2015.11.11

軽減税率は貧困対策に効果的なのか?

飯田泰之×荻上チキ

経済 #荻上チキ Session-22#軽減税率#低所得者対策

2017年4月の消費税増税に向け、自民・公明党が協議を続ける「軽減税率」。生活必需品などの一部の消費税を8%に据え置き、国民の負担を軽減しようとする狙いがある。ヨーロッパなどの諸外国でも広く採用されており、新聞等のメディアの関心も高い。しかし、以前から公明党が主張してきた低所得者対策としての実質的な効果は期待できるのだろうか。軽減税率導入に伴う課題を踏まえ、これからの格差是正にはどんな取り組みが効果的なのか、明治大学政治経済学部准教授の飯田泰之氏が解説する。2015年9月30日放送TBSラジオ荻上チキ・Session-22「『軽減税率』は本当に低所得層の負担を軽減するのか」より抄録。(構成/大谷佳名)

 

 荻上チキ・Session22とは

TBSラジオほか各局で平日22時〜生放送の番組。様々な形でのリスナーの皆さんとコラボレーションしながら、ポジティブな提案につなげる「ポジ出し」の精神を大事に、テーマやニュースに合わせて「探究モード」、「バトルモード」、「わいわいモード」などなど柔軟に形式を変化させながら、番組を作って行きます。あなたもぜひこのセッションに参加してください。番組ホームページはこちら → http://www.tbsradio.jp/ss954/

軽減税率が招く経済効率性の悪化

荻上 今回の「軽減税率」は、今までどのような議論がされてきたのでしょうか。

飯田 もともと5%から8%への引き上げの際も、公明党を中心に軽減税率の導入が求められていました。しかし、時期的に制度の整備が間に合わないということもあり、自民党は「次回の引き上げ時に考慮する」と公明党に約束したんですね。それで2014年4月の増税が断行されたわけです。ですから公明党としては、「前回約束したんだから、今回こそは」という思いはあるでしょう。

荻上 今回は5%ではなく8%への据え置きになるわけですが。

飯田 実際のところどの程度の効果を狙っているのか、自民公明ともにわかりません。正直なところ、「公明党の顔を立ててやるか」と考える自民党と、「そのくらい顔を立ててくれよ」という公明党の争いに見えてならないんですよね。

荻上 効果よりも面子の問題ですか。一方で軽減税率については、「国民の6割〜7割程度は歓迎している」との世論調査の結果が各新聞社から公表されています。

飯田 個人の問題として考えるなら、税金は上がらないほうがいいですし、たった一部の商品でも上がらないものがあったほうがマシ。これは感情的に仕方ないことではあります。

しかし、そのぶん仮に歳入が足りないとしたら、結局どこかから取ることになるでしょう。その意味で、この軽減税率の意味合いは薄い、と私自身は思います。

荻上 軽減税率の対象とされる品目については、どういう議論がされているのでしょうか。

飯田 基本的に外食ではなく、スーパーなどで買う食料品(アルコールを除く)と言われています。まだ具体的な品目等は決まっていません。

荻上 軽減税率について、飯田さん自身はどう考えていますか。

飯田 そもそも消費増税自体が時期尚早だと思うのですが、これについては異論もあり得るでしょう。その一方で軽減税率については、これに賛成する経済学者に僕はまだ会ったことがない。ほぼ全ての経済学者が反対だと思います。経済学の立場から説明すると、税率に人為的な凸凹を作ると「価格体系が歪む」と考えられます。つまり課税逃れをするために、人々が望んでいないような変な商品がたくさん出るんですね。

例えば書籍が免税になると、大量のお菓子に5ページくらいの本がついた「本」が出るんです。日本でも付録商法は流行っていますよね。服がついてきたりバッグがついてきたり。果たしてこれは本なのか?というような…。あれはもともとヨーロッパで、書籍や雑誌に対する課税が甘かったので考案されたものです。ただ、これは実は非効率的なビジネスなんですよね。全て税率が同じだったら、おまけが好きじゃない人はもともと服だけを買っていたかもしれません。

また、「免税にする金額に上限を設ける」といった場合も非効率的です。例えば「1万円以下の食料品は免税」とすると、消費者は9000円単位の買い物で何回もレジに行ったりとか、無駄な努力が始まるんですね。個人にとっては節約術なのですが。その手間を考えると非常に非効率的だ、というのが経済学的な説明になります。

むしろ金持ち優遇になりかねない

荻上 「軽減税率は貧困対策に効果的だ」と言われていますが、この点はいかがですか。

飯田 まず、貧困対策と言われる根拠は「エンゲルの法則」と呼ばれる考え方です。収入または一定期間の支出に占める食料品の割合、つまり食べるのに使うお金の割合を「エンゲル係数」と呼ばれます。これは貧しい家庭で高く、金持ちの家庭で低い。つまり、金持ちになればなるほど食料品にあてる割合が下がっていくと言われています。

しかし日本では、金持ちになっても食費が占める割合が下がらないんですよ。最も貧しい20%の人口は支出の約25%を食費に当てていて、最も豊かな20%は支出の22%ぐらいを食費にあてている。この程度しか差がないんですね。ついでに言いますと、中間層の方が食費にあてる割合が高かったりします。

これは日本の場合食べることが生存のために必要な活動であるだけでなく、「食べることが趣味」という人の割合がかなり高いんですね。そう言うと「金持ちは外食でお金を使っているんじゃないか」と思われるかもしれませんが、実は比較的高所得者層のほうが専業主婦の方と結婚されていることもあり、意外と外食が多いのは中の下(と言ったら失礼ですが)の層なんです。

すると例えば「大間のマグロ、神戸牛、魚沼産コシヒカリを免税にしよう」という話につながる。これは、全く貧困対策にならない。しかも、これは経団連等も指摘している通り、かなり事務コスト・事務手続きが煩雑になります。その割にほとんど格差是正効果がないという状況だと、「手間の割に何も得るところないのでは」というのが正直な感想です。

荻上 以前、研究者の中田大悟さんも軽減税率について「効果がないだけでなく、場合によっては金持ち優遇になる」と指摘されていました。同じくらいの割合でお金を使っているとなると、当然ながら絶対額としては高所得者の方がより得をすることになりますよね。

飯田 一ヶ月あたりどのくらい得になるかというと、722万円以上の所得を得ている人は、だいたい3000円くらい得をする。一方で248万円以下の所得しか得ていない層は、だいたい1000円くらいしか得をしない。

大雑把な計算ですが、高所得者の方が実際に得をする絶対額が2.5倍なんですよね。年収に対する割合について言えば、多少は低所得者のほうが大きいと言えないことはないですが。絶対額でむしろ金持ちの方が得な制度いれて、それが低所得者対策だと言えるのか。

各業界の陳情合戦がはじまる

荻上 もともと消費税は逆進性が指摘されてきました。それでも導入するのなら手当が必要だということで軽減税率の案が出されました。その時よく例としてあげられるのは、「海外ではやっているじゃないか」という説明。こちらはどうですか?

飯田 海外の場合は消費税が出来上がっていった成り立ちが全然違うんです。かつて日本では物品税という税金がありました。「毛皮は何%、靴は何%…」といった、物品ごとに異なる税金が決められていたのですが、これがだんだんと範囲を広げていって、気づいたら全部の商品に及んでいた。こういった成り立ちで現在の消費税が出来上がってきました。

本当であれば、ヨーロッパも日本のような一般消費税にしたかったのだと思います。しかし、もともと凸凹だった税金を一気に平にならすのは政治的に困難。だからヨーロッパなどでは凸凹になっているんです。

逆に、日本の場合はすでに均一な消費税が導入されているので、これから凸凹にしていくことになります。これは政治的にものすごく大変です。なぜ大変かというと、一つは政治的な資源を使ってしまうこと。もう一つは業界の陳情合戦になってしまい、価格機構が歪み、結果的に効率性の悪化を招いてしまうこと。

だって、どの業界も軽減税率を提供してほしいじゃないですか。「うちの業界も軽減税率を適用してくれ」という声にこれからずーっと付き合っていかなければならない。ちょっと勘ぐった言い方をすると、逆を返せば政治サイド・官僚サイドとしてはおいしい話ですよね。陳情合戦のターゲットになるわけですから。その意味でも軽減税率をここで導入するのは得策ではないと僕は思います。

飯田泰之氏
飯田泰之氏

「マイナンバーで還付金」はどうなのか

荻上 公明党などが推進する軽減税率に対して、財務省が「還付方式」という案を出したことが話題になりました。これはどういったものなのでしょうか。

飯田 先に言っておくと、財務省はこれ本気で出していないと思うんですよね。むしろ釣り球なんじゃないかと。わざと議論を呼びそうなありえない外角球を投げて、ちょっと体を反り出させて内角のストライクを見逃してもらおう、という作戦なのだと思います。

もともとこの仕組みは買い物の際に、マイナンバーが一つの候補ですが、個人番号カードを登録して何を買ったかを記録する。それをデータセンターに集めておいて、ある番号の人が一年間に何円分の食品を買ったか、データを集める。それに基づいて、年末に申請をすると4000円を上限にバックしてくれる、という案です。

いちいち買い物の度にマイナンバーカードをかざして情報登録しないといけない。さらに年末に申請しなければならない。そして返ってくるのは年4000円以下。こんなの最近のプリペイドカードの還元率の方がずっと良いのではと思います。

荻上 また海外の食品クーポンなどにあるように、「毎回カードを持っていくと周りに『自分は貧困だ』と宣言することになる」など、色々な指摘がされていますよね。

飯田 なによりも、データセンターを作って情報収集して、すべての小売店に端末を用意して……となると、1兆円程度の分配効果を得るために大体5000億円以上はかかるだろうと考えられます。こんな酷い制度なので、財務省も本気で通るとは思ってないのではないでしょうか。

荻上 麻生さんもそんなに乗り気じゃないというか、「言われたから出した」感はありましたよね。

飯田 一番怖いのは、なぜか議論のポイントがずれてしまったせいで「消費増税はもう当然だ」というのがデフォルトになってしまっていることです。

給付金制度の方が効果的なのでは

荻上 さて、その軽減税率案を推している公明党は、財務省の還付式の案に対しては反対をしています。9月28日付の公明新聞の記事では、還付式の問題点を具体的に挙げ、軽減税率の方が効果的だと主張しています。

「財務省案は、全商品に一律10%を課した上で、後から酒類を除く飲食料品を対象に消費税率2%分を還付する。買い物の記録には、政府が実施するマイナンバー(税と社会保障の共通番号)制度を活用し、希望者に配布する個人番号カードを使う。

しかし、これでは消費者が購入時に税負担の重さを感じる、いわゆる痛税感が緩和されない。ほかにも、

(1)消費者が事務手続きを行う

(2)マイナンバー制度が円滑に実施できるか見通せない

(3)個人番号カードを持ち歩く不便さと紛失の恐れがある

(4)買い物時にカードを持っていないと記録されない

(5)カードの読み取り端末の費用は誰が負担するのか

―など欠陥や疑問が多い。」

(公明新聞 2015年9月28日(月)付: https://www.komei.or.jp/news/detail/20150928_18112

この批判はどうお感じになりますか?

飯田 これは御説御もっともだと思います。ただ、これでは「還付案よりは軽減税率が良い」ということしか言えていない。軽減税率そのものの是非は、この公明新聞の主張だけでは判断できないはずです。

荻上 批判の内容が正しいからといって、批判している人の代案が正しいことにはならない。ただディベートのテクニックとして、なんとなく正しいように見えてしまう。つまり公明党は還付式の問題点を挙げることによって、軽減税率の方がマシだと言っている。これが今の現状なんですね。更に今後は公明党としては「軽減税率を否定するなら代案を出せ」と言うことになるのでしょうか。

飯田 そうですね。例えば軽減税率をやめるのであれば、通常の代替案として考えられるのは「給付金」なんですよね。例えばかつて公明党が支持して行われた、地方創生を目的とした「地域振興券」のようなもの。一律給付金のような形で、例えば消費税が増税された後、家計一人当り2万円くらいクーポン券の形で配って、それを使ってもらう。

そうした形での給付が常道と言いますか、一番よくある案なんです。財務省の当初案でも給付金が検討されました。ただ大変面白かったのが、必要な人に給付金を給付すると1.5兆円くらいかかることになるが、「還付式にすると申請をしない人がいるので給付が押さえられる」と…(笑)。

荻上 それはちょっとおかしいですね。つまり「必要な人がいるからお金を渡さないといけないけど、きっと申告しないだろうからラッキー」と言っている。

飯田 しかし、きちんと給付金を配るというなら、セカンドベストとしてはアリな話かと。一番ベストなのは消費増税しないことだと思いますが。

荻上 貧困者層に対してしっかりとお金を出していく。そうすることで元々の社会保障の役割なども果たしていこうというわけですね。

この点に関して、今年3月5日付けの公明新聞で公明党の斉藤鉄夫議員が「軽減税率は低所得者ほど重い負担感を和らげる」と主張し、次のように語っています。

「消費税は、所得に関係なく同じ税率がかかるため、所得の少ない人ほど負担感が重くなります。これが逆進性と呼ばれる問題です。例えば、家計の消費支出に占める食料費の割合を示す『エンゲル係数』は、低所得者ほど高くなります。従って、食料品などに軽減税率を適用することは、そうした方々の負担を軽くする効果があるのは間違いありません。」

(公明新聞 2015年3月5日(木)付: https://www.komei.or.jp/news/detail/20150305_16403

この記事についてはいかがでしょうか。

飯田 確かに、エンゲル係数は低所得者層ほど「2〜3%」高くなり、軽減税率はそうした方々の負担を月あたり「1000円程度」軽くします。うーん…嘘は書かれていないのですが…。そのために必要になる事務コストや、政府ではなく中小零細事業主が負う事務負担。こうしたものを考えると、「ごくごく僅かな負担軽減のためにこんな大変な制度を導入して良いのか?」という部分に目を向けるべきです。

荻上 月1000円とか年間1万円を大した額じゃない、と言っているのではなくて、それは当然ながら低所得者にとっては大事なお金ですよね。しかし、1000円や2000円をどのように効率的に配っていくのか。あるいは、より分厚く社会保障を考える上で言うならば、どのような案が良いのか。様々な議論をしていかなければいけない。その中で軽減税率はあまり効率が良くないというわけですね。

導入するなら「インボイス方式」が必要

荻上 僕もこの番組で何度か軽減税率の話をしてきました。その中でよく新聞について触れてきたのですが、新聞社はこの間ずっと「軽減税率キャンペーン」をしています。読売新聞は一面トップで連載を始めて、その中で「軽減税率を導入することが如何に欧州の知恵なのか」と取り上げています。僕は、軽減税率の一つの問題点がここにあると思うのです。

先ほど飯田さんが言ったように、各業界ごとに陳情合戦が起こる。それを報道機関である新聞が我先にと始めると、本来きちんと議論しなくてはいけない点が、前提のように報道されてしまう。ある意味では、軽減税率の持つデメリットを、新聞自体が見本を見せてくれているような感じがするのですが。

飯田 新聞自体ももちろん私企業ですから、自分の業界に対して利益誘導をすることは避けられないとは思うのですが…。本来、新聞は報道機関として世の中の議論や姿勢を正していく機能があります。それが、ここまで「政治の問題」に自社の利益・自分たちの業界の利益を絡めた話をしてしまうと、結局は各紙の信頼性を下げることになるでしょう。おそらくその信頼性の低下は2%の軽減税率よりもずっと後で高くつくと僕は思うんですよね。

荻上 そうした中で、既に軽減税率の話はセットされて色々と議論が始まっている。「欧州の知恵だ」といった連載を読売新聞が始めるように、ヨーロッパでは成功しているんだ、という主張が前提としてあるように思います。僕が気になっているのは「どの国で導入されているか」ではなくて「どの国でどんな効果があったのか」という論点です。例えばヨーロッパの軽減税率は、低所得者対策としては成功しているのでしょうか。

飯田 低所得者対策という意味合いはほぼ無いと思います。何よりも、ヨーロッパの場合は消費税率だけで低所得者の補助をできるほど、甘っちょろい格差ではないので。

それに、フランスに至ってはもっと戦略的に軽減税率を使っていて、国産の農作物と海外産の農作物で税率変えたりしています。例えばトリュフは軽減税率だったりします。さらには安価なマーガリンは標準税率なのに、バターは軽減税率と言う国が多い。これは国内の農家の保護という名目です。こういう風に、結構政治力で軽減する税目が決まってたりする。そういう状況ですから、全然低所得者対策とかじゃないんですよ。

荻上 日本だと「海外で成功している」と説明されていますが、まずそこから誤解なんですね。

飯田 そうなんです。また、消費税課税の方式がヨーロッパと日本では違う点も重要です。ヨーロッパの場合、「インボイス方式」と呼ばれますが、税務請求書を使う方式が取られているので、どの段階でどの税率の商品を購入したか、日本よりは追いかけやすいのです。

ところが日本の場合は事後申告方式ですので、正確に複数税率を運用するのは不可能でしょう。仮に本当で軽減税率を入れるのであれば、まずは現在の課税の方式をヨーロッパのようなインボイス方式に直さないと、そもそも難しいと思います。現在の方式で複数税率を入れてしまうと、正直に申告しようとすればするほど事務手続きが困難になる。そして、不正直な申告をしても、それを税務当局が補足することが難しいと考えられます。

本気じゃない日本の格差対策

 

飯田 そもそもヨーロッパでは低所得者対策として「直接給付」と「住宅の支援」をしっかりやっています。むしろこちらの方が効果があります。

荻上 なぜ日本ではそうした対策ではなく、軽減税率の話になっているのですか。

飯田 そもそも、所得格差の是正をやる気が無いのではないかと思います。例えば、所得格差を図る指標としてジニ係数が代表的ですが、日本の場合、所得の再分配をしてもジニ係数があまり下がらないんですね

再分配前と後で比べると、働く年齢層のジニ係数が8%くらいしか改善しない。OECD平均ですと26%くらい改善するのですが。日本の場合は再分配による改善をほとんど行っていないのです。

荻上 要するに他の先進国と比べて格差是正効果が3分の1以下しかないということですね。

飯田 そうなんです。例えば経済学では、中央値の半分以下の所得しか得ていない人を「相対的貧困状態」といい、その比率を「相対的貧困率」といいます。市場所得、つまり再分配をやる前は、日本は相対的貧困率が低い国なんです。日本は16%で、OECD平均は18%。平均以下なんです。

一方、相対的貧困率を分配後について比べると、先進国平均は10%切っているのに対して、日本は13.5%。再分配前は比較的平等な国だったのに、再分配後はOECDの中でもトップ5に入るくらい不平等な国になってしまった。

荻上 つまりこの国の格差対策は「ずっと本気じゃない」と。

飯田 そうですね。日本の格差対策は、「高齢者の格差を是正する」ことに資源を投下してきました。つまり、働ける人間は働いて稼げばいいんだから、格差是正は必要ない。ただ高齢者の場合は、年金システムを通じて格差を縮小するというわけです。だから高齢者に関しては、日本の方が格差改善率は高いんです。

荻上 でも全世代で見ると他の国よりもかなり劣っている。そもそも格差に関する議論はこの国では弱いわけですね。安倍政権の経済政策にも「格差」というフレーズは当然入ってこない。そうした中で、貧困対策かのように言われている軽減税率は、もともとヨーロッパでもそんな目的では行われていない。では、なぜ公明党はこのように言っているのですか?

 

飯田 確かに単純な計算では、低所得者対策に「ならなくはない」ですから。そしてやはり食料品の軽減税率はキャッチーなテーマではありますよね。その意味ではどちらかというと政治的な主張だと僕は考えています。

荻上 本当は格差対策のためではなく「食料品の消費税は上げないから今回は見逃してくれ」、つまり増税に賛成してもらうためのスローガンなのかもしれませんね。

旧三本の矢はどこに行ったのか

荻上 安倍総理は先日のNYでの記者会見の中で、「なぜアベノミクスは最初の三本の矢を新しい矢に変えたのか」という質問に対して、次のように答えました。

「従来の三本の矢の政策は、経済政策の手段を示すものでありましたが、アベノミクス第2ステージの新「三本の矢」においては、具体的な目標を掲げることにいたしました。第一の矢は、従来の「三本の矢」を強化することによって、戦後最大の経済に向け、GDP600兆円を目指す「強い経済」。その上で人口1億人の維持のため、第二の矢として、国民の希望する出生率1.8を達成するための子育て支援。

そして第三の矢として、これは団塊の世代が介護を必要となる年齢に近づいていくわけでありますが、その子供たちの世代が、これは第二次ベビーブーマーの世代になるわけでありますが、彼らが両親の介護のために離職するという事態になれば、これは経済に大きなダメージを与えることになるわけであります。

そうした不安を払拭していくことも我々に求められているわけであります。介護を理由に仕事を辞める人がゼロになるという社会を創っていくための社会保障という2本の矢を加えることにいたしました。いずれも一朝一夕には成しえないわけでありますが、この新たな三本の矢を全力で放ち、新たな国づくりを進めていきたいと思います。」

つまり三本をやめて新しく打ったのではなくて、今までの矢がより効くために新しく打つのだ、と言っているんですね。

飯田 先日の総裁再任の後にこの三本の矢が出てきました。旧三本の矢は何をやるのかが明白でしたよね。少なくとも一本目と二本目については、ある程度経済が分かっている人間だったら何をやるのか理解できた。ところが今回は抽象度がぐっと上がっています。

これは田中角栄の言葉ですが「首相の力は就任の直後が一番強く、その後は基本的に下がっていくだけ」。そして一定の線を下回った段階でその内閣が終わる。そう考えると、最初は強いこと、具体的なことが言える。具体的なことを言うと反発も食らうわけですが。2012年に提示された三本の矢に比べると、今回は極めて具体性に欠ける。これは「リスクをとるような政策を打ち出したくない」ということだと思います。

需要を増やし、社会保障を見直すべき

荻上 安倍政権の経済政策に再分配の話や貧困対策の話は入ってこないな、とずっと感じていたのですが、今回名前だけは入りましたね。まだ具体的な中身は示されていませんが。

飯田 「社会保障」という言い方に必ずするんですよね。日本の社会保障費のほとんどが年金と医療に対する支出です。公的年金はしっかり年金掛け金払えた人だけが受け取れるシステムですから、再分配政策としては一部しかカバーしていないことになります。やはり日本は、しっかり再分配することにあまり熱心ではないのです。

荻上 その面が、実はこの消費税に関する議論も少し歪めている。貧困層が見えていないのでとったお金をどうするのか、という議論も甘い。

飯田 まさに2014年の消費増税のあと、もっとも貧しい20%の層が1割以上消費を減らしています。実際、大幅に生活が苦しくなり「節約しなきゃ」と思うようになった。それだけの負担を与えてしまった消費税。それを5%に戻すという話をしているなら大変結構だと思うのですが、むしろ上げるという話になっている。そして、還付方式の提案だったり、それに対する反論を通じて、あたかも10%への引き上げが前提かのように話されている状況。これは危険だと思うんですよね。

荻上 10%にすることによって、新三本の矢を含めた安倍政権の経済政策にはどんな影響が出るんですか。

飯田 消費増税をすることは消費することにペナルティをあたえるということです。つまりは需要抑制策なわけですよ。経済は、需要と供給する力(供給能力)のうち、少ない方で決まります。例えば需要の方が供給能力を上回ると、だんだんとインフレが定着してきます。更に進むと、これ以上の成長のために成長戦略が必要になってきます。

しかし消費増税で消費を減らしてしまった結果、まだまだ供給能力に余裕がある状態なんですよね。そうしたら、もう一回需要政策で立ち直らせていかなくてはいけない。その意味で旧一本目の矢(金融緩和)、旧二本目の矢(財政支出)にもう一度回帰する必要があるんじゃないかと。

ポール・クルーグマンというノーベル賞経済学者が、最近のインタビューでも「日本が今一番やってはいけないことは消費増税だ」と言っています。「できることならば、むしろ財政支出を行なうべきだ」と言う論者もいます。中でも先進的な意見としては、「『ベーシックインカム方式』で給付金を行ったらどうか」。僕自身もこれは一理あると思っています。

例えば低所得者、典型的には住民税非課税世帯に、給付金2万円を年4回給付する。これで2.4兆円かかります。消費税1%分でいいんです。そして、子ども全員に同じく2万円×4回で年間8万円給付する。これも2兆円かかりません。1.5兆円ですみます。

低所得者及び子育て世代を助けるために、給付型でしっかりと所得補償をし、消費増税分の負担を軽減する方法をとっていくべきだと思います。将来的には、日本の社会保障はしっかりベーシックインカム方式に転換すべきだと思いますが、その一歩として給付金を検討してほしいなと思います。

荻上 まずは実際の消費を刺激することと同時に、最初の目的の一つであった貧困層対策に本腰を入れろということですね。

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プロフィール

飯田泰之マクロ経済学、経済政策

1975年東京生まれ。エコノミスト、明治大学准教授。東京大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。著書は『経済は損得で理解しろ!』(エンターブレイン)、『ゼミナール 経済政策入門』(共著、日本経済新聞社)、『歴史が教えるマネーの理論』(ダイヤモンド社)、『ダメな議論』(ちくま新書)、『ゼロから学ぶ経済政策』(角川Oneテーマ21)、『脱貧困の経済学』(共著、ちくま文庫)など多数。

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荻上チキ評論家

「ブラック校則をなくそう! プロジェクト」スーパーバイザー。著書に『ウェブ炎上』(ちくま新書)、『未来をつくる権利』(NHKブックス)、『災害支援手帖』(木楽舎)、『日本の大問題』(ダイヤモンド社)、『彼女たちの売春(ワリキリ)』(新潮文庫)、『ネットいじめ』『いじめを生む教室』(以上、PHP新書)ほか、共著に『いじめの直し方』(朝日新聞出版)、『夜の経済学』(扶桑社)ほか多数。TBSラジオ「荻上チキ Session-22」メインパーソナリティ。同番組にて2015年ギャラクシー賞(ラジオ部門DJ賞)、2016年にギャラクシー賞(ラジオ部門大賞)を受賞。

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