2012.07.20

ドキュメンタリー番組の罠

片瀬久美子 サイエンスライター

情報 #LNT#ドキュメンタリー番組#捏造#低線量被ばく#ICRP#線形閾値なし#放射線生物学#放射線医学

マスメディアによる情報は、多くの人達の目に触れ、情報源として重要な位置を占めています。特にテレビからの情報は、震災の前後に関わらず各年齢層ともに主要な情報源となっています。(参考:東日本大震災を契機とした情報行動の変化に関する調査結果 http://www.soumu.go.jp/iicp/chousakenkyu/data/research/survey/telecom/2012/megaquake311-a.pdf

ここでは、制作者側の意図が強く反映された「ドキュメンタリー番組」により事実が歪められて伝えられた事例について取り上げます。1つは日本で放送されたNHKの番組、もう1つはフランスで放送された番組です。どちらも同じ様な改竄の手口が使われていることが発覚しました。

ドキュメンタリー番組の罠

【その1.NHKで放送された「追跡!真相ファイル 低線量被ばく・揺らぐ国際基準」での虚偽と捏造】

昨年12月に放送されたNHKのこのドキュメンタリー番組は、ICRPが原発推進の意図で放射線によるリスク評価を低く見積もっていると告発をしているもので、評判をよびました。この番組を視聴したことで、ICRPは信用のできない組織であるという認識を持ってしまった人達も多い様です。

しかし、この番組の内容には虚偽がいくつもあり、誤った内容になっていることが指摘されています。 ICRPの日本委員8名は、このNHKの番組に抗議して、放送倫理・番組向上機構(BPO)に連名で提訴状を出しています。 http://icrp-tsushin.jp/files/20120614.pdf この内容を要約して紹介します。

まず、ICRPは原発推進側が作った組織であると間違って伝えていると指摘しています。
ICRP は、1928 年に「医療放射線の防護」を目的に作られたNPO法人です。(最初の原子力発電所であるソ連のオブニンスク発電所が運転を開始したのは1954年で、ICRP設立からずっと後です)

また、番組ではDDREF (dose and dose-rate effectiveness factor:線量・線量率有効係数)の意味を低線量リスクと間違って伝えていました。

「放射線の健康影響をめぐる誤解」の【その2.線形閾値なし( linear no-threshold: LNT )モデル】http://synodos-jp/science/1568 で説明した様に、DDREF は強い放射線を一気に被曝した場合と比べて、同じ総量でも、低い線量をゆっくりと時間をかけて被曝した場合には、生物に与える影響が小さくなるという「線量率効果」を補正するための係数であり、低線量リスクという意味ではありません。

この「線量率効果」は、放射線生物学や放射線医学の分野で広く認められています。ICRP は、DDREF の値について1977 年に2という値を採用していましたが、DDREFの値としてどの数値を使うかについては議論があり、国際的に見直しの機運が高まっていることは事実です。提訴状では、番組制作担当者がもしもDDREF の値を取り上げるのなら、線量・線量率効果係数という正しい訳語を用いてこの問題を正面から議論をするべきで、低線量リスクへのすり替えは、行うべきではなかったと指摘しています。

また、ICRP が原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR:United Nations Scientific Committee on the Effects of Atomic Radiation)を無視してリスク値を独自に定めることはありません。UNSCEARが科学的知見の取りまとめとリスク値の推定を担当し、ICRP はUNSCEAR が提示したリスク値をもとに放射線防護システムを構築しています。UNSCEARとは、 繰り返される大気圏内核実験からの放射性降下物が人類に与える影響が懸念されていた1955 年に、国際連合が設置した委員会です。次の表は、提訴状より引用しました。

1977年 ICRPがDDREF の値を2に設定

1986年 原爆放射線の線量見直しによるリスク値の上昇

1990年 ICRPは、従来2.5%であった高線量率でのリスク値を4倍の10%に変更したことで、低線量リスクも従来の1.25%から5%に引き上げた。

従って、その番組中で「ICRP が低線量リスクを低く据え置いた」という主張は歴史的事実に反しています。

<番組での捏造について>

ICRPの2011年10月に開催された国際シンポジウムの録音記録の改竄が、元録音の解析によって明らかになったことが指摘されています。

◆マリー・ウイルソン氏の発言に関して、その番組は録音の一部を削除して前後も逆にする切り貼り作業を行って放送していました。元の録音は次の通りでした。

”I am a mom and I am really here on behalf of my colleague moms in Japan where I don’t believe the industry is employing six, and seven, and eight and ten year olds and yet the current amount of radiation that’s okay is as the same level that has been suggested for workers.

And so I am asking whether the people in this room can use their professional capacity to try and crack a different nut. Here the nut that we just heard about, but the other nut is what do you do when contamination doesn’t fit a radius and how do you have the authority as a government to implement a protective program and how can everyone in this room in their professional capacity support that. So on behalf of the children and the mother of Fukushima, I say thank you for taking my question seriously”。

「私は母親であり、まさに日本にいる母親仲間の代表としてここにいます。日本において原子力産業が6才、7才、8才、10才といった子どもたちを雇っているとは信じられませんし、それに現段階で問題無いとされている線量が原子力産業労働者に対して示されてきた線量と同レベルだということも信じられません。そして、この部屋にいる人達には、その専門家としての能力を別の課題に取り組み解決することに使えないものかと問うています。その課題というのは私達が今聞いたばかりのことですが、汚染が範囲に合わない時にはどうするのか、政府当局に防護プログラムをどうやって実現してもらうのか、専門的な能力を持つこの部屋にいる皆様はどのようにそれをサポートするのか、という課題もあります。福島の子ども達と母親達を代表して、私の質問を真剣に受け止めて下さってありがとうございます。」

ウイルソン氏の発言は、福島第1原発事故による汚染により、原発労働者の許容レベルと同じレベルの放射線を受けている子供たちについての防護がどうあるべきかを、会議に集まった全員に問いかけているものでした。

これが、番組では次の様に変えられていました。

“So on behalf of the children and the mothers in Fukushima, (聞き取り不能)and yet the current amount of radiation that’s okay is as the same level that has been suggested for workers.”

「福島の子供や母親に成り代わって、(聞き取り不能)、しかしながら現段階で問題ないとされている線量は、作業者に許されたものと同じレベルである」

(聞き取り不能)な箇所は、音声をつなぎ合わせた部分であり、その為に音声が不明瞭になったと考えられます。

◆ジャック・レプサード博士の発言に関しても、発言が切り貼りされて変えられており、そして字幕もそれに合わせたものになっていました。元の発言は、

There are severe serious questions about the applicability of ICRP technical models. I am not talking about the overall model but I am talking about the computational models of ICRP for low dose rate exposures.

ICRP の技術的モデルを適用する上で、たいへん重大で深刻な疑問がある。私は全てのモデルについて言っているのではなく、低線量率被ばくに対するICRPの計算モデルについて言っているのである」

これが、番組では次の様に変えられていました。

“There were severe serious questions about applicability of ICRP for low dose rate exposures.”

「ICRP を低線量率被ばくに適用する上で、たいへん重大で深刻な疑問がある」

字幕「ICRP の低線量リスクがこのままでいいのか大きな疑問が持ち上がっている」

番組ではDDREF に相当する部分をそっくり除き、さらにこの部分を「ICRP の低線量リスクがこのままでいいのか」という風に言い換えていると指摘しています。

提訴状では、さらにICRP関係者への取材における言換えも多数あることを明かしています。

◆高齢を押して取材に応じたボー・リンデル博士は、取材に訪れた西脇氏に対してDDREF の説明をしたにも関わらず、低線量リスクの問題にすり替えられ、無責任な印象を与える発言に仕立てられていたこと。

◆クリス・クレメント氏は、DDREF と放射線の線量‐効果関係に関する「閾値無し直線モデル」について説明していたのに、DDREF を低線量リスクに言換え、DDREF の値として2を使うことを、「低線量リスクを半分にとどめてきた」とすり替えられていたこと。

◆チャールス・マインホールド博士への取材で画面に示された”Final Report to the Secretary of Energy: Implications of the BEIR V Report to the Department of Energy”の報告書は、米国エネルギー省が1990 年にまとめた報告書であり、ICRP への要望書でも秘密めいた内部文書でもなく、誰でも入手できるものです。1989 年に出された米国科学アカデミーの報告がどのようなインパクトを持つかを評価してまとめた報告書でした。

しかし番組では、「マインホールド氏は、自らも作成に関わったエネルギー省の内部文書を取り出しました。1990 年、ICRP への要望をまとめた報告書です」、「低線量のリスクが引き上げられれば、対策に莫大なコストがかかると試算し、懸念を示していました」、「マインホールド氏は、アメリカの他の委員とも協力し、(リスクの)引き上げに強く抵抗したといいます」とされていました。

これは間違いであり、この報告書は当時すでに刊行された米国科学アカデミーのBEIR V 報告や、当時ドラフト段階であったICRP の1990 年勧告、そしていかなる他の組織の勧告についても、協調して検討をすべきとの方針を、エネルギー省に対して進言していたものであり、ICRPへの要望はどこにも見当たらないことが指摘されています。

ICRP は全年齢集団についてのリスク計算モデルを開発して、これを用いて作業者と公衆の生涯リスク値を計算しています。作業者の場合は、作業から受ける放射線の量でリスク計算をしますが、その際には労働者は通常18 歳から働き始めて65歳で退職するとして47年間で受ける放射線の線量からリスクを計算します。一方、公衆は生れてからの一生の間を75年として、この間に受ける線量からリスクを見積もります。

作業者は、18歳までの高感受性の若年層と65歳以上の高齢者を除いて計算するため、これらを含む公衆よりも20%ほどリスクの計算値が小さくなっていますが、ICRPはそうすることでリスク値をわざと下げたわけではないし、そもそもこの計算の仕方はUNSCEAR が採用しはじめたもので、ICRP が独自に行っているものではないと経緯を説明しています。

提訴状では、次の様に訴えています。

「今回取材を受けたICRP 関係者は、自分の説明が、意図とは異なる意味で報道されたことに精神的打撃を受けている。添付の手紙にあるように、クレメント氏は、西脇氏が行った行為に失望している。また今年90 歳のボー・リンデル博士も、今回の番組で、自分の発言が意図しない内容に改竄されたことに、違和感を覚えておられる。さらにマインホールド博士は、今回の取材についての問い合わせに強い拒否反応を示しておられ、最近は本件についてのメールに返事をいただけない状況である。精神的苦痛の強さが窺える。番組の、虚偽、隠匿、捏造による主張は、許されるべきではない」

放送倫理・番組向上機構(BPO)は、この訴えをまだ取り上げていない様ですが、真摯に対応すべきだろうと考えます。実は、この番組には他の箇所にも、事実と異なっている事があるという指摘がされています。

◆トナカイの肉に含まれる放射性物質の基準値

番組では、「事故直後、スウェーデン政府は食品に含まれる放射性物質の安全基準を設けた。人々が良く食べるトナカイの肉は、1kgあたり300Bq(日本の暫定基準値 500Bqより厳しい値)とされた」と紹介されていましたが、実際は、事故直後にトナカイの肉に含まれるセシウムの量は300Bqと設定されたものの、事故から1年あまりが経った1987年6月1日に、トナカイやヘラジカ、湖沼魚、ベリー、キノコなど「あまり頻繁に摂取しない食品」に限っては1kgあたり1500Bqに引き上げられ、この値が現在まで維持されています。

◆サーメ人の村が受けた外部被ばくの量

取材を受けたヴェステルボッテン県のサーメ人の村がどの位置にあるかによって、同じ県内でも被曝量が異なってきます(下図はチェルノブイリ事故から約5ヶ月後のスウェーデンのセシウム137による土壌汚染度の推計)。仮に放射線量の高い地域だとすれば、3.5mSv~7mSvくらいの外部被ばくをチェルノブイリ事故によって受けた可能性もあるので、番組の字幕に「チェルノブイリ事故で発生した放射性物質が降り注いだときの放射線量は年間0.2mSv」というのは、不正確であるという指摘があります。

『スウェーデンは放射能汚染からどう社会を守っているのか』(スウェーデン防衛研究所・農業庁・農業大学・食品庁・放射線安全庁 著、高見・佐藤 訳)より (元の図に県名を入れています)

◆慰霊碑の目的について本来とは異なる印象を与えた

番組には、3つの原発が集中する地域で子供達がガンなどの難病でなくなっており、6年前に慰霊碑が建てられ、100人の名前が刻まれているというシーンがあります。番組では、原発のために亡くなった子どもたちの霊を祀る慰霊碑であるかの様な印象で紹介されていますが、この慰霊碑を建てたAngel of HopeのHPを確認してもそういう経緯は全く書かれてはおらず、純粋に亡くなった子ども達を悼むための慰霊碑だということが分かります。

Angel of HopeのHP http://www.angelsofhopeinc.org/ourStory.htm

(参考)Togetter:NHKの追跡!真相ファイル 「低線量被曝 揺らぐ国際基準」にあったもう一つの事実歪曲の疑い http://togetter.com/li/329460#c589454

以上にまとめた様に、NHK「追跡!真相ファイル 低線量被ばく・揺らぐ国際基準」には、数多くの事実に反する事や、事実を誤認させる内容が含まれています。多くの視聴者はその内容をそのまま受け止めてしまい、ICRPという組織の姿勢や低線量でのリスク評価に対して大きな疑念を持ってしまったことでしょう。こういう番組が放送されてしまったことで広められた誤解を払拭するのは、なかなか大変なことだろうと思います。

この様に、「ドキュメンタリー番組」というのは番組制作者の意図が強く反映されてしまい事実が歪められていることがよくあるので、私たち視聴者の側も注意が必要です。

次に、最近あった海外での似た事例を紹介します。

【その2.フランス国営テレビで放送された「Parmi les Hommes」でのインタビュー改竄】

NHKのドキュメンタリー番組での捏造問題を取り上げましたが、この様な問題は海外で作られた福島での原発事故に関するドキュメンタリー番組でも行われています。フランスの番組制作会社Flair Productionで制作されて、フランスに5つある国営チャンネルの一つFrance Oで今年6月に全国放送された「Parmi les Hommes」というタイトルの全4回シリーズで放送された番組です。

シリーズ第2回目で放送された、「ペップキッズこおりやま」の発案者である菊池慎太郎医師へのインタビューについて、このドキュメンタリー番組で正しく内容が伝えられていないことを菊池医師とも確認をとりましたので、一例として紹介します。

「ペップキッズこおりやま」は、2011年12月23日にオープンした郡山市が運営する親子で遊べる施設です。水遊びもできる70平方メートルの砂場や三輪車のサーキットなどがある東北最大の室内遊び場である「ペップアクティブ」、セミナー室・休憩スペースの「ペップコミュニケーション」、料理を楽しめる「ペップキッチン」の3つのゾーンが設けられています。

「ペップキッズこおりやま」のHPに発案者である菊池医師の思いが紹介されています。「屋外で遊べないストレス、または運動不足を心配されている先生方は、およそ8割から9割いました。9月になると、余震による恐怖や、PTSDの疑いは下がったものの、屋外で遊べないストレス、または運動不足を心配されている先生方は8割から9割と依然高い割合を示していました」

菊池医師は、郡山市震災後こどもの心のケアプロジェクトマネージャーをされています。この施設を発案したのは、放射線の影響を心配して保護者が子ども達の外遊びを避けさせる傾向があるので、それによるストレスなどを心配してのものでした。とにかく子どもたちに遊んで欲しくて、そのためには誰もが安心して来られる施設でなくてはいけないと考えたそうです。オープンから半年間で20万人もの親子が利用しているのは、ただ外で遊ぶ場所がないからではなくて、この施設で遊ぶのが“楽しい”からこそでしょう。

実際のインタビューの受け答えの様子です。インタビューは山本太郎氏によるものです。(撮影と編集はフランスの番組制作会社の担当者が行っています)

山本:こういう屋内で遊べるような施設はこれから増えていくんでしょうか?

菊池:希望はしているんですが、お金がかかるので、国が出してくれれば出来ると思うんですが。

山本:この施設オープンはすばらしい動きですが、子どもが外で遊べないという状況が根本的に間違っていると思います。これを作らないといけないという現実が異常で。

菊池:そうですね。ただ現実、ここはそこまで危ない地域ではないんです。親の怖いという意識が前面に出ている状態で、なんとなく外で遊ばせるのが不安という状況だから、こういう施設で遊ぶ事で、ゆっくり不安を解消して外に出ようかという風になれば、改善されていくと思います。市も除染をたくさんやっているから、校庭の線量は低いんですね。親の気持ちが追いついていない。

山本:国が安全としている数値は医者としてどう思いますか?

菊池:私達の感覚としては、この地域は問題ないと思います。この地域の線量は0.2(μSv)とか、今日は0.063(μSv)でしたが、校庭だと0.1(μSv)切るか切らないかです。10時間いても1(μSv)にしかなりません。我々がレントゲンを撮れば50(μSv)いくのに比べれば何てことないです。それよりも外で遊べないことのストレスを強要する方が問題だと思います。

山本:レントゲンで50マイクロ。でもレントゲンはリスクを見つけるために進んでやるものですよね。そこは比べようがない。とにかく、除染がされているところは低いんですね。

菊池:こちらは動けない人、動きたくない人かいる、いろんな思い、金銭の問題、地域のしがらみ、皆悩んで、残っています。そういう人が居る以上、私たちで何かしないといけない。子どもが残っている以上、小児科は居ないと。

山本:国が決めている基準値には賛成できますか?

菊池:もともと放射線がある環境に我々はいる、医療放射線も浴びているんです。1とか20とかという数字が長期的にみて実際に影響が出るのかという答えはまだ分らないですね。

山本:医学的には分らなければ危険側によりますよね?

菊池:そうですが、ではレントゲンを受けた人がそれで影響は出ないのがほとんどです。今のこの環境では影響はないと思います。

山本:年間20(mSv)は問題ないと?

菊池:それはちょっと高いですね。

山本:(さっきから)それが聞きたかったんです

菊池:ずっとそれでは無理、一時的なものだと思います。例えば来年は15(mSv)、その次は10(mSv)という風にして1(mSv)になるならいいんですが、何十年もそれでいいとは思いませんね。

山本:年間20ミリとなっている今、子どもは逃げる必要はありますよね。

菊池:できるならそれに越した事はないけれど、できないから悩んでいるんです。できる人は既にしています。その結果、体重に影響が出る方が大問題です。

山本:(政府によれば)「ただちに影響はない」から、まだわからないですね、答えあわせはこれから。基準値を今までの20倍にして、子ども達を動かさない体たらくはありえない。国がバックアップしないから、動けない人がいて。

佐藤元知事:郡山は菊池君がいたからこうやって遊べるが、他の市ではなかなか。ここは条件が整って、一生懸命やったから。

山本:普通にやったらお金かかりますよね。

菊池:数億ですね。

山本:それを企業との連携で。

菊池:みんな気持ちは同じです。何かしたいという。

山本:利用にお金はかかるんですか?

菊池:無料です。

山本:ここにくれば、コミュニティも生まれますね。

菊池:実はそれも狙っているんです。震災以来、地域がメチャクチャになってしまったんですよね。3クラスあったのが2クラスになったり、仲良しさんが避難していなくなったり。

山本:原子力はどこまでも分断するんですね。

菊池:それを作り直さなくてはなりませんね。それも今までにない環境の中で、放射線が以前より若干高い中で、体に気をつけながら、新しい環境をつくらなくはならないと思います。

山本:そういう意味でここは大きな役割を果たしますね。中にコミュニティが生まれるし。

菊池:次は公民館などに作ってもらえるような活動をしようと思っています。

インタビューの中で菊池医師は、「ただ現実、ここはそこまで危ない地域ではないんです。親の怖いという意識が前面に出ている状態で、なんとなく外で遊ばせるのが不安という状況だから、こういう施設で遊ぶ事で、ゆっくり不安を解消して外に出ようかという風になれば、改善されていくと思います。市も除染をたくさんやっているから、校庭の線量は低いんですね。親の気持ちが追いついていない」と述べています。 菊池医師が説明したかったのはこういった背景でした。

菊池医師が、「私達の感覚としては、この地域は問題ないと思います。この地域の線量は0.2(μSv)とか、今日は0.063(μSv)でしたが、校庭だと0.1(μSv)切るか切らないかです。10時間いても1(μSv)にしかなりません。我々がレントゲンを撮れば50(μSv)いくのに比べれば何てことないです。それよりも外で遊べないことのストレスを強要する方が問題だと思います。」と述べているのに、番組では下線部分の他が省かれてしまっていました。とても意図的なものを感じます。

菊池医師は、山本氏の「年間20(mSv)は問題ないと?」という質問に答えて、「ずっとそれでは無理、一時的なものだと思います。例えば来年は15(mSv)、その次は10(mSv)という風にして1(mSv)になるならいいんですが、何十年もそれでいいとは思いませんね」という見解を示しています。

私は、菊池医師の見解は妥当であり、放射線の影響については慎重に考えつつも、現状では校庭に10時間いても放射線量が1μSvにしかならず、さほど心配無いというご意見に同意します。

それなのに、放送されたドキュメンタリー番組では、上に示したインタビューの書き起こしで下線を引いた部分のみを抜き出して前後を変えてつなぎ合わせて次の様に短く編集された上、「子ども達を”放射能”から守るために作られた施設だ」というナレーションの説明の後でそれが流されることにより、放射線の危険が高いために外遊びできない異常事態であるという内容にすり替えられていました。

ナレーション「今日、二人(山本氏ともう1人)は新しくできた遊園施設にやってきた。子ども達を放射能から守るために作られた施設だ」

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(「ペップキッズこおりやま」の各コーナーの紹介)

(子ども達が遊んでいる様子などのレポート)

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菊池:震災以来、地域がメチャクチャになっちゃたんですよね。外で遊べないことのストレスを強要する方が問題だと思います。

山本:この施設オープンはすばらしい動きですが、子どもが外で遊べないという状況が根本的に間違っていると思います。これを作らないといけないという現実が異常で。

制作者の意に沿わない部分を削除してやりとりの前後まで逆にする切り貼り作業がされていた手口は、NHKのドキュメンタリー番組「追跡!真相ファイル 低線量被ばく・揺らぐ国際基準」で行われていたとされるものと同様です。こうした制作者側の改竄によるミスリードは深刻です。

このフランスで放送された番組の別の回では、「放射線の健康影響をめぐる誤解」の【その1.甲状腺の検査結果】http://synodos.livedoor.biz/archives/1955905.htmlで紹介した週刊文春に掲載された記事と同じ様に、福島の原発事故後に子どもが受けた甲状腺検査の結果で「良性の結節」だと言われていたのに、将来癌になる怖れがあるとして親が不安を訴えている内容も含まれています。

日本の福島が、こうしたドキュメンタリー番組の中で「悲劇の地フクシマ」として演出されることによって、現状とは違う誤った認識が海外で広められてしまっていることは、とても残念でなりません。

最後に

週刊誌やテレビなどのメディアによって誤って伝えられてしまったことが広く信じられてしまい、なかなか誤解が解消できずに関係者が困っている事例の一部を紹介しましたが、メディアが関与すると、個人がネットで流すよりも社会に対して大きな影響があります。誤った情報は不要な混乱を招き、被災地の復興の足を引っ張りかねません。メディアの関係者には、できるだけ正しい情報を提供して欲しいと願います。

プロフィール

片瀬久美子サイエンスライター

1964年生まれ。京都大学大学院理学研究科修了。博士(理学)。専門は細胞分子生物学。企業の研究員として、バイオ系の技術開発、機器分析による構造解析の仕事も経験。著書に『放射性物質をめぐるあやしい情報と不安に付け込む人たち』(光文社新書:もうダマされないための「科学」講義 収録)、『あなたの隣のニセ科学』(JOURNAL of the JAPAN SKEPTICS Vol.21)など。

この執筆者の記事