2010.07.07

哨戒艇事件をめぐる韓国内の亀裂と日本の選択  

高原基彰 社会学

国際 #哨戒艇事件#南北問題#韓半島版911

哨戒艇沈没事件以後、北朝鮮周辺の動向がまたあわただしくなっている。 昨年に二度目の核実験が行われたとき、わたしは北京にいた。その後しばらくマスコミや市民の反応をみていて、「中国も北朝鮮を重荷に感じている」と、ひしひしと感じた。実際に北朝鮮側の行動も、中国の影響圏を離れたがっていることをうかがわせたし、中国の側はそれに危機感を深めていたように思う。

確固とした外交利害をもつ中国

わたしは北朝鮮の専門家ではないので、内部の動きなどはまったく分からない。しかし、哨戒艇事件が顕在化してから、中国との適切な距離感を保つ、という方向性がすっかりなくなったようにみえる。

中国は、よくも悪くも、統一的な意志をもって外交利害を主張する国であり、その分、意図がはっきりしている。安全保障面では、現在の「国境線」は現状維持を望む。経済的には、自国内で消滅しつつある「フロンティア」と安価な労働力の代替物として、北朝鮮を有効活用しようとしている。そのための投資も、長年に渡って行っている。その上で、国際社会に対し、北朝鮮との連絡役という立場を外交カードとして活用する。

他方で、自国からの投資が無意味となるような事態、東北地方に民族問題が発生する事態など、自国に明確な不利益が生じる事態は、なんとしてでも回避しようとする。こうした観点からすれば、現状は、中国の意図に沿うようなかたちで推移しているといってよいだろう。

政府への不信感と、北朝鮮関与の否定

これに対し、韓国と日本は、どういう対処をしたいのか、自国内で意見が集約できていない。

まず韓国では、李明博大統領に対する国内の信任が薄い。哨戒艇沈没についても、原因は北の攻撃と断定した政府発表を、信用できないという世論が盛り上がっている。ダウムの「アゴラ」を根城とするネット世論過激派には、韓国軍・米軍が共謀したなどとする陰謀説が、一定程度の影響力をもっている。

これは極端にしても、現政権に対する不信感から、今回の事件に北朝鮮が関与していることを否定する感情が、ある程度の広がりをもつ。現政権の「政敵」にあたる、韓国最大の市民団体連合「参与連帯」は、国連安保理に向けて、事件の再調査を依頼した。革新メディアのハンギョレ新聞の世論調査では、回答の6割が「政府発表は信用できない」というものだった。

イデオロギーに左右される南北問題

南北問題・統一問題をめぐる見解は、韓国内では、国内のイデオロギー分布と切り離すことはできない。

保守メディアは、哨戒艇事件を「韓半島版911」などと呼び、あたかも開戦間近であるかのような煽り文句を連発した。代表的な保守派新聞の朝鮮日報は、北の攻撃を前提として、再度侵犯行為があった場合、自衛権発動に6割が賛成しているとしている。

韓国の世論調査の類は(この場合それぞれの読者が対象なので仕方ないにせよ)、発表側の立ち位置によって結果がまったく異なるのが常態だ。したがって、単体の数値をそのまま引用・分析することに、あまり意味はない場合が多い。

6月の統一地方選に際し、李明博がこの事件を人気取りに利用していると、批判派は主張していたし、そういわれても仕方のない言動もあった。しかし結果は、与党ハンナラ党の事実上の大敗となった。

格差拡大による相対的な剥奪感

国外からみると、対北強硬派の李明博・現与党が敗北したことによって、対北強硬姿勢が国民に否定されたとみえるかもしれない。むろんそうした要素がないとはいえない。だが、それよりも重要なのは経済なのだ。

韓国経済はマクロ数値で見るときわめて好調にみえる。だが実際は、サムソン・LG・現代といった、多国籍企業化した財閥系大企業の業績が好調なのにも関わらず、雇用(とくに若年雇用)状況はあまり改善していない。このことが、そうした財閥系大企業と関係のない国民の多数に、相対的剥奪感のようなものを抱かせているのだ。

先に触れたふたつの世論調査でも、世代差が大きいことが示唆されている。とくに40歳以下の若い層における、現政権に対する不人気は深刻だ。さらには、若年層だけでなく、現政権に対する信任がどんどん弱体化している。格差の拡大がもたらす剥奪感が、選挙結果として目にみえるかたちで現れた、このように筆者は考えている。

外交利害をもちえない国に、まっとうな議論は生まれない

問題なのは、こうした動向のなかで、韓国が対外的に、統一に対してどういう姿勢をとっているのか、不明確なことだ。

むろん日本もそうである。朝鮮半島がいかなるかたちで着陸すれば自国の「国益」であり、またたとえば、普天間基地の問題はそこにどう関わるのか、具体的な構想はどこからも聞こえてこない。

はっきりした主張はといえば、NIMBY的な平和主義と、実行されないことを前提にした空元気の強硬姿勢という、この二種類しか存在していないのではないか。いずれもまったく空疎な立場だ。

政治過程のなかにあって、「自国が何をしたいのか」をめぐる意志形成の試みがなければ、いかなる結果がでようとも不毛な状況がつづくだけだ。現代的課題への対応能力を欠いた旧来のイデオロギー対立が残存したり、あるいは他国へ責任転嫁する無責任な議論が跋扈したり。外交利害をもちえない国に、まっとうな議論は生まれない。どこの国でも同じである。

ハンギョレ http://www.hani.co.kr/arti/politics/defense/415504.html 

朝鮮日報 http://news.chosun.com/site/data/html_dir/2010/05/27/2010052700104.html

推薦図書

2001年に『病としての韓国ナショナリズム』という本を上梓し、韓国のナショナリズムを鋭く批判した著者が、日韓共催W杯以後の韓国社会の変化を見る中で、急速に変化する韓国の社会意識を描写した本。盧武鉉政権の歴史見直し、それに反対する新保守運動の盛り上がりなどの文脈を丁寧に説き起こし、朝鮮族労働者・アメリカ移民・中国との関係など、民族主義という概念だけでは分析のできない社会的イシューが韓国の中でも大きく認識されてきていることを示す。

プロフィール

高原基彰社会学

1976年生。東京工科大学非常勤講師、国際大学GLOCOM客員研究員。東京大学院博士課程単位取得退学。日韓中の開発体制の変容とグローバリゼーションにともなう社会変動を研究。著書に『現代日本の転機』(NHKブックス)、『不安型ナショナリズムの時代』(洋泉社新書y)、共著書に『自由への問い6 労働』(岩波書店)など。

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