2014.09.13

LGBTと健康――あなたのことも生きづらくする、ありふれた7つのこと

清水真央、山下奈緒子 / medicolor共同代表

福祉 #LGBT#いのち リスペクト。ホワイトリボン・キャンペーン

「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」が日本国憲法では保障されている、と小学校のときに習った。その「健康で文化的な最低限度の生活」が、下着何枚、靴下何組、シャツ何枚と定められている、とも聞いたことがあるが、本当だろうか。そう教えてくれたのは、『ほらふき男爵の冒険」(岩波文庫)を愛読していたコバヤシ先生だったから、ひょっとしたら担がれただけだったのかもしれない。

詳細に定義しようとすればするほど、「健康」も「文化的」も「最低限度の生活」も、ふわふわと実体のつかめないものになっていく。いずれもが相対的かつ流動性を持ち、個人の状況や時代によって変化するものだから、かもしれない。

「健康」や「文化的」や「最低限度の生活」とはいったいなんなのか、というテーマは興味深いけれど、ここではその話題について深めることはせず、「LGBTと健康」についてお話していく。

(この記事においては以後、日本WHO協会の訳より、「健康」とは「病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあること」とします)

※LGBTとはなにか、ということについては「セクシュアルマイノリティ/LGBT基礎知識編」をぜひご参照ください。

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健康の社会的決定要因 確かな事実の探求

WHO(世界保健機関)は1998年に、「Social Determinats of Health:The solid facts」(以下「The solid facts」)と題して貧困や差別、ライフスタイルなどの社会的要因が健康に与える影響についてまとめた出版物を刊行している。その最新版である2003年版「The solid facts」[*1]にそって、いまLGBTは健康が損なわれやすい状況に置かれているのではないか、ということについてお話したい。ちなみに「The solid facts」の邦題は「健康の社会的決定要因 確かな事実の探求」[*2]となっている。

[*1] WHO: Social determinants of health: The solid facts second edition (2014/03/31) http://www.euro.who.int/__data/assets/pdf_file/0005/98438/e81384.pdf

[*2] WHO: 健康の社会的決定要因 確かな事実の探求 第二版 (2014/03/31) http://www.tmd.ac.jp/med/hlth/whocc/pdf/solidfacts2nd.pdf

「The solid facts」の目次のページを開いてみると、以下の10項目が挙げられている。

1. 社会格差(The social gradient)

2. ストレス(Stress)

3. 幼少期(Early life)

4. 社会的排除(Social exclusion)

5. 労働(Work)

6. 失業(Unemployment)

7. 社会的支援(Social support)

8. 薬物依存(Addiction)

9. 食品(Food)

10. 交通(Transport)

この項目のなかで、とくにLGBTの人たちに関係すると思われるものをピックアップしていく。

1.社会格差

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「社会格差」の項目は、経済的・社会的に不利な要素を持っていればいるほど健康を害しやすいということを説明したものだ。それを前提にこのあと、項目ごとに各要素について触れていくよ、という前ふりなのである。

社会的・経済的に不利であることは、一生を通じて人々の健康に影響を及ぼす。また、「全ての人が社会的・経済的・文化的な生活において有益な役割を十分に果たすことができる社会は、人々が不安定な立場に置かれ、社会から取り残され、喪失感にとらわれる社会に比べて、より健全な社会である」ということをふまえて、次にいこう。

2.ストレス

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どんな人にもストレスはあるだろうし、すべてのLGBTが精神的な苦しさで押しつぶされそうな暮らしをしているわけでもない。しかし、LGBTであることでこうむるストレスがあるのもまた確かだ。

イギリスの国営医療サービス事業であるNHSのwebサイト、NHS choicesによるとレズビアン、ゲイ、バイセクシュアルの人たちはヘテロセクシュアルの人たちに比べ不安や鬱の傾向が強く、自殺したいと考えてしまいがちであるという[*3]。また、トランスジェンダーも鬱や自傷、自殺のリスクが高いと言われている[*4]。

[*3] NHS choices: Mental health issues if you’re gay (2014/03/31) http://www.nhs.uk/Livewell/LGBhealth/Pages/Mentalhealth.aspx

[*4] NHS choices: Mental wellbeing and trans people (2014/03/31) http://www.nhs.uk/Livewell/Transhealth/Pages/Transmentalhealth.aspx

生きづらさを抱えることは、心の健康に悪影響を与える。LGBTの生きづらさの原因となるものとして、家庭や友人関係、職場、医療現場における無理解、いじめ、なんでもない場面でのちょっとした同性愛嫌悪・トランス嫌悪的な発言、メディアでの否定的な扱われ方、外出時に嘲笑されるなどの差別が具体的に挙げられている。

シノドス20140107

日本国内でも、電通が2012年に行った調査[*5]では、「普段の生活で『生きづらい』と感じることがあるか」という設問に対し、「とても感じる」と回答した一般層(LGBTではない層)が15.3%であるのに対し、LGBT計では25.7%となっていた。「とても感じる」「どちらかといえば、感じる」との回答をあわせると、一般層では49.3%、LGBT計では62.6%となっており、LGBTは全体として生きづらさを感じやすい傾向にあると考えられる。

[*5] 電通総研LGBT調査2012(2014/03/31) http://dii.dentsu.jp/project/other/pdf/120701.pdf

ここで念押ししておきたいのは、LGBTであることで直面する生きづらさ、それこそが対処するべき問題であり、LGBTであること自体が問題なのではないということである。もちろん当事者が自身のセクシュアリティを疎ましく思うことはあるし、その気持ちは容易に否定してはならないのだが。

ストレスはこれから挙げていく他の社会的要因とも密接である。というよりも、他の要因のなかに組み込まれている。

4.社会的排除、7.社会的支援

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「社会生活から排除され、平等に扱われないことは健康を害し、死を早めることにつながる」と言われている。社会的排除の一因として「人種差別、蔑視、敵意、失業といったこと」が挙げられているが、これにはきっとここに書いてあるもの以外の差別も一緒に並びうるはずで、そこにはLGBT差別も含まれるだろう。

家庭は小さな社会ともいわれるが、LGBTは家庭のなかでも排斥されることがある。その影響は、家庭の外に自分の居場所をつくるのが難しい若年層において特に顕著ではないかと考えられる。

社会的排除が人の健康に悪影響を与える一方で、社会的支援と良好な人間関係は健康を増進する。社会的支援にも、法律や制度による公的なものから個人によってなされるものまで様々なものがある。「法律によって少数者グループや弱者を差別から守ることができる」というが、LGBTの生きづらさを解消するような法律や制度の整備は、今のところ十分になされてはいない。社会的支援に携わる人たちがLGBTの抱え得る「生きづらさ」について知ることは、きっとその「生きづらさ」の解消に遠からずつながるだろう。

5.労働、6.失業

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「職場の社会的組織、経営方針、職場での社会的人間関係といったこと全てが健康に関わってくる」そうだ。そして「仕事上のストレスが健康状態を大きく左右」するという。

LGBTと職場環境については、こちらの鼎談「LGBTが生きやすい職場のために」に詳しい。

失業もまた、心身の健康に悪影響をもたらす。たとえ就労していても「満足感の得られない仕事や不安定な仕事は、失業状態と同様の影響があり、仕事を持っていることだけで、常に精神的・身体的健康を保持していけるとは限らないのである」というのは重要な事実である。

労働や失業について語るとき、忘れてはならないのは貧困の問題だ。LGBTのなかには上記の対談でも、LGBT(なかでもMTFトランスジェンダー)の転職率の高さ、ならびに転職を繰り返す層のなかには貧困の問題を抱える人たちが含まれている可能性が指摘されている。

LGBTとされる人たちのなかでも貧富の程度はさまざまだし、生きづらさをもつすべての人が貧困とともにあるわけではないが、貧困に苛まれることは生きづらさを抱えることと隣り合わせだ。

貧困とストレスは密に絡み合っているし、両方とも種々の生きづらさを引き起こしてはそれを増強していく。そして生きづらさはさらなる貧困とストレスを呼ぶ。

8.薬物依存

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日本語版では「薬物依存」と題されているが、この「薬物」にはアルコールやたばこも含まれる。薬物依存は、ストレスと貧困の双方と親和性が高い。つまり、「生きづらさ」と親和性が高いとも言い換えられる。NHS choicesでは、レズビアン、ゲイ、バイセクシュアルが薬物依存になるリスクが高いと述べられており、また同性愛嫌悪の存在と同性愛者のドラッグ使用とに大きな関連があることも示唆されている[*6]。

[*6] NHS choices:Gay health: drugs, alcohol and smoking (2014/03/31) http://www.nhs.uk/Livewell/LGBhealth/Pages/Addictionandalcohol.aspx

トランスジェンダーと薬物依存については研究が進んでおらず、現在のところはっきりしていない。薬物依存に関するものに限らず、トランスジェンダーに関する研究は進みにくい。それは、「トランスジェンダー」をきっちりと定義するのが難しい、協力してくれる当事者をフォローし続けるのが難しくなり研究を中断することが少なくない、といった理由による。

他人事ではない、誰かの不健康

以上、「The solid facts」で挙げられた10項目のうち、「LGBTと健康」というテーマにとくに関連があると思われる7項目について触れた。

大声で罵られることや直接命を奪われるようなことがなくても、日常に潜んだ、他人から見ればときに些細にも思える棘で人は心身を擦り減らすことがある。現在LGBTが置かれているのはまさにそういう状況だ(ひょっとしたら、他のマイノリティも同様かもしれない)。

前述した通り「The solid facts」では、ストレスに関係する内容が大きな部分を占めており、また、ストレスによる体調の変化を薬でコントロールするよりも、「慢性的なストレスの根本原因を減らすこと」がより重要であると提言されている。

そのためには、LGBTへの差別や偏見は不当であり、各人のセクシュアリティは尊重されるべきだ、という考え方が、さまざまな生活の場で自然なものとして浸透していく必要があると言える。「さまざまな生活の場」のなかには職場や学校、家庭はもちろん、医療や福祉の現場も含まれるだろう。

貧富の格差と平均寿命とのあいだには相関があることがかねてから指摘されている[*7]。貧富の格差の小さい社会では平均寿命が長く、格差の大きい社会では平均寿命が短くなる。格差を是正することは、平均寿命の底上げにつながる。貧困とストレス、そして様々な生きづらさが互いに大きく関わりあっているのは、もうお伝えした通りだ。寿命が長い、すなわち健康である、とは安易には言い切れないが、知らない誰かの不健康は、実は他人事ではないのである。

[*7] 川上憲人, 橋本英樹, 小林廉毅. 社会格差と健康 社会疫学からのアプローチ. 2006. 東京大学出版会

(文章:清水真央/絵:山下奈緒子)

medicolor(メディコロル)

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プロフィール

清水真央medicolor共同代表

2014年現在、群馬大医学部医学科在学中。パートナーの山下とともに、「medicolor」( http://japanlgbthealth.jimdo.com )の共同代表を務めている。

この執筆者の記事

山下奈緒子medicolor共同代表

1993年生まれ。2014年現在、聖路加国際大学看護学部看護学科在学中。自身が婦人科の問診で困惑した経験がきっかけとなり、LGBTと医療に関する情報を発信する団体「medicolor」を構想し、現在共同代表として運営に携わっている。

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