ドイツを席巻した恐怖小説 ―― ホラー小説の源流

「まっ黒なお化け」の話

 

大学のドイツ語授業でもちいる教科書のひとつに、『Hexen, Tod und Teufel (魔女、死、悪魔)』(パウル・シュヴァルツ、小栗友一著、第三書房、1980) という中級読本があります。これは、ドイツの各地方の口碑を集めてテクストにした読本です。まずはじめに、その中から、ドイツ中南部フランケン地方に伝わる「まっ黒なお化け(黒い男)」をご紹介します。

 

 

ブーヘンとヘッティンゲンの間の田舎道に黒い男のお化けが出る。ブーヘンに住む二人の少女は、カード占いが好きで、よく宵に別の村へ出かけていたが、ある時、帰りが遅くなってしまった。二人がエーバーシュタットを通って家に戻ろうとした時、道のまん中にまっ黒なのっぽの男が横たわっているのを目にした。彼女らが近づくと、そいつはひとりの少女の背中に飛びつき、引きずられるままになった。恐怖に打ち震えながらも少女らは先に進んだが、しばらくすると、男は今度はもうひとりの少女の背中にも飛び移った。そうして、ようやく二人がこのお化けから解放されるまでの長い時間、それが交互に繰り返された。

 

この時以来、その少女たちはもう夜遅くに外出することはなかった。

 

 

黒い格好をした変質者の話じゃないのと言われてしまえばそれまでなのですが、占い好きの少女たち、夜道での得体の知れないものとの遭遇、それを非合理な存在として語っていること、少女の身体への襲撃の性的な含意といった要素は、昨今の掌編ホラーにおけるのとほとんど変わるところがありません。最後の文章には教訓的な意図も見られます。

 

この教科書に載っている話はどれも、ドイツ語で〈ザーゲ〉Sage と呼ばれるジャンルに属するものです。

 

〈ザーゲ〉というのは、その経緯が公的に認証されていない歴史的事象を語るジャンルで、地方色と時代衣装に彩られているのが特徴です。有名人の行跡や名勝の来歴といったものもありますが、その多くは、標題にもあるように、魔法や幽霊、魔女などに関する不可思議な内容のものです。

 

ただし、〈民話〉Volksmärchen との違いは、それが「本当に起こった出来事」とされている点にあります。上の話でも、具体的な地名の明示がリアリティを高めており、いわば、昔のドイツの〈実話怪談〉となっています。

 

こうした言い伝えは、ヨーハン・カール・アウグスト・ムゼーウスが集成したドイツの民話(邦訳『ドイツ人の民話』全三巻、鈴木 滿訳、国書刊行会、2003-2007)と同様、十八世末以降、次第に口承形式から書字テクストへと確定されて行きました(日本語では、ヘルマン・シュライバー著『ドイツ怪異集』関 楠生訳、社会思想社・教養文庫、1989 などで読むことができます)。

 

そして、その一方でそれらは、当時、活版印刷技術の改良などによってドイツ語圏でも大量に出版・流通し始めた娯楽小説、とりわけ〈恐怖小説(シャウアーロマーン)〉Schauerroman の中で、題材としても大いに活用されることになりました。

 

 

カイェタン・チンク『ある招霊術師の話』第一部 (ウィーン、1790年) 口絵版画及び扉

カイェタン・チンク『ある招霊術師の話』第一部 (ウィーン、1790年) 口絵版画及び扉

 

 

 

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