イラク軍によるモスル奪還。最大の拠点を失ったISの今後とは?

IS台頭の原因とイラクの分裂

 

荻上 アラブの春の影響が広がり、その結果、各地で民主化が進むというよりは、むしろ秩序の不安定化による権力の空白、それにつづくテロ組織の台頭、あるいは民衆に対して国家が牙をむくというような混乱が生じました。こうした状況は、各国で統治上の課題が未解決であったことから引き起こされたのだと考えられます。イラクにおいては、どのような統治上の課題がISの台頭を招いたと言えるのでしょうか。

 

酒井 イラクの場合はアラブの春を経験していませんので、イラク戦争での政権交代が大きなきっかけになります。最大の問題は、アラブの春と違ってイラクの民衆は自分たちの手で政権をひっくり返していないということです。つまり、国内に勝者がいない。

 

とくにスンニ派の人々の間では、「結局、現政権はアメリカがお膳立てしてできた政権ではないか」という思いが強く、そこに最初のボタンの掛け違いがあります。スンニ派の人々にしてみれば、サダム政権は悪かったかもしれないが、自分たちが悪かったわけではない。それなのに、政権交代後に自分たちがマージナライズされるのは不公平じゃないか、という思いがあった。そこにISが上手くつけ込んで、「一緒に今の政府やアメリカをやっつけてやろう」という方向に持っていってしまった。まさにイラク戦争後の運営の失敗が、ISを呼び込んだ一番の原因だと言えます。

 

やはり単純な多数決での選挙では、どうしてもシーア派を中心とした政党が勝ってしまいます。結果、多数の宗派の上にあぐらをかいたシーア派中心の政策が進んでいくことになってしまった。

 

荻上 このままではIS対策が進んだ後に、イラクはスンニ派、シーア派、クルドの三つに分裂するのではないかと指摘されています。

 

酒井 私は必ずしもきっぱり三つに分かれることが平和だとは思いません。イラク戦争前のイラクを見ている限り、もともとはっきりと分かれていたわけではなかったです。都市ではとくに、スンニ派もシーア派もクルドも能力があれば昇進していくという社会でした。お互いに宗派が違っていても信頼関係を取り戻せば、また昔のように混ぜこぜになって生活することも可能なはずだと私は思っています。

 

荻上 その後の統治の回復、生活支援、民族同士の和解などにおける国際社会の支援のあり方についてはいかがですか。

 

酒井 まず教育など、最低限必要なものについては国際社会は十分に支援できると思います。今回イラクではモスル大学が徹底的に破壊されてしまいましたが、その時にイラク政府は各国の大使館に対して学生がすぐに勉強できるように教科書を集めてくれと呼びかけたこともありました。

 

ただ、こうした支援において政治的な紐がつく、たとえばアメリカがバックにいることが全面に出たり、今回のモスル奪還作戦でも中心となったシーア派の義勇兵たちの後ろにイランがついている、ということになると、国際社会の支援が「介入」という形で受け止められる恐れもある。そして介入という言葉に反応して「ISの方がマシだった」というような声も出て来かねない。そのあたりをどう支援していくかが重要になると思います。

 

荻上 自治であるという感覚を提供しつつ、今までよりも高度な生活水準の実現に向かってサポートしていく、適度な距離感が求められるわけですよね。

 

酒井 そうですね。さきほど言ったように、モスルはナショナリズムが非常に強いところです。国際社会はもちろん、クルドの手も借りない、シーア派の手も借りない。そうした自尊心をどのように守っていくかが重要だと思います。

 

 

酒井氏

酒井氏

 

 

ホームグローンテロリズムにどう対抗するか

 

荻上 リスナーから質問が来ています。

 

「ISは今後、拠点をどこに移し活動を広げていくのでしょうか。ホームグローンテロのようなイスラム過激派の思想家が世界各地に点在していると聞きますが、そのネットワークはどのようなもので、どのように構成されているのでしょうか。」

 

保坂 ISに限らずアルカイダなどのジハード主義系組織は、基本的には領域の支配がなくても存続できます。事実、アルカイダは支配領域をもたなくても、ずっと活動を継続しています。とくに、インターネット上に彼らの言説が残っているかぎり、極論すれば、誰もいなくなったとしても、彼らの言説が地雷のようにいつ暴発するかわからない状況はしばらく続くでしょう。

 

荻上 そうしたISの活動についてはより監視を強化すべく情報機関が対応していくと思われますが、それだけでは追いつけきれないところもあるのですか。

 

保坂 そうですね。ISの場合はとにかく影響を受けたり、インスパイアされたりした人数が多い。これだけ多くの人数を動員し、しかも組織すらまともにない状況でまとめ上げられるイデオロギーというのは、歴史的に見てもそう多くはありません。非常に稀な現象だといえるでしょう。

 

よく知られているように、ISにはアラブ人を中心に多数の外国人が戦闘員として流入しています。彼らの多くは自分たちの生まれ育った国で過激化し、イラクやシリアでISに参加しています。ISがイラクやシリアで弱体化すれば、その多くが祖国に戻ることになります。彼らのようなテロリスト予備軍やイラク帰り・シリア帰りへの監視を強化することは喫緊の課題といえます。ただし、人数が多いので、監視にはたいへんな手間暇がかかります。

 

中東はもちろんアジア、ヨーロッパやアメリカ、オーストラリアなどイスラム教徒の多い地域では、すでにISに感化されたテロリストたちによる事件が多発しており、その反動のかたちでイスラム嫌い(イスラムフォビア)の増加・拡大も現実のものになっています。これらの地域ではイラク帰りやシリア帰りの監視も重要ですが、非イスラム教徒のあいだでの根拠のないイスラム嫌いを防止するために、イスラムやイスラム教徒に関する知識と認識を一般国民のあいだで高めていくことも重要になっています。一般国民が変にイスラム教徒に対して偏見を持つようなことがあれば、ISが彼らの国への攻撃を正当化する言い訳に使うこともありうるからです。

 

ただ実際には、国・地域ごとでの(信仰の自由や経済問題等)環境の違いによって、テロリスト予備軍の監視やイスラム理解の拡充できめ細かい対応ができるかどうかが難しいと思います。イスラム教徒が非常に少ない日本ですら、ISに加わろうとする人たちが出てきています。こうした人々をどうケアしていくかが、それぞれの国で課題となります。

 

荻上 日本では2011年以降、公安によるイスラム教徒の監視が問題となりましたね。個人情報が流出したにもかかわらず、そのことを反省している傾向も見られないような状況だった。国内においても、きめ細かな対応についてはなかなか議論されていない感じがしますね。

 

保坂 日本の場合はイスラム教そのものに対する知識が欠落していますので、まずはそこからスタートする必要があります。中東やアジア、ヨーロッパやアメリカなどでは、こうした対策もかなり進んできています。それらと比較すると、イスラムに関する理解の拡大や危険人物の監視などの政策で日本は相当遅れているといわざるをえません。ただ、中東やアジア、欧米では今後イラクやシリアが落ち着いてきたときには、帰国した戦闘員をどのようにリハビリし、彼らを社会復帰させ、ホームグローンやローンウルフと言われるテロを防止するかという問題が中心になってきています。

 

荻上 主導者バグダディが死亡しているという報道がなされていますが、これが真実だった場合、ISの統率力はどうなっていくのでしょうか。あるいは次の代表が生まれるのか、このあたりはいかがですか。

 

保坂 死亡説はこれまでに何度も流れていますが、ISのような組織の場合、指導者は必ずしも必要ではありません。むしろ、組織があり、指導者が一つ一つ指令を出しているタイプのテロであれば、今後の動向を予測しやすいわけです。すでに説教や声明、ビデオなどインターネット上にばらまかれた地雷をいつ誰がどこで踏むかわからないというのが、IS対策の難しいところです。

 

世界中どこであれ、怒りや不満をもった若者たちが、ISやアルカイダからの直接的な命令や指示がなくても、こうした自分たちと違うものに対する攻撃を呼びかける素材を適当に忖度して、自分の生まれたところでテロを起こす。こうした事件がすでに欧米で頻発しています。

 

新たなテロを防止するためにも、自国で過激化したもの、シリアやイラクから帰国した戦闘員をどのように社会復帰させていくか。とくに中東以外の国では、このリハビリが今後のもっとも大きな課題になってくるだろうと思います。

 

荻上 戦闘員へのケアとしては、社会的包摂だけでなく思想の武装解除も必要だと思われます。これについて前例やプログラムのようなものは構築されているのでしょうか。

 

保坂 はい。中東の国々の中では、ほぼどこの国でも同じようなリハビリが進められています。従来は、アジトを攻撃してテロリストを殺害するとか、逮捕して刑務所に入れるというのが中心だったのですが、刑務所がテロリストやテロリスト予備軍をより過激化させる要因となっていたことがわかってきました。近年では、彼らを単に刑務所に閉じ込めておくのではなく、イスラム法学者やソーシャルワーカー、心理学者らとなどさまざまな専門家たちが開発した脱IS化、脱洗脳のプログラムを受刑者に受けさせ、社会復帰させるというソフトアプローチの重要性が強調されるようになっています。

 

 

ISに吸い寄せられる東南アジアのイスラム教徒

 

荻上 こんなメールも来ています。

 

「東南アジアにも、ISの影響が単独あるいはグループで広がっていると聞いています。今後、テロリストが世界中に広がるのではないかと心配しています。」

 

保坂 現在では、とくにフィリピンで大きな動きを見せています。ISが活動を活発化させているのはフィリピンのなかでももともとイスラム教徒が多く、かつ反政府運動が盛んであった場所です。そこで活動していたグループの多くがISに忠誠を誓い、そのイデオロギーにもとづいて活動を拡大するという事件が起きています。

 

おそらくこのような動きは、イスラム教徒が迫害を受けている地域、あるいはそう考えられている地域を中心に、世界中に広がっていくと考えられます。フィリピンはまさにそうですし、ミャンマーもロヒンギャと呼ばれるイスラム教徒がたくさんいます。中国の新疆ウイグル自治区などもそうです。少数派差別の残る地域には常に火種がある。こうした地域がある限り、ISやアルカイダのイデオロギーは存続すると考えねばなりません。

 

酒井 ISに加わる人々は、積極的にISの思想に惹かれていったというよりは、もともと自分たちの状況は不遇だと感じるきっかけがあるんです。ロンドンでのテロの時にも、犯人が「シリアで行われたことをお前たちは分かっているのか」という捨てゼリフを残した。同じようなケースは非常に多いんですね。シリア内戦でアサド政権がどれほどひどいことをしているか、ロシアの空爆がどれほどの被害を生み出しているか。国内で次々に人が亡くなっている現実を、国際社会は見捨てている。そうした思いを敏感に感じた人たちが、ISに吸い寄せられていってしまうのです。

 

極端に言えば、ありとあらゆる社会的な不公平感というものは、過激な思想を吸い寄せるものなのだと思います。ISがなくなったとしても、あるいは今の機能を失ったとしても、同じような形で人々の不公平感を吸収し、力をつけていく勢力は生まれていくでしょう。それがISと全く関わりのないところから出てくる可能性もある。

 

荻上 ホームグローンテロリズムに関しては、アルカイダなりISなり、その都度、流行っている思想体系や話題になっている人物に対して共感を持つという形で感染していった。それがIS以降も続くのではないかという観点も、準備しておかなければならないわけですね。

 

そんな中で、フィリピンにおけるISの影響、及び対策はどのように考えれば良いのでしょうか。

 

保坂 現在、ミンダナオ島などで活動しているテロリストたちは、もともとはモロ民族解放戦線とかモロ・イスラム解放戦線といった名前で呼ばれていたグループが中心になっています。かつてはアルカイダに忠誠を誓っていましたが、おそらく勝ち馬に乗ろうと思ったのか、今はISとして活動しています。やはり非常に根が深いのは、フィリピン国内ではキリスト教が中心ですので、常にイスラム教徒は迫害されているという意識がある。それが、たとえばフィリピンではイスラム教徒の多い地域において、ISやアルカイダがはびこる大きな栄養素になっています。

 

もう一つ気になっているのは、彼らはISに忠誠を誓ってから「ISフィリピン」と名乗るようになっていたんですが、1年ほど前から「IS東アジア」と名前を変えたことです。東アジアとはどこまでのことを言っているのか、日本も入っているのか。ISは日本も含む東アジアまで手を伸ばそうとしているのか、という危惧はあります。

 

ただ、私自身は日本がISから直接的に襲われる可能性は非常に低いと思っています。もともと日本に関しては、ISもアルカイダもほとんど関心を示してきませんでした。しかし、だからと言って日本人が襲われない、というわけではありません。石油を買うにしろ、物を売るにしろ、常に彼らが攻撃しようとする場所に日本人はいますので、そうした攻撃に日本人が巻き込まれる恐れはあります。

 

荻上 地域に根づく差別や貧困など、小さな紛争の芽が大きな火種になる可能性はあるので、国際的に協力しながら芽が生まれる土壌を避けていく。国連が誕生して以来、そうしたことを本当の意味の「積極的平和主義」という言葉で表現していた動きもありました。そんな中で、今後の国際的なテロ対策についてはどのように見ていけば良いでしょうか。

 

酒井 やはり、それぞれの地域で抱えている問題をなるべく無くしていくことです。同時に、これはフィリピンが典型的ですが、従来は少数民族として分離独立運動をしていたグループが、なかなか目的が実現できないためによりラディカルな方向性に走り、もっともキャッチーなイスラム過激派というものに飛びつく。そうした動きが、たとえば中国のウイグル自治区、ロシアのチェチェンなどでも生まれています。そうなる前に、彼らの声を国際社会がどのように吸い上げていくかが課題になると思います。

 

荻上 イラク、シリアだけではなく、各地域の状況にも目を向けていきたいですね。保坂さん、酒井さん、今日はありがとうございました。

 

 

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