせることがあった。たとえば、最近では、郵政改革を旗印に「自民党をぶっ壊す」と声高に宣言した、自民党の小泉元首相への熱狂的支持があった。あるいは、国民側に目を向ければ、古くは全共闘運動などもあった。

 

しかし、小熊英二(『1968』『民主と愛国』)や大嶽秀夫(『日本政治の対立軸』)を引き合いにだすまでもなく、こうした「アマチュアリズム」とパトスに支えられた「社会運動」は、日本社会の変革に大きな実行力をもちえなかった。

 

むしろ、対立構造と、対立構造をめぐる資源の配分闘争によって、結果的に既得権益を固定化してしまった感すらある(既得権益としての政権与党と、フレッシュで市民目線の野党)。

 

また、心情的な動員に偏りがちで、政策立案能力、法律運用能力といった、統治の技術に長けた官僚などの「プロ」に対して、清新さ、市民目線といった「アマチュアリズム」を掲げ、真っ向から対立したことも実効性がともなわなかった一因である。

 

 

「失敗の研究」を怠るな

 

「だから、今回も失敗する」といいたいわけではない。過去の「失敗」から学ぶ、いわゆる「失敗の研究」の必要性を述べているだけだ。

 

「あたらしい『新しい公共』円卓会議」の賛同者たちは、いい意味でも悪い意味でも、従来の「市民運動」的イデオロギーとは断絶している。このことはポジティブにとらえれば、日本に新しい公を考える担い手が生まれていることを意味する。

 

だが、これまでの文脈や方法論、暗黙知が継承されていないという課題もある。当然、そのような過去の蓄積には、現在の社会変革のヒントが多数存在する。それらを学習していく必要がある。どのような入力によって政治と行政が動き、どのような入力で社会が動くのか(あるいは、動かないか)を理解しなければ、社会変革は実現しないからだ。

 

 

新しい社会変革の萌芽

 

得票を第一のインセンティブとする政治家と、「良き社会」の実現を求める市民のインセンティブ。両者は完全に重なりはしない。社会を変えるためには、そのような所与の条件を観察/理解し、社会から政治に対して適合的な形式での入力を必要とする。

 

幸い、情報インフラの普及もあり、かつて類をみないほど、一人ひとりの「声」が連鎖し、可視化されるようになった。政策・法律の読解立案能力をもつ人たちのなかにも、市民の立場につく人や、「プロボノ」として余暇にその技術を貸してくれる人が増えている。

 

せっかく動き出した新しい社会変革の萌芽だ。

 

過去の轍を踏むことなく、今度こそ草の根的な社会変革活動として機能するのだろうか。あるいは、「あたらしい『新しい』公共円卓会議」は、参加者の専門知や技術を広くもち寄った、新しい問題解決の実践コミュニティとして育っていくのだろうか。参議院選挙という短期の政治日程をこえて、このムーブメントは注目に値する。

 

 

推薦図書

 

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日本政治に潜む、対立構造を鮮やかに描き出す一冊。特に一九九三年の自民党下野から、小泉内閣前半に至るまでを扱う。筆者は、政党間のイデオロギー的対立や政策的対立が解消したにもかかわらず、明確な理念の違いを打ち出せないために、政党再編が起きずにいると分析する。また、旧来の政治の腐敗と、刷新の必要性を説く「アマチュアリズム」が、戦後政治の過程の中で、何度か登場するも、一時的な政権批判にとどまり、実効性を持てずにいたと述べる。これらの構図は、現在でもいささかも古びてはいない。日本における、社会と政治の変革を理解するために必読の一冊。

 

 

 

 

 

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