タイ総選挙と憲法裁判所――タイでは、いま何が起きているのか?

政府側と反政府側の主張―何を争っているのか?

 

政府側および反政府側の主張も、上記のような政治状況を受けたものとなっている。それぞれの主張の要点を確認してみよう。

 

 

【政府側(1)】

一般にタックシン元首相派とみなされ、タイ北部や東北部の低所得者層からの支持が厚いとされる「赤シャツ」と呼ばれる反独裁民主戦線(UDD)の主張は、非常にシンプルなものである。彼らの要求は一貫しており、政権は民主主義の根幹である選挙に基づいて選択されるべきだというものである。クーデタには強く反対しており、2006年のクーデタ以降、クーデタによって民選政権(タックシン政権)が打倒されたことに抗議し続けている。

 

 

【反政府側(1)】

これに対して、人民民主改革評議会(PDRC)のリーダーであるステープは、タックシン派は地方で有権者の票を買っており、選挙は「タックシン体制」を守るためのものだと繰り返して、選挙の民主主義的正当性を否定する。大規模デモを繰り返したことによってインラック政権に下院を解散させたことについては、不誠実な政府から国民に権力をとり戻したのだと表現する。また、「良き人」による統治を唱え、選挙を経ずに任命によって首相や議員を選出することを主張し人民議会なるものの設立を提案している。これは憲法の規定には存在しない制度だが、ステープは合憲だと主張している。

 

 

つまり、これらの意見の対立は、「民主主義」の意味を巡る争いだといえよう。

 

更にもう1点、興味深い争点が存在する。タイでは、1997年憲法、特に2007年憲法以降、「法の支配」(rule of law)が重視されるようになった。1990年代以降、政府のアカウンタビリティや透明性を高め、汚職を撲滅して、政治を浄化することを目的に掲げられるようになった。その結果、1997年憲法によって、憲法裁判所や行政裁判所といった新しい裁判所や、国家汚職防止取締委員会や選挙管理員会といった独立機関が多数創設された。しかし現在、政府側と反政府側はこの点を巡っても対立している。

 

 

【政府側(2)】

タックシン本人および赤シャツは、2006年以降の裁判所の判決に対して非常に強い不信感を持っている。タックシンは、2006年クーデタ後に革命団布告30号によって設立された資産調査委員会により資産を凍結された。その後2件の案件で訴えられ、最高裁判所により有罪判決を下されて、資産の一部を国庫に没収された。これらの裁判の中で、タックシンは革命団布告30号や2007年憲法の一部条文の合憲性について憲法裁判所で争ったが敗訴している。

 

タックシンには、自らの訴訟で使用された条文や規定が、そもそも「法の支配」に合致していないという不満がある。今回上院によって否決され廃案となった恩赦法案について、タックシンが不当に自らの資産を取り返そうとしているという見方だけでは、現在の政治状況を理解するには不十分だといえよう。

 

また、2007年以降の憲法裁判所の判決により解党され続けて来たのがタックシン派の政党ばかりであり、反対に、保守派層からの支持が厚いとされる民主党に対しては甘い判決が下っていることから、タックシンと赤シャツは、裁判所判決の「二重基準」に対しても批判を行ってきた。

 

 

【反政府側(2)】

ここでもステープの主張は、正反対な内容となっている。反政府デモ隊にとっては、「法の支配」とは裁判所の判断そのものである。彼らは裁判所の判決を絶対視し、また2007年憲法は死守しなくてはならないものとして語られる。ステープは、インラック政権は恩赦法によって裁判所の判決を無効化しようとした時点で、政権としての正当性を失っていると攻撃している。

 

 

大規模デモの衝突、裁判所、独立機関、総選挙、汚職、票買い、タックシン……さまざまな要素が錯綜して複雑に見えるタイ政治であるが、2006年から現在に至るまで、「民主主義」と「法の支配」の二つの原則を巡る争いが、繰り広げられ続けているのである。

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.273 

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