Facebookの普及に見る米国の社会階層性と、『米国=実名文化論』の間違い 

世界最大のソーシャルネットワーキングサービス(SNS)、Facebookが日本(語圏)に進出してから二年がたった。よく知られているように、Facebookは実名での登録を前提としていることが特徴であり、「米国で人気の実名SNSが日本社会において受け入れられるか」と話題になった。

 

 

日本で広まらないFacebook

 

日本で最も利用されているSNS・ミクシィも、かつては実名での登録を推奨していたが、個人情報や個人的な写真が流出するという騒ぎを経て、実名で利用されることはあまりない。日本語版開始から二年たったいま、日本在住のFacebookユーザ数も二〇〇九年だけで約三倍に増えたものの、国別ランキングでは上位三十位にすら遠く及ばず、米国の1%前後に留まっている。

 

Facebookが日本で広まらないのは、当初から言われていたように、実名登録制が日本のネット文化に合わないからである、という説明がよく聞かれる。

 

なるほど、匿名を前提とする2ちゃんねるや、ハンドルを使って繋がるミクシィ、さらには歌や踊りを見せても実名はなかなか出さないニコニコ動画も含め、日本のネット文化においては、会社や学校の人間関係から切り離されたところに、匿名だからこそ普段は出せない自分を出したいというニーズが反映されているかもしれない。

 

また、米国で人気のSNSは、流動的な労働市場において自分を売り込むために使う人が多いから実名なのだという人もいる。この説明は、個人が実名ばかりか学歴や職歴を公開するなど、主にホワイトカラーの求職・求人を目的に使われるLinkedInには当てはまる。

 

しかしFacebookにおいてそれが一般的な利用法であるようには見えない。そもそも、実名登録制によって浸透したSNSは、米国においてもFacebookとLinkedInのほかにはない。すなわち、単純に「日本人は実名制に抵抗を持つが、米国人は持たない」という話ではないことになる。

 

 

米国でも一般的ではない実名登録制

 

実名登録制には、もちろん大きな利点がある。それは、現実社会における知人・友人を探しやすいということであり、また実名公開によってより責任ある発言をするようになり、情報の信頼性があがるということだ。

 

にも関わらずFacebook以前は、あるいはそれ以降においても、実名登録制SNSは実は米国でも一般的ではない――というより、MySpaceやFriend-sterを含め、SNSの最も顕著な使われ方は「出会い系」としてのそれであり、Facebookのように「実名登録により、現実社会の友人と繋がる」という使い方はあまりされてこなかった。

 

となると、求人・求職目的のLinkedInは別として、むしろ問われるべきなのは、なぜFacebookだけがほかのSNSを一線を画す「実名登録制」という特色を掲げ、そしてこれほどまでに成功したのかという点だ。それはつまり、Facebookはどのようにして米国で「実名制への抵抗」を乗り越えたのか、ということでもある。

 

その答えは、米国に特有の階級文化のあり方と、それを背景としたFacebook自体の出自――あくまで一利害関係者の視点を通してという形でだが、今秋の映画公開が予定されているベン・メズリック著『facebook』に詳しい――にあるとわたしは考えている。

 

 

ハーヴァード大学で誕生したFacebook

 

Facebookは、米国ハーヴァード大学の学生だったマーク・ザッカーバーグによって二〇〇四年に創設された。当時SNSといえばFriendsterが最も有力で、それをMySpaceが急激に追い上げていた時期だったが、Facebook(当時はThefacebook)はハーヴァード大学のメールアドレスを持っている人だけが参加できる仕組みにすることで、実名登録への安心感を担保すると同時に、特権性・排他性を演出した点が新しかった。

 

そして当初Facebookを学内に広めるのに大きな役割を果たしたのが、ハーヴァード大学に多数あるさまざまな社交クラブの存在だった。

 

米国映画を観ているとたまに出てくると思うが、米国の大学ではフラタニティ(男性)・ソロリティ(女性)と呼ばれる社交クラブが多数存在しており、大学の枠を超えて全国的な繋がりを持っている。

 

クラブの普段の活動は、個々のクラブによって多少の違いはあるにせよ、九割型パーティと宴会で、残りがその他の触れ合いやたまに社会貢献みたいなものが含まれる。学生はこうしたクラブに加入することで、「兄弟」と呼び合う仲間を得て、パーティに呼ばれて恋人と出会ったり、卒業後の就職や仕事で頼りになる人脈を手に入れたりする。

 

ところがハーヴァード大学ともなると、普通の大学にあるフラタニティだけでなく、さらに排他的な社交クラブも多数存在していて、本人の資質だけでなく家柄や財産などによっても選別されることになる。普通の大学よりも、より将来に向けた――あるいは在学中にはじめるビジネスの――人脈作りという傾向が強いのだ。

 

とはいえ、現実にそうしたクラブの内部で行われることは、将来の地位を約束されている男性がそれを目当てに集まる女性の出会いイベントという意味あいはあるものの、一般の大学におけるフラタニティのそれとあまり変わらない(らしい、行ったことないけど)。

 

 

 

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