アスペルガー症候群研究のスタートラインに立つ――『アスペルガー症候群の難題』(他)

『アスペルガー症候群の難題』(光文社新書)/井出草平

 

すでに市民権を得た「アスペルガー」という言葉だが、実際のところそれが何を指すのか、正確な定義を踏まえて理解している人は数少ない。

 

ウェブで見かける際に使われる俗語「アスペ」と、本書の指す学術的な「アスペルガー症候群」はまったく異なるものだ。前者は人付き合いの苦手な人間に向けて気軽に使われるものだが、後者はなにぶんいろいろとややこしい定義がある(本書ではわかりやすくその概念を説明している)。本書はその、アスペルガー症候群の特性と犯罪率の関係について、真正面から改めて捉えなおしていく。

 

アスペルガー症候群という言葉が定着したのは、豊川市主婦殺人事件がきっかけだろう。実は、われわれの記憶に強く残っている有名事件(酒鬼薔薇聖斗事件、西鉄バスジャック事件、大阪姉妹殺害事件など)は、アスペルガー症候群、もしくは、それに准じる精神鑑定や診断がでている。

 

アスペルガー症候群と犯罪の関連性が囁かれるなか、専門家は、犯罪とアスペルガー症候群の関係性を否定していた。しかし「偏見」という一言で片付けてしまっていいのだろうか。本当に両者には関係がないのだろうか、と著者の井出草平氏は問う。

 

特定の疾患と犯罪の関係について言及をすれば、あらぬ偏見を助長する可能性がある。本書はそれに対する十分な配慮をした上で、現時点で入手できる限られたデータから、アスペルガー症候群と犯罪の関係についてデータによる推測を重ね、海外事例を検証し、事件を再解釈していく。

 

「偏見」というリスクがある中で、その意義はどこにあるのか。

 

97年の酒鬼薔薇聖斗事件、「17歳の犯罪」など、動機のわからない、とうてい理解できそうにない事件が発生すると、私たちはそれを「闇」という言葉で表現する。実際のところ「闇」とは何なのだろうか。「心の闇」を抱えた「怪物」と表現し、印象に基づいて重罰化することが、どれだけの意味があったのだろうか。

 

もし「心の闇」と形容される何かが、ある特定疾患の特性によるものならば、その特性を把握すれば、有効な対応策を組むことができるかもしれない。適当な介入によって、未然に犯罪を防げるかもしれない。「心の闇のせいだ」「アスペルガー症候群と犯罪には関係がない」と、簡単に片づけるのではなく、科学的な検証とバランス感覚に基づいた本書をスタートラインに、アスペルガー症候群研究のこれからを考えて欲しい。(評者・金子昂)【次ページにつづく】

 

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