一度も稼働しないバターン原発はいま

公式発表の資料を使って計算

 

当初からの問い「なぜバターン原発は一度も稼働していないのか」へと、最後に改めて立ち返りたい。

 

フィリピン滞在中、フィリピン大学教授で非核フィリピン連合全国議長のローランド・シンブランさん、非核フィリピン連合共同議長のコラソン・ファブロスさん、非核バターン運動議長で神父のアントニオ・ドマワルさん、フィリピン大学の講師を務めたロベルト・ベルゾーラさんにそれぞれインタビューする機会を得た。

 

全員が同じ回答をした。その答えとは、「フィリピン国民が求めなかったから」。

 

マルコスの独裁と汚職政権の問題を直視し、では、これからどうしたらいいのかを主に教会で議論したという。フィリピンはローマ・カトリック教が八割の国であり、教会は生活の場の一つ。「結論ありきではなく、みんなで民主的に学び、議論し合うことで、新たな未来への希望を築くことができた」と、ドマワル神父。

 

人々は学び合うことでエンパワーし、自分たちの意思を政策や政権誕生に反映させる経験をした。

 

ベルゾーラさんは、労働・産業経済学の観点から、「バターン原発を稼働させれば、フィリピンの国家財政をさらに悪化させる」という論文を書いた。この論文が、非核・脱原発に大きな影響を与える情報の一つになった。ベルゾーラさんは言う。「私や友人たちが論文や公の場で採用したデータや資料は、すでに政府や大統領や閣僚が使っていたものばかり。同じデータや資料を使って、どこがどのようにおかしいのか、それを明確に示したことで、多くの人により説得力があったのだと思う」。

 

特筆すべきは、ベルゾーラさんの論文が発表される前後、マニラ首都圏のケソン市にあるフィリピン大学を中心として、賛成派と反対派による議論が徹底的に行われたことだ。いわゆる「専門家」を中心に、政治家や市民も参加して議論を重ねた。その中では、もちろん、「原発がなければ、大量のエネルギーが確保できず、国の経済は発展しない」というコスト-ベネフィット論も繰り広げられた。しかし、フィリピン国民とその国のリーダーは原発凍結を選んだ。非暴力のなかで国民による重大な選択が行われたことは、民主主義の構築の点からも注目に値すると言えるだろう。

 

では、フィリピンのエネルギーはどうなっているのか。現在は再生可能エネルギーで賄おうという努力を続けている。石炭、石油(火力)、天然ガスなどのほか、特に地熱を活用してエネルギー自給を図っている。特に地熱発電は、日本の円借款も活用して、各地に発電所の建設を進めている。その結果、フィリピンは世界第二位の地熱発電国になった。ただ、まだまだマニラ首都圏でも電源供給は不安定で、台風が来ると、停電が続くという現状は続いている。

 

しかし、エネルギーの問題、経済の問題、政治の民主化など、数々の課題があるものの、フィリピンを取材していて毎回思う。

 

「日本人よりもずっと幸福感が高いのではないか?」ということだ。

 

考えてみれば、フィリピンの人々はエドサ革命、脱原発、脱米軍基地など、国民の意見を政策に反映させ、民主的な社会の実現に向けた「下からのダイナミックな改革」をこの20~30年の間に経験している。「より良い社会に少しずつでも向かっている」という実感があるのではないだろうか。「原発は汚職の象徴。これを稼働させることは、マルコスの暗い時代に逆戻りし、歴史から何も学んでいないことになる」。神父ドマワルさんら、地元バターンで原発反対運動を続ける人々は口々に言う。原発政策は国策であるがゆえに、事故や災害が起きて原発に影響が出たときの政府の対応が、その国の姿をあらわにするということも言えるのではないか。

 

2014年3月、東京電力福島第一原子力発電所の事故から4年目に入った。福島県や県議会が「原発ゼロ」を目指すなかで、国はエネルギー基本計画での「原発ゼロ」を削除や再稼働の動きがあるなど、原子力政策は大きな分かれ道に直面している。

 

 

 

 

 

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