2015.01.22

報告2 習近平政権と大国外交、日中関係

天児慧 現代中国論

国際 #習近平#大国主義

表面的に捉えると後手に回りかねない

こんにちは、早稲田大学国際学術院アジア太平洋研究科の天児です。あまり時間もありませんから駆け足でお話します。

2010年の漁船衝突事故、そして2012年の尖閣諸島国有化をめぐる反日行動など、国交正常化以降、日中関係は最悪の状況にあります。貿易額も落ち、また政治家だけでなくわれわれ研究者の交流もままならない状態に陥っていました。しかしAPECでの日中首脳会談以降、というよりもその2日前になされた4項目の基本合意によって状況は変わりつつある。この基本合意は首脳が会うとか会わないとか、目を合わせたとか合わせていなかったとか、そういう話よりも重要なものです。

基本合意について、日本のメディアはあまり積極的な評価をしていなかったように思いますが、中国や香港のメディアはかなり積極的に評価をしていました。中国政府は「日本の求めに応じて会見した」という言い方をしていますが、中国の「環球時報」という民族主義的な色彩の濃いメディアなどからインタビューを受けた際に、「再スタートの意味合いが強い」「双方に半歩前進した」と答えたところ、ほぼ正確に翻訳をして報道をしていました。中国も本音のところでは前向きで、積極的に改善していこうという意思があるということでしょう。

あるいは私も参加した、2014年12月の、世界平和研究所と中国外交学会による非公開の定例シンポジウムでは、中国の報告者のほぼ全員が、国交正常化に向けて積極的に取り組もうという意思を持っていることを感じました。

つまり、もし日本が表面的な部分だけで中国との問題を捉えようとしていると、後手後手に回ってしまうことになる。これは今後の日中関係、そして日中関係は周辺国のみならず国際社会の動向にも影響を与えますから、そういう意味で非常に重要なポイントなのだろうと思います。

中国が抱える四つのジレンマ

それではいまの中国をどのように見たらいいのか。まず中国が抱えている問題がとても大きいということを言いたいと思います。

現在の中国をたとえるとき、このように言います。これまでアメリカや日本、ドイツといったランナーが先頭を走っていて、その後ろに中国というランナーがいた。しかしある段階からものすごいスピードで走り出して、先頭集団に近づき、そして追い抜いてしまった。周りから見ると驚異的なランナーだが、実は足も痛めて腰も痛い、血豆もできていて、身体はぼろぼろ。それでも走り続けている、と。

このような中国の現状を私は「4つのジレンマ」と表現しています。時間が限られていますので、それぞれについて手短に説明をしますと、1つ目が、経済成長主義と社会主義のジレンマ。要するに、現在の経済成長主義を維持しようとすれば、社会主義である中国が目指す公平な社会の実現はできなくなる。反対に平等で公平な社会を実現しようとすると、経済成長が落ちてしまう。こういうジレンマを抱えている。

2つ目が大国主義と国際協調主義。中国は冷戦崩壊後、一貫して「国の大小、強弱、貧富の差を問わず、平等、公平、合理の国際社会の実現を目指す」と言ってきましたが、いまの政権は新しいタイプの大国関係をアメリカと中国で作ろうと言っています。つまり他の国との関係は大国関係ではないと言い始めているんですね。一方では国際協調主義を掲げてもいて、二つの言葉が繋がっていない。ここにジレンマがある。

3つ目のジレンマですが、中国の特色ある社会、社会主義市場経済、中国モデルなどなど、中国は自分のことを特別だと言いたがるんですよね。しかし力を付けてきた中国がリーダーになりたがればなりたがるほど、本来の普遍主義から矛盾してしまうというジレンマに陥ってしまう。

そして最後4つ目は言うまでもなく、共産党一党体制と多元主義的な民主主義体制というジレンマを抱えているわけです。

こうしたジレンマをどうするかが今後、中国で大きな問題になってくるだろうと指摘したいと思います。

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「中国の夢の実現」

さて、習近平体制はもはや、異常な集権と側近政治だと申し上げていい状況にあるでしょう。

中国のトップには、共産党のトップである総書記、国家のトップである国家主席、それから軍のトップである中央軍事委員会主席の三つがありますが、習近平はいまこれを独占しています。その上、国家安全保障委員会という、国内の治安や国際的な安全保障に関わる部門をすべて集めた委員会を新しく創設し、そのトップに就任してしまった。さらには経済についても、これまでは国務院総理が取り仕切るのが普通だったのですが、こちらも権力を握ってしまった。このように習近平に権力がどんどん集まっているわけです。

そしてこの集権化を支えているのは、革命第二世代である「紅二代」の人びとです。これまで共産党体制は、軍や中国共産主義青年団と言われ、習近平は共青団などと対立関係にあるという報道がありますが、そのような見方は表面的ですね。

これらを踏まえた上で、ようやく本題に入りましょう。

習近平という人は就任してすぐに「私たちの任務は中国の夢の実現だ」と言いました。ここには2つの100年、つまり2012年の「共産党創立100周年」と2049年の「建国100周年」を区切りとして成果を上げることが考えられています。

ちなみに中国人って100年とか50年とか大好きなんですよね。言った本人は生きていないのによく100年なんて言えるなあって思いますし、日本で「アベノミクスを100年続ける!」って言ったら馬鹿だと思われるんでしょうけど、それが通用する国なんですね。

さて、この2つの100年で目指しているのは「中華民族の偉大な復興」です。この言葉は2002年から本格的に使われるようになりました。そして、その具体化のために、先ほども触れた大国主義外交を展開するようになった。グローバルなレベルでは、アメリカと中国という二国構造、いや二極構造と言った方がいいかもしれませんが、その実現を目指している。そしてリージョンなレベルで「大中華圏の形成」を実現しようとしている。それは周辺国で人民元の兌換を始めていたり、あるいは日本が中心となったアジア開発銀行に対抗するかたちで、アジアインフラ銀行(AIIB)を創立しようとしていることからも伺えますし、上海協力機構もそうです。総じてパックスアメリカーナからパックスシニカを実現しようとしていると解釈できるでしょう。

中国のアジア戦略と日中関係

このような動きの中で、東アジアで何が起きているのか、それをどう見ればいいのかを最後に述べたいと思います。

ひとつは間違いなくパワー・トランディションが起きていることが挙げられます。リアリズム的な言い方になりますが、パワーバランスの構造変化が日中韓で起きていると言えるでしょう。この変化は、軍事的な意味だけで解釈すべきではないと私は考えているのですが、どうも日本や中国の動きを見ていると、非常に単純なパワーバランスの捉え方でもって、いろいろな問題に対処しようとしているように見える。つまり、「軍事的な力をつければ周辺国に言うことを聞かせられる」と考える中国に対して、日本はそのリバランスとして、「アメリカとの同盟を強化し、中国周辺国との関係を深化させる」という対処をしている。

東アジアのこれからを見るときに、そうした見方で正しいのかというと、そうではないと思うんですね。

中国はグローバルな米中の二極構造と中国周辺における大中華圏の追求という方向で進んでいます。そして一時的には、日中対立が深まることで、韓国が漁夫の利を得ているように見える。日中韓の会議でこのように指摘すると、むきになって反論する韓国の方がいますが、むきになるということはおそらく正解だということでしょう。ただ事はそう簡単ではなく、韓国の外交関係の方々の話を聞いていると、中国との接近に対して警戒が強まっているのも事実のようです。このままではいけないと考えている。

あるいは中国にとって、アメリカは単なる脅威であるというわけでもない。パートナーとしてのアメリカ、目標としてのアメリカという側面もあるんですね。世界銀行と中国の国務院発展研究センターが共同で中国の2030年を構想する報告書が出ているのですが、その基本にはグローバル資本主義が掲げられている。

日中関係は切ろうとしても切れない関係です。これは引っ越しできない隣近所の付き合いという意味ではありません。隣近所なら付き合わないでおこうと思えば付き合わずに済みますが、日中関係はどうしても付き合わざるをえないものなのだと私は考えます。その認識の上で、何をすべきなのかを考えなくてはいけないんです。

12月に新日中友好21世紀委員会と李克強国務院総理の会見が行われて、李克強が「中日関係は両国や地域にとって非常に重要な関係である」と発言しています。当然のことではありますが、こうした発言があったことをわれわれは注目しなくてはいけない。そして両国の共通の利益をどれだけ増やしていくか、そのために何をするかが肝心だろうと思います。

最後に私の考える直近の戦略を言いますと、戦略的な「政経分離」を行ってもいいんじゃないか、というものです。政治は勝手にやってもらって、でも経済は変わらない関係を作っていく。地方の交流、民間の交流、若い人たちの交流によって、「官冷民温」という関係を作ることが、今後の日中関係において必要になってくるのではないでしょうか。(「地殻変動する東アジアと日本の役割/新潟県立大学大学院開設記念シンポジウム」より)

⇒「報告3 地殻変動する東アジアと日本の役割/信田智人」へ

プロフィール

天児慧現代中国論

1986年 一橋大学(社会学博士)1982年 琉球大学助教授 1993年 共立女子大学国際文化学部教授 1994-2000年 青山学院大学国際政治経済学部教授 2001年-現在 早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授 2010年-現在 人間文化機構現代中国地域研究プログラム9拠点総括代表(早稲田大学アジア研究機構現代中国研究所所長)

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