「これは、憂国ならぬ、憂社、憂リクの本である」――『リクルートという幻想』他

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『リクルートという幻想』(中公新書ラクレ)/常見陽平

 

本書は、リクルート出身者であり、雇用・労働問題の論者としても活躍する常見陽平氏が、人びとの抱く「リクルートという幻想」を粉砕することを試みたものである。

 

痛快なのは第三章だ。ビジネス書でたびたび見かける決まり文句のひとつに、「元リクルート」という肩書がある。そこにはたいてい、「No.1」や「最強」、あるいは立派な役職がくっついている。なるほど、リクルート出身者からはそれだけ優秀で、各業界で活躍する人間を輩出しているということなのだろう。……実際のところどうなのか、そもそも「優秀」とはなにか、なぜこんなにも「元リク」が溢れているのか、その理由は本書を読んで欲しい。

 

気になるのは、「リクルートは本当に優秀な人材を輩出している企業なのか?」という点である。常見氏は言う。「輩出」ではなく、「排出」であり「流出」なのではないか。激しい社内競争の中で居心地の悪くなった人材が、リクルートに失望した逸材が、出て行っているだけではないか。彼ら彼女らが活躍するステージが社内にあれば、優秀な人材は会社をより大きくしてくれたのではないか、と。

 

どうも、「人材輩出企業 リクルート」は幻想に過ぎないのかもしれない。「新規事業創造企業」も、自由な気風も、幻想なのかもしれない。リクルートを賛美する、あるいは批判するぼくたちは、そうした幻想に惑わされているのかもしれない。1988年のリクルート事件から26年経ったいま、今年10月に一部上場を控え、立派な大企業となったリクルートの現実はどこにあるのか? 本当に「やんちゃ」な企業なのだろうか?

 

リクルートに対する眼差しはたいへん厳しい。おそらくそれを私怨と感じる読者も多いだろう。だが常見氏は複雑な心情で、「元カノ」をみるような心境で、リクルートを憂いているのだろう。つまり、それだけ愛情を持っているということだ。

 

常見氏のリクルートへの眼差しは、リクルートを突き抜け、多くの日本企業に向いている。自分に、そして会社に向き合うための、一冊。

 

「これは、憂国ならぬ、憂社、憂リクの本である」

 

(評者・金子昂)

 

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