2011.10.13

メドヴェージェフ大統領とプーチン首相。現在、ロシアで双頭体制を維持しているふたりのどちらが、2012年の大統領選挙の候補者になるのかという問題は、長いことロシア国内と世界からの注目を集めてきた。そして両氏は、ふたりできちんと話しあい、時期が来たら発表するという見解を表明してきた(もちろん、他の候補者の可能性があってしかるべきだが、現在のロシアの政治状況においては、実質的にそれは「ない」と言ってよい)。

プーチン政権、2012年復活へ

こうしたなか、9月24日の与党「統一ロシア」の党大会で、メドヴェージェフ大統領が次期大統領候補者としてプーチン首相を推すと発表し、また、プーチンは、自分が次期大統領になった際には、メドヴェージェフを首相に任命すると発表した。2012年からは、大統領と首相が入れ替わるかたちで、現在の双頭体制が維持されるということになる。

メドヴェージェフの大統領就任の時点で、4年後はプーチンが復帰するのではないかという見方が多くなされていたことを考えれば、これはまさに既定路線だといえる。ロシアでは大統領職は連続2期までしかできないが、1期でも間をおけば、ふたたび2期、大統領職に就くことができる。プーチンは自身の2期目が終わる際、憲法を変更して、3期以上の大統領就任を可能にすることもできたが、それをしなかったのはやはり、民主的イメージを内外に植え付けたかったからだとみなされている。他方で、メドヴェージェフを指名した理由は、メドヴェージェフがプーチンに対して従順であり、かつ治安機関や軍などに影響力を持っていなかったため、反旗を翻される可能性が少ないと見られたからだとされている。

しかも、メドヴェージェフ大統領が就任して一年もたたない2008年11月には、大統領の任期をそれまでの4年から6年に延長することも議会で可決され、それがメドヴェージェフの就任期間には適用されないとされたことも、プーチンをふたたび大統領に迎え入れるための準備と見なされていた。

しかし、プーチンの人気は以前ほどではなくなっている。プーチンの大統領返り咲きの発表後に、ロシアの調査機関「世論基金」が9月25日に行った調査によれば、プーチンの支持率は51%で、大統領から首相にポスト替えした2008年から20%も落ち込んだ。メドヴェージェフの45%よりは高いとはいえ、最盛期の勢いはもはやない。

ともあれ、プーチンが2012年から2期12年間にわたり、大統領の座につく可能性が高まったことは事実である。ロシア国内では歓迎の声もある一方、リベラル派を中心に、落胆の声も多いようだ。

「双頭体制」が実現される可能性は?

他方、「双頭体制」が実現される可能性は、ふたつの意味で何とも言えない。まず、党大会でのプーチンの発言通り、メドヴェージェフが首相になったところで、メドヴェージェフ首相はお飾りにすぎなくなり、実質は「双頭」ではなく、プーチンの独裁体制となると見られている。少なくとも、プーチンはメドヴェージェフが2009年頃から独自色を見せはじめた諸政策、とくに近代化政策、民営化政策、汚職対策、欧米との協調路線、北コーカサス政策などに加え、ロシア国内の政治や経済分野の有力者や有権者のあいだで支持を拡大できなかったことなどに多く不満を持っていたといわれ、これ以上、双頭体制をつづけるのが耐え難かったことは間違いない。

第二に、12月4日の下院選挙で、与党「統一ロシア」が好成績を残せなかった場合、メドヴェージェフ大統領が責任を取らされて、首相の座を他のものに明け渡すということになるのではないかというシナリオも取り沙汰されている。そのシナリオの根拠となっている議論はふたつある。

ひとつ目は、最近、「統一ロシア」の支持率が低迷していることである。来る選挙では同党の比例名簿の第一番目にメドヴェージェフの名前が据えられているが、お荷物的な「統一ロシア」の運営はメドヴェージェフに押しつけ、自身は、「統一ロシア」を軸に結成された「全ロシア国民戦線」という政治運動体を基盤に大統領選挙の活動をするのではないかという見解が、ロシア紙で紹介されている。

ふたつ目は、9月26日のアレクセイ・クドリン副首相兼財務相の、メドヴェージェフ大統領による解任劇である。クドリンは25日に、メドヴェージェフが首相となった場合、経済政策で相違があるため、とくに同の軍拡路線に賛同できないとして、新内閣に参加しないという見解を表明していた(なお、クドリンは首相ポストを狙っていて、それでメドヴェージェフと対決姿勢をとっているという説もある)。それに対して、メドヴェージェフが辞任を迫った。クドリンはプーチン首相と相談して決めると即答を避けたが、大統領は辞表を提出され、事実上の解任に至ったかたちだ。

なおクドリンは、2000年以降のロシア経済の急成長を支えた功労者として(最大の原因は石油価格の高騰であるとはいえ)、ロシア国内外から大きな評価を受けてきた人物であり、彼の退任を惜しむ声は国内外できわめて大きい。2008年の世界規模の金融危機からやっと回復の兆しを見せてきたロシア経済への悪影響も懸念されている。

しかし、この解任劇もプーチンのシナリオ通りなのではないかという説もある。つまり、上述の下院選挙で「統一ロシア」が大敗し、メドヴェージェフが責任をとることになった暁には、プーチンの腹心であるクドリンが首相に落ち着き、逆に「統一ロシア」の選挙結果が悪くなかった場合は、クドリンはロシア中央銀行総裁か大統領補佐官あたりにおさまるのではないかという噂も流れている。

このように首相ポストについては、現状では明確に見えない部分もあるが、プーチンがロシアの最高権力を握ることは確実な情勢だ。ロシアにおいては、大統領は軍最高司令官を兼任するとともに、首相任命や全閣僚解任など絶大な権力を持つだけでなく、外交もその所管となる。プーチンが2012年にウラジオストクで行われるAPEC(アジア太平洋経済協力会議)、14年にソチで行われる冬季オリンピックでホスト役を務めるという明るい話題の一方、今後、ロシアの外交政策も変わるのではないかと、諸外国はプーチンの外交政策に注目している。

諸外国の見方

米国は、ロシアの大統領が交代しても、対露リセット政策(シノドス・ジャーナルの拙稿「「リセット」後も紆余曲折の米ロ関係(2010/07/13)」、「NATOとロシアの和解? (2010/11/30)」、「NATOとロシアの関係改善の暗雲:「ウィキリークス」問題の余波 (2010/12/14)」などを参照されたい)は変わらないとし、今後も対露関係の再構築を継続していくと述べている。しかし、プーチンは、メドヴェージェフの欧米に媚を売るかのような外交を苦々しく見ていたという。たとえば、メドヴェージェフ大統領がオバマとハンバーガーにかぶりつきながらフランクな関係をアピールし、近代化路線での協力を得ていたことなどに対し反発を感じていたという話も伝えられており、米国もプーチンが大統領ポストに復帰したときに、対米強硬路線が復活する可能性があるとして、動向に注視しているようだ。

欧州も天然ガス需要の約4割をロシアに依存していることもあり、プーチンが資源外交を繰り広げないか、さらに彼の勢力圏拡大構想(後述)や人権侵害の深刻化、さらに民主化と近代化路線の後退に警戒を強めているという。

またメドヴェージェフ大統領が、アジアよりも欧米をより重視していたのに対し、プーチン首相が中国を重視していることも、欧米諸国にとっては懸念材料となっているようだ。

さらにプーチンの保護主義的な経済政策の立場も欧米諸国からは否定的にとらえられている。そのため、メドヴェージェフ大統領の政権のあいだに、ロシアの世界貿易機関(WTO)への加盟プロセスを完了させるべきだと主張する政策担当者も出てきた。

日露関係は?

そんななかで、日本は微妙な立場に置かれている。日露関係は、2010年11月のメドヴェージェフ大統領の国後島訪問以後、きわめて悪化した。震災後、一時、関係は緩和したものの、やはり緊張状態はつづいている。メドヴェージェフ大統領は、ソ連・ロシアを含め、北方領土に初めて足を踏み入れ、自身の訪問後も、まるで踏み絵を踏ませるかのように、多くの閣僚らを訪問させていた首脳であった。

他方、プーチン首相は、大統領時代、森喜朗首相(当時)と良好な関係を築き、2001年には「イルクーツク声明」で、歯舞、色丹の二島返還を記した1956年の「日ソ共同宣言」を原則とするとした上で、四島すべての帰属問題を解決してから平和条約を締結すべきだという立場をとっていた。日本にとってみれば、プーチンが北方領土問題で見せた姿勢は、期待を持てるものであるが、プーチンがその立場を現在も維持しているかは不明であり、もしメドヴェージェフ大統領が見せた強硬姿勢がプーチンの立場に沿うものだったとすれば、今後の見通しはかなり暗いといえよう。

実際、プーチン首相は、大統領への返り咲き計画が発表される直前の9月初旬に、北方領土を含む千島列島(クリール諸島)のインフラを整備する「クリール諸島社会経済発展計画」に、約31億円を「追加で」拠出する政令に署名していた。

日本としては、プーチン首相の姿勢をこれまで通りと考えずに、来るべき「プーチン・バージョン2」のシナリオを念入りに分析して対応すべきだろう。

「近い外国」 ―― 「ソ連」の再来?

10月4日、プーチンはロシアのイズベスチャ紙に寄稿し、旧ソ連でロシアが主導する関税同盟を発展させ、「大西洋から太平洋まで広がる」大経済圏となる「ユーラシア同盟」を形成し、EUともバランスのとれた統合を行っていくとする構想を発表した。ユーラシア同盟についてはEUをモデルとし、統一通貨や中央銀行が導入される一方、参加国の政治的な主権は保持される方向性で、設立を想定している模様だ。

これは、プーチンの大統領復帰路線が明らかになった後、初の方針表明となったため、かなりの重要性を持つ指針だと見られている。なお、プーチンは、事前に本構想について周囲に相談などはしていなかったそうである。

関税同盟は、2010年7月に、ロシアがカザフスタン、ベラルーシと共に発足させ、それら域内の関税を撤廃したものである。ウクライナなどへのラブコールがツヅイテいるものの、その後の発展は見られていない。しかし、プーチンは同紙で、2012年1月1日には関税同盟を、資本と人の往来も自由にした「統一経済圏」に移行させ、国家の枠を超えた強力な統合に発展させると強調している。

この背景には、政治的、経済的思惑があると思われる。

まずは、ロシアの「近い外国」(旧ソ連諸国)の、ロシア離れへの対応に迫られていることがあるだろう。ロシアはソ連解体時に、CIS(独立国家共同体)を創設し、ロシアの「近い外国」に対する影響力を維持しようとしていた。CISは、ソ連解体後にソ連構成国のうち、バルト三国を除く12ヶ国で形成された緩やかな国家連合体である。2009年8月にグルジアが脱退したほか、トルクメニスタン、モルドヴァは客員参加国であり、ウクライナは正式にCIS憲章を承認していないため、法律的には加盟国・客員参加国の資格を持たないが、事実上の客員参加国であるため、現在の正式加盟国は8ヶ国となっている。

だが近年、CISとCSTO(CIS安全保障条約機構)の弱体化が顕著になっている。CSTOは、ロシアが主導するCIS加盟国による軍事同盟で、3ヶ国の新規加盟、3ヶ国の条約延長拒否を経て、現在の加盟国はロシア、ベラルーシ、アルメニア、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、ウズベキスタンの7ヶ国となっており、親ロシア的な諸国にかぎられる。かつて加盟国だったアゼルバイジャン、グルジアは条約延長を拒否し、ウクライナ、モルドヴァとともに、反ロシア的グループとみなされてきたGUAMを結成し、ウズベキスタンも一度はCSTOの条約延長を拒否し、GUAMに加盟したが、後にGUAMを脱退し、CSTOに再加盟したという経緯がある。

しかし、ウズベキスタンはCSTOには決して協力的ではなく、たとえばロシアが「アラブの春」的な動きがCSTO加盟国で発生した際には、CSTO軍を介入させるという提案をしたときにも、ウズベキスタンは反対し、それを想定した軍事訓練や会議も欠席している。このように、CISやCSTOは、もはやロシアの影響力を維持する威力がなくなってきている。また、EUへの接近を強めており、関税同盟に入れようとしながらもうまくいっていない、ウクライナを引き戻す願いも強くあるはずだ。そこで、ロシアとしては、旧ソ連諸国を統合する新しい枠組みを追求したいところであるはずだ。

次に、ロシアは経済的にも、国益を追求しようとしていると思われる。同盟によって巨大な経済圏をつくり上げ、ロシアの経済発展に直接結びつけるような体制をつくれば、WTO加盟問題などに悩まされることなく、大きな経済利益を生むことができると想定しているのだろう。とくに、「大西洋から太平洋まで」の広大な経済圏をつくることで、アジアと欧州を効率的に結びつける役割を果たすとも述べており、その野望がかなり大きいことがうかがえる。

なお、プーチンは、ユーラシア同盟は「ソ連の再建」ではないと強調した上で、経済的に合理的で、バランスのとれた協力を行うことは、ユーラシア大陸全体に地政学的、経済的な肯定的変化をもたらし、世界にも好影響を与えると述べている。

プーチン「バージョン2」の不気味さ

以上、見てきたように、プーチン大統領がふたたび誕生した際に、彼がどのような政策をとるのかということについては、まだ明らかになっていない部分が多い一方、プーチンがロシアの国益を重視した政治経済路線を打ち出してくること、そして、まずは「近い外国」から地盤を固めてくるであろうことは間違いなさそうだ。

他方、メドヴェージェフ大統領の外交が、相対的に対「近い外国」に対しては甘く、対欧米諸国に対して手厚かったことに鑑み、プーチンが、ここ数年手薄となっていた地域の外交を強化してくるという読みもできるかもしれない。

ともあれ、現状ではプーチンの出方については何とも言えない部分が多く、世界各国が来るべきプーチン外交に注目しているのである。

3月の東日本大震災の際のプーチンの迅速な対応に見られるように、プーチンが日本に深い関心を持っているのは間違いない。だが、その関心の深さが、どのようなかたちで政策に結びついていくのか、すなわち、日本にとって肯定的なかたちになるか、否定的なかたちになるかは、しっかり注視していく必要があるだろう。

推薦図書

ソ連やロシアという国名はよく知られていても、ロシアが中心となって、旧ソ連諸国の多くから構成されているCISについてはあまり知られていないと思われる。実際、CISそのものを知る機会はあまりないだろう。本書は、そのCISを真正面から取り上げた研究書である。出版から7年が過ぎているので、古くなってしまった情報も多いが、それでも、CISとは何ぞやということを理解しておけば、CISが衰退し、新たな枠組みを求めるロシアの戦略の意味も理解できるはずである。なお、筆者も本書の一部を執筆している。

プロフィール

廣瀬陽子国際政治 / 旧ソ連地域研究

1972年東京生まれ。慶應義塾大学総合政策学部教授。専門は国際政治、 コーカサスを中心とした旧ソ連地域研究。主な著作に『旧ソ連地域と紛争――石油・民族・テロをめぐる地政学』(慶應義塾大学出版会)、『コーカサス――国際関係の十字路』(集英社新書、2009年アジア太平洋賞 特別賞受賞)、『未承認国家と覇権なき世界』(NHKブックス)、『ロシアと中国 反米の戦略』(ちくま新書)など多数。

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