2014.05.10

カツラ、シマウマ、大岡越前、と憲法の話――『テレビが伝えない憲法の話』(木村草太)ほか

今週のオススメ本 / シノドス編集部

情報 #木村草太#synodos#シノドス#テレビが伝えない憲法の話#昭和天皇「よもの海」の謎#平山周吉#先進国・韓国の憂鬱#大西裕

『テレビが伝えない憲法の話』(PHP新書)/木村草太

「憲法」という響きは、重苦しく退屈な感じがする。改憲賛成・反対の議論もワンパターンに感じるし、(もちろん、大事なこととは分かっているんだけど)なんだかウンザリだなぁと思っている人は意外と多いのではないだろうか。

そんなあなたにおススメしたいのが『テレビが伝えない憲法の話』だ。「憲法」をテーマにした本は一見つまらなそうに思える。しかし、本書には、サンモール洋光台・カツラ・床につくほどのネクタイ・大岡越前・中島らも『ガダラの豚』・イケメンの大学院生・シマウマ・『雨月物語』といった様々な比喩が登場し、飽きることなく最後まで読むことができる。

また、「テレビが伝えない○○の話」というタイトルだからといって、様々な利権がからんで本当のことがテレビでは報道されない云々、といった陰謀論の本ではないので安心して欲しい。憲法の味わい深さや、内容への解説、憲法の活用法など議論を淡々と確実に積み上げている。

たとえば、憲法9条をめぐる第三章「憲法9条とシマウマの檻」では、国際法や国連憲章の枠組みから9条を見直す。今まで交わされてきた議論の多くは「自衛隊は違憲であるから即時解散させろ」とか、「戦力を持つことで普通の国になるのだ」といった、「分かりやすい」意見が多い。しかし、本当に改正を論じるのであれば、「分かりにくい」面と向き合い考えなければいけないと木村氏は説く。

「『分かりやすい』議論に流れるのは、これまでの国際平和の枠組み作りの努力に対し、あまりに失礼というものだろう」(本文より)

本書のねらい通り、国際法を理解した前と後では、9条に対する考えが一段深まったように感じる。

そのほかにも、憲法96条や非嫡出子相続まで、私たちが日常的に目にする憲法をめぐるさまざまな問題が網羅されている。改憲の議論にウンザリしていた人はぜひ本書を手に取ってほしい。自分なりに憲法を考える有効な材料になるだろう。(評者・山本菜々子)

『昭和天皇「よもの海」の謎』(新潮選書)/平山周吉

昭和16年9月6日。この日の御前会議の議題は「帝国国策遂行要領」だった。要点は三つ。自存自衛のための対米英戦争の準備、これと並行しての日本の要求貫徹のための外交努力、そして目途なき場合の開戦の決意である。会議は台本通り、粛々と進むはずだった。

ところが、この日はいつもと違った。会議の終わりかけに、突然、昭和天皇が発言を求めたのだ。「君臨すれども統治せず」。これが天皇のあるべき姿であり、会議での発言などもってのほかであった。だが昭和天皇はあえて禁を破った。そして明治天皇の御製を、懐中から取出し読み上げた。

よもの海みなはらからと思ふ世になど波風のたちさわぐらむ

「朕は常にこの御製を拝誦して、故大帝の平和愛好の御精神を紹述せんと努めて居るものである」。臣下たちにこう説いたのだ。当然、列席していた面々は凍りついた。昭和天皇ははっきりと、アメリカとの開戦に待ったをかけたからだ。会議は「未曽有の緊張裡に散会」となり、東条英機陸軍大臣は「聖慮は平和にあらせられるぞ」と部下に告げねばならなかった。

これで大きく平和へと舵を切るはずだった。ところがそのわずか三か月後、勝ち目なきアメリカとの戦争へと、日本は突入することになる。なぜ明治大帝の絶対なる権威を借りても、戦争への流れを止められなかったのか? 「よもの海」の効力は、なぜかくも無力だったのか? 本書が解き明かそうと挑んだのは、この謎である。

じつは「よもの海」には別の、まったく反対といえる〈解釈〉が存在していた。それは戦争容認の和歌的修辞としても読めるものだったのだ。しかも、それを教えている佐々木信綱の『明治天皇御集謹解』は軍人必携必読の書だったのであり、おそらくは早くも9月6日の午後に、陸軍のエリート官僚がこの解釈の存在に気づいた。この『謹解』をもってすれば、平和から開戦へと「聖慮」の読み替えが可能である……。

三十一文字の歌のなかに眠る昭和史の秘密。本書はこの秘密に粘り強く迫った良書である。(評者・芹沢一也)

『先進国・韓国の憂鬱 少子高齢化、経済格差、グローバル化』(中公新書)/大西裕

日本や他の先進国と同様に、少子高齢化、経済格差、グローバル化といった問題に直面している韓国。韓国を先進国の仲間入りさせた一方で、こうした問題を生じさせたのは、アジア通貨危機の際に、IMFに強要された新自由主義的な経済政策によるものというのが通説である。

新自由主義的改革を進展させた金大中、盧武鉉は、所得の再分配などで格差の是正をはかる進歩的な政権であり、新自由主義との親和性は低い。むしろ真逆の立ち位置にある。それにも関わらず、彼らはなぜ新自由主義的改革を進め、社会保障を充実させなかったのか。

結論から言えば、金大中も盧武鉉も、決して新自由主義的な経済政策のみを目標と掲げていたわけではない。新自由主義的改革を推し進めながらも、不十分だった社会保障制度を整備し、福祉国家化を目指していたのだった。

だがこうした政権の態度は、保守派からは中途半端と批判され、支持基盤の進歩派からは裏切り者として罵られ、結果的にどっちつかずのまま頓挫する。経済政策も福祉国家化も「未完の改革」となり、イデオロギー対立によって「委縮した社会民主主義」という均衡点に帰着させたのだった。

一方、自由主義的な政策の転換をはかり進歩派が整備してきた社会保障政策を再編しようと試みた李明博政権もまた、その理念通りの政策を打つことはできなかった。朴槿恵派という与党内野党の存在によって強いリーダーシップを持つことができず、前政権の方針を覆すことができなかったためだ。

さて、過去3つの政権を駆け足で振り返ると、各政権がそれぞれの理念に准じた政策を打ち出せなかったために各々の改革が骨抜きにされてしまった原因が、韓国政治の構図にあることが浮かび上がってくる。その中で、いまだ「委縮した社会主義」という均衡点を抜け出せずにいる朴槿恵政権は、先進国としての課題をいかに取り組もうとしているのか。韓国の憂鬱は、おそらく日本が直面している問題のヒントとなるだろう。(評者・金子昂)

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