2014.06.08

飲み会で歴史談義をぶつ上司に贈る本――『エドノミクス 歴史と時代劇で今を知る』(飯田泰之・春日太一)ほか

今週のオススメ本 / シノドス編集部+浅羽祐樹

情報 #歴代首相のおもてなし#西川恵#飯田泰之#エドノミクス#春日太一#理系あるある#小谷太郎#チャイルド・プア#新井直之

『エドノミクス 歴史と時代劇で今を知る』(扶桑社)/飯田泰之・春日太一

歴史の話はたいていつまらない。特に、飲み会で上司からされる歴史の話はなおさらである。話もだいたい似通っている。しかし、つまらなそうな顔をしたら「見どころがない」と判断されてしまう。飲み会の歴史の話は「忠義」のリトマス紙なのだ。我々に与えられた道は「へぇ、すごいですね」と感心するしかない。なんという不毛な時間。せめて面白い歴史の話をしてくれよ。

と、思っている人は意外と多いのではないだろうか。そんなあなたに紹介したいのは『エドノミクス 歴史と時代劇で今を知る』である。経済学者の飯田泰之氏と、時代劇研究家の春日太一氏の対談と、それぞれのコラムが収録されている。エコノミストと時代劇研究家から見た「江戸時代」は、今までの歴史の話とは一味違う。

ここでは、『忠臣蔵』を扱った、第二章『「元禄」という時代と「赤穂事件」』を取り上げよう。1960年代には、政治腐敗が問題となり、賄賂を受け取ろうとする側と拒否する側の対立を「忠臣蔵」に投影するようになっていった。赤穂の高い塩づくりの技術を吉良上野介が欲しがり、それを拒んだため浅野内匠頭に嫌がらせをしたという「塩田説」が生まれた1980年代は、企業間の情報戦が激化した時代でもあった。春日氏は「『忠臣蔵』というのは“時代性”を持ち込むのにいい器である」と言う。

実は、仇討に参加した多くの者たちは、なぜか新しく雇われたものが多かった。浅野家に対する忠誠心は強くなかったはず。しかし、元禄時代は当時の武士にとって再就職の問題は深刻だった。その中で、討ち入りは世間に対する格好の「プレゼンテーション」であったのではないか。四十七士は再就職先がなかった人間たちで、討ち入りをすることによって一族の再就職先を見つけようとしたのでは。

このように『忠臣蔵』を考えてみると、『忠臣蔵』に世の中の在り方を投影してきた現代の姿と、「忠義」だけでは動いていない戦略的な赤穂浪士の姿が浮かび上がってくる。

その他にも、「徳川家康が天下を取れた理由」「徳川家康はなぜ嫌われるのか」「吉宗を名君たらしめるもの」「進み過ぎていた江戸の貨幣制度」「司馬遼太郎の功罪」など、ついつい誰かに話したくなるトピックが沢山ある。歴史好きの上司にプレゼントすれば、「見どころのあるやつだ」と思われるし、もっと面白い話が聞けるに違いない。(評者・山本菜々子)

『理系あるある』(幻冬舎新書)/小谷太郎

花火を見ると「赤はストロンチウムだ」と炎色反応の説明を始める。「みんなのおこづかいはもっと多い(から上げてほしい)」と言われると、「みんなって誰? サンプルの選択にバイアスがあるから棄却」と子ども相手でもついつい本気を出してしまう。そんな悲しい理系の性が満載。ほとんど「珍獣」観測記としてまず楽しめる。

さらに、当人にはいたって当たり前なのに、部外者にはてんでチンプンカンプンな言動を前にしたとき、どう了解し対応すべきなのか、としてメタ的にも読める。

「一見理解しがたいこだわりや嗜好は、実は一貫した論理の表われです。そうした背後の論理を解明し、また科学解説として役立つことが、本書の目標です。奇妙な理系的こだわりも思考も考えも、科学の光に照らしてみれば、理解し、さらには共感できるようになるかもしれません。(やはり無理かもしれません。)」

こうした姿勢は、「理系」に限らず「人文社会科学」や「メガネ男子」に対しても、「あるある」というより「いるいる(要る)」だ。ニュースを見ると誰にも頼まれていないのに解説し出す「社会科学」「メガネ男子」の一人として、そう声を大にして言いたい。もっと言うと、「『悪韓』『呆韓』『恥韓』にも同じように臨め」というのは「韓国は論理的だ」とは違うのだ。

こちらの「論理」で「理解」できない相手にもそれなりの「論理」があると(あくまでも)みなすのは、人文社会科学でお馴染みの「合理的了解の原則(principle of rational accommodation)」そのものである。手に負えない「理系」がそこここに溢れているいま、思いやりや慈悲の心よりも、了解の仕方、つまり知性が試されている。本書で異質な存在への耐性を鍛えておきたい。(評者・浅羽祐樹)

『チャイルド・プア 社会を蝕む子どもの貧困』(TOブックス)/新井直之

NHKの報道番組ディレクターとして企画制作に携わっている新井直之氏が取材し、2012年10月19日に放送した「チャイルド・プア~急増 苦しむ子どもたち~」を書籍化したのが『チャイルド・プア 社会を蝕む子どもの貧困』だ。

本書は「NPO法人さいたまユースサポートネット」が行っている、生活保護世帯の中学生への学習支援教室と、将来貧困に陥る可能性の高い10代から30代の若年層に対する居場所を提供する「たまり場」事業への取材が中心となっている。

2011年に発表されたデータによると18歳未満の子どもの相対的貧困率は15.7%、子どもの約6人に1人が貧困状態にある。こうした統計データが発表されたこともあってか、「子どもの貧困」への注目度は高まりつつある。しかし、だからといって子どもの貧困が解決しつつあるわけではなく、むしろ子どもの貧困率はこの20年間、上昇傾向にある。

子どもの貧困は経済的な問題に留まらない。例えば親によって虐待・ネグレクトされている子どもが、まともに学校に通えないまま成長し、就労や所得が不利な状況に追い込まれることで、次の世代もまた貧困に陥る場合がある。

あるいは本書でも紹介されている、ある母子家庭のように、子どもに愛情が注いでいる一方で、パートとその不足分を補う生活保護だけでは、クラスメイトのように塾に通わせられない家庭もある。自分以外のクラスメイトが塾に通う中でひとり通えないことは、子どもにとって焦燥感も「みんなと違う」という孤独感も大きい。その子はおにぎりふたつのお弁当に、珍しくから揚げがついていることを喜んでいた。

もしくは、知り合いに騙されて巨額の借金を負い、夜逃げした家族。小6から中2まで学校に通えなかった子どもが「両親を恨んでいる?」と尋ねられ「一度も思ったことはない」と答える一方で、「夢はあるか?」と聞かれると、「普通に高校に」「普通に彼女を作って」「普通に生活したい」と「普通に」繰り返す、気丈さと諦観の入り混じった言葉。

取材を受ける子どもたち、両親、支援者の言葉からは、「自己責任」では片づけられない、貧困の背景とそれが生み出す問題を伺い知ることができる。子どもの貧困の実態を知るには、まず手に取りたい、そんな一冊だ。(評者・金子昂)

『歴代首相のおもてなし』(宝島社新書)/西川恵

ミシュラン三ツ星の「すきやばし次郎」で、安倍首相が国賓として来日したオバマ大統領をもてなしたことが話題になった。日付変更線を越える長旅で、夕食をとるには遅い時間だったにも関わらず、あえて銀座に誘い出した。

翌日は宮中晩餐会が予定され、翌々日には韓国に向けて発つことになっていた「バラク」とネクタイを外して話すのはこのタイミングしかなく、サシで寿司をつまみながら、賀茂鶴酒造の「大吟醸・特製ゴールド賀茂鶴180 ml角瓶」で一献傾けた。昨年末靖国神社を参拝して「失望」され、シリアやウクライナでの米国の及び腰を受けてアジアへのコミットメントが問われる中、「シンゾー」は首脳同士の個人的な信頼関係、何より日米同盟の強固さを示したかったに違いない。だが、オバマは軽く受けた程度で、「決めるのはあなただ」とのっけからビジネス・ライクで、牛肉や豚肉の関税引き下げを強く迫った。

同じ頃、甘利明・経済再生相はTPP交渉の最終局面を迎え、相手方のフロマン通商代表が差し入れたスターバックスのコーヒーで眠い目を覚ましながら、今回の日米首脳会談のキモである共同声明の文面を詰めていた。

どこで誰と何を食べるのか、その全てに「狙い」がある。男女間でも、「まず相手の胃袋を掴め」というではないか。

一皿一皿で「あなたのことをここまで大切にしている」「ここまで調べ尽している(から大切にせよ)」と両価的なメッセージを同時に伝えることができる。あるいは逆に、田中角栄のように、日中国交正常化のために初めて訪れた北京で大好物の木村屋のアンパンが出てきても、「これは美味い」と何気ない顔で平らげることもできる。「おもてなし」はいつも、する方もされる方も必死のたたかいなのだ。

本書には、小渕総理以来の歴代首相や天皇陛下がもてなした晩餐会のメニュー、いやそこに秘められた外交戦略がコース料理のように次々と出てくる。三ツ星の料理をご賞味あれ。(評者・浅羽祐樹)

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プロフィール

浅羽祐樹比較政治学

新潟県立大学国際地域学部教授。北韓大学院大学校(韓国)招聘教授。早稲田大学韓国学研究所招聘研究員。専門は、比較政治学、韓国政治、国際関係論、日韓関係。1976年大阪府生まれ。立命館大学国際関係学部卒業。ソウル大学校社会科学大学政治学科博士課程修了。Ph. D(政治学)。九州大学韓国研究センター講師(研究機関研究員)、山口県立大学国際文化学部准教授などを経て現職。著書に、『戦後日韓関係史』(有斐閣、2017年、共著)、『だまされないための「韓国」』(講談社、2017年、共著)、『日韓政治制度比較』(慶應義塾大学出版会、2015年、共編著)、Japanese and Korean Politics: Alone and Apart from Each Other(Palgrave Macmillan, 2015, 共著)などがある。

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シノドス編集部

シノドスは、ニュースサイトの運営、電子マガジンの配信、各種イベントの開催、出版活動や取材・研究活動、メディア・コンテンツ制作などを通じ、専門知に裏打ちされた言論を発信しています。気鋭の論者たちによる寄稿。研究者たちによる対話。第一線で活躍する起業家・活動家とのコラボレーション。政策を打ち出した政治家へのインタビュー。さまざまな当事者への取材。理性と信念のささやき声を拡大し、社会に届けるのがわたしたちの使命です。専門性と倫理に裏づけられた提案あふれるこの場に、そしていっときの遭遇から多くの触発を得られるこの場に、ぜひご参加ください。

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