2012.10.15

「生活支援戦略に関する主な論点(案)」における「生活保護の適正化」についての私見

大西連 NPO法人自立生活サポートセンター・もやい

福祉 #生活支援戦略#不正受給#生活保護の適正化#就労自立支援

9月28日、厚生労働省は、社会保障審議会「生活困窮者の生活支援の在り方に関する特別部会」にて「生活支援戦略に関する主な論点(案)」を発表した。

http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000002kvtw-att/2r9852000002kvvd.pdf

「生活困窮者の生活支援の在り方に関する特別部会」は、社会保障・税一体改革大綱(平成24年2月17日に閣議決定)に盛り込まれた「生活支援戦略」の策定を念頭に、生活困窮者や社会的に孤立した方の抱える問題、生活保護制度の課題等について、全体的かつ包括的な議論を行うために2012年4月に発足した。

審議会の委員の構成は、社会保障分野の研究者や行政などの官民の専門家、社会福祉法人やNPOなどで活動する支援者、地方自治体の首長などである。

http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r98520000029cea-att/2r98520000029chw.pdf

そして、ここで議論しまとめられた「生活支援戦略」は、平成25~31年の7カ年を対象期間とし、生活困窮者への支援体制の底上げ・強化を図り、体制整備を計画的に進めるための、国の中期プランとしての役割を担うことになっている。

「生活支援戦略」とは

4月に始まったこの審議会において、厚生労働省は、6月の中間とりまとめを経て8回目の今回、これまでの議論の論点をまとめた「素案」として、9月28日にこの「生活支援戦略に関する主な論点(案)」を発表した。(これまでの各回の議事録や資料は公開されている。参照されたい。http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r98520000008f07.html

今回発表された「生活支援戦略に関する主な論点(案)」は、あくまで「素案」に過ぎない。今後、この論点整理がなされた「素案」をベースに、当該審議会にて各施策についての検討や、現行施策の見直しなどの「制度設計」についての議論、関連法案や関連施策との「調整」などが、具体的に話し合われていく予定である。しかし、「素案」とはいえ、この「生活支援戦略に関する主な論点(案)」に提起されている各施策案は、今後の日本の社会保障政策全体の、大きな方向性を左右するものである。

実際に「生活支援戦略に関する主な論点(案)」では生活困窮者の(1)社会参加と自立の促進、(2)「貧困の連鎖」の防止、(3)生活保護給付の適正化、(4)自治体業務の軽減が掲げられている。各項目に関してそれぞれ様々な論点が提示されているが、特に大きな柱である「生活保護」については、「国民の信頼に応えた制度の確立」を目指すために、給付の「適正化」を行うとしている。

このように、この「素案」の内容は、最後のセーフティネットと呼ばれる「生活保護」についても「国民の信頼に応えるために」という名目において、一部制度変更も含めた提起を行うものであり、日本の社会保障の根幹に踏み込む内容を含んでいる。

本稿ではこの「生活支援戦略に関する主な論点(案)」における、「生活保護の適正化」として挙げられた各項目の「論点」と「施策案」を貧困の現場で活動する視点から分析し、「私見」を述べたいと思う。なお、現在の生活保護制度についての解説は、下記の拙稿を参考にしていただければと思う。

(シノドス・ジャーナル『貧困の「現場」から見た生活保護』:https://synodos.jp/welfare/126

また、この「生活支援戦略」は生活保護制度のみならず、生活困窮者対策の広範な施策にかかわるものである。他の領域の様々な研究者、論者、実践者をはじめ、市民の間でひろく議論がなされることを望んでいる。

生活保護の適正化の「論点」と「評価」

今回、厚生労働省が発表した「生活支援戦略の主な論点(案)」のなかの、「生活保護の適正化」についての主な項目は、大きく「就労自立支援」「健康・生活支援」「医療扶助の適正化」「不正受給対策」「自治体の負担軽減」に分けられる。

以下に各項目の主な各施策案について、あくまで現段階での「私見」として、評価をつけてみた。それぞれの案について「○←評価」「△←条件付き評価」「△×←現状では評価が難しい(リスク高い・不十分)」「×←反対」の4つに整理している。ただし、まだ実際に始まっていない先駆的な案も提起されており、正直、判断が難しいものもある。その点は、ご了承をいただきたい。

■就労自立支援

評価

保護開始から期間(6か月など)を定めての集中的な就労支援を行う

保護開始からの一定期間中に低額でも一旦は就労することを求める

×

上記の観点から勤労控除の水準や控除率の見直し、特定控除の廃止を検討

△×

就労収入積立制度(仮称)の導入

△×

就労自立後は生活困窮者対策の総合相談体制で支援

車の保有の要件の緩和

就労事由による転居費用の支援

身元引受制度の創設

受け入れ企業の開拓

■健康・生活支援

保護受給者が自ら健康管理を行うことを責務とする

×

健康診断結果を福祉事務所が入手可能とする

×

健康や受診に関する助言指導を行う専門員の配置を行う

領収書の保存や家計簿の作成など、支出を把握できる取り組み

×

代理納付を推進し居住住宅ストックへの入居の促進を行う

居住支援を民間に委託し、地域で見守り・日常生活支援・相談を行う

■不正受給対策

従来は「資産および収入の状況のみ」であった調査権限を「就労の状況や保護費の支出等」についても行えるようにする

×

過去に保護を利用していた人およびその扶養義務者も調査対象にする

×

照会・調査に関して官公署が回答義務を負う

扶養義務者の扶養の有無について「回答義務」を設ける

×

不正受給の罰則を引き上げる

△×

返還金については本人の了承を得られれば保護費との調整を行う

×

返還請求の際に本来の金額を超えて一定額の金額を上乗せして求める

×

就労意欲のない人の再度の生活保護申請の際の審査を厳格化する

×

返還請求に関して自治体が民事訴訟上の手続を経ずに財産の差し押さえを行えるようにする

×

家庭裁判所による扶養請求調停手続きを活用できるようにマニュアルやモデルケースを提示

△×

■医療扶助の適正化

検診命令を活用し、長く診療されている方に関して、定期的に他の医療機関にて検診(セカンドオピニオン)を受けるようにする

指定医療機関の有効期限の導入

指定医療機関への指導・調査・検査の強化

■自治体の負担軽減

生活保護ケースワーカー業務の軽減・民間委託化

△×

新たな生活困窮者支援体系の構築による民間団体との連携

社会福祉士などの専門職の採用の促進や経験を持ったNPOなどとの協働

以上、各項目について羅列した。

次にそれぞれの項目ごとに、上記の表における評価の理由など、簡単な解説を試みる。

「就労自立支援」について

今回のこの「素案」における「生活保護の適正化」の大きなテーマの一つは、「働ける人は働いて生活保護から脱却してもらう」というものである。そのための支援として「就労自立支援」の各施策と、就労への「インセンティブの強化」が掲げられている。

もちろん、実際に就労可能な方に対しては、適切な就労機会が得られるような支援や、より良い職に就くための職業訓練の場の提供など、積極的に行われてしかるべきである。ただ、それを考える前に、いくつか前提の整理が必要だ。まず、ここで言うところの「働ける生活保護利用者」とは誰であるのか、改めて考えてみよう。

生活保護利用者の世帯類型別の内訳を見てみると平成24年6月の段階で、高齢者世帯43.5%、母子世帯7.4%、傷病者・障害者世帯計30.8%、その他世帯18.3%となっている。

(厚生労働省「生活保護の動向」平成24年6月の速報値:http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000002l5fv-att/2r9852000002l5ka.pdf

いわゆる「稼働年齢層」と言われ、「働ける」とされる「その他世帯」の生活保護利用者は、全体の約18%で、実数としては約28万世帯である。そして、この「稼働年齢層」のなかには、障害者手帳の取得にはいたらないが、身体疾患、精神疾患や発達障害などを抱えている方々も含まれる。

同様に、これは平成21年のデータになるが、「その他世帯」の年齢階級別分布を見てみると、「その他世帯」の世帯主の平均年齢は55.8歳で、20代は2%、30代は7%、40代は16%、50代は34%、60代は30%となっていて、その半数以上が50代~60代であり、必ずしも「働き盛りの世帯主」とは言い難い。

(厚生労働省「生活保護制度の概要について」9ページ:http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r98520000019mog-att/2r98520000019ms5.pdf

このように「働ける」と表現される「その他世帯」の生活保護世帯は、実際には雇用のチャンスにめぐまれづらいケースが多いのではないかということが推測される。ではもし仮に、この約28万世帯の生活保護利用者が「働ける」としよう。実際、社会の側の受け皿はどうなっているのであろうか。

平成24年8月現在、日本の完全失業者数は約277万人であり、完全失業率は4.2%である。

(総務省「労働力調査」平成24年8月分:http://www.stat.go.jp/data/roudou/sokuhou/tsuki/index.htm

ちなみに単純比較はできないが、生活保護利用者は約211万人で、保護率は1.66%である。(保護率は人口百人当たりの保護利用者数)

(厚生労働省「生活保護の動向」平成24年6月の速報値(再掲):http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000002l5fv-att/2r9852000002l5ka.pdf

また、有効求人倍率は0.83で、正社員有効求人倍率は0.49である。

(厚生労働省「一般職業紹介状況」平成24年8月分:http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000002kb7f.html

このように、厳しい経済情勢の影響で、社会全体において雇用の「空き」が無い状態が続いていて、少ない席を奪い合わないと「安定した雇用」につくことができない状況がある。そういった環境の中で、先述の施策のように短期的に集中して就労指導を行ったとしても、長期的に働けるような就職に結びつく可能性というのはそう多くはない。そして、一定期間の間に「低額でも必ず就職することを求める」などの施策も、「雇ってくれる会社や事業者がいないと就職できない」という、当たり前の前提を考えるとナンセンスであると言える。

むしろこの施策が、雇用全体の質の低下につながる可能性について危惧している。「低額でも」という文脈は、いわゆる「中間的就労」とセットで進められていく可能性がある。今後の審議会の議論の進み方次第では実態は「雇用」に近い状態であってもボランティアやインターン、トライアル雇用などの名目で、実質的な「労働」を最低賃金以下などで担わされる危険性を孕んでいる。

その場合、限られた「雇用」の席を、最低賃金以上の低所得者層と、最低賃金以下の生活保護利用者層とで奪い合うことになりかねず、雇用者や事業主、企業にとって短期的な人件費の削減にはなっても、社会全体のプラスになるとは考えにくい。むしろ、不安定な雇用を増やし、社会的リスクを高めてしまうおそれがある。

また、就労自立を前提としたインセンティブとしての「勤労控除の見直し」や新しく創設するとしている「就労収入積立制度(仮称)の導入」も、労働政策や雇用環境の整備などと同時進行で行わないと実態をともなわず、むしろ現状の勤労控除のインセンティブよりも劣ってしまう可能性もある。

これらの「就労自立支援」は、いたずらに各実施機関における、実状とかけ離れた「就労指導の強化」を招き、生活保護利用者の「締め付け」を強める可能性を否定できず、一概に評価することは難しい。もちろん今回の「素案」では同時に、「身元引受制度の創設」や「受け入れ企業の開拓」も掲げられている。当然、雇う側と求職者のミスマッチを解消していくこと、雇う側が雇いやすくなるような仕組みを作っていくことは大切なことである。

しかし、繰り返しになるが、上記のような、本来の目的である「安定した雇用」というものとかけ離れた「就労自立」や「中間的就労」に結びつくようなものにならないように、何よりも生活保護利用者の「労働の権利」を最優先しなければならない。

なお、「就労自立支援」の項目で比較的評価できるのは、「車の保有要件の緩和」や「就労事由による転居費支給の支援」の部分であろう。また、「就労自立後は生活困窮者対策の総合相談体制で支援」に関しては、どのような担い手が「総合相談体制」を整備していくのかによっても変わってくるので、現状では評価し難い面もある。ただ、就労自立後の支援は今まであまり行われていなかった視点であり、具体案に注目したい。

「就労自立支援」の項目の全体としては、評価できる一部の施策の提案もあるものの、現状の経済状況・雇用情勢を考えたとき、「就労自立」が前提の制度設計の危うさを感じる。今後、どのような方向性で議論されていくのか注視したい。

 

「健康・生活支援」について

次に「健康・生活支援」について検討したい。まず、ここで問題視したいのは「保護受給者が自ら健康管理を行うことを責務とする」という項目である。先述した「生活保護利用者の世帯類型別の内訳」によれば、生活保護利用者は高齢であったり、何らかの障害や疾病により「働けない」人がもともと多い。その中には、精神疾患や知的障害、認知症などの影響によって、自身の健康管理が難しい人もいる。

本来はそういった健康管理などのサポートが必要な方に対して、その必要とする支援を行うことが求められる。しかし、「保護受給者が自ら健康管理を行うことを責務とする」という項目が明文化された場合、本来は健康管理に支援が必要な人に関しても、求められる支援が引き剝がされてしまうおそれがある。

また同様の危惧は「領収書の保存や家計簿の作成など、支出を把握できる取り組み」にも言える。家計管理についても、その責務を本人のもとに明文化されることは、先述の健康管理と同様に、過度な「自己責任論」を助長し、本質的なその人の状態や困難さに対して「社会全体として支援が必要だ」という発想を失わせてしまう懸念がある。

そして、健康管理については、「専門員の配置を行う」ことは評価できるものの、「健康診断結果を福祉事務所が入手可能とする」という項目がある。これは、健康状態という「個人情報」について踏み込むもので、生活保護利用者の「尊厳を守る」という視点から、実施機関側のモラルが問われる危険性を孕む。

もちろん、その情報の管理や活用方法については、当然ながら縛りが生じる。だが、実施機関が現場の判断でどのように運用していくのかについては、ガイドラインの作成など相当丁寧に体制整備をしていく必要があるだろう。実際に「健康診断結果を福祉事務所が入手可能とする」ことと、本人がそれによって得られる適切な助言・指導などのサポートとのバランスが、現状においてどの程度見合うのかという疑問が残る。

ただ、この項目のなかにも評価できるものはある。「代理納付を推進」することについては、例えば保護基準に満たない就労収入があり、支給される保護費が住宅扶助分より少ない人に関してどう対応するか、などの疑問が残るものの、概ね賛成できる方向性である。

また、「代理納付を推進し居住住宅ストックへの入居の促進を行う」ことも評価できる。しかし、実際には、民間賃貸住宅の大家・不動産業者が生活保護利用者の入居を避ける理由は、生活保護世帯に高齢者、障害や疾病を持っている人が多いことや、入居の際に保証人や緊急連絡先になる家族・親族がいない場合が多いことなどが挙げられる。つまり、そもそも空いている部屋があっても、入居させてもらえないのである。

これらの課題を解消するためにも「公的保証制度」の創設などをセットで進めていかないと、実態に即した居住住宅ストックへの入居促進には至らない可能性がある。そして、本来は公的住宅の拡充などの住宅政策との連動も行わなければならないことを忘れてはならない。

同様に「居住支援を民間に委託し、地域で見守り・日常生活支援・相談を行う」という項目に関しても、その必要性については賛成するものの、全国的にその担い手と想定されているそれぞれの地域のNPO・NGO、社会福祉法人等をいかに育て、かつ制度として必要な費用負担を行っていけるのかなど、課題は多い。

このように、「健康・生活支援」に関しても、評価できる新しい取り組み案もあれば、根本的な発想の仕方に疑念を感じる施策案もあり、この案に対する評価が大きく分かれるところでもある。

「不正受給対策」について

続いて「不正受給対策」について見ていきたい。この項目についてはそのほとんどについて「×←反対」をつけた。ここでは、大きく「調査権限の強化」「扶養義務」「罰則規定」「返還金」の4つの要素に分けることができる。

各要素について見ていく前に、現状の「不正受給の実態」について整理しよう。平成15年度から平成21年度の不正受給件数、金額等の推移を見てみると、確かに平成15年度に9264件であった不正受給数は、平成21年度には倍以上の19762件に増加している。しかし、1件当たりの金額は平成15年度に約63万円であったものが、平成21年度には約52万円に減少している。一つひとつの不正受給事例を見てみると、従来批判の対象とされてきたようないわゆる「悪質な事例」は確実に減ってきていると言える。

(厚生労働省「生活保護の現状等について」21ページ:http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001dmw0-att/2r9852000001do56.pdf

不正内容についても稼働収入の無申告、過少申告が約6割を占め、例えば高校生のアルバイト代の申告漏れなどの「意図せずに起きた申告漏れ」や、精神疾患や軽度な知的障害などによって、収入申告の仕組みをきちんと理解できていない事例なども多い。またその中には、きちんと制度についての説明を受けられていないケースも想定される。

以上のような「不正受給の実態」ついては、10月4日にシノドスに掲載された、みわよしこさんの論考もご参照いただきたい。

(シノドス・ジャーナル『生活保護をめぐる神話–「働けるのに働かない」を中心に』:https://synodos.jp/welfare/1211

このような前提を踏まえたうえで、先述した4つの要素について見ていこうと思う。まず、「調査権限の強化」について考えよう。ここで盛り込まれているのは、「従来は資産および収入の状況のみであった調査権限を、就労の状況や保護費の支出等についても行えるようにする」というものである。

しかし、そもそも平成21年度の「不正受給発見の契機の状況」を見てみると、不正受給が発見された理由は、福祉事務所による各関係先に対する「照会、調査」においてが、89.3%とそのほとんどである。

(厚生労働省「生活保護制度の現状等について」21ページ(再掲):http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001dmw0-att/2r9852000001do56.pdf

つまり、すでに現行の「資産および収入の状況のみであった調査権限」によって、不正受給の大部分を発見・補足することができているということが言える。また今回、「照会・調査に関して官公署が回答義務を負う」という文言が組み込まれているので、精度はより上がることが想定される。

「不正受給」はほとんど発見されている現状にも関わらず(現行の調査権限にて成果が出ているわけなので、本来は次の段階として、不正受給発見の担い手である生活保護のケースワーカーの増員などの方法を取ればよい)、なぜあえて今回「就労の状況や保護費の支出等についても行えるようにする」と調査権限を大きく拡大するのだろうか。

むしろ、これは「不正受給対策」ではなく、先述した「就労自立支援」や「健康・生活支援」に関する項目とリンクしていると考えられる。すなわち、「就労自立支援」を円滑に行うための就労状況のチェックや、「健康・生活支援」の項目で提起された「領収書の保存や家計簿の作成など、支出を把握できる取り組み」などに関する施策のための文言なのではないだろうか。もしそうであれば、そちらの項目で盛り込まれるべきであり、「不正受給対策」という名目に回収されるのは筋違いであり、現状の問題の認識を歪ませる。

また、「過去に保護を利用していた人およびその扶養義務者も調査対象にする」というものが組み込まれている。これは「就労の状況や保護費の支出等について」とどう関連していくのかは分からないが、例えば後に触れる「罰則規定」や「返還金」などのことを想定していると推測はできる。

もし仮に、現在は就労自立している方の、過去の生活保護歴のことについて、現在の職場などに対して問い合わせが行くのであるとすると、それは周囲の人に生活保護を利用していたという過去が明らかになることであり、生活保護を利用する/したという「レッテル貼り」を行い、かつ助長するもので、生活保護に対して、今まで以上にスティグマを負わせてしまう。日々現場で、「限界状況の実態」を目の当たりにしている立場からすれば、とてもではないが賛成はできない。

次に「扶養義務」についてである。まずは、「調査権限の強化」において盛り込まれている「扶養義務者に対しても調査対象にする」というものである。この扶養義務者を調査対象とすることについては、具体的にどのような効果を想定しているのかイメージがしにくい。この施策案は、過去に生活保護を受給したことがある人の親族などについて、資産および収入の状況や就労の状況を確認することができるようになる、ということを意味する。しかしそもそも、個人のプライバシーについて調査できる権限が一方的に管理者側に与えられることはあってはならない。

もちろん、「罰則規定」で後述する、「家庭裁判所による扶養請求調停手続きを活用できるようにマニュアルやモデルケースを提示する」と連動しているものと思われるが(過去に遡及して「扶養請求調停手続き」を行うためであろうと推測する)、肝心の本人の自立支援に対する実効性の低さの割に、扱われる個人情報の性質が明らかに重すぎる。

さらに、「扶養義務者が扶養の有無について説明する義務を設ける」というものも提起されている。民法に規定されている「扶養義務」ではあるが、生活保護法上は「保護要件」ではなく、あくまで「優先しておこなわれるものとする」とのみ定められている。DVや虐待など家族や親族と離れて暮らす必要がある場合などは、扶養照会(扶養の有無を扶養義務者に確認すること)を行わないという判断を行えるなど、必要な保護を妨げるものではないと解釈されている。

しかし、「扶養義務者が扶養の有無について説明する義務を設ける」ということが決まったら、DVや虐待などの事情があっても、その扶養義務者(場合によっては加害者)に照会が行くことになる。本人の生命の保護に関わる、深刻な事態を招く。また、「扶養するか否か」というものは、それまでの家族環境、人間関係等、さまざまな要因が関わってくるもので、本来、当事者間の話し合いにて行われるべきものである。

もちろん、但し書きとして「特段に対応が必要になるケースに関して対応する」と書かれているので、全ての扶養義務者に対して、このような照会と説明の義務が課されるわけではない。しかし、こういった「特段のケース」に対応するためとはいえ、このようなかなり大きな権限が、実施機関である福祉事務所に与えられてしまうことに危惧を感じる。

3つめは「罰則規定」に関する項目である。「不正受給の罰則を引き上げる」では、現在の罰則規定である「3年以下の懲役または30万円以下の罰金」を、他法他施策の罰則規定(ここでは国民年金法が例示されている)に基づいて引き上げることが提起されている。

他法他施策との整合性について検討していくことは大事であるが、実際に悪質な不正受給とはいえないものに関してまでどのような罰則を訴追するのかなど、現状は各実施機関の判断に委ねられている部分も多く、一概に評価できない。

「家庭裁判所による扶養請求調停手続きを活用できるようにマニュアルやモデルケースを提示」も同様で各実施機関の判断に委ねられている部分も多く、また現場レベルでの負担などを考えると、実効性の部分で甚だ疑問だ。

一方、「就労意欲のない人の再度の生活保護申請の際の審査を厳格化する」ことに関しては強く反対である。就労意欲がなく生活保護の廃止になった方に関しても、その方が「生活に困っている」状態であれば無差別平等の原則にのっとって、早急に保護するべきである。逆に、もし「就労意欲がないという状況」であれば、その背景にどういった要素や困難さがあるのかなどを考えて、社会全体として「就労意欲がわくような取り組み」をすすめていくしかない。

極端な例としては、本人に必ずしも責任を課すことのできない何らかの事情で「就労意欲がわかない」状態に陥ってしまった人が、結果的に「就労意欲のない人」と決められて、その事情について言及されることなく、社会保障の最後の砦である生活保護を利用することが不可能になり、餓死する、といったことが起こりかねない。

もちろんこれは仮定の話だが、生活困窮者の方々の相談支援に毎日奔走している身からすれば、残念ながら十分に「ありえる」ことなのである。「就労意欲がない」という状態を誰がどう判断するのかという事は、現場の実施機関任せになる部分もあり、それこそ、生活保護申請を受理しないなどの「水際作戦」が積極的に行われたり、生活保護の受給抑制に強くつながってしまうおそれがある。

最後に「返還金」についてである。そもそも生活保護は最低生活を保障するもので、国で定めた最低生活ライン(生活保護基準)に満たない収入・資産の方しか利用することはできない。

「返還金については本人の了承を得られれば保護費との調整を行う」「返還請求の際に本来の金額を超えて一定額の金額を上乗せして求める」「返還請求に関して自治体が民事訴訟上の手続を経ずに財産の差し押さえを行えるようにする」の各項目すべてに言えることだが、最低生活で暮らしている生活保護利用者の方に対して、生活保護費からの「天引き」を行って返還金を徴収したり、金額を上乗せして請求をしたり、財産の差し押さえを行ったりすることは、その人の生活を壊してしまうことである。

もちろん、悪質な不正受給に対しては、きちんとした取り締まりが行われるべきであるが、毎月の最低生活基準から、形だけ本人の同意を得て(保護費と返還金の調整は本人の同意を得る必要があると明記してはいるが)、天引きを行うと、それこそ本来の生活保護の主旨である「最低生活を保障する」ことにより「健康で文化的な最低限度の生活」を担保することができない。

生活保護中であるにも関わらず、返還請求によって「最低生活を維持できない」ということが起き得る状況になったとき、それは返還請求をされるにいたった本人の責任に帰結させていいのであろうか。この各項目に関しては発想からして論外であると考える。

「医療扶助の適正化」について

「医療扶助の適正化」の項目で提示された「検診命令を活用し、長く診療されている方に関して、定期的に他の医療機関にて検診(セカンドオピニオン)を受けるようにする」「指定医療機関の有効期限の導入」「指定医療機関への指導・調査・検査の強化」に関しては、特にそれが「医療扶助の適正化」につながるかどうかについては分からないが、指定医療機関の適正化への施策としてはある一定の評価はしたい。また、ジェネリック医薬品の使用促進については、先述のみわよしこさんの論考を参照されたい。ただいずれも、これらの施策が「医療扶助の適正化」につながるのかどうか疑問である。

生活保護費全体のなかで、医療扶助費は平成21年度のデータでは、48.3%にのぼる。

(厚生労働省「生活保護制度等の現状について」7ページ(再掲):http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001dmw0-att/2r9852000001do56.pdf

生活保護利用者は、もともと医療的なサポートを必要としている場合が多い。また、国民健康保険において滞納している方が2009年度で約442万世帯、事実上無保険状態の被保険者資格証明書交付世帯が同じく2009年度で約31万世帯であるなど、「国民皆保険」と言われる日本で、経済的事情で「保険」に入れていない方は多い。

(厚生労働省「平成21年度国民健康保険(市町村)の財政状況等について」:http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000011vw8-att/2r98520000011vxy.pdf

生活保護を利用することができるのに活用していない低所得者層、住所不定のなどのケースの場合、救急搬送されてから(医療扶助において)必要な医療を受けることになる方も多い。また、医療扶助の構成割合としては、「入院59.5%」、「外来+調剤36.7%」、「歯科3.8%」となっている。国民健康保険及び後期高齢者における医療費の構成割合が、「入院44.8%」、「外来+調剤49.7%」、「歯科5.4%」であることを考えると、医療扶助に関しては「入院」の占める割合が突出して高いことが分かる。

(厚生労働省「生活保護制度の現状等について」16ページ(再掲):http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001dmw0-att/2r9852000001do56.pdf

しかし、「入院」に関するレセプト(診療報酬明細書)1件あたりの医療費は「生活保護」の方が41.6万円なのに対して「市町村国保+後期高齢」の方は48.4万円と、決して生活保護利用者のほうが高いとは言えない。

同様に、「入院外」に関するレセプト1件あたりの医療費は「生活保護」の方が1.5万円なのに対して「市町村国保+後期高齢」の方も1.5万円で、ほとんど差は見られない。

(厚生労働省「生活保護制度の現状等について」17ページ(再掲):http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001dmw0-att/2r9852000001do56.pdf

しかし、実際に1人当たりにかかる費用を考えると、「入院」にかかる医療扶助は1か月で50.5万円と、高額になっていることは確かである。医療扶助の構成における「入院」の内訳は、「一般病棟43.2%」、「精神病棟37%」、「療養病棟13.8%」となっていて、この中には、いわゆる「社会的入院」と呼ばれるものも多く含まれる。

先ほど50.5万円という数字を出したが、もし現在「入院」している人が退院し、地域生活に移行することができれば、生活扶助と住宅扶助、そして外来と調剤の医療扶助の支給に留まり、結果的に「医療扶助」はかなり削減されることが予想される。

しかし、実際には退院後の受け皿となる救護施設や老人ホームなどの「空き」は少なく、またアパートでの地域生活には、民間の不動産契約における入居差別の問題や、地域での訪問看護・介護サービスの担い手不足、継続的な見守りや生活支援体制の未整備などの状況もあって現実的には難しい。

実際に「地域生活への移行の受け皿がない」ことにより、東京都内で生活保護を利用していた方が、受け入れ先が見つからずに地方の施設に入所する、というような事態が現在進行形で起こっている。この状況は、2009年の4月に群馬県内の無届老人ホームの「たまゆら」で起きた10人の方が亡くなられた出火事件によって、明らかになり注目されるようになった。

このように、本来の意味での「医療扶助の適正化」を目指すのであれば、こういった「社会的入院」の解消のためのハード及びソフト面での包括的な体制整備と、医療扶助に頼らないための実態に即した健康保険などの拡充が行われなければならない。

その視点がないまま、必要な医療を受けさせないことによって医療費を抑制させる「医療扶助の適正化」がなされれば、問題の本質は先送りされるばかりである。

「自治体の負担軽減」について

最後に、「自治体の負担軽減」である。ここで掲げられている「生活保護ケースワーカー業務の軽減・民間委託化」「新たな生活困窮者支援体系の構築による民間団体との連携」「社会福祉士などの専門職の採用の促進や経験を持ったNPOなどとの協働」などの各項目については、条件付きではあるが一定の評価はできる。

ここでのキーワードは「担い手はだれか」ということと「担い手の賃金・生活基盤・継続性をどう担保するか」ということである。具体的には、生活保護ケースワーカーの負担軽減策として挙がっている一部民間委託の案などでは、非常に高度で、かつ総合的な専門性を求められる役割を、それこそ「社会福祉士などの専門職の採用の促進や経験を持ったNPOなどとの協働」において担っていくことが想定される。

もちろん、そういった専門職の知識やスキルを活用して、一人ひとりの生活保護利用者に対してサポートをしていくという視点は必要である。ただし、もしこれまで現場の職員が担っていた業務を民間のより専門性の高い「専門職」が担うのであれば、現状の給与体系よりも低額な賃金で担わせるわけにはいかず、財政負担という面でみると、むしろ自治体の負担は軽減されるばかりか重くなってしまうはずだ。しかしそうではなく、実際にはこれは「名目」で、専門職を非正規で、短期で雇うことによって、財政負担も減らしていくことが目的でもある。これは本末転倒であると考えている。

「新しい公共」の旗の下で、従来は「公的な守備範囲」であった様々な社会保障のサービスは、民間への「委託」という形での開放が進められてきた。それはもちろん、評価される面も多い。官民の人材交流や連携の促進につながり、さまざまな新しい視点や、制度設計につながっている。しかし、その担い手となってきた民間の「専門家」たち自身も、多くの課題を抱えている。民間の「専門家」は、反比例的に賃金が安かったり、短期雇用など正規職員ではなかったり、団体の財政基盤が委託ありきのものになってしまっているなどの現状がある。

こういった、生活困窮者支援を包括的に行う相談支援員が、非正規職員で社会保険に加入していない、などのあべこべの状態が起こってしまう可能性があり、それに対しては、「責任のある委託」として、公務を委ねる以上、国や自治体が担保していかなければならない事はたくさんある。そういった観点からもこの「自治体業務の軽減」については、評価できる部分もあるものの、懐疑的な部分も感じている。

本当に必要な支援とは

さて、ここまで駆け足ではあるが、「生活支援戦略に関する主な論点(案)」における「生活保護の適正化」について、提起されたそれぞれの項目の整理と評価を行った。冒頭でも述べたが、今回発表されたこの「生活支援戦略に関する主な論点(案)」は、あくまで「素案」であり、これがそのまま制度としてすぐ反映されるわけではない。今後、審議会の委員を中心に具体的に議論されていくことになる。しかし、繰り返しになるが、この「生活支援戦略」は、今後の日本の社会保障制度の方向性を大きく左右するものであることは間違いない。

このように政府が、包括的かつ総合的な「生活困窮者支援体系の確立」を目指して、このような中期的なプランを策定し、官民の力を結集して取り組んでいくことは非常に評価できる。高度経済成長期、バブル崩壊を経て2000年代に入り、ホームレス自立支援法やDV防止法、自殺対策基本法、子どもの貧困対策基本法など、それぞれの分野で個別に、さまざまな法整備や政策提言が行われ、一人ひとりの抱える困難さについて社会全体で取り組んでいくという動きが、少しずつではあるがコンセンサスを得て広がりをみせている。

また同時に現在、その背景の要因や困難さと、それぞれの連鎖、親和性について解決するための「社会的包摂」という理念が注目されていて、相談支援事業としてモデル的に制度化をされ始めている。そういった系譜の中での「生活困窮者支援」としての「生活支援戦略」は、官民の連携と「新しい公共」という日本にこれまでになかった新しい概念を取り込んだ、画期的なものとも言える。

ただ、ここで忘れてはならないのは、生活困窮者支援はあくまで処方箋であり、「川下での支援」だということである。「生活支援戦略」は、それまで「個別」に各川の下流で行われてきた支援を、これからは「河口にてネットワーク」を組んで、横断的に、体系的に、総合的に支援を行っていこうというものである。しかし、いくら河口に大きなネットワークを作ったところで、上流の「蛇口」が開きっぱなしの状況では支えていくのには限界がある。本当に必要なことは、上流のそれぞれの、実は重複している「蛇口」を閉じるための方法論である。

長引く不況、少子高齢化や財政逼迫。私たちを取り巻く環境は厳しくなる一方である。いま「個人」や「家族」や「企業」や「地域」や「社会全体」が疲弊していて、それぞれを支え合う余裕が失われている。私自身、上流にある「蛇口」を閉じるための方策について、その答えを持ち合わせていない。また、社会全体でもその答えを見出せない状態が続いている。だからこそ、私たちの生活を支える社会保障のことについて、慎重に、かつ丁寧に、そして冷静に議論していく必要がある。

「生活支援戦略」についての議論はまだ始まったばかりである。今後の審議会の動きについて注視していくと同時に、広くいろいろな場面や状況で「自分のこと」として議論されていくことを願っている。

プロフィール

大西連NPO法人自立生活サポートセンター・もやい

1987年東京生まれ。NPO法人自立生活サポートセンター・もやい理事長。新宿での炊き出し・夜回りなどのホームレス支援活動から始まり、主に生活困窮された方への相談支援に携わる。東京プロジェクト(世界の医療団)など、各地の活動にもに参加。また、生活保護や社会保障削減などの問題について、現場からの声を発信したり、政策提言している。初の単著『すぐそばにある「貧困」』(ポプラ社)発売中。

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