「ごめん」ですむなら警察はいらない、という話

脅迫メールを送りつけたとして逮捕された4人が、実際には遠隔操作ウィルスに感染したPCで勝手にメールを送られたものであったことが明らかとなった件は、警察庁長官が誤認逮捕を事実上認めて謝罪する事態となった。

 

 

「警察庁長官、誤認逮捕「可能性高い」…PC操作」(読売新聞2012年10月18日)

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20121018-OYT1T00778.htm

 

ウイルス感染したパソコンなどから犯行予告が書き込まれ4人が逮捕された事件で、警察庁の片桐裕長官は18日の定例記者会見で、「真犯人でない方を逮捕した可能性が高い。断定されれば関係都府県警がおわびを含めた適切な対応を図る」と述べた。

 


自白「させられてしまう」恐怖

この問題はもちろん、ウィルスを作成しばらまいたとされる「真犯人」が悪いに決まっているわけだが、同時に警察や司法のやり方、あり方にも問題があることを明らかにしたものといえる。IPアドレスで犯人を特定できたと決めつけた捜査の流れは、DNA鑑定をめぐる冤罪事件を思い出させるものだ。技術を過信、というより技術への理解不足、といった方がいいだろう。少なくとも現場レベルでは技術進歩についていっていないことが明らかであり、こんなことで今後さらに高度化するであろうサイバー犯罪に対処できるのかなどと心配になる。

 

しかし、もっと深刻なのは、そうした技術面の問題ではなく、やっていない(と警察自身が認めた)人が、「自白」をした(というか、させられた)ということだ。思ってもいなかったであろう動機と、知りもしない詳しい手口もセットで。警察は子どもだましのような説明をしているが、常識的に考えれば、これは取り調べにあたった捜査官が誘導して「自白」させたものでしかありえない。警察というのは、やってもいない犯罪を「自白」させてしまう力をもった組織であり、それによって無辜の者が簡単に犯罪者に仕立てられうるということを、この事件は改めて示したのだ。

 

 

「「自供しないと少年院、と言われた」誤認逮捕の大学生」(朝日新聞2012年10月22日)

http://www.asahi.com/national/update/1022/TKY201210210455.html

 

都内の弁護士らに「真犯人」を名乗る人物から犯行声明メールが届いたことを受け、県警は17日に大学生を再聴取した。捜査関係者によると、大学生はその際、「県警の取調官に『認めないと少年院に行くことになる』と言われた」「検事に『認めないと長くなる』と言われた」と話した。取調官は県警の調査にこの発言を否定しているという。

 

 

「釈放の男性、上申書「逮捕状思い出し書いた」遠隔操作事件」(日本経済新聞2012年10月20日)

http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG1905J_Q2A021C1CC0000/

 

遠隔操作ウイルスに感染したパソコンから襲撃予告が送信された事件で、警視庁に誤認逮捕された福岡市の男性(28)=釈放=が同庁の再聴取に、脅迫メール事件で再逮捕される際「逮捕状の内容を思い出しながら、(容疑を認める)上申書を書いた」と話したことが20日、捜査関係者への取材で分かった。

 

 

この事件の影響は小さくはない。逮捕され、保護観察処分となった大学生は、その後の一部報道では元大学生と書かれており、退学したのかもしれない。それが逮捕の影響かどうかはわからないが、「逮捕されたから退学」という流れだったとしても誰も不自然には感じないだろう。実際、社員が逮捕された場合、たとえ不起訴処分になっても退職を迫る会社は珍しくない。少なくともその程度には、逮捕されるということの社会的影響は大きい。

 

 

「小学校襲撃予告メール 元大学生を再聴取」(よみうりテレビ2012年10月17日)

http://www.ytv.co.jp/press/society/TI20090562.html

 

今月になって「真犯人」を名乗る人物からのメールが「TBS」などに送りつけられ、県警は改めて元大学生から話を聴く必要があると判断し、17日、弁護士同席の下、事情聴取を行った。

 

 

当然ながらこれは、「どこかにいる不運な誰か」だけの問題ではない。こうした流れを見た私たちは、改めて、私たち自身の生活がいかに大きなリスクにさらされているかを認識させられた。今回は「真犯人」が名乗り出たからわかったわけだが、もしなければわからないままだったろう。こうした事例が他にもあるかもしれないと考える方が自然だし、いつ自分もそうなるかわからないとつい考えてしまうのも無理はない。うっかりスパムメールのリンクをクリックして遠隔操作ウィルスに感染してしまったら。ツイッターで回ってきた短縮URLのリンク先の怪しいサイトにアクセスしてマルウェアに感染してしまったら。電車の中でもし、隣に立っていた女性が勘違いして「この人痴漢です」と声を挙げたら。

 

私たちがやってもいない犯罪のために誤認逮捕されてしまうリスクは意外に高いかもしれない。そしていったん逮捕されてしまったら、やっていなくても(ここがポイントだ)、かなり高い確率で「自白」をさせられてしまう(もちろん「任意」という扱いだ)。たとえ自白をしなくても、日本の裁判における有罪率は100%近い。過酷な取り調べに耐えても、それは反省していない証拠とみなされて罪が重くなるだけだ。

私たちを守ってくれるはずの警察や司法システムが、ほんのささいなきっかけで、私たちに対して牙をむいて襲いかかる恐ろしい「魔物」に変貌する。こう考えてくると、私たちはすべて、日常生活を不安でいっぱいのまま過ごし、警察に疑いの目を向けずにはいられなくなる。こうした不安感や不信感の蔓延こそがこの問題の最大の影響だ。

 

 

「神奈川県警、少年の上申書誘導か…不自然な詳述」(読売新聞2012年10月18日)

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20121020-OYT1T00514.htm

 

不正操作されたパソコンから横浜市のホームページ(HP)に小学校への襲撃予告が書き込まれた事件で、神奈川県警に威力業務妨害容疑で誤認逮捕されたとみられる少年(19)(保護観察処分)が、手口や動機を不自然なほど詳述した上申書が県警に提出されていることが捜査関係者への取材でわかった。

 

 

警察庁長官は「おわびを含めた適切な対応を図る」と言ったわけで、今後賠償などもされるのだろうが、それですむ話なのか、という批判がいくつか上がっているのをソーシャルメディア上で見かけた。きちんと裏付け捜査をせず無実の者を強引な取調べで犯罪者に仕立てあげた捜査官やそれに関わった司法関係者など、関係者に対して刑事責任を問う余地はないのか、という批判だ。要は「ごめんですむなら警察はいらない」という子どものケンカでよく出てくる文句を地で行く意見だが、共感する人も少なくないだろう。私も共感する部分がないではないが、同時に少しちがった意見を持ってもいる。

 

 

 

シノドスのサポーターになっていただけませんか?

98_main_pc (1)

 

 セミナー参加者募集中!「スノーデンと監視社会の現在」塚越健司

 

 

無題

 

vol.231 ひとりひとりが生きやすい社会へ 

・森山至貴氏インタビュー「セクシュアルマイノリティの多様性を理解するために」

・【障害児教育 Q&A】畠山勝太(解説)「途上国における障害児教育とインクルーシブ教育」

・【あの事件・あの出来事を振り返る】矢嶋桃子 「草の根の市民活動「タイガーマスク運動」は社会に何をもたらしたのか」

・成原慧「学び直しの5冊 <プライバシー>」

 

vol.230 日常の語りに耳を澄ます 

・荒井浩道氏インタビュー「隠された物語を紡ぎだす――『支援しない支援』としてのナラティヴ・アプローチ」

・【アメリカ白人至上主義 Q&A】浜本隆三(解説)「白人至上主義と秘密結社――K.K.K.の盛衰にみるトランプ現象」

・【今月のポジ出し!】吉川浩満「フィルターバブルを破る一番簡単な方法」

 

1 2
シノドス国際社会動向研究所

vol.232 特集:芸術へいざなう

・吉澤弥生氏インタビュー「人をつなぐ芸術――その社会的評価を再考する」

・【現代演劇 Q&A】長瀬千雅(解説)「時代を捕まえるダイナミクス――現代演劇事始め」

・【今月のポジ出し!】橋本努「タックス・ヘイブン改革 香港やシンガポールにも圧力を」

・増田穂「『知見』が有効活用されるために」