2013.03.18

2013年2月に発行された『世界自然エネルギー未来白書』。本報告書は、ISEP研究部長のエリック・マーティノー氏が、世界の自然エネルギー分野の専門家や実務家170名に行ったインタビューをまとめたものだ。日本においても導入が加速されつつある自然エネルギー。その未来にはどのような可能性があるのか。世界ではいまどれだけ自然エネルギーが普及し、現在、わたしたちはどのような局面に立っているのか。ISEP研究員・古屋将太氏によるインタビューをお送りする。

自然エネルギーの未来の可能性

古屋 2012年7月から固定価格買取制がはじまったことにより、4月〜11月末時点までに新たに運転開始した自然エネルギーの設備容量は144.3万kW、11月末までに経産省の認定を受けた設備容量は364.8万kWと、遅ればせながら日本でも自然エネルギーの導入が加速しつつあります。

今回は、先日『世界自然エネルギー未来白書(http://www.isep.or.jp/gfr)』を発表したエリック・マーティノー氏に自然エネルギーの未来について、世界の専門家たちはどのような可能性と選択肢を見ているのか、うかがいたいと思います。まずは簡単に自己紹介をお願いします。

エリック わたしは米国出身で、1980年代から30年近く自然エネルギーの分野で政策、技術、経済、地理など、幅広く活動してきました。ワシントンDCにある世界銀行で途上国の自然エネルギー開発プログラムを指揮したり、中国の大学で教鞭をとっていたこともあります。そして、2008年から日本に移り住み、環境エネルギー政策研究所(ISEP)で活動しています。

わたしが日本に来たのは、日本を含むアジアでの自然エネルギーの可能性を見ていたことが大きな理由です。実際に世界における自然エネルギーのリーダーシップは米国と欧州からアジア(とくに中国)へと移りつつあります。また日本が自然エネルギーにおいて世界でのリーダーシップを発揮するのを見たいと思ったことも日本に来た理由のひとつです。

国際的に仕事をすることが多いので、世界中どこにいても仕事ができるのですが、東京はもっとも快適に感じるので、ここに住むことを決めました。

古屋 まさにリチャード・フロリダがいうところの「クリエイティブ・クラス」ですね。

エリックは、この2年間、世界の自然エネルギー分野の専門家や実務家170名にインタビューを行い、近年発表された50のシナリオから、自然エネルギーの未来の可能性をまとめ、先日アブダビ・自然エネルギー国際会議で『世界自然エネルギー未来白書』をリリースしました。

すでに世界の専門家たちから、「さまざまな立場にある専門家や機関の多様な展望をモザイク状に総合させ、自然エネルギーの未来の信頼できる可能性の幅を提示した画期的なレポート」との評価がなされていますが、こういったレポートをつくろうと思った最初のアイディアはどういったものだったのでしょうか? たしか2010年のデリー・自然エネルギー国際会議のときだったと思いますが。

エリック もともと2005年からREN21が毎年発行している『自然エネルギー世界白書』の主筆者を務めてきました。『自然エネルギー世界白書』は現在の世界の自然エネルギー普及状況をまとめたものであり、そこには未来の展望は一切含まれていませんでした。

ふと「現状はわかった。では、未来についてはどうなのか? たくさんのシナリオが出され、それらはいくつかのビジョンを示していて、グラフ上では自然エネルギーは時間とともに増えていく未来を描いている。自然エネルギーの未来について、わたしたちの現在の考え方とはどういったものなのだろうか?」と考えはじめました。

レポートのアイディアを得たのは、デリー・自然エネルギー国際会議の昼食時にマイク・エックハート(米国再生可能エネルギー協会前会長)と話していたとき、彼が「世界のオピニオン・リーダー100人から自然エネルギーの未来についての展望を2〜3ページ書いてもらい、集めたものをウェブサイトに載せようと考えている」と聞いたことが最初でした。

それを聞いたとき、実際に100名もの人たちにすべて自身で書いてもらうことは難しく、また、政策立案者が200〜300ページもの文章量にすべて目を通すことも難しいだろうと思いました。そこで代わりにわたしが彼らのところに行ってインタビューして、それを30ページ程度のひとつのレポートにまとめるべきだと思い、このレポートを書くことを決めたのです。

調査ではおよそ100の自然エネルギーのシナリオを集め、そのなかからレポートでは50のシナリオを使いました。それらはページ数にして5,000ページになりました。また、あらゆるタイプの専門家、研究者、政府機関関係者、ビジネスパーソンなど、できるかぎり多くの人から話を聞く必要があると考え、当初150名にインタビューすることを予定していました。しかし、最終的に170名になり、そのインタビューノートは1,000ページになってしまいました(笑)。

それらを30ページ程度にまとめることは、わたしのこれまでの仕事のなかでもっとも困難な作業となり、結局レポートができるまでに2年かかりました。

予測以上に進んだ自然エネルギーの普及

古屋 このレポートで書かれているように、いまは「変革の時(Transformational time)」であり、このレポートは自然エネルギーの新たなステージの方向性を媒介するように思います。

エリック たしかに、わたしたちは「未来をどのように考えるか」という点で大きなターニングポイントに立っています。それは技術やコストの観点からではなく、「考え方」そのものについてです。

たとえば、国際エネルギー機関(IEA)のシナリオが典型的ですが、過去のシナリオを見てみると、自然エネルギーについては25年ぐらい毎年ほとんど変わらない内容で、基本的に未来に対して非常に保守的なものでした。しかし、この2〜5年間に出されたものに新たなシナリオ、新たなビジョン、新たな視点が現れたのです。グリーンピースが世界各国のシナリオを隔年で多数出していたり、他にもさまざまな研究機関に同じような動きがあります。

つまり、この数年のあいだに「考え方」の変革のようなことが実際に起こりはじめているのです。そして、50〜100という十分な研究が出そろった現在は、それを捉えるちょうどいいタイミングだといえます。

しかし、ほとんどの人はそういったことをまだ整理して理解することができていないのです。誰も5,000ページものシナリオすべてを理解することなどできません。なので、わたしはそれらのシナリオを通して、わたしたちの現在の「考え方」を理解できる方法を創り出そうとしたのです。

古屋 単刀直入に、50〜100のシナリオを消化してみた結果、どのような発見があったのでしょうか?

エリック まず、過去に発表された予測よりもはるかに自然エネルギーの導入が進んでいるということがわかります。10年前の予測値を見てみると、それらは現在の実績値よりもはるかに小さいのです。

たとえばIEAが2010年までの世界の風力発電の普及は34GW程度になるだろうという予測を2000年に発表していましたが、2010年の実績値は198GWでした(図)。また、世界銀行が2020年までに中国における風力発電の普及は9GW程度になるだろうという予測を1997年に発表していましたが、予測よりも約10年早い2011年の実績値は60GWでした。

過去の風力発電普及予測と実績

過去のシナリオでは長期予測(2030〜50年)で自然エネルギーの割合は15〜20%ぐらいだと考えられていましたが、現在すでに世界の自然エネルギーの割合は17〜18%になっています。そして、今日のシナリオでの長期予測は、穏健な見通しでも30〜45%、積極的な見通しでは50〜90%が現れています。

IPCCが5年をかけて作成した世界の自然エネルギーの評価レポートでは75%に届くといわれていますし、保守的なIEAのETP(Energy Technology Perspective)ですら45%を掲げています。

つまり、自然エネルギーの普及の見通しには上端と下端があり、多くのシナリオでより多くの自然エネルギーが導入されると見ているのです。そして、それらの見通しはすでに確立された手法で、世界中の多くの専門家によって何年もかけてレビューされているため、きわめて信頼性の高いものだといえます。グリーンピースも基本的にはそういった信頼できるプロセスをふまえたシナリオを出しています。

他には、多くのシナリオが温室効果ガスの排出をあるレベル以下に減らすことを条件にした「気候変動制約」のもとでつくられていることもあげられます。それは「炭素制約」といってもいいかもしれません。

そして、なによりも大きな発見は「より多くの自然エネルギーが導入されることが可能である」と考えられていることです。

技術や経済性の問題ではなく、わたしたちの選択の問題

古屋 いまおっしゃったように、シナリオにはさまざまなタイプのものがあります。それらの違いはどういったことから生まれるのでしょうか?

エリック より多く自然エネルギーが導入されるシナリオは、同時に省エネ(エネルギー効率化)がより進むことを織り込んでいます。総エネルギー需要を減らすことができれば、自然エネルギーの割合を高めることはより簡単になります。それらのシナリオでは2050年までに20〜40%の省エネが含まれています。過去のシナリオにはこのような大胆な省エネは見られなかったので、これも新たな特徴なのかもしれません。

より多くの自然エネルギーを導入することは技術的には実現可能なのですが、問題は、人々が「わたしたちはそれを実行する必要がある」とか「未来のためにそれは必要なのだ」と考えられるかどうかなのです。10年前であれば、自然エネルギーを推進する一部の人々がそのように考えていたのですが、現在ではほぼすべてのシナリオでそういった考え方がとられるようになってきています。

次に、わたしたちは広範な自然エネルギー導入を実現する上で、もっとも信頼できる現実的な方法はどういったものなのかを考える必要があります。

たとえば「自然エネルギーは変動するので蓄電設備がなければ多く導入することはできない」という考え方があり、しばしば人々はこれを当たり前のこととして考えてしまいます

これについて、アメリカの国立再生可能エネルギー研究所(NREL)は、30〜90%の幅で自然エネルギー電力を供給するモデルを研究し、どのような技術で80%を達成できるのかを調べました。その結果、新しい技術がなくても80%を達成できることが可能であり、また、蓄電設備を大量に導入する必要もないということがわかりました。なぜなら蓄電以外にも送電網で需給を調整するオプションは多くあり、それらを使うことで80%は可能であるという結果になったのです。アメリカの政府系研究所ですら「大量の蓄電設備なしでも自然エネルギー80%は可能である」と述べているのです。

古屋 他のオプションがあるにもかかわらず、過去の考え方に縛られてもっとも信頼できる現実的な方法が見えなくなってしまうというのは大変興味深いですね。

このレポートを読んでみて、「より多くの自然エネルギーが導入される未来が実現するかどうかは、技術の問題でも、経済性の問題でもなく、わたしたちがそれを「選択(Choice)」するかどうかの問題なのです」という一文が、このレポートの中心的なメッセージだと感じました。

エリック インタビューのなかで、多くの専門家が「(自然エネルギーの普及は)もはや技術の問題ではない」「技術についていえば、もうすでに十分に成熟している」と何度も述べていました。また、多くの専門家が「自然エネルギーは十分に安くなってきているので、わたしたちが必要とするものを、いまわたしたちがもっているもので賄うことができる」と述べていました。

現時点で見た場合、自然エネルギーは従来のエネルギーとまったく同じ価格になっているわけではないでしょう。しかし、きわめて同じ価格に近づいていることはたしかです。たとえば、風況の良い場所や日射量の多い場所であれば、風力発電や太陽光発電は従来エネルギーに十分競合する価格になる国や地域が現れはじめています。

まさに、自然エネルギーの広範な普及は、もはや技術の問題ではなく、経済性の問題でもなく、わたしたちがそれを「選択」するかどうかの問題になってきたのです。

わたしたちは日常のなかで消費者として、投資家として、企業人として、さまざまな「選択」をしています。そういった人々の日々の選択が、わたしたちが自然エネルギーの広範に普及する未来へとたどり着くかどうかにつながっているのです。

そして、その選択は、いまや技術や経済性の問題ではなく、明日、今年、今後10年のあいだに行うわたしたちの選択の問題なのです。

古屋 その議論は非常に重要だと思います。多くの一般市民は自然エネルギーと聞くと「もっと技術開発が必要だ」と考えがちですが、実際にはすでに自然エネルギー技術の多くは十分に成熟しているので、夢のような技術の開発にかける必要はないと。

エリック そうです。ただし、まったく技術開発が必要ないというわけではありません。

たとえば、洋上風力発電について、この技術は現在欧州でおもに導入されています。日本の風力発電の専門家とのインタビューでは、洋上風力発電については、地理的な条件が違うので欧州と同じようには機能しないかもしれないと聞きました。そのため、日本では浮体式の洋上風力発電の技術開発が進む可能性があり、そういったかたちでの技術開発の方向性は今後もあるでしょう。

しかし、基本的な自然エネルギー技術はすでに確立されているので、それが大きく変わることはないでしょう。

自然エネルギーの「統合」からエネルギーシステムの「変容」へ

古屋 なるほど。すでに成熟した技術があり、価格も下がりつつあるわけですが、レポートでは自然エネルギーの今後の課題は「統合(integration)」へ移りつつあると述べられています。これも非常に重要な論点なので、自然エネルギーの「統合」問題についてもうかがいたいと思います。「統合」とはどういったことでしょうか?

エリック これも専門家たちとのインタビューで何度も取り上げられた点なのですが、要約すると、「統合」とは「既存のエネルギーシステムに、変動する自然エネルギーをどのようにうまく組み込んでいくのか」を意味します。

自然エネルギーの広範な導入は、電力システム運営の観点から見ると、一定のサービスのレベルを維持しながら変動に対処することが課題になります。

わたしがインタビューするなかで驚いたことは、自然エネルギーの変動に対処する方法がじつに多数あるということでした。レポートでは送電網における変動への対処方法として12項目を記載しました。そのうち5つは蓄電設備をまったく使わない方法です。

さらに驚いたことは、それらの対処方法によって「自然エネルギーの送電網への統合は可能である」と専門家たちが述べていたことです。そして、12の対処方法の多くが今日すでに現実に電力会社・送電会社によって実行されているのです。

たとえば、テキサス州では変動に対処するためにデマンド・レスポンス(*)を行っています。システム運営者は、規制をクリアするために一定の予備容量を確保する必要があり、彼らはデマンド・レスポンスもしくはデマンド・マネジメントをもちいて、これに対処しています。

(*)デマンド・レスポンス:価格やインセンティブの設定によって、消費者が自らピーク時に電力消費を抑えるように促す仕組み。

こういった例を見れば、わたしたちはすでに自然エネルギーの送電網への統合において、「なにをやらなければならないのか」はわかっているのです。問題はそれを「どのようにやるのか」ということであり、すでに取り組みはじめている電力会社もあります。

たとえば、デンマークはすでにやるべきことを把握し、統合に向けて進むことを明確に打ち出し、「どのようにやるのがもっとも的確なのか」を模索しはじめています。そして、そういったデンマークの先導を追っている電力会社の例もいくつかあります。

先ほどお話したように、対処方法はすでにあり、統合の試みもはじまっています。しかし、いくつかの対処方法はこれまでと異なる新しいやり方なので、多くの電力会社にとっては不快なものとして見えるのです。

わたしは、これについて、今後、制度的なものとの関係、とくにエンジニアの仕事についての世代間の文化的な違いが影響してくると見ています。というのは、ある専門家が「電力会社が統合問題を受け入れるには、前世代とは異なる発想をするエンジニアが大半を占めるようになることが必要になるだろう」と述べていたからです。

わたしはそういった時代が来るまでそれほど長い時間はかからないと思っていますが、集中型の電力システムが形成されてからおよそ100年つづいてきた考え方と実践が変わるには、難しい部分もあるのかもしれません。

統合問題は輸送や建築にも深く関わってきます。レポートではこれらについて多く書いており、とくに建築については非常に多くのことに取り組む余地があります。いまや建物に自然エネルギーを組み込んで低エネルギー建物やゼロエネルギー建物を実現することは、従来の建設コストとそれほど変わりません。

わたしたちは、建築や建設に自然エネルギーを統合する新しい考え方を実践し、そういった新しい建築のあり方を標準化する必要があるのです。しかし、わたしはこれはきわめて困難であると考えています。なぜなら人々のこれまでの標準的な取り組みや行為を変えることが必要とされるからです。

多くの人々がいまや明確に「統合」を、今後5〜10年のあいだに取り組むべき共通の課題として捉えていると、わたしは見ています。そして、ある専門家は、統合にともなってエネルギーシステム全体もしくはエネルギー技術全体が進化し、どこかの時点で輸送についても劇的な「変容(Transformation)」が起こるだろうと述べていました。もしかしたら、自然エネルギー電力が輸送のためのエネルギーの半分を供給することになるのかもしれません。

たとえば、夜間やオフピークの時間に自然エネルギー電力で充電した電気自動車が大半を占めるような世界が想像できます。2040〜50年ぐらいの話になるかと思いますが、そういった輸送の変容においては、自動車そのものの形状やサイズ、燃料の種類まで、ひとつの型を万人が使うのではなく、異なる輸送のモード、サービス、技術の多様な組み合わせによるものとなるでしょう。

それは、もはや「統合」を超えた「変容」であり、いますぐはじまるわけではありませんが、それはもうわたしたちの想像の範囲内にあるのです。

地域レベルからはじまる新しい取り組み

古屋 たしかに「統合」が「変容」を誘発するのだろうと思います。一方で、そういった動きが現れるには政策、とくに地方自治体レベルの政策が不可欠かと思います。まず、自然エネルギーの統合を誘発したり、媒介するために、どのような政策が必要なのでしょうか。

エリック 多くの都市や自治体がさまざまな政策に取り組んでいて、「化石燃料ゼロ」「カーボンニュートラル」「100%自然エネルギー」といった目標を2030〜2050年までに達成することを宣言しています。目標設定の方法や取り組み方は地域や国によって大きく異なります。

たとえば、建築物の基準を設定する権限をもっている自治体のなかには、太陽熱温水器やバイオマスボイラーなどの利用を要件として組み込むという政策をとっているところがあります。これによって自然エネルギーが統合された建物の普及がはじまります。

これについては、建築家コミュニティと自治体の協働がカギとなるでしょう。また、建築・建設素材産業の役割も重要ですし、彼らの多くは地域レベルで活動しています。たとえば、建築用ガラスは利用する地域で製造されることが多いのですが、そこで彼らと自治体、地域コミュニティが新しい取り組みをはじめることで、自然エネルギーの建物への統合がはじまります。太陽光発電ガラスや薄膜太陽光発電の建物への統合といった例が考えられます。

ある太陽光発電の専門家はこんなことを指摘していました。建築ガラスの装飾には多くのコストがかかります。見栄えを良くするための装飾です。では、太陽光発電ガラスについてはどうでしょうか。おそらく通常のガラスよりは価格は高くなるのですが、それでも他の装飾ガラスと同じ程度の価格でしょう。これはどういうことかというと、わたしたちはエネルギーのコストだけを比較しているのではなく、建築ガラスの種類を比較しているのです。

つまり、ここには「人々がなにを考え、建築家がどのようにデザインするのか」という選択があるのです。わたしたちが建築についてなにを美しいと感じ、どういったスタイルが良いと感じるのか。もしかしたら、わたしたちは15年後には自然エネルギーが組み込まれていない建物を醜いと感じるのかもしれません(笑)。

こういったことは、地域レベルからはじまるのです。建築の他にも、都市や自治体が輸送エネルギーに取り組んでいます。多くの都市でバイオ燃料のバスが走っていたり、自然エネルギー電力で電車が走っていたりします。

電力を使った輸送については難しい面もあります。なぜなら、たいてい電力会社は国や州レベルの規制下にあるので、自治体には権限がないのです。

しかし自治体が電力会社に対して権限をもっている場合、非常に多くのことができます。たとえばドイツでは、自治体が所有する市営電力会社に対して自然エネルギーにより多く投資したり、公共施設に太陽光発電を導入したり、地域の送電網をより分散型に対応するように整備するといったことを求めることができます。地域の電力会社から先に動きが生まれ、政府がそれに追随することもあるでしょう。この背景には、市民が「電力会社を制御して、自然エネルギーにより多く投資してもらいたい」と考え、行動しているという側面があります。

都市や自治体にできる政策は数多くあるのです。固定価格買取制を州レベルで実施するところもありますし、地域レベルの政策としてネットメータリング(余剰電力買取制)を行っているところもあります。地域レベルでおこっていることは非常に興味深く、すでに数多くの事例があるのです。

高度化する自然エネルギー産業や金融の構造

古屋 わたしは昨年ドイツに調査に行ってきたのですが、かつて自治体が送電網を所有していて、一度は売却したのですが、市民のイニシアティブが自然エネルギーの普及拡大のためにふたたび買い戻そうとしているという話を聞きました。実際には非常に複雑な手続きを経ることになるので数年かかるそうですが、これは新しい潮流のひとつだと思います。

別の質問ですが、このレポートの執筆にあたって170人の専門家にインタビューしたわけですが、そのなかでもっとも印象的だった議論はどういったものでしたか?

エリック このレポートはわたしの責任のもとで、多くの専門家たちの多様な考え方や見通しをひとつに総合しています。なので、個別の専門家の名前をここであげることはできませんが、そうですね、もっとも興味深いインタビューは、もっとも長くて3時間かかりました(笑)。

その専門家は長年自然エネルギー分野に従事してきたビジョナリーで、その方との対話はレポートでのほぼすべてのトピックを網羅していました。そのときに、はじめて包括的に、そして明瞭に全体像が見えました。そこから個々の絵を貼り合わせるかのようにレポートが組み上がっていったのです。

他には、自然エネルギー企業のCEOたちにインタビューするなかで、いくつか印象的なものがありました。それは、わたし自身の理解がまだまだ浅いということを気付かせるものでした。たとえば、風力発電産業におけるIT技術の利用であったり、いかに風力発電がハイテク産業になりつつあるかといったことは、わたしもはじめて知りました。風力発電には数百のモニタリング装置がついていて大量のデータを分析しているため、じつは風力発電産業は世界最大のスーパーコンピューターのユーザーなのです。また、設計やメンテナンスにも高度な技術が使われていることにも驚きました。

いまや自然エネルギーは非常に洗練された、複雑な機械を使うハイテク産業となっていて、その最前線は、これまで自動車や航空機がたどってきたものと同じような軌跡をたどるでしょう。

金融の専門家とのインタビューも興味深いものでした。彼らの見通しでは、自然エネルギーへの投資は今後も引きつづき拡大していくことは明らかであり、2020年には年間5,000億ドルにまで届くだろうとのことでした。いまや投資家は「自然エネルギーは従来のエネルギーよりも低いリスクで利益を生み出す投資先である」ととらえています。

興味深い例として、風力発電は複数年の風況変動量でリスクがヘッジされています。そのため、「弱風年」にたいする保険を買うこともできますし、そういった種類の投資商品が次々と構想されています。

ある金融の専門家は「産業リスク」という言葉を使っていました。彼は、自然エネルギーへの投資が標準的な産業のリスクと同等になる水準に近づきつつあることを述べていて、それは基本的には投資家に受け入れられる水準になってきているということです。

自然エネルギーの共通理解をつくる

古屋 自然エネルギーの産業や金融の構造がより高度化していく見通しがレポートでは描かれていて、政策、ビジネスや経済のモデルもより複雑化しながら進化していくのだろうと思います。そうなると、近い将来、この分野に関わる人材がより多く求められることになりますし、自然エネルギー分野の教育や能力開発がきわめて重要になってきます。これについてはどのように考えていますか?

エリック そうですね、いまビジネスモデルについてふれましたが、そこには学習という側面があります。どういったモデルが機能するのか、どういったビジネスのかたちが受け入れられるのか、たとえば電気自動車のオーナーシップモデルやカーシェアリングといった、異なるかたちのサービスプランが考えられます。

わたしはそういった多くの革新的なビジネスモデルが将来の明確なある時点で現れることを期待していました。ところが驚いたことに、そういったモデルを見つけることもできなければ、あるモデルの将来的なたしかさがどの程度なのかも見つけることができませんでした。つまり、どんな新しいビジネスモデルが現れるのかもわからないという不確実性があるのです。

この発見をわたしは「目覚まし(Wake up call)」のようなものではないかと考えています。つまり、ビジネス・金融・コミュニティといった分野で人々がより学習を積み重ね、新たなモデルを試み、検証し、機能する革新的なモデルを創り出していくことが必要なのだ、と呼びかけられているように感じました。レポートでは実際に多くの事例を紹介することはできませんでしたが、それはまさに教育や能力開発が必要であるということを意味しています。

教育という点でいえば、建築分野で建築家が自然エネルギーについて学ぶことが大事だと思いますし、石油会社ですら自然エネルギーについて学ぶでしょう。他にも、電気自動車製造者と電力事業者は、どのように電気自動車と送電網がうまく統合されるのかをお互いに学んで、電力分野と輸送分野を組み合わせる新しい考え方を創り出すことになるでしょう。実際には建築素材や自動車メーカーといった既存産業のなかで、すでに多くのトレーニングがはじまっています。

また住宅での自然エネルギー利用の選択肢は消費者教育につながります。「数字の意味がわからないし、いくらかかるのかもわからないし、どれぐらい儲かるのかもわからない」という市民の声をよく聞くのですが、消費者が選ぶことができる選択肢についての情報を共有する、企業から独立した消費者情報機関が必要なのかもしれません。住宅には太陽光発電、断熱、太陽熱温水器といった選択肢があり、それぞれどのような経済性があって、どういったコストがかかっているのか、人々はそれほど理解していませんし、企業は必ずしもそういった情報のすべてを提示しているわけではありません。明瞭で客観的な情報のもとで自然エネルギーの選択肢を正確に理解できるようにすることが重要になります。

あとは、政策立案者の能力開発でしょうか。自然エネルギーの普及が進む効果的な政策のつくり方について、政策立案者が学ぶべきことはたくさんあります。そのなかで、政策立案者が理解すべきもっとも大事なことは、「産業政策や運輸交通政策といった異なる分野の政策がどのように自然エネルギーの計画に影響するか」ということです。

自然エネルギーは、エネルギー政策、電力事業、エネルギー価格、課税あるいは炭素クレジットなどにかかわりますが、それだけで完結するわけではなく、より広範な分野と関係します。たとえば、建築物への自然エネルギー冷熱統合を見れば、それは建築分野の政策となります。その場合、建築部局の官僚は、エネルギー部局の官僚よりも自然エネルギーについて学ぶ必要があります。

古屋 わたしも地域の自然エネルギー事業開発を支援するなかで自治体の人たちと仕事をすることがよくあります。市長がイニシアティブをとって動き出すことがあるのですが、担当部署はたいてい環境部局になります。そして、彼らは取り組みを進めるために他の部局とコミュニケーションをはかることになるのですが、たいていスムーズにいきません。やはり取り組みをはじめるできるだけ早い段階で、部局を横断して自然エネルギーの共通理解をつくる必要があると感じます。

エリック たしかにそうだと思います。国レベルでみても、省庁同士でお互いに話をしなかったり、共通言語すらもっていないことがあります。歴史的にみると、自然エネルギーは環境省の管轄することがほとんどで、環境省の官僚は環境については理解しているのですが、運輸、産業といった分野については必ずしも理解していないという状況があります。政府が自然エネルギーにかかわる全体性にどのように対処するかという問題を根底から考える必要があります。

ドイツは2050年までに自然エネルギー電力80%という高い目標を設定しています。しかし、政府がどのように自然エネルギーにかかわる問題を取り上げ、対処していくのか、改めて考え直さなければこの目標は達成できないでしょう。レポートでは、国レベル、州・都市レベルで政府や自治体がどのように自然エネルギーの全体性を再考しているのか、興味深い例を取り上げているので参考になるでしょう。

日本が再び自然エネルギー分野でリーダーシップを取り戻すために

古屋 最後の質問なのですが、このレポートは世界の自然エネルギーの可能性の幅を示したという点で非常に意義深いのですが、地域で自然エネルギーに取り組む人たちが未来を考える上でも非常に有用かと思います。地域で自然エネルギーの取り組みをはじめようとする人たちにこのレポートをどのように読んだり、使ったりすることを期待していますか?

エリック わたしとしては、このレポートが人々、とくにコミュニティのリーダーたちの新しい発想につながればいいと思っています。

わたしが専門家たちにインタビューするなかで、地域コミュニティが風車などの自然エネルギーを所有することで社会的受容性が高まるというコメントを多く聞きました。そうすることで利益を得るのは地域の外の誰かではなく、地域コミュニティになるのです。小規模な投資家の小規模なファンドを束ねれば、それは意義あるリソースになります。

このレポートが多くの日本の人たちの新たな発想につながればと思います。新しい発想で、新しいコミュニティ・ファンドの手法、新しいオーナーシップのかたち、たとえばアパートやマンションで管理組合が共同で自然エネルギーの導入を行う仕組みといったものを開発して、わたしたちの決定のための選択肢が増えることを期待しています。

そして個人やグループの新しい発想から生まれた新しい選択肢を通じて、多くの人々が「ああ、これが本当に未来につながっているんだ」「わたしもこの未来に参加したい」「出遅れてはいけない」とか「わたしたちが未来をリードするんだ!」と思うようになることを期待します。きっと「置いてけぼりを食うのはいやだ」と思う人は、新しい発想や仕組みを学ぼうとするでしょう。

もうひとつ期待することは、市民やコミュニティのグループが活動するなかで、政府や自治体に対して「わたしたちはまだまだ取り組みが足りない」「もっとわたしたちにできることはたくさんあるはずだ」「世界の他の国や地域はみんなすでに先を行っていて、わたしたちは出遅れている」といった声を投げかけることです。これまでの各地の経験を踏まえれば、そういった政治的プレッシャーが実際に新しい政策や実践につながってきました。

この点で、日本は世界の他の国や地域に本気で追いつかなければなりません。1990年代まで、かつて日本は太陽光発電と太陽熱温水器の分野で世界のリーダーでしたが、この10~15年でその地位を世界の他の国々に奪われました。いまや年間の市場成長ではトップ5位にも入っていません。いくつかの市場では途上国の方が日本よりも先を行っています。

日本はふたたびリーダーシップを取り戻さなければならないとわたしは考えていますが、そのためには誰もが本気で追いつこうとしなければなりません。そして、それはつねに市民やコミュニティの取り組みからはじまるのです。

(2013年2月5日 ISEP事務所にて)

世界自然エネルギー未来白書2013(日本語版PDF, 6.4MB):2013年2月発行

自然エネルギー世界白書2012(日本語版PDF, 27MB):2013年2月発行

プロフィール

古屋将太環境エネルギー社会論

1982年生。認定NPO法人環境エネルギー政策研究所研究員。デンマーク・オールボー大学大学院博士課程修了(PhD)。専門は地域の自然エネルギーを軸とした環境エネルギー社会論。

この執筆者の記事

エリック・マーティノー北京工科大学エネルギー・環境政策研究所教授

北京工科大学エネルギー・環境政策研究所教授。再生可能エネルギーの研究において、国際的に知られる専門家、著者、教員。21世紀のための再生可能エネルギー政策ネットワーク(REN21)発行の世界自然エネルギー未来白書の2013年度版レポートの著者であり、2010年まで世界自然エネルギー白書の主執筆者を務める。現在、東京を拠点とする環境エネルギー政策研究所のシニアリサーチフェロー、ニュージーランド・ヴィクトリア大学ウェリントンにて客員教授。

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