2014.09.14

「これは、憂国ならぬ、憂社、憂リクの本である」――『リクルートという幻想』他

今週のオススメ本 / シノドス編集部

情報 #常見陽平#プロパガンダ・ラジオ#渡辺孝#リクルートという幻想

『リクルートという幻想』(中公新書ラクレ)/常見陽平

本書は、リクルート出身者であり、雇用・労働問題の論者としても活躍する常見陽平氏が、人びとの抱く「リクルートという幻想」を粉砕することを試みたものである。

痛快なのは第三章だ。ビジネス書でたびたび見かける決まり文句のひとつに、「元リクルート」という肩書がある。そこにはたいてい、「No.1」や「最強」、あるいは立派な役職がくっついている。なるほど、リクルート出身者からはそれだけ優秀で、各業界で活躍する人間を輩出しているということなのだろう。……実際のところどうなのか、そもそも「優秀」とはなにか、なぜこんなにも「元リク」が溢れているのか、その理由は本書を読んで欲しい。

気になるのは、「リクルートは本当に優秀な人材を輩出している企業なのか?」という点である。常見氏は言う。「輩出」ではなく、「排出」であり「流出」なのではないか。激しい社内競争の中で居心地の悪くなった人材が、リクルートに失望した逸材が、出て行っているだけではないか。彼ら彼女らが活躍するステージが社内にあれば、優秀な人材は会社をより大きくしてくれたのではないか、と。

どうも、「人材輩出企業 リクルート」は幻想に過ぎないのかもしれない。「新規事業創造企業」も、自由な気風も、幻想なのかもしれない。リクルートを賛美する、あるいは批判するぼくたちは、そうした幻想に惑わされているのかもしれない。1988年のリクルート事件から26年経ったいま、今年10月に一部上場を控え、立派な大企業となったリクルートの現実はどこにあるのか? 本当に「やんちゃ」な企業なのだろうか?

リクルートに対する眼差しはたいへん厳しい。おそらくそれを私怨と感じる読者も多いだろう。だが常見氏は複雑な心情で、「元カノ」をみるような心境で、リクルートを憂いているのだろう。つまり、それだけ愛情を持っているということだ。

常見氏のリクルートへの眼差しは、リクルートを突き抜け、多くの日本企業に向いている。自分に、そして会社に向き合うための、一冊。

「これは、憂国ならぬ、憂社、憂リクの本である」

(評者・金子昂)

『プロパガンダ・ラジオ 日米電波戦争幻の録音テープ』(筑摩書房)/渡辺孝

「西の風、晴れ。西の風、晴れ。」

1941(昭和16)年12月8日、午前4時、日本放送協会の海外短波放送に、天気予報が流れた。この地名のない不思議な天気予報は、在外日本大使館に向けた暗号であった。この日に太平洋戦争がはじまり、この言葉には「すべての暗号書などを焼却せよ」という意味を持っていた。海外短波放送は戦争遂行にいち早く大きな貢献をしていたのだ。

「武器はラジオ」そう言うと、今年の某番組のキャッチコピーを思い出すかもしれない。しかし、戦時中、ラジオはまさしく武器であった。

日本の海外向け短波放送「ラジオ・トウキョウ」では、暗号発信も担いながら、アメリカ側の戦意喪失を狙い、対敵宣伝放送を行っていた。同様に、米国側も国営放送で日本に対し宣伝放送を行っており、両者の戦いは水面下で熾烈を極めた。まさに、プロパガンダによる電波戦争だ。

本書は2009年のETV特集『シリーズ 戦争とラジオ』第二回「日米電波戦争」の取材記である。米国公文書館で見つかった130巻あまりの録音テープから、戦時中の「ラジオ・トウキョウ」の姿を丹念に描きだしている。

興味深いのは、このようなプロパンダラジオの中にも、人気番組があったことだ。『ゼロ・アワー』と呼ばれるプロパガンダ放送は、若い女性DJが司会を務め、トークの間に音楽がふんだんに流される。恋人に話しかけるようなチャーミングなトークも魅力だ。この女性DJは「東京ローズ」と呼ばれ親しまれていた。

さらに、日本軍に捕らえられたことで豊かな生活を送っているのか主張する『ポストマン・コールズ』や、戦争の非道さを訴えかける『ヒューマニティ・コールズ』などの、捕虜を使った放送も盛んに放送されていた。そこでも、ギャグやジャズを使い、かなり手の込んだエンターテイメント作品に仕立てあげている。(ポパイが日本の捕虜になったというコメディもある)

このように、エンターテイメント性の高い番組をつくり、対敵宣伝放送の武器として利用されていたラジオであるが、結果として戦争終結に重要な役割を果たすことになる。プロパガンダの滑稽さと巧妙さ、そしてラジオが如何にして「武器」になったのかを知ることができる一冊だ。(評者・山本菜々子)

【編集部からのお願い】シノドスにご恵贈いただける際は、こちら https://synodos.jp/company に記載されている住所までお送りいただけますと幸いです。

プロフィール

シノドス編集部

シノドスは、ニュースサイトの運営、電子マガジンの配信、各種イベントの開催、出版活動や取材・研究活動、メディア・コンテンツ制作などを通じ、専門知に裏打ちされた言論を発信しています。気鋭の論者たちによる寄稿。研究者たちによる対話。第一線で活躍する起業家・活動家とのコラボレーション。政策を打ち出した政治家へのインタビュー。さまざまな当事者への取材。理性と信念のささやき声を拡大し、社会に届けるのがわたしたちの使命です。専門性と倫理に裏づけられた提案あふれるこの場に、そしていっときの遭遇から多くの触発を得られるこの場に、ぜひご参加ください。

この執筆者の記事