2013.12.12

インドは「世界最大の民主主義国家」か?――競合的多党制のもとでの政党政治

三輪博樹 インド政治、比較政治学

国際 #インド#インド人民党#世界価値観調査#中央選挙管理委員会#インド国民会議派#競合的多党制

1.インドは民主主義の国か

現在ではやや言い古された感があるが、インドについてしばしば用いられる表現のひとつに、「世界最大の民主主義国家」というものがある。インドは民主主義国家の中で最大の人口を抱える国である、というのがその意味するところである。この表現はインド国内の報道などにも頻繁に登場しており、そこには、共産党の一党独裁国家である(すなわち、民主主義国家ではない)中国とは異なるのだというインド人の自負心や、経済的・戦略的な重要性という点で先を行く中国に対する対抗心なども見え隠れする。

インドが民主主義の国であると考えられている根拠は、連邦議会選挙と州議会選挙が定期的に実施され、その結果にもとづいて政権が樹立されるという、民主主義の「手続き」の部分が機能していることにある。しかしその一方で、人々の自由や平等、社会正義が実現されていることなどを民主主義を構成する重要な要素であると考えるならば、インドが民主主義の国であるとみなすことは難しい。女性などの社会的弱者の置かれている状況、貧富の格差、政治家や官僚による汚職、マフィアなどの裏社会と政治との繋がりなど、民主主義を損なう多くの問題が存在しているからである。したがって、インドは本当に民主主義の国なのかという点になると、議論の余地があると言わざるを得ない。

このように、民主主義をどのように定義するかによってインドに対する評価は変わりうるが、民主主義を損なうような問題を多く抱えているにもかかわらず、手続きの部分に限定されるにしても民主主義体制を維持してきたということ自体は、高く評価されるべきであろう。そしてインドの有権者は、民主主義およびそれを実現する手段としての選挙に対して高い信頼を置いている。

たとえば、2006年から2007年にかけてインドで行われた「世界価値観調査(World Values Survey)」によれば、民主主義的な政治システムによって国を統治することについて、「非常に良い」あるいは「良い」と回答した者は全体の70.0%にのぼった。また同じ調査によれば、「人々が自由な選挙によって指導者を選ぶ」ことを民主主義における不可欠な特徴であると回答した者は、全体の66.0%であった。

インドにおいて民主主義の手続きを維持し、民主主義に対する有権者の高い信頼度を支えている要素のひとつとして挙げられるのは、中央選挙管理委員会(Election Commission of India)の果たす役割である。インドの選挙管理委員会は憲法の規定にもとづいて設置されており、連邦政府や州政府からは独立した組織として機能している。選挙管理委員会は、有権者名簿の管理、選挙日程の決定、投票所の運営、開票作業、苦情の処理など、選挙のすべての過程を管理しており、非常に強い権限を有している。有権者数の増加などにともない、選挙管理委員会の役割はますます重要になっているのが現状である。

現実には、インドの選挙は必ずしも公正に行われているとは限らない。個々の村や投票所などのレベルでは、有権者に対する脅迫や特定の候補者に対する妨害行為など、さまざまな不正が行われている可能性は高い。また、民主主義の手続きを維持する上で選挙管理委員会の働きが重要であるということはすなわち、選挙管理委員会の組織や機能に何らかの問題が生じた場合には、インドの民主主義体制の正当性までが損なわれる危険性があるということでもある。とは言え、インドではこれまでのところ、選挙における大規模な不正疑惑や、選挙管理委員会が関係したとされる汚職疑惑などは表面化していない。そして有権者の間では、「選挙管理委員会のもとで自由で公正な選挙が行われている」ということが、一定のコンセンサスをもって受け入れられているように思われる。

2.インドにおける政党政治

前述のように、インドにおいては、少なくとも手続きの部分に関しては民主主義体制が維持されている。そして、このようなインドの民主主義体制において重要な役割を果たしているのが政党である。その背景のひとつとして、インドでは団体活動に対する人々の参加度が低いことが指摘されている。

2006~2007年の世界価値観調査によれば、インドの人々の50~60%は何らかの団体に加入しているものの、それらの団体で活発に活動している者は全体の10~20%にとどまった。こうした状況のため、インドでは、国家と社会との間をつなぐ存在として、政党の果たす役割が重要になっていると言われる。

また、インドの有権者にとっては選挙での投票がもっとも重要な政治参加の手段であり、実際、最近の選挙では平均して約60%の投票率が維持されているが、投票以外の政治参加は活発なものではなく、そもそも政治に対する人々の関心度もそれほど高くない。2006~2007年の世界価値観調査によれば、政治に対して「非常に関心を持っている」あるいは「いくらか関心を持っている」と回答した者は、全体の39.1%にとどまった。また、政治参加の手段として、何らかの請願書への署名を行ったことがあると答えた者は全体の22.6%、ボイコット活動に参加したことがあると答えた者は11.7%、平和的なデモ活動に参加したことがあると答えた者は15.0%であった。政治参加に見られるこのような特徴も、政党の果たす役割をさらに重要なものにしていると考えられる。

現在のところ、インドの政党政治は、インド国民会議派(Indian National Congress)(以下、会議派と略)とインド人民党(Bharatiya Janata Party)(以下、BJPと略)という2つの政党を中心に展開されている。

会議派は1885年に結成され、M・K・ガンディーやジャワハルラル・ネルーなどの指導者のもとで、インドの独立運動において中心的な役割を果たした。一方、BJPは80年に結成された比較的新しい政党であるが、その前身となったのは、51年に結成されたインド大衆連盟(Bharatiya Jana Sangh)という政党である。2013年の時点では会議派が連邦政府与党を務めており、野党第一党がBJPである。

一般に、会議派のイデオロギーは中道、BJPのイデオロギーは右派と言われる。しかし実際のところ、政策に関して、とくに外交・安全保障・経済・テロ対策など国家全体にかかわるような政策に関しては、会議派とBJPの主張内容にそれほど大きな違いは見られない。その一方で、インドをどのような国にするのかという国づくりの根幹に関わる部分については、両党の主張は大きく異なっている。

印パ分離独立を許してしまったという歴史的な経緯もあって、会議派は「政教分離主義(セキュラリズム)」を党是として掲げ、民主主義体制のもとですべての宗教や民族などが共存できる国を目指すとしている。これに対してBJPは、会議派のこのような主張を否定し、インドはヒンドゥー教徒を多数派とする国なのであるからヒンドゥー教にもとづいた国づくりをすべきだとする、「ヒンドゥー・ナショナリズム」を主張している。

もっとも、両党の主張は政党政治をめぐるその時々の状況によって変化しており、会議派が政教分離主義一辺倒、BJPがヒンドゥー・ナショナリズム一辺倒というわけではない。とは言え、国づくりの根幹に関わる部分での会議派とBJPの対立は根深く、そのため、国政や州の場において両党が協力関係を構築することはほぼ不可能である。

3.政党システムにおける変化

独立後から60年代後半までの約20年間、会議派は他の政党を圧倒する力を保持し、政党政治の中心に位置していた。しかし、69年の党分裂による党組織の弱体化などを経て、80年代後半から勢力が低下していった。これに対して、BJPは80年代末から90年代初めにかけて急速に勢力を拡大させ、会議派に匹敵する力を持つようになった。とは言え、90年代末以降はBJPの勢力拡大も頭打ちとなっている(図を参照)。

(出所)中央選挙管理委員会の報告書にもとづき筆者作成。
(出所)中央選挙管理委員会の報告書にもとづき筆者作成。

こうした2大政党の勢力の変化とともに、80年代末以降のインドの政党政治において顕著となったのは、多党化の傾向である。連邦下院で議席を獲得した政党の数を比べてみると、89年と91年に行われた第9回・第10回連邦下院選挙では、議席を獲得した政党の数は24政党であった。この数は96年の第11回連邦下院選挙で28政党に増加し、さらに90年代末からは、約40政党が連邦下院に議席を有するようになっている(98年[第12回]:39政党、99年[第13回]:38政党、2004年[第14回]:38政党、2009年[第15回]:37政党)。

これらの政党のほとんどは、特定の州や地域に限定された支持基盤しか有していない「地域政党」である。すなわち、現在のインドにおける多党化は、政党勢力の「地域化」によるものである。会議派とBJPはこれらの小政党に比べれば圧倒的に大きな勢力を持ち、またインド全体で勢力を維持できているのであるが、両党とも90年代後半以降は連邦下院の4分の1程度の議席を保持しているに過ぎず、どちらも単独では連邦政権を樹立できない状態となっている。このように、現在のインドの政党システムは、「全国政党」である会議派とBJPを中心に多数の政党が競合する状態となっており、「競合的多党制(competitive multi-party system)」と呼ばれている。

この競合的多党制というフォーマットのもとで、2大政党である会議派とBJPがいわゆる大連立を形成することは、前節で述べた国づくりに関する主張の違いなどもあってほぼ不可能である。したがって、連邦政権が樹立されるパターンは、(1)会議派を中心とした政党連合、(2)BJPを中心とした政党連合、(3)会議派とBJPを排除したいわゆる第三勢力による政党連合、の3つに限られる。

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表は、2009年に行われた第15回連邦下院選挙の結果をまとめたものである。会議派は統一進歩連合(United Progressive Alliance: UPA)という政党連合を、BJPは国民民主連合(National Democratic Alliance: NDA)という政党連合を、それぞれ率いている。この選挙では、会議派を中心とするUPAが勝利を収めて政権の維持に成功し、現在に至るまでUPA政権が続いている。

4.カーストと宗教

インドの政党政治において、多党化と政党勢力の地域化が見られるようになった背景のひとつとして、インドが地域的に非常に多様な社会を抱えていることが挙げられる。宗教・カースト・言語・民族などの社会集団別の人口構成や、政治的に大きな影響力を持った社会集団の特徴、集団と集団の対立関係や協力関係などは、州や地域によって大きく異なっている。このような状況は、特定の社会集団を支持基盤とした地域政党を生み出しやすい。また、会議派とBJPも含めた各政党にとっては、各州や各選挙区の社会構造を正確に把握し、それに対応した候補者の擁立を行うことが、選挙で勝利を収める上で重要となる。

政治と社会の関係という点で、インドにおけるもっとも重要な社会的特徴のひとつは、カースト制度の存在である。インドのカースト制度には、ブラーマン(バラモン)(司祭)・クシャトリヤ(王侯・武士)・ヴァイシャ(庶民)・シュードラ(隷属民)の4大身分に不可触民を加えた「ヴァルナ」と呼ばれる区分と、主に伝統的な職業にもとづいて細分化される「ジャーティ」という区分がある。不可触民のジャーティを除くすべてのジャーティは4つのヴァルナのいずれかに属し、上下に序列化されている。

この伝統的なカースト制度には、「社会の構造原理」という側面と「集団」という側面の2つがあると言われる。社会の構造原理の側面とは、人々が経済的な相互依存関係と上下の身分関係によって結び付けられ、ひとつのシステムが形成されていることを意味する。これに対して集団の側面とは、ヴァルナやジャーティが人々の集団的動員や社会運動などを行う単位として機能していることを意味する。

現在では、カースト制度の持つ社会の構造原理としての側面が徐々に衰退し、集団としての側面がより強くなっていると考えられている。その結果、個々のカースト集団の関係はより水平的なものとなり、政治的・経済的な利益を求めて互いに競合するようになっている。このような中で各カースト集団は政党との関係を強め、カーストは各政党にとってそれぞれの支持基盤として、また選挙などにおける政治的動員の対象として、重要な存在となっている。

他方、インドにおいてカーストと同じく重要であるのは宗教をめぐる問題、中でもイスラム教徒に関する問題である。2001年に行われた国勢調査によれば、インドにおける宗教別の人口比は、ヒンドゥー教80.5%、イスラム教13.4%、キリスト教2.3%、シク教1.9%、仏教0.8%、ジャイナ教0.4%などとなっている。人口比だけを見ればイスラム教徒は圧倒的なマイノリティーであるが、1億を超える人口(約1億3,800万人/2001年国勢調査)を擁していることや、印パ分離独立という歴史的な経緯などもあって、イスラム教徒をめぐる問題は、独立後のインドにおいて常に重要な懸案事項であり続けている。

第2節で述べたように、2大政党の一角であるBJPは、ヒンドゥー教にもとづいた国づくりをすべきだとする、ヒンドゥー・ナショナリズムを主張している。BJPの中にもイスラム教徒の幹部はおり、同党が反イスラム政党であるとは必ずしも言えないのであるが、このヒンドゥー・ナショナリズムのイデオロギーなどのため、多くのイスラム教徒はBJPに対して敵対的である。

一方で、インドではイスラム教徒を主な支持基盤とする大政党が存在しないため、イスラム教徒の支持は会議派と多数の地域政党の間に分散し、その投票行動は「BJPを倒せる可能性がもっとも高い政党に投票する」というものになる場合が多い。このようなイスラム教徒の動きは、インド国内である程度まとまった人口を擁していることもあいまって、選挙結果に対して重大な影響を及ぼすことが多い。

5.州レベルの政治の重要性

第3節で述べたように、現在のインドでは、会議派とBJPを中心に多数の政党が競合する「競合的多党制」と呼ばれる政党システムが見られている。多数の政党が競合するというこの状況は政党勢力の地域化をともなうものであり、その背景のひとつには、第4節で述べたように、インドが地域的に多様な社会を抱えていることが挙げられる。

競合的多党制のもとで見られる選挙政治や政党政治の特徴のひとつとして、政府の政策実績に関する有権者の意識の高まりが挙げられる。現在のインドでは、「統治の質」が選挙の重要な争点になってきたと言われている。与党が選挙で勝利を収めて政権を維持するためには、政府が質の良い統治を行うこと、すなわち有権者に対して良好なガバナンスを提供することが不可欠となる。

政府が良好なガバナンスを提供できない場合には、人々の不満は、政府に対する直接的な行動という形になって現れやすい。その例のひとつが、2012年末に首都デリーで発生した婦女暴行致死事件に対する抗議活動である。この事件をめぐる動きは、インド国内で女性への性的暴行事件が多発している現状や、女性の置かれている社会的な状況全般に対して、人々の目を向けさせるものとなった。

また別の特徴として、経済・外交・安全保障などの政策に関して、各政党の主張内容に大きな違いが見られなくなっていることも挙げられる。社会正義やマイノリティーの問題、環境問題などについても、各政党の主張が似通ったものになりつつあると言われる。国家全体にかかわる政策に関して、2大政党である会議派とBJPの主張内容に大きな違いが見られないことは、すでに第2節で説明した。実際のところ、政策に関する主張が似通ったものになりつつあるという傾向は、会議派とBJPだけでなく、他の多くの政党の間にも見られるようになっている。その結果、選挙における政党間の競合は、それが連邦下院選挙であったとしても、電力・道路・水利など狭い意味での開発政策や、教育や健康、雇用などの争点をめぐるものとなる場合が多い。

このように、インドにおける競合的多党制は、(1)多党化と政党勢力の地域化、(2)ガバナンスに対する有権者の意識の高まり、(3)政策に関する各政党の主張の収斂状態、といった特徴を有している。このような特徴のため、現在のインドでは州レベルの政治が重要なものとなり、各州の州政治の動向が、連邦下院選挙の結果に対しても大きな影響を及ぼすようになっている。このことが、現在の競合的多党制において見られるもっとも重要な特徴である。

多党化と政党勢力の地域化のため、2大政党である会議派とBJPも、州レベルでは特定の地域政党との間で協力関係や競合関係にある場合がほとんどである。両党とも、中央で連合政治を進めていく際には、それぞれの州における州議会選挙の結果や政党間の競合状態などを考慮に入れなければならない。さらに、ガバナンスに対する有権者の意識が高まっている一方で、とくに国政に関する各政党の主張に大きな違いが見られなくなっているため、各政党にとっては、それぞれの州で有権者を満足させられる実績を上げられるかどうかが、州議会選挙ばかりでなく連邦下院選挙で勝利を収める上でも重要となっている。

インドでは2014年に第16回連邦下院選挙が予定されており、現在のところ、与党の会議派に不利な状況であるという世論調査結果も示されている。しかし、選挙によって政権交代の可能性はあるものの、会議派とBJPの2大政党を中心とする政党政治の構図自体に大きな変化は生じないと思われる。その意味で、インドの政党システムは比較的安定した状態にあると言えるのかもしれない。とは言え、来たる連邦下院選挙の結果や、その後の政治動向などを正確に予測することはなかなか難しい。州レベルの政治が重要なものになっている現状から、中央の政局だけを見ていたのではインドの政党政治を十分に理解することはできないからである。

主要参考文献

– 堀本武功・三輪博樹 編『現代南アジアの政治』放送大学教育振興会、2012年。

– 三輪博樹「インドにおける政党システム」岩崎正洋編著『政党システムの理論と実際』おうふう、2011年。

– 広瀬崇子・北川将之・三輪博樹 編『インド民主主義の発展と現実』勁草書房、2011年。

– 広瀬崇子・南埜猛・井上恭子 編『インド民主主義の変容』明石書店、2006年。

– 広瀬崇子 編『10億人の民主主義―インド全州、全政党の解剖と第13回連邦下院選挙』御茶の水書房、2001年。

– Sandeep Shastri, K. C. Suri and Yogendra Yadav, eds., Electoral Politics in Indian States: Lok Sabha Elections in 2004 and Beyond, New Delhi: Oxford University Press, 2009.

– Pradeep K. Chhibber, Democracy without Associations: Transformation of the Party System and Social Cleavages in India, New Delhi: Vistaar Publications, 1999.

– D. L. Sheth, “Secularisation of Caste and Making of New Middle Class,” Economic and Political Weekly 34(34/35), 1999, pp.2502-2510.

サムネイル「BJP supporters」Al Jazeera English

http://www.flickr.com/photos/aljazeeraenglish/3480254812/

プロフィール

三輪博樹インド政治、比較政治学

中央大学法学部兼任講師、拓殖大学国際学部非常勤講師。専門はインド政治、比較政治学。共編著に『現代南アジアの政治』(放送大学教育振興会、2012年)、『インド民主主義の発展と現実』(勁草書房、2011年)など。

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