「民主化の成功」という国際評価の罠――インドネシアの政治から見えてくるもの

「お経」となった「インドネシアの民主化成功」

 

2011年に世界の注目を浴びた「アラブの春」から3年。私たちは各地で頓挫する民主化の行方を見てきた。また、過去10年に渡ってイラクやアフガニスタンでアメリカを中心に進められてきた国家再建や民主化といったプロジェクトも、順調というには程遠い状況にある。そんななか、国際社会はアジアの民主化に大きなラブコールを送る傾向にある。対象はミャンマーとインドネシア。東南アジアの2つの国である。

 

ミャンマーの軍政は、2010年以降、「上からの民主化」に乗り出し、民政移管の演出とアウンサンスーチー女史の政治参加により国際的な支持を集めてきた。過去20年以上、ミャンマーの軍事政権に批判的だったアメリカが、2012年に初の現職大統領のミャンマー訪問を実現させ、同国の民主化を賛美したことに象徴されるように、国際社会は同国の新しい政治に期待している。

 

それと同様、もしくはそれ以上に、熱い眼差しがインドネシアに注がれている。2009年4月にタイム誌は世界で最も影響力のある100人のうち、第9位にユドヨノ大統領を選び、インドネシアを「イスラム大国であるだけでなく、民主化して文化的な活力と経済的な繁栄を両立している」と称賛した。その翌年には米国のオバマ大統領がジャカルタを訪れ、国立インドネシア大学で講演を行ったが、彼がアピールしたのもインドネシアの宗教的な寛容と民主改革の成功であった。

 

2012年には、エコノミスト誌の「世界の民主主義度指標」が、日本・韓国・台湾に続くアジアで第4番目の民主主義国として、インドネシアの台頭を高く評価している。同年、英国キャメロン首相もジャカルタを訪問し、地元の大学での講演で「インドネシアの民主化の成功は、民主主義とイスラムが共に繁栄できることの証であり、エジプトを含め多くのイスラム国家の励みになっている」と絶賛した。

 

グローバルな金融コミュニティも、インドネシアを持ち上げる。同国をBRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)と同列に扱うべきだという主張は珍しくない。ゴールドマンサックスのNEXT11、プライスウォーターハウス・クーパーズのE7(新興7カ国)、エコノミスト誌の CIVETS(コロンビア、インドネシア、ベトナム、エジプト、トルコ、南アフリカ)など、将来の有望国を特定しようとする試みの多くにインドネシアの名前が入る。ここでも、民主政治の安定と定着が経済成長の基盤として、明るい国際投資の展望がアピールされる。

 

このように国際的に称賛されるようになったインドネシアの民主化の定着であるが、面白いことに「なぜ定着しているのか」を問う議論は皆無に近い。世界の政治リーダーや金融界、エコノミストたちが賛美するのは「安定」や「定着」というキーワードで説明される民主政治の状況であり、どう安定しているのか、なぜ定着しているのか、という踏み込んだ部分には関心は示さない。

 

それはなぜか。簡単である。欧米の政治リーダーたちが強い関心を持っているのは「アラブの春」のその後であり、イラクやアフガニスタンの現状であり、決してインドネシアではない。こういった国々に直接介入して、政権を転覆して民主化させようとしてきたことの失敗を決して認めたくないのが欧米の政治リーダーたちであり、そのためにインドネシアの「成功例」が必要なのである。

 

つまり、「イスラムと民主主義は両立する」、「多民族・多宗教・多文化国家でも民主化は定着する」、「自由と民主主義は人類の普遍的な価値なので非西洋文明でも育つ」というファンタジーを「お経」のように唱えることで欧米の中東政策を正当化しようと試みてきた政治指導者たちとって、インドネシアの「民主化成功」は必要なフィクションとして、お経の一部にしっかり埋め込まれているのである。

 

そこには「なぜ安定しているか」、「どう定着しているか」という視点は必要とされない。むしろ邪魔である。大事なのはインドネシアの民主化は安定しているという一点である。それに沿って同国の政治が国際的に称賛されてきた。ここ10年はとくにそうである。では、その民主化の安定と定着はどのようにして実現されてきたのか。その実態をみることで、「成功」の秘訣を浮き彫りにしたい。

 

「成功」の秘訣を理解するのは、さほど難しくない。要は、不安定要因をどう管理したかを見ればよい。それは主に3つあった。第一に民主化前の強権政治のシンボルであった国軍の管理。第二に、自由な時代になって分離独立を叫ぶ地方の管理。第三に、民主化で表舞台に出てきた政党政治の管理である。以下にそれらを見ていくが、その前に、大事なポイントとして押さえておきたいのは、民主化の「きっかけ」である。具体的にはスハルト長期独裁政権(1966-98)の崩壊であり、まずその性格を理解することが重要である。

 

 

「勝つための民主化」

 

スハルト政権の崩壊は、1997-98年のアジア通貨危機の煽りで同国経済が瀕死となったことに端を発している。生活苦を背景に、各地で学生や市民団体がスハルト退陣を迫る大規模デモを展開し、その政治の混乱が都市での暴動にまで発展したことで、国軍も国会もスハルトの退陣しか打開策がないと判断した。スハルトもそれしかないと悟った。これがスハルト政権の崩壊であり、その後の「民主化時代」の政治の舵取りは、スハルト時代末期に権力の中枢にいた人たちの主導権で進められてきたのである。

 

その意味で、インドネシアの民主化は人民革命でもなければ、外国の武力攻撃に負けて、外から民主化が持ち込まれるというタイプとも違う。ここには、世間一般的にイメージされる民主化、すなわち、権力を独占している支配層が外部の圧力に負けて、権力を奪われ、支配が崩れて民衆の政治参加が進む、という力学は見られない。逆に、権力の中枢にいた人たちが、スハルトという長年にわたって忠誠を示してきた「親分」を見捨てて、民主化を演出することで既得権益の保持・拡大が可能になると考えた結果、政変が起きたのである。

 

もっと核心を言うならば、彼らは、民主化後に新興政治勢力が台頭して競争になったとしても、昔から権力に近い自分たちのほうが資本も政治インフラも強いので十分やっていけると判断し、民主化を実現させた。つまり支配エリートによる「勝つための民主化」であり、「敗北の証としての民主化」ではない。この実態は、世間一般、とくに国際社会の抱く民主化のイメージとは大きく異なる力学であり、その後の展開を理解する上で決定的に重要になってくる。

 

 

スハルト大統領©Tempo

スハルト大統領©Tempo

 

 

 

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