ALSとの遭遇――『宇宙兄弟』作者とALS患者の想い

小山さんもヘルパーになれる!?

 

小山 どうして文字盤でなくて、口文字なんですか?

 

川口 スタンダードなのは透明文字盤。透明文字盤は、ALS介護の登竜門みたいな感じなんですよ。橋本さんは、瞼を開けるのもたいへんになってきているので、口文字を使っていてよかった。

 

岡部 文字盤のほうが遅いんです。口文字の方がはやく話せます。でも疲れたときは文字盤をつかいます。

 

川口 あと透明文字盤は、両手でかざして患者さんの正面に立たないといけないでヘルパーさんが他のことができなくなっちゃうんです。口文字なら近くで別のことをしていても手を止めないで話が聞けますよね。

 

小山 文字盤はどうやって使うんですか? 視線だけでわかるものですか?

 

岡部 やってみますか?

 

小山 佐渡島さん(小山さんの担当編集者)、ちょっとやってみてください。

 

ヘルパー (岡部さんのヘルパーさんが佐渡島さんの前に透明な文字盤をかざす)……「み」ですか?

 

佐渡島 そうです。すごいな。超不思議ですよ。小山さんもやってみてくださいよ。ぼくの前にかざしてみてください。

 

小山 うーん、「め」。

 

佐渡島 あれ!? わかるもんですか?

 

小山 文字盤を動かすと、見ている文字を追って患者の目が動くでしょ? それでわかる。

 

川口 小山さんも岡部さんのヘルパーになれるかもしれませんね。7人目に!

 

小山 あはは。

 

 

岡部さんのヘルパーさんに文字盤をかざされる小山さん

岡部さんのヘルパーさんが小山さんの前に文字盤をかざす

 

 

2029年のコミュニケーションはどうなってる?

 

岡部 いま透明文字盤でも口文字でもない、新しいタイプのコミュニケーションスイッチ「サイバニクス・スイッチ」が日本で開発されました。筑波大学の山海嘉之先生が発明してくれたのです。私はそのパイロット試験をやっています。

 

「腕を動かしたい」と考えると、脳から腕に向けて微妙な電気が走ります。体にその電気を読み取るシールを貼り、文字盤が表示されているパソコンに繋げます。パソコンに表示されている文字盤には、五十音を横に「あかさたなはまやらわ」と動くカーソルがあり、最初に子音を決めます。次に、縦に動くカーソルを止めて、一文字ずつ決めます。

 

小山 すごいですね。シャロンが使っているタブレット端末は、未来の話にしては古いんですね。

 

川口 そう。いまシャロンは指が動かせるからタブレットでも大丈夫ですけど、いつか指も動かせなくなってしまっても、これなら大丈夫でしょ。

 

小山 それは描けそうですね。いつか頭の中で考えただけで文字になるような発明が出てくるといいですよね。

 

岡部 腕から電気を読み取るのではなく、脳波をとらえるという考え方で開発しているものもあります。

 

川口 脳に電極を直接刺したりする方法もあるだけど、やっぱり外科手術がないほうがいいでしょう?

 

岡部 脳でコミュニケーションが取れるようになったらいいのですが、あと10年はかかるそうです。

 

小山 ああ、『宇宙兄弟』はいま2029年なので、大丈夫ですね。

 

川口 きっとその頃には普通に使っていますよ! いえ、もっと進歩しているかもしれない。描いちゃえ描いちゃえ。

 

 

尊厳死ではなく、呼吸器を選んだ理由

 

川口 シャロンはこれから人工呼吸器をつけるかどうかの意思決定を迫られると思います。女性の患者さんは、呼吸器をつけないで、俗にいう「尊厳死」を選んでしまう人が多いんですよね。でも橋本さんは呼吸器をつけることを選びました、当然のように。

 

小山 そうですよね。まだどうやって描けばいいのか迷っています。シャロンはどんなことを思うのか……。おふたりの経験談とか、どんなことを描いて欲しいとお思いか教えて欲しいです。ALSってみなさん同じように進行していくものですか?

 

川口 ほぼ誰でも同じ経過と決まっています。最初に、嚥下障害が始まって飲み物や食べ物が飲みにくくなります。言葉も不明瞭になってきます。あとは、痰がのどにくっついて不快だし、気道もつまりやすくなります。肺炎の危険も高まりますね。そうなると早い段階で胃ろうをつくって、口でご飯を食べながら、胃ろうで栄養と水分を注入するようになります。

 

やがて呼吸筋が麻痺して、息を吐く力が弱まります。体内に二酸化炭素が溜まってしまうので、だんだんぼーっとしてきて、頭痛も覚えるようになる。健康な人の血中酸素濃度はだいたい99%くらいなのですが、ALS患者さんの場合、だんだん数値が悪くなって、94%を切ると、かなり苦しくなってくるんですね。呼吸器が必要になるのはこのあたりです。

 

はじめに付けるのは非侵襲性といって体に穴をあけないでいい呼吸器を使います。鼻から挿入するものやフルフェイスのものなど種類はいろいろです。でも、いずれ嚥下困難になって痰が詰まるようになるので、気管切開が必要になる。でもこのときはまだ、ずっと呼吸器をつけているのではなくて、ときどき使うだけの人もいるし、気管切開だけして呼吸器を使わずに亡くなられる方もいるんですね。この先は、自己決定を迫られます。24時間呼吸器を装着することになったら、それ以降は外せなくなるので。

 

小山 なるほど……普段、呼吸器はどうやって使っているんですか?

 

川口 単純な機械です。最初はドクターが1分間に何回呼吸をするか、どれだけの酸素を送るかを調整してくれるんです。それは大事な設定だから、素人が勝手にいじっちゃいけないことになっています。本人ですら。でも寝るときと起きているときって呼吸の回数も深さも違います。だから、まあ、就寝前とかに自分で調整する患者さんもいるとかいないとか。例外中の例外だけど、好きにしなさいよっていうお医者さんもいるとかいないとか聞きます(笑)。

 

岡部 私もそういう話は聞きますね。

 

川口 日々人が月で事故にあったときも酸素ボンベの心配をしていましたよね。ほんと、ALSって宇宙っぽいなあって思いました。

 

小山 そうですよね。似ているなあ。呼吸器にも種類があるんですか?

 

橋本 岡部さんと私の呼吸器は違います。フランスのMonnal(モナール)という呼吸器には、ゆっくりと呼吸ができるお休みモードがあるんですよ。

 

岡部 私が使っている呼吸器は、軽いことと表示がわかりやすいという特徴があります。でも橋本さんの呼吸器はバッテリーが長持ちなのでとてもいいです。

 

小山 ああ、そういう違いがあるんですね。

 

川口 それぞれの機械に癖があるので、普段自分が使っていないものに突然変えるのはつらいんですよね。

 

橋本 私の呼吸器の機種を乗せてくれない飛行機もあります。

 

川口 そうそう。飛行機に合った規格の呼吸器じゃないとダメというとこも。普段使っている呼吸器を外して別機種の呼吸器に体を合わせる練習をしないと海外にいけないんです。呼吸器を止めさせる航空会社もいて。

 

橋本 発着時に呼吸器を停止してくださいって言われるんですよ。

 

小山 ええっ!

 

川口 息を止めていろってことですよ……(笑)。そういうときは手動のポンプ(アンビューバッグ)で空気を気管に送るんですけど。

 

小山 携帯電話の電源を切るのと同じなんですね。

 

橋本 航空無線技術委員会(RTCA)の規格で止めないといけないんです。でも誘導路の無線に引っかかる程度のもので、国交省は「止めなくてもいいんじゃないの」と言ってくれているので、気にしないで乗っています。

 

岡部 ちょっと前もふたりで飛行機に乗って九州にいってきました。同じ飛行機にのって。

 

橋本 もうひとり別の患者さんと3人で韓国にも行ったよね。呼吸器をつけた乗客が3人も乗っている飛行機になった(笑)。

 

川口 患者さんはビジネスクラスで移動するんですけど、このおふたりの活動にかかる費用はNPOや協会の助成金事業等で賄っています。普通の患者さんは近所さえ出歩けない。でも、お二人がこうして、あちらこちらで人間の極限というか、可能性を示すことで、世界中の患者が励まされてます。

 

小山 本当に活動的なんですねえ。驚いたなあ。

 

 

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飛行機に乗っている岡部さん

 

 

 

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