2011.02.15

エジプト反政府デモ ―― 東欧革命、「色革命」を彷彿?

チュニジアの「ジャスミン革命」の影響は、ヨルダンやイエメンにも波及し、そして、1月25日以来エジプト全土に広がっていた反政権運動は、激しい弾圧などもあり趨勢が懸念されていたものの、現地時間の2月10日夜にホスニー・ムバラク大統領が辞任を表明し、ついに民衆側が勝利した。

アラブ諸国での革命の連鎖は、ソ連圏とソ連の解体を促進した東欧革命と2003年のグルジアにおける「バラ革命」、2004年のウクライナにおける「オレンジ革命」などを総称する「色革命」(2005年のキルギスにおける「チューリップ革命」を含める場合も多いが、筆者は、キルギスのケースは他の二つの「革命」と性格が若干異なると考えている)を彷彿させるといくつかのメディアで報じられた。

たとえば、東欧革命がソ連の国力・影響力が低下したことによって発生したのに対し、今回のアラブ諸国での政変はアメリカの国力・影響力が低下したことによって発生したというような分析が見られたり、「色革命」も今回の政変も民衆の力によって発生したというような類似性を指摘する分析がみられたりした。

専門外の筆者はアラブ諸国の政変に関する分析を行う力はないが、東欧革命の中心人物であったヴァーツラフ・ハヴェル元チェコ大統領は東欧革命との類似性を指摘しており、実際に、チュニジアで運動に参加した人々も、東欧革命との類似性を感じているという。それら類似性については、メルケル独首相や欧米の多くの知識人も指摘している。ただ、エドゥアルド・シェワルナゼ元グルジア大統領・元ソ連外相は、東欧革命とアラブの政変はそれほど類似していないと指摘しつつも、「システムの破壊プロセス」は同じだという見解を示している。

他方、筆者は少なくとも「色革命」とアラブの政変とのあいだには類似性を感じていない。もちろん、民主化を求める国民の力がひとつになったという共通点があることは事実であるが、「色革命」についていえば、(1)米国政府や欧米のNGOなどの支援があった、(2)不正選挙が直接の引き金になっている、(3)「革命」を率いる明確な指導者がいた、という特徴があり、それらは今回のアラブ諸国での出来事にはみられないと考えているからである。地理的にも離れているだけでなく、政治の権力基盤にも、文化的にもかなり差異がある両地域を簡単に結びつけるべきではないだろう。

このように、旧ソ連・東欧の民主化の動きと現在のアラブ諸国の動きについては、単純にその類似性を強調するべきではないだろう。また、旧ソ連の多くの権威主義的な諸国では、力のある野党勢力は存在していない。

しかし、決定的にいえることは、旧ソ連諸国の独裁的な指導者たちは、今回のアラブの一連の動きの余波に脅威を感じているということだ。中国ではインターネットでエジプトに関する情報が読めなくなっているなど、かなり厳しい情報統制が敷かれているらしいが、旧ソ連諸国ではそのようなことまでは聞かれない。それでも、さまざまな影響がみてとれる。以下に、主だった動きを指摘していきたい。

旧ソ連諸国への影響 ―― ロシア

ロシアでは、アラブの政変に対する神経質な反応はあまりみられないが、エジプトで連日民衆が集結している姿は、2004年のウクライナの「オレンジ革命」を彷彿させ、ロシア首脳陣も若干の懸念は感じているようである。

プーチン首相は、「オレンジ革命」後、警察や内務省軍などに優先的な投資を行い、民衆をコントロールするための体制を強化してきた。それに加え、「オレンジ革命」ではユーシチェンコ元大統領がシンボル的存在となっていたが、ロシアにはプーチンを超えうるカリスマ的ヒーローがいない。これらのことから、ロシアでは「革命」の波及可能性は低いと考えられてきた。

しかし、今回のエジプトでの動きは、ロシア首脳陣の危機感を高める要素をもっているという。第一に、カリスマ的ヒーローが不在だった点である。ヒーローがいなくても、民衆の政府打倒の波は起こりうることが証明された。第二に、イスラームの連帯の力が示されたことだ。そのことは、北コーカサスのイスラームファクターへの影響に対する脅威論の高まりと連動し、ロシア首脳陣は危機感を強めているという。

前回の拙稿「ロシア空港テロ事件 ―― その背後にあるもの」(https://synodos.jp/international/2545)で述べたように、北コーカサスはテロが日常化しているが、それらのテロの多くにイスラーム過激派やアラブ系の支援者が関わっているといわれている。そのため、ロシアでは、エジプトの政変において、ムスリム同胞団が大きな役割を果たしたということに懸念を表明するものもいる。

アフガニスタン紛争の際にも多くのイスラーム義勇軍が戦闘に参加したが、そのうち40%がエジプト人だったといわれている。彼らはモスクワに対して反感をもっているという背景もあり、北コーカサスの破壊行動に、イスラームの連帯を基盤にアラブ系の人々が協力を強める可能性を指摘する専門家もいる。

カザフスタン

カザフスタンでは、1月31日、20年もの長期政権を維持している70歳のヌルスルタン・ナザルバエフ大統領が、国民向けにテレビ演説し、任期満了まで約2年を残して、繰り上げ大統領選挙を行う方針を発表した。

拙稿「旧ソ連諸国の権力維持の構造」(https://synodos.jp/international/1472)で述べたように、カザフスタンでは、これまで憲法改正などにより、ナザルバエフ大統領は長期の大統領任期を獲得し、独裁的な様相を強めていたが、じつは、今年の1月14日に、カザフスタン議会が「国民投票によって大統領任期を2020年まで延長できる」とする憲法修正案を可決しており、さらなるナザルバエフの権威主義政権の長期化が危惧されていた。このカザフスタン議会の動きに対しては、欧米諸国や国際機関などが強く反発していたが、カザフスタンは当初、それら諸外国からの反発には耳を傾ける様子はなかった。

しかし、1月31日に憲法評議会がこれを違憲とする判断を下したのに加え(これは大統領の指示と思われる)、大統領が上記のような決断を行った背景には、エジプト情勢の影響があったとする見方が優勢である。

ただし、ナザルバエフの側近らは、エジプト情勢との関連を否定しており、また、カザフスタンには強力な反政府勢力が存在していないだけでなく、民衆は政治にあまりに無関心になっており、エジプト情勢からもほとんどインパクトを受けていないことから、政権はアラブの政変には危機感を感じていないという分析もある。

ウズベキスタン

ウズベキスタンでもカザフスタンと同様に、73歳のイスラム・カリモフ大統領が権威主義的な長期政権を維持しており、カザフスタン同様、強力な反対政府勢力が存在していないことから、政権は盤石であるという見方も強い一方、ウズベキスタンでもロシア同様、エジプトの政変において、ムスリム同胞団が大きな役割を果たしたことに大きな懸念がもたれているという。

ウズベキスタンでは、ウズベキスタンイスラーム運動(IMU)の動きが活発であることもあり、イスラーム関連の組織が反政権的な動きを起こすことに大きな危機感がもたれているとのことである。

キルギス

キルギスは昨年、民衆による革命が一応の成功裏に終わり、現在、オトンバエワ暫定大統領のもと、中央アジアで唯一の議会主導の政権として民主化が進んでいる。とはいえ、昨年6月には南部オシュを中心に大きな暴動が発生するなど、国全体をみれば、まだ不安定要素は大きい。そのため、エジプトなどの動きに触発され、現政権に対して不満をもっている分子などが新たな革命を起こす可能性は、大きくはないとはいえ、否定もできないと考えられている。

タジキスタン

タジキスタンでは、近年、モスク閉鎖や、イスラーム学校への留学やイスラーム的服装の禁止など、イスラームの弾圧の動きが目立ち、政治状況も権威主義化が進んでいることなどから、情勢の不安定化が危惧されていたが、とくに8月の大きな脱獄事件の発生後、国内で暴力事件が多発するようになり、不安定さが増しているという。隣国、キルギスの影響も受けやすい素地があるため、民衆の民主化運動が起きる可能性を指摘する声は少なくない。

しかし、国民は1992-97年の激しい内戦のトラウマをいまも引きずっており、国を不安定化させるような民衆の運動は望んでいないという見方も強い。

アゼルバイジャン

アゼルバイジャンは大きな打撃を受けているという。そもそもアゼルバイジャンのイルハム・アリエフ大統領は、アラブ諸国の指導者の背中を追って「権威主義」を強化してきたといわれており、多くのアラブ諸国の指導者と親しくしているが、エジプトのムバラク元大統領とはとりわけ懇意にしていたことが知られている。

たとえば、首都バクーの「中央バクー公園」には、ムバラクの素晴らしい銅像が設置されており、またバクー郊外(バクーから10キロメートル)のヒルダランには「エジプト・アゼルバイジャン友好公園」がつくられ、そこにもムバラクの銅像が設置されている。さらに、ムバラク夫人のスザンネが作詞した「私たちの平和を創造する」という歌をアゼルバイジャンの人気歌手が歌っているほどだ。

中央アジアの権威主義指導者が高齢で、いずれにせよ、そろそろ権力移譲を考えなければいけない局面に立たされているのに対し、アリエフ大統領は49歳とまだ若い。彼は2003年に、カリスマ的な権威主義的指導者であった父ヘイダル・アリエフから権力を世襲されたが、憲法改正などでできうるかぎり長期政権を維持し(現行憲法では、大統領の任期は5年で、連続の就任は2期までとなっている)、いよいよ引退の折には、父の名をつけた、長男ヘイダル・アリエフにふたたび大統領ポストを世襲させようとしているといわれている。そのため、エジプト情勢の余波をもっとも恐れているのは、アリエフだとする意見は多く聞かれる。

また、アラブ政変との流れとは無関係に、最近、女子学生に対するヒジャブ(アラビア語で「隠す」、さらに「貞淑・道徳」という意味を持ち、イスラーム教徒の女性が頭を覆うスカーフなどを指す)着用禁止令に対し、バクーおよびいくつかの町で抗議運動が起きていたことも、政府の危機感を強めているという。

エジプトで政変が起きた後、国民の間には、アゼルバイジャン現政権に対する不満が顕著に高まりはじめている。ムバラクの銅像や夫人の歌に対しても明らかな不快感が表明され、「エジプト・アゼルバイジャン友好公園」では、2月に入ってからムバラクの銅像の周辺で、アゼルバイジャンの民主化を目指す若者グループが「反ムバラク抗議行動」への連帯を掲げて抗議デモを繰り返している。

政権側もそのような動きに神経質になりつつある。たとえば、2月5日には、野党・アゼルバイジャン人民戦線党の若者団体のメンバーであるジャバール・サヴァランリ(20歳)が、バクー近郊のスムガイトで大麻0.7グラムを所持していた罪で逮捕された。野党関係者はじめ多くの人々が、それは冤罪であり、当局が彼のポケットに薬物を押し込んだのだと考えている。

じつは、サヴァランリは1月20日に、1990年にバクーがソ連軍に侵攻された「黒い一月事件」21周年を記念し、犠牲者を追悼するデモを行おうとして警察に拘束されていた。また、彼は「フェイスブック」を活発に利用しており、しばしば大統領に対する不満を書きこんでいた。そして彼の逮捕前の最後のフェイスブックへの書き込みは、バクーの「自由広場」で、アラブ諸国で起きたような大衆運動を開始するために支援者を募るという内容であったのだ。

そのため、当局はこの逮捕の政治性を完全に否定しているが、民衆のあいだではこの逮捕は明らかにアラブ情勢を意識した「政治的なもの」と考えられており、若者団体もアメリカなどに支援を要請しはじめている。実際、反政権的な活動家はこれまで何人も麻薬所持の容疑で逮捕されてきたのである。最近はフェイスブックの支援者のあいだで、「出かける前にポケットを縫い合わせろ」というスローガンがささやかれているという。

このように、政権側は民衆の動きにきわめて神経質に反応しており、かつての「色革命」から学習した対処法も身につけていることから、アゼルバイジャンで大規模な民衆の運動の発生可能性はあまり高くないといえる。

アルメニア

アルメニアは2008年の大統領選挙の際に、対立候補だった元大統領でアルメニア国民会議党の党首テル・ペトロスィアンとその支持者が、不正選挙を訴えて行った反政府デモを政権が弾圧するなど、非民主的な局面もみられる一方、旧ソ連諸国の中では比較的民主的で安定した国家という評価を受けてきたし、イスラーム教とは無関係であることからも、エジプトの影響は一見受けなさそうに思われる国である。

しかし、現在、そのテル・ペトロスィアンがエジプトを引き合いに出しながら、2月18日に首都エレバンの自由広場で大規模な抗議行動を起こすことを呼びかけている。野党陣営は1万人の出席者を予定しており、それがたとえ2000人レベルの参加者にとどまったとしても、政権にかなりの打撃を与えられると考えているという。

たが、実際のところ、そのデモが実現する可能性は少なそうである。エレバン市官僚が、テル・ペトロスィアンがデモの計画を明らかにした直後に、「スポーツ・文化イベントのため、2月15日から3月15日まで自由広場は立ち入り禁止とする」と発表したからである。このように、実際にはアルメニアでの民衆運動は近いうちには実現可能性が低そうだが、少なくとも潜在的な不安定要因があることは間違いない。

独裁的政権の限界は近いか?

権威主義的な旧ソ連諸国は、民衆蜂起の火種を抱えているとはいっても、旧ソ連諸国とアラブ諸国の状況には大きな差異があり、また、旧ソ連諸国の反政権的な動きに対する厳しい対応や民衆の政治的無関心や安定志向もあって、旧ソ連諸国で近く反政府的な民衆の運動が発生する可能性はあまり高くないといえる。

しかし、民衆の不満は確実に高まっている。そして、そのような不満は、ちょっとした引き金でそれが爆発しうるというのは、アラブの事件で実証された。旧ソ連の権威主義政権も、そろそろ抑圧的な政策で現状維持を図る方策を脱却していく潮時を迎えつつあるのかもしれない。

推薦図書

本書の著者は、ハンガリー生まれでありながら、幼い時期に難民として母国を離れ、英国などで活躍してきたジャーナリスト。地道に現地取材を重ね、新資料や新証言をもとに、「東欧革命」から約20年後に本書を世に出した。

「東欧革命」とは、1989年に旧共産圏であった東独、ポーランド、ハンガリー、チェコスロバキア、ルーマニア、ブルガリアの共産党政権が、ドミノのように次々に瓦解した出来事である。本書は、数多くのエピソードを紹介しながら、とくにそれらの中心人物に焦点を当てるかたちで、一連の事件を再考したドキュメントであるが、それらの記述から、当時は知りえなかった多くの背景や実態が新たにみえてくる。

「東欧革命」と今度のアラブ革命の類似性を指摘する声があることに鑑み、いま改めて「東欧革命」とは何であったのかを考えることは、現在起こりつつある革命を考える上でも大きな示唆となるだろう。

プロフィール

廣瀬陽子国際政治 / 旧ソ連地域研究

1972年東京生まれ。慶應義塾大学総合政策学部教授。専門は国際政治、 コーカサスを中心とした旧ソ連地域研究。主な著作に『旧ソ連地域と紛争――石油・民族・テロをめぐる地政学』(慶應義塾大学出版会)、『コーカサス――国際関係の十字路』(集英社新書、2009年アジア太平洋賞 特別賞受賞)、『未承認国家と覇権なき世界』(NHKブックス)、『ロシアと中国 反米の戦略』(ちくま新書)など多数。

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