スーパーボウルを制したグリーンベイ・パッカーズ ファンと先住民オナイダ・ネーションが支える市民球団  

先の日曜日に開催された、アメリカンフットボールの一大イベント・スーパーボウルでは、ウィスコンシン州グリーンベイを本拠地とするグリーンベイ・パッカーズがピッツバーグ・スティーラーズを下し、二〇一〇年度シーズンのチャンピオンの座を勝ち取った。

 

アメリカンフットボールは日本ではメジャーなスポーツではないが、よく知られているように米国では四大スポーツ(フットボール、野球、バスケットボール、アイスホッケー)のなかでもとくに人気が高く、そのチャンピオンを決めるスーパーボウルは、試合だけでなくハーフタイムのエンターテインメントやテレビ中継で放映される広告にいたるまで、おそろしいほど注目を集める。

 

とはいえ、わたしはアメリカンフットボールにほとんど興味はないし、じつはルールすらよく分かっていない。個人的な話になるが、米国中西部ですごした高校時代、わたしは吹奏楽部に入っていたので、ハーフタイムにフィールドで演奏するために自校のホームゲームはすべて観戦させられたのだが、年間を通して合計(一試合あたりの平均ではない)七点しか取れなかったほどの弱小チームだったため、ややこしいルールを覚えて楽しもうという気にはどうもなれなかった。

 

それくらいアメリカンフットボールに興味がない(どころか軽いトラウマになっているかもしれない)わたしが、今回に限りひそかにスーパーボウルに興味をもったのは(試合の中継を観るほどじゃないけど)、グリーンベイ・パッカーズというチームの運営形態がとてもおもしろいからだ。おそらくわたし以上にアメリカンフットボールに何の接点ももたない読者の多くも、もしかしたらおもしろいと感じてくれるのではないかと思うので、簡単に紹介してみたい。

 

グリーンベイ・パッカーズが異色であるのは、このチームが、アメリカンフットボールだけでなく、米国四大スポーツの中でも唯一の「市民球団」だからだ(フットボールのチームを「球団」と呼ぶのかどうか知らないけれど、「市民チーム」という言葉がしっくりこないので、この文中ではそう呼ぶことにします)。

 

米国のメジャースポーツチームの多くは、他の事業で成功したお金持ちがワンマン的なオーナーとしてチームを所有し、運営スタッフの決定や監督の采配にあれこれ口を出すだけでなく、本拠地を置く自治体に対して「もっと大きなスタジアムを作れ」「免税措置を導入しろ」「さまざまな規制の例外措置を設けろ」と要求して、それが受け入れられないと「より歓迎してくれる」自治体にチームを移転する、ということがよくある。しかしグリーンベイ・パッカーズにかぎっては、そういうことは起きない。なぜなら、パッカーズを所有しているのは、十万人を超える一般のファンたちだからだ。

 

そもそもグリーンベイという街は、メジャースポーツのフランチャイズをもつほかの都市とくらべて、かなり規模が小さい。グリーンベイそのものの人口は十万人ちょっと、パッカーズのオーナーは十一万人以上いるから、人口よりもホームチームの所有者のほうが多いのだ。もちろんパッカーズのファンは市内だけでなく郊外や州内のほかの街にもいるから、州全体あるいは州外のファンまで含めてチームを支えているといっていい。

 

パッカーズの所有権は株式のようにして売買されているが、配当を出すこともなければ市場で値上がりもせず、所有していても年に一回総会で理事会を選ぶのに参加できるほかなんの特権もないので、ファンは純粋にチームを応援するために、あるいは自分はパッカーズの(部分)オーナーだという自己満足を満たすために、所有者になっている。誰かが所有権を買い占めて大きな力をもたないように、一人のオーナーが買収できる所有権の量には制限が設けられている。

 

オーナーとして出資を募るほかに、ボランティアというかたちでもパッカーズは一般市民を巻き込んでいる。The New Yorkerの記事(01/25/2011)にも紹介されているが、本拠地のスタジアム周辺に雪が積もったとき、パッカーズが雪かきのボランティアを募集すると、かならず大勢のファンが駆けつけるという。また、試合中にスタジアム内の売店で食べ物や飲み物を販売しているのもボランティアであり、その見返りに収益の六割は教育支援などのかたちで地元に還元されている。大金持ちのオーナーが所有するほかのチームがボランティアを呼びかけても(なにか特典を用意しないかぎり)誰も相手にしないだろうが、パッカーズだけは「自分たちのチーム」という意識が広く共有されているから、それができる。

 

あまり知られていないことだが、特定のオーナーに所有権を集中させない規則の範囲内で筆頭オーナーのひとつとなっているのは、先住民(アメリカインディアン、ネイティヴアメリカン)のオナイダ・ネーションだ。もともと現在のニューヨーク州のあたりに起源をもつオナイダは、グリーンベイの西側にリザベーション(居住区)をもち、自治を行っているが、パッカーズのオーナーとしての顔ももっており、スタジアムの一角にはオナイダ・ネーションの文化と人々を記念するゲートも設けられている。また、オナイダの青少年を対象としたフットボールの講習がパッカーズによって行われるなど、さまざまな形でオナイダ・ネーションとパッカーズのあいだに協力関係がもたれている。

 

リザベーションにおけるカジノや宝くじの販売が成功していることもあり、オナイダの生活水準はほかの先住民に比べると比較的高いほうだが、それでも貧困と差別と文化破壊に苦しむ人は多い。そうしたなかで育つオナイダの子どもたちにとって、あるいは大人たちにとっても、自分たちのネーションはあのスーパーボウルのチャンピオン、グリーンベイ・パッカーズのオーナーなんだ、あの強いパッカーズは自分たちのチームなんだ、と思えることは、子どもの自尊心にとっても、民族の誇りにとっても、大きな財産だ。

 

グリーンベイ・パッカーズがこのような市民球団として運営していけるのは、そして非営利の市民球団がスーパーボウルに出場できるほど強いチームになることができるのには、もちろん所属するNFL(ナショナル・フットボール・リーグ)の側にも要因がある。それは、テレビ放映権を一括契約して収益を分配したり、各チームの選手の給料総額を規制することなどを通して、各チームの戦力をある程度近くして、共存共栄をはかろうとする仕組みだ。それがなければ、いくら熱狂的なファンが多くても大金持ちのオーナーが率いるチームにまったくかなわないだろう。その意味では、NFLは市民球団を成立させるための良い条件を整えているようにみえる。

 

けれども同時に、一九六〇年の規約改正いらい、NFLは非営利目的のチームの新規参入を禁止している。すなわち、歴史のあるパッカーズだけを例外として、一九六〇年以降に参入するチームは営利企業でなくてはいけないことになっているのだ。それは、テレビ放送の普及とともに、NFLが興業としてうまみがあるものになった時期と符合する。四大スポーツのほかのスポーツにしても、これほどまで大きなビジネスになってしまった以上、あらたに市民球団が参入するのは困難だろう。

 

しかしグリーンベイ・パッカーズの事例は、本来ならスポーツチームのフランチャイズをもつはずのない小さな街が、十万人以上のオーナーとそれ以上のファン、そして人数は分からないけれども大勢のボランティアたちに支えられた強豪チームをもち、それを通して社会的に疎外された先住民の子どもたちにも希望と誇りを与えているという、稀有なケースだ。別に営利目的の企業や個人が所有する球団が悪いとまでいうつもりはないが、本当の意味で「自分たちのチームだ」と応援できるチームをもつグリーンベイの人々は、あるいはオナイダ・ネーションの先住民たちは、うらやましいと思う。

 

 

 

 

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