2014.10.11

魅惑の<アルヨことば>――『コレモ日本語アルカ?――異人のことばが生まれるとき』(他)

今週のオススメ本 / シノドス編集部

情報 #コレモ日本語アルカ?#金水敏#昆虫はすごい#丸山宗利

『コレモ日本語アルカ?――異人のことばが生まれるとき』(岩波書店)/金水敏

「あなた、この薬のむよろしい。とっても効くアルヨ。」

このセリフから、多くの人は中国人を思い浮かべるのではないだろうか。ちょっぴり、怪しく胡散臭いタイプのような感じがする。この薬、飲んだらちょっとやばいんじゃないの!?

とはいえ、実際に、そんな喋り方をしている中国人を、現実で目にすることはない。では、この<アルヨことば>の源流はどこにあるのだろうか。誰しも一度は疑問に思ったことがあるはずだ。今回紹介する『コレモ日本語アルカ?』は、その謎に迫った一冊だ。

本書では、まず、幕末から明治期にかけて、開港していた横浜で生まれたピジンについて着目する。ピジンとは共通語を持たない人の間で、作り上げられる言語のことだ。ピジンは横浜だけのものではない。日本人が中国大陸に渡り、現地の中国人と接する中で誕生した「満州ピジン」も存在する。

ピジンの一つの特徴として、語彙の減少や、きわめて限られた単語を使いまわすことが挙げられる。「~アル」が多様な意味でつかわれる、<アルヨことば>との共通点がどんどん解き明かされていく。

そして、カルチャーにおいて、<アルヨことば>は、時代の日中関係を反映しながら発展していく。『のらくろ』などのマンガでは、単に中国風のキャラクターに用いるのではなく、「ずるく」「卑怯な」中国人キャラクターに、意図的に<アルヨことば>を使っていく。私たちが現在もっている、胡散臭いイメージと重なりハッとする。

戦後も、怪しげな中国人の表象として<アルヨことば>は継承されていくが、日中平和友好条約が締結されたのちの1980年代以降、そのイメージは一変していく。今まで、下層社会の男性のイメージとして使われていた<アルヨことば>を、美少女キャラが使うようになっていったのだ。

<アルヨことば>は近代の日中関係の中で生まれ、創作作品の中で発展を遂げていった。ことばの源流を求める旅は、中国と日本の歴史を巡る、政治的文脈を強く意識せざるを得ない場所へたどり着く。ぜひ、そのダイナミクスを味わってほしい。(評者・山本菜々子)

『昆虫はすごい』(光文社新書)/丸山宗利

『昆虫はすごい』はすごい。

どんなに昆虫嫌いで生理的に受け付けない人でも、ヒトにそっくりな行動をする昆虫もいれば、ヒトには考えられないような複雑な行動をする昆虫、なにがどうしてそのように進化したのかを理解できない昆虫など、その多種多様さはご存知だろう。本書はその昆虫のすごさを思う存分堪能できる一冊となっている。

まずは目次をみて欲しい。興味をそそる見出しが多々ある。「殺し屋を雇う植物」「お菓子の家」「ゾンビを操る」「恋の歌」「結婚詐欺」「摂氏百度のおなら」「奴隷制さまざま」「ゴキブリはなぜ嫌われるのか」などなどなど。著者の丸山氏は、昆虫に親しみを感じてもらうために、ヒトと昆虫を対比したとあるが、そのもくろみは大成功している。

例えば、「恋する」という節には「贈り物作戦」という項がある。好きな人に贈り物を贈ることはよくあるがオドリバエというハエのなかまにも、婚姻贈呈という現象があるそうだ。これは雄が獲物の昆虫を雌に魅せ、それを目当てに飛びかかるというものなのだが、なかには獲物を糸でくるんで包装するものもいるらしい。しかも、空けてみると中身が空っぽの、偽物の贈り物をする雄もいるとか。

あるいは「摂氏百度のおなら」という項。これはミデラゴミムシという昆虫が出す「おなら」についての話だ。われわれのおならと同様に臭いだけでなく、それが摂氏百度もの高温に達するという、凶悪な「おなら」で、どうやら体内にあるヒドロキノンと過酸化水素という化学物質に酸素を反応させて爆発させるもののようだ。体長2センチメートルしかない昆虫の中で、そんなダイナミックなことが行われているとは思いもしなかった。

他にも、われわれにとってたいへん身近なアリの中には、れっきとした奴隷制度があるそうだ。労働力が足りなくなると、別の巣に侵入して成長した幼虫や蛹を奪い、奴隷とする。雄雌を呼び合うために、とあるホタルが光らせるお尻の点滅信号をまね、誘引された雄を食べる別種のホタル……。それから忘れてはならないのが、デング熱の感染者増加報道で注目される昆虫による感染症についてなど、とにかく「すごい!」「おもしろい!」「なるほどなあ」と思わせる昆虫の生態が本書には詰まりに詰まっている。

とはいえ、ただの雑学書ではない。ヒトと昆虫を対比し類似点を記述する箇所が多々あるが、単純に比較できるものではないことを注意深く書いているし、ある事例を取り上げたからと言って、それがすべての昆虫にあてはまるものではないということもところどころ述べられている。それに、都合よく使われがちな「自然」の、多様さを痛感させてくれる。とにかく昆虫はすごい。まずはそれを味わってほしい。(評者・金子昂)

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