2014.08.30

「わたしが宇宙の支配者です」――「幻聴妄想かるた」がもたらしたもの

「ハーモニー」施設長・新澤克憲氏インタビュー

情報 #ハーモニー#幻聴妄想かるた

精神障害をもつ方々の、ユニークな幻聴・妄想をかるたにした「幻聴妄想かるた」を販売している就労継続支援B型事業所「ハーモニー」。「わたしが宇宙の支配者です」「おはようございます、もう帰ろうかな」「ぐるぐる回る ちっちゃいおじさんたち」……不思議な魅力を放つ「幻聴妄想かるた」について、施設長の新澤克憲さんにインタビューをしてきました。現在、エイブルアートギャラリーで開催中の「新・幻聴妄想かるたとハーモニー展」を受けて、困ってるズ!応援版から緊急転載。(聞き手・構成/金子昂)

三種類の幻聴妄想かるた

―― 「幻聴妄想かるた」、読み札や絵札を見ているうちに、自分の妄想と一緒だよなと感じるようになる、とても面白い体験でした。

そうですよね。みなさん最初は「精神障害ってこんなもの」とイメージがあって手に取るようです。でもみているうちに、案外、正常かそうじゃないかって境界は曖昧だって気づいていただけるといいなと思うんです。

―― まずは「幻聴妄想かるた」について、ご説明いただけますか?

「幻聴妄想かるた」は二種類、正確には三種類あります。最初は、2008年に作ったかるた屋さんの「白札かるた」を買ってきて、事業所の印刷所で「宛名シール」にみんなの幻聴や妄想を印刷して、張り付けたもの。それに小さな冊子を付けて、3000円で販売しました。2年間でだいたい500部くらい売れたかな。当時ハーモニーにいたメンバーと心理療法士、ボランティアのみんなで作りました。

それから2年後に、医学書院さんから声をかけていただいて、出版されたもの。中身は自分たちで手作りしたのと一緒の新装版です。かるたと冊子と市原悦子さんの朗読CDや活動紹介のDVDが付いて2300円+税。ちょっと安くなっていますね。

そしてハーモニーのメンバーも少しずつ変わってきたので、新しいかるたを作ろうということで、「新・幻聴妄想かるた」を2014年1月に出しました。写真家の齋藤陽道さんの写真カード付き。これは今のところ、全部手作りです。どこかの出版社で出してくれないかな(笑)。

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新澤克憲さん

「あいつなにやってるの、働いているよ(笑)」

―― そもそもどうしてかるたを作ろうと思ったんですか?

まず、当時、ハーモニーがどんなところだったかをお話しますね。いまは障害者総合支援法という名前になっていますが、かるたをはじめて作ったころに、ちょうど障害者自立支援法が施行されて、いろんなことが変わったんです。それまでは、ハーモニーは共同作業所という種類の福祉施設だったのです。

ハーモニーのある世田谷区は、20数箇所、精神障害の共同作業所が認可されている、作業所の多い区だったんです。共同作業所にもバリエーションがあって、利用者さんもいろいろです。たぶん皆さんがイメージするような、クッキーを焼いて販売しているとか、印刷をしているとか、内職をするような施設は、老舗で比較的規模の大きなところです。

うちは精神障害をお持ちで、かつ目が見えないといった重複障害の方がいたり、70代の高齢の方もいた。それから就労意欲を持っていろいろな施設を転々としたり、同じ施設で10年間居続けたけど仕事には就けないまま高齢になった方もいました。ほとんど家から出ずにやっと外に出た人、自分の障害に自分でも納得いかない人、今までの施設に不満持った方もいたかな。その方たちにこれから仕事をがんばってというより、健康に暮らすや安心して毎日を送ることを応援したいと、苦労をいっしょにしていきたいと僕は感じたのですね。

大事なのは、そこにやってきて、ご飯を一緒に食べたり、友達と出あえたり、相談をしたりできる場所があること。仕事しなくてもいいから、とりあえずおいでよと言える、そういう場所だと思ってました。

働く、働かないは別として、まずみんなが来れる場所を作ろうよということです。

ただ、シャバの感性ってなかなか抜けないんです。「長時間、我慢して、間違わず正確に働くことがえらいと評価されるものだ」って思いが強くて。それができる人はいいけれど。できない人は自己評価がものすごく低い。

―― 働いていないことは恥ずかしいんだ。働いていない自分に価値はないんだ、という感覚ですね。

そうそう。休んでもいいんだよといっても、無理をしてしまう。

だったら、ハーモニーは作業所という看板は世をしのぶ仮の姿、作業しないのが当たり前にして、「あいつなにやってるの、働いているよ(笑)」みたいな雰囲気をつくりたかった。そこまでしないと「シャバの呪縛」からはなかなか逃れられないなあと。

そこにやってきたのが、障害者自立支援法です。その法律の下で僕らは「就労継続支援B型」という種類の施設にならないと存続が危うかった。でも支援法では、「就労継続支援B型」である条件として、月々ひとり平均3000円以上の工賃を差し上げなくちゃいけないことになっていました。

さあたいへんです。そんな場所だったから、やっぱりみんながみんな働ける人たちじゃないんですよ。施設によっては、月々ひとり平均3000円以上を簡単に出せるところもあります。でもうちにとってそのハードルは高かった。

―― ハーモニーの良さを残したまま、就労継続支援B型でいることは難しかったんですね。

そうなんですよ。どうやって工賃をだすか……。

そんなときにでてきたのか、幻聴や妄想を活用した商品を作って売ろうというアイディアだったんですね。場の雰囲気はそのままで、どうやったら存続できるかって。

―― アイディア勝ちですね! ちなみにかるた以外のアイディアはありましたか?

みんなの幻聴や妄想を題材にした劇団をつくって、老人ホームに慰問に行こうってアイディアがありましたね。でもおじいさんやおばあさんが、幻聴や妄想の話で癒されるのかという話があったり(笑)。あとは幻聴妄想を印刷したTシャツをつくるとか。でもTシャツは僕らの業界はみんな作るんですよ(笑)目新しさがないのでやめました。

幻聴や妄想の話ができるということ

―― いろいろなアイディアのなかで、かるたが残ったんですね。どうやって作られたんですか?

ハーモニーでは毎週水曜日に、困ってることをテーマにミーティングを開いています。「眠れなくて困ってる」みたいな普通の困りごとも多いです。みんなが勝手にアドバイスします。眠剤はなにを使っているか、とか、寝る前にリラックスする方法だとか、「お祈りするといいよ!」とか「お札が利くよねー」とか「それは呪いなんだ……!」とかね。

でも、お互いの信頼関係ができてくると、いままでは生活上の困りごとしか話していなかったのに、プライベートな幻聴や妄想に関係する話も出てくるんです。

例えば、「実はね、ぼくは道を歩くたびに美女に笑いかけられるんだ。その度エッチな気分になっちゃうんだけど、こっちがニコって笑いかけると、相手が突然怒り出すんだよ」とか妄想っぽいでしょ。

さらに「ニコっとした僕を、誰かが盗撮していて、それが世界中に放送されているんだ。みんな笑いものにしているんだよ。頭の中がのぞかれていて困るんだ」みたいな話も出てくるようになります。

そういうのってアドバイスのしようはないですよね。でもみんな「おれもそんなことあるよ」とか「気のせいじゃないの?」とか「かわいい娘にあえてよかったね!」って話し合うんですよ。

―― とってもいいですね。

でしょ。聞いてくれる人がいるだけでホッとするんです。

そのとき気付いたんです。みんな作業所で日常的に接している割には、妄想や幻聴の話ってしないんだなって。さっきお話した労働観もそうだけど、やはり社会の価値観を引きずっている。仲間同士ですら、症状の重い人のことを「何考えているのかわからなくてこわい」って思っている人もいる。

そもそも、いままで妄想や幻聴を話してよかったことがなかったんですよ。お医者に言えば、薬が増えるか入院。家族には「そんなこというな」と言われちゃうし、職場で話せば、職を失うこともある。50歳以上の方だと発病後に離縁や勘当という経験も持つ人もいます。お子さんと会えなくなったとか。いろいろな辛い思いをされてきたわけです。だから簡単にしゃべれない。

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ミーティングの風景

―― 同じような妄想や幻聴で苦しめられているであろう人に対しても、自分の幻聴や妄想はお話しないんですね。

話せる人は、すぐにでも話すのですけれど、抵抗感がある人は多いです。ハーモニーの利用者さん同士、同じ当事者といえども毎日、顔を突き合わせている人たちですから、万一、変なやつだと思われたらと、辛いのかもしれませんね。

でも、みんなが少しずつ話し始めて、お互いに打ち解けてくると、どんどん面白い話がでてくる。あの熱狂感はすごかったです。ぼくも! 私も! ってみんな話すようになりました。

特に、若松組という謎の組織が、いつも足元を揺らしてくると話すナカムラさんはいつも話題の中心でした。みんな「今日は若松組どうだい?」って聞いてナカムラさんも「今日もいるんだよ」とか「今日は3人警察に捕まったよ!」なんて話してくれて。

こうしたミーティングを重ねて行く中で、やっぱりみんなの幻聴や妄想は面白いから、売れるかわからないけど、かるたを作ってみようよ、という話になったんです。みんなのエピソードをもとに読み札を作って、絵札も描いて、面白そうなやつを採用して。

「見世物に」という感覚が少なかった

―― 50音全部用意するのって大変ですよね。

大変でしたねえ。やっぱり当人の発言力が強いから、この札の絵札はこれじゃないとだめだ! と主張したり(笑)。

こういうかるたって、デイケアで治療の一環としてやっていてもおかしくはないと思うんですよね。僕らが明らかに違ったのは売ろうと思っていたところだと思います。それでかるたを編集をやっている人に見せに行ったら「ふざけているのか本気なのかわからないです」って言われちゃった(笑)。

―― でも、そこがいいところですよね?

そうそう。だから「ふざけたままいっちゃおう!」って覚悟しました。そしたらその人が、「じゃあ自分たちが何者なのか解説をつけてみては」ってアドバイスをくれました。冊子がついているのはそういうわけです。かるたよりも冊子の方が作るのに時間がかかりました。インタビューの書き起こしを載せているんだけど、「こんなこと書いたら組織に狙われちゃうよ!」とか「こんなこと言ってないんだけどなあ、これじゃあ病気みたいじゃん!」と、あわてる人もいてね(笑)。

―― ハーモニーの中で、「見世物にしないでよ」という声はなかったんですか?

正直、そういう声があるんじゃないかと予想していましたが、意外にも、なかったです。もともとハーモニーは、それぞれが別々のことをやっていて当たり前の場所なので、自分で参加する活動を選べます。世の中に露出することを望まない人は参加しなくてもよかったから「見世物に」という感覚が少なかったのかもしれないですね。

はじめの1か月くらいは、2ちゃんねるで「キチガイかるたがでたぞ!」みたいなスレッドがいくつか立ちました。「こんなことやっていいのかよ」と同じくらい「面白いよね」って声もありました。中には「おじいちゃん みえないラジオが あるらしい」と自分の川柳をつくる人がいたり。妄想あるあるがたくさん書き込まれていたんです。それを見ながらみんなで笑っていました。

かるたを出す前に、NHKの「バリバラ」で、かるたを読むコーナーに出演するようになったら、近所のクリーニング屋さんが「テレビみたよ!」って声をかけてくれるようになったり、若松組に悩まされるナカムラさんが部屋を探しているときに「若松組に揺らされないようなところがいいよね」って不動産屋さんが相談にのってくれるようにもなって。いいことの方が多かったですね。

―― みなさんはどういう感想を持たれたんでしょうか?

医療関係者にかるたを通じて理解してほしい。仲間同士の連帯が生まれた。自分自身を理解できた。仲間がなにを考えているかわかってよかった。そんな感想でした。

ミーティングでは何度も何度も話をするんですね。それをみんなで聞いたり、話をまとめてみたりすると、そのうち、話してくださる内容が変わってくるんです。若松組だって、最初は大きな音を立てたり、換気扇ごしに声を掛けてきたり。足元を揺らす以外の悪さをいっぱいしていたんです。でも話していくうちに、揺らすだけになってきました。時々、揺れが小さくなったり、若松組のメンバーがどんどん逮捕されるようになる。殺伐とした八方塞がりの話が、豊かな話になってくるんです。

それぞれがストーリーを作り替えていく。「前と言っていることが違うじゃん!」って言わなくていいんです。話を聞いてもらえるってすごく大事で、カルタづくりを通じて、そういう場をつくれたことが成功だったんだと思います。

生活臭の加わった新しいかるた

―― それから6年。今年出された「新・幻聴妄想かるた」をつくるようになったのはなぜでしょうか? 最初に、ハーモニーのメンバーが変わったので、とおっしゃっていましたが……。

6年も間があいたのは僕のせいですね。2008年に最初のかるたを作った人たちで、残っている人は必ずしも多くないんです。何人か亡くなりました。内臓疾患だったり、喉にものが詰まるような事故だったり。ひとつひとつ状況は異なり、予見できないこともあったけれど、スタッフの自分にとっては無力感ばかり募る時期もありました。

相変わらずミーティングはいい感じに続いていたし、メンバーが変わったので、新しいのを作りましょうという話になるのは当然なのですが、ぼくのなかでは、最初のかるたは褒められたけど、自分は結局、人が死んじゃうのを止められないじゃないか、かるたづくりにどれほどの意味があるんだろうという投げやりな気持ちもありました。

それでも、時間というのはよくしたもので、いつもみんなの見えるところに故人の写真を置いたり、ミーティングのなかで思い出話を少しづつしたりすることを通じて、亡くなった方たちと再び近づけたように感じられたのですね。故人のいたアパートの部屋に新たに入居する人がいたりして、亡くなった彼らとの時間の延長線上にいまがあるんだという当たり前なんだけど大事なことに思い至ることができた。

そんな自分のなかの変化も踏まえて、亡くなった人の逸話や幻聴や妄想も入っている新しいかるたを作ることを提案したんです。かるたの一枚一枚が、メンバーたちの日々の喜怒哀楽に裏付けられた大事なデータベースで、それをそのまま発信していこう。そうやることで、ようやく一歩が踏み出せるかなって。

まあ、これはスタッフとして僕の感じ方で。メンバーたちからすれば、新澤は自意識過剰! 早く自分の体験ののった新しいかるた出そうよ。それを持っていろいろな所に出かけて行こうよということだったかもしれないですけどね(笑)

―― 最初のかるたとの違いはありますか?

幻聴や妄想、困ってることは話せるようになっていたので、以前のように絞り出すようなことはありませんでした。面白さばかりを追求していくのはちょっと違うと思うんですよね。もっと気軽にやりたかった。今回はもっと生活臭のあるかるたも入っています。病気はよくなってきたけど、やっぱり生きづらいよね、みたいな話も入っています。そこは大きな違いだと思います。

それから、何より写真! すばらしいポートレート。前回は写真にはみんな抵抗があったのですが、取材やイベントを通じて顔を出す経験から変わってきたようです。写真を撮ってくれた齋藤陽道さんとの出会いによって、彼の所属する障害者プロレス「ドッグレッグス」を観戦したり。ものすごく刺激を受けました。

開所の時から19年のお付き合いになるメンバーのミチコさんと
開所の時から19年のお付き合いになるメンバーのミチコさんと

一枚一枚のかるたは、ひとりひとりの自己紹介

―― 困ってるズ!がやりたいと思っていることにも繋がっているように思います。このかるたで、幻聴や妄想が当たり前のものだと思える一方で、じゃあ当事者の皆さんはどうして欲しいと思っているのかが気になっています。

うーん、「どうしてあげたらいんでしょうか?」と聞かれて思い出すのは、かるたの展示会をしたときにいらっしゃったご家族の質問です。「うちの子も苦しんでいるんだけど、どうすればいんでしょう」と。そうするとあるメンバーが「まっていてあげてください。絶対にSOSをだすときがあるから」「そのときメッセージをちゃんと捕まえてください」って。

利用者さんの中に、ずっと引きこもって、本を読んだり音楽を聴いている人がいました。その人は、親が時間を与えてくれたおかげで、音楽をたくさん聴いて和らぐことができたと言っていました。周囲が「なにもできないと」ともどかしく思っているとき、本人が助かっているということもあるかもしれません。

そうは言っても、待っていることも家族の方にとってはとてもつらいことだと思います。僕たちのハーモニーのように、家族という閉じられた世界から、次のステップとして仲間のいるところにこられたら、良い方向に行く人もいるんだと思いますが、その時が来るまで、家族に対する支援も必要でしょう。

―― ありがとうございます。最後に、読者にメッセージをいただけますか?

「幻聴妄想かるた」と「新・幻聴妄想かるた」は、ハーモニーのメンバーたちが、ゆっくり時間をかけて自分たちの「大変だったこと」「困っていること」を題材に作ったかるたです。ひとりひとりが、同じでもなく、違うでもない。一枚一枚のかるたは、ひとりひとりの自己紹介であり、場に集った人たちの記録でもあります。ご縁がありましたら、手にとってみてくださいね。あ、最後に宣伝になっちゃいました(笑)

http://harmony1.theshop.jp/

http://www.geocities.jp/harmony_setagaya/index4.html

【シリーズ存在と生活のアートvol.11】 新・幻聴妄想かるたとハーモニー展 開催中!

会期:2014年8月22日(金)〜9月7日(日)

   金曜〜日曜のみオープン

時間:11:00〜19:00

会場:A/A gallery

主催:NPO法人エイブル・アート・ジャパン

共催:NPO法人やっとこ「ハーモニー」

企画:一般財団法人たんぽぽの家

特設ブログ:http://harmony6.exblog.jp/

※メルマガ「困ってるズ!」は終了しました。

プロフィール

新澤克憲精神保健福祉士、介護福祉士

1960年広島市生まれ。精神保健福祉士、介護福祉士。東京学芸大学教育学部卒後、デイケアの職員や塾講師、職業能力開発センターでの木工修行を経て1995年共同作業所ハーモニー開設と同時に施設長。瀬戸内の海と八重山諸島が大好きです。

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