2013.06.09

「株安でアベノミクスは頓挫した」と、1割の可能性にBETする危ない橋を渡る人たち

高橋洋一氏インタビュー

情報 #金融政策#アベノミクス#予想インフレ率#リフレ#量的緩和#新刊インタビュー#バーナンキ#リフレが正しい

株安によってアベノミクスが頓挫するのではないか? という不安が高まるなか、5月23日、『リフレが正しい。FRB議長ベン・バーナンキの言葉』(中経出版)が発売された。この本は、FRB議長であるベン・S・バーナンキの過去の講演のうち、とくに「日本のデフレの問題」と、「リフレ政策の是非」について語られている講演をセレクト、翻訳したものである。

本インタビューでは、この本の監訳・解説を務め、プリンストン大学客員研究員時代には直接バーナンキ教授(当時)の薫陶を受けた、嘉悦大学教授で政策工房会長の高橋洋一氏に、「今回の株安がもたらすアベノミクスへの影響」を聞いた。はたして株安でアベノミクスは頓挫したのか?(聞き手・構成/編集集団WawW ! Publishing 乙丸益伸)

新生日銀(黒田・岩田日銀)は何をしようとしているのか?

―― 新生日本銀行の黒田総裁・岩田副総裁による金融緩和は、リーマン・ショック後にバーナンキが行ったことを辿っているだけと言われますが、その理解は正しいですか?

まったくその通りです。アメリカでもリーマン・ショック以降、予想インフレ率が急激に下がってしまいました。だから2%にまで予想インフレ率を上げるために、バーナンキが大規模金融緩和を行ったわけです。

予想インフレ率というのは、「今後どの程度物価が上昇すると予想しているか?」を測ることのできる数値です。いろいろな計測方法がありますが、その一例としてBEI(ブレークイーブンインフレ率)という数字を見ることで、その国の予想インフレ率を見ることができます。

なぜ目標インフレ率が2%なのかは、正に今回の本『リフレが正しい。FRB議長ベン・バーナンキの言葉』(中経出版)の第2章「デフレーション――「あれ」をここで起こさないために」という講演のなかで、バーナンキがすでに2002年11月の段階で言っていたことです。

今回の黒田・岩田日銀の大規模金融緩和は、目標インフレ率も2%だし、緩和のペースもバーナンキがリーマン・ショック後に行ったものと似ています。どころか、黒田・岩田コンビは、リーマン・ショック後のバーナンキの金融緩和よりも、もう少し早くやろうとしているのかなという風には見えます。

―― リーマン・ショック後にバーナンキが行ったQE1・QE2・QE3とは何だったんですか?

QEというのは「量的緩和」のことで、量的緩和第1弾~第3弾のことを指しています。本質的にはQE1もQE2もQE3も同じことです。量的緩和とは、中央銀行が市場から、長期国債など何らかの資産を買い入れる対価として、市場にマネー(=マネタリーベース=中央銀行が市場に供給するマネー)を供給するというかたちでの金融緩和策のことを言います。

量的緩和策が目指す最初の達成目標は、何らかの経済ショックがあり下がってしまった予想インフレ率を、+2%程度まで引き戻そうというものです。バーナンキはリーマン・ショック後にこれを行い、みごとアメリカの予想インフレ率を回復させることに成功しました。

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黒田・岩田日銀の政策は効かないのか?

―― 日本では、黒・岩コンビによる量的緩和に対し、インフレ率を上げるための具体的な波及経路がないという批判が寄せられていますが?

それは単なる誤解です。わたしは10数年前から言っていますが、「日銀がマネタリーベースを増やしたら、半年のラグはあるものの予想インフレ率は高まりますし、これまでも高くなってきました」。その事実をもって本来は終わりなだけの話です。

その先の話で言えば、予想インフレ率が高まると実質金利が下がるから、そこからさまざまな経路を通して実体経済に正の影響を及ぼします。実質金利とは、「実質金利=名目金利-予想インフレ率」という式であらわされるものです。少しのタイムラグを経て、景気もよくなるし、実際のインフレ率が上がるということです。

実際、バーナンキがリーマン・ショック後にQEを行った際、日本でも多くの論者が「量的緩和がインフレ率に波及するドライブ(経路)がない」ということを言っていました。当時のさまざまな論者の発言は、検索してもらえば今でも出てくるでしょう。でも、アメリカでは、バーナンキのQEにより、実際に予想インフレ率は高まり、ちゃんとタイムラグを経て、実際のインフレ率も上がってきています。それはアメリカに限らずイギリスなどでも見られた現象です。

その現実まで見た上で、わたしは当時、「波及経路がないなんていう話は、アメリカやイギリスなどで起こらなかったので、この話は終わりですね」という話をしました。そしたらまた、日本で黒・岩コンビが量的緩和を行うと、また同じ論者の人たちが「量的緩和には波及経路がない」と言い出した。それを見て、どうしてなんだろう? と不思議な思いが去来するばかりです。まったくわたしには理解できません。

黒田・岩田緩和の成功確率はおよそ9

わたしは、6月3日(月)の現代ビジネスの連載『高橋洋一「ニュースの真相」』の「自民党は参議院選挙の争点から外すのはせこい!「消費税増税スキップ」の判断は10月では遅すぎる」という記事のなかで、「現実に、現在の日本で日銀がマネタリーベースを増やすと、実際に予想インフレ率(=BEI)は連動する形で上がっていることが明確にわかるグラフ」を、回帰式つきで示しています。それが下のグラグです。

「自民党は参議院選挙の争点から外すのはせこい!「消費税増税スキップ」の判断は10月では遅すぎる」より転載
「自民党は参議院選挙の争点から外すのはせこい!「消費税増税スキップ」の判断は10月では遅すぎる」より転載

 

このグラフから導き出される相関係数は+0.91。相関係数というのは、2つのデータがどれだけ関連性があるのかを示す係数で、-1から+1までの間の数値を取るものです。この相関係数が+0.91ということは、現実の、現在の日本では、マネタリーベースの増加率と予想インフレ率の上昇率のあいだには、かなり強い関連性があるということです。

最近、予想インフレ率が少し下がってきていますが、黒田緩和は4月に始まったばかりです。はじめる前から市場は先取りしてきたので、ちょっとSPEEDING(速度違反)でした。調整は少しあるでしょう。

これを見た上で、なんで「日本のマネタリーベースを増やしても、波及経路がないので予想インフレ率は上がらない」なんていうようなことを言うのでしょうか? わたしは逆に聞きたいですよ。

私は、予想インフレ率とマネタリーベースの関係に着目し、日本の過去と現在、欧米のリーマン・ショック後のデータに基づく話をこれまで何回も書いてきています。統計的な関係は明らかなのですが、デフレ派の人は統計的な議論ではなく、情緒的な反応をします。例えば、キヤノングローバル戦略研究所特別顧問で、元日本銀行政策委員会委員の須田美矢子氏は、2013年6月8日(土)専修大学(神田キャンパス)における関東政治社会学会で、私の計量結果を否定するために、次のバーナンキ発言を引用しています。

「誤解のないように確認しておきたいが、われわれ(FRB)のバランスシートの大きさからインフレ期待への影響はまったくない」(12年12月12日記者会見)。

これに対して、野口旭氏は、バーナンキ発言の原文(http://www.federalreserve.gov/mediacenter/files/FOMCpresconf20121212.pdf)を紹介した上で、次のように発言しています。

バーナンキの発言はもともと「量的緩和は財政ファイナンスにつながるのではないか」という質問に反論するという文脈でなされたもので、「量的緩和はあくまでも一時的措置であって市場もそれを理解していれば、予想インフレの高進にはつながらない」という当然の話の一部を都合よく抜き出しただけだ。

日本の過去と現在、欧米のリーマン・ショック後のデータに基づく予想インフレ率とマネタリーベースの関係がそんなに気に入らなければ、統計的に否定すればいいと思うのですが、どうしてやらないのでしょうか。

黒田・岩田緩和の波及経路

―― マネタリーベース増加の予想インフレ率への波及経路の話に戻りますが……、恐らくですね、それは、予想インフレ率という数字が何だかフワッとしたものに感じられて、予想なんてうつろいやすいものだから、すぐに方向性なんて変化してしまうものなのではないか? と思っている人がいるということではないかと思います。とくに最近は株価が下がってきているのにからめて、アベノミクスは頓挫したと言っている人もいるようです。

たしかに予想はうつろいやすいですよ。でも上のグラフを見ればわかる通り、相関係数は0.91です。これは、日本でマネタリーベースを増やせば、およそ9割方は予想インフレ率も6ヶ月後には上昇するということが示されているものです。これは、日本の過去でも、リーマン・ショック後の欧米でも見られた現象ですから、これをどうやったら否定できるのかわたしにはわかりません。

そして予想インフレ率が上がれば、実質金利は即座に下がります。この実質金利の下落こそが、決定的にその後の経済動向に対して重要なのです。それがなぜ重要かを10年前から言っていたのがバーナンキで、『リフレが正しい。』(中経出版)の第1章の講演「インフレ率の低下が好ましくない理由」で詳しく述べていることです。

なぜ予想インフレ率を上げ、そのことによって実質金利を低下させることが重要かは、次の図を見てもらっても簡単にわかります。上のグラフと、下の図をあわせて見れば、今回の株安なんかで狼狽える必要がないことがよくわかります。

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上の図は、マネタリーベースの増加を起点とし、マネーストック(=市場に流通しているマネーの総量)が増加し、その過程で、どんな経路で、約2年をかけてGDPが増え、失業率が下がり、賃金が上昇し、インフレ率が上昇するのかを示した概念図 ―― いわば波及経路の図です。

端的に言えば、その約2年~のあいだにマネーストックが増加する過程で起こることは、次のようなことです。

1.日銀がマネタリーベースを増やす

2.予想インフレ率が約半年かけて徐々に上昇し、実質金利が下がる

3.消費と投資が徐々に増える

4.外為市場で円安が起こり、徐々に輸出が増える

5.約2年~をかけて、徐々にGDPが増え、失業率が下がり、賃金が上がり、インフレ率も上昇する。その過程で株価も上がる。

これら1~5までの動きは、過去40年間のデータから見れば、9割方はだいたい説明できると言えることです。マネタリーベースが増えると、上のような経路を通して約2年~をかけて徐々にマネーストックが増加し、結果的に徐々にGDPが増え、失業率も下がり、賃金も上昇し、インフレ率も上昇するということも、過去40年間のデータを分析すれば、9割方もっともらしいと言えることです。

1割の失敗に賭ける ――危ない橋を渡る―― 人びと

ここで重要なことは、上の図で、「株価の上昇がもたらす消費と投資の増加効果」を示す矢印が、緑の“点線”で描かれているということです。この部分が、なぜ“実線”ではなく、“点線”で描かれているのかは、それはじつは、「マネタリーベースを増やしたからと言って、株価が上がるかどうかは5割方しか説明できないから」です。

「実質金利が下がると株価が上がる」ということも、普通の株価形成理論から言えることですが、この関係のみは、「実質金利と1年後のGDPで5割方くらいは説明できる(=予想できる)ことになっているが、残りの5割は、要因はいろいろとあって、何が株価を決めているのかはわからない」ため、5割方しかしか言えないことというわけです。

今回の株安の動きを受けて、「アベノミクスは頓挫した」なんてことを言い出してしまっている人がいることはわたしもよく承知しています。こういった人たちは、いわば、「相関係数で約9割なので、アベノミクスの第一の矢(=金融緩和)はまず成功すると言われているのに、あえて“1割”のあまりあり得ない方向にBETしている(=賭けている)ようなもの」なのです。わたしには、なぜそんな危ない橋を渡る人が大勢いるのかまったく理解できません。

実際、株価なんてランダムウォークする(=予測不可能な動きをする)ものなので、いつ、どこまで株価が上がって、いつ、どの時点で下がるかなんて説明することはできません。それなのに現在の株安の動きを受けて、「アベノミクスは頓挫した」なんて言う人がいるとしたら、その人が、何を根拠として株価の先行きを説明しているのかをよーく見てみるといいでしょう。実際は、5割方しか説明できないものを説明しようとしているわけですから、ほとんどの場合言いっぱなしで、論拠なんてひとつも語られていない場合が多いはずです。

その典型が、5月24日と5月31日の2回に分けて東洋経済オンライン上に掲載された、同志社大学大学院教授の浜矩子さんのインタビューです。

●「アホノミクス」が5つの悲劇を引き起こす!――浜矩子がアベノミクスに反対する理由

http://toyokeizai.net/articles/-/14072

●株価急落で露呈した妖怪アベノミクスの本性――浜矩子がアベノミクスに反対する理由(その2)

http://toyokeizai.net/articles/-/14155

浜さんは、5月24日時点で次のように述べ、株高がまだまだ続くということをほのめかしていました。

「この金融緩和の結果、株や不動産などの資産、すなわち「カネの世界」だけがバブルに沸き、わたしたち庶民の毎日の生活に関係する「モノの世界」ではデフレが続くという、本来ならば起こりえないはずのことが、日本経済で起こってしまうのです。」

にも関わらず、今回の株安の動きを受けて、その7日後に掲載されたインタビューのなかですでに、次のようなかたちで、株価のランダムウォークに乗じるかたちで、アベノミクスの終わりの始まりを示唆しているのです。

「来るべきものが、わたしでさえ予想外に早く来たという感じですね。当然の成り行きだったと思います。ここまで株価を押し上げて来た買い手筋の行動は、要するに「売るため」の買いだった。要は、買った瞬間から売るタイミングと売る材料を探していたわけです。」

この株安に乗じて、1割方の少ない可能性に、アベノミクス第一の矢の失敗に高らかとBETしている典型的な人物です。また、今回の株安で、1割方のあまり考えられないほうにBETした人は、デフレ派の有名人をはじめ、他にも大勢いるようです。

それにアベノミクスの目標は実体経済をよくすることで、株価の上げはあくまで副産物です。きちんとアベノミクスを理解していないのがよくわかります。

高橋モデルは外れないのか?

―― 高橋先生のモデルが外れるというときはないのでしょうか?

それははっきり言ってあります。実際の相関係数からは9割方は説明できるということになっています。しかし、残り1割はわからないからです。

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上のグラフは、日米英の株価をリーマン・ショック前の時点を100として指数化したものです。このグラフを見ると、リーマン・ショック後の英米でも、今回の日本の株価ぐらい下げた局面は何度もあったことがわかります。

浜さんのように、今回の株安に乗じて「アベノミクスの第一の矢は頓挫した」と言う人は、この程度の株安で、安易に1割の可能性にBETしてしまった人と言えるでしょう。バーナンキ率いるアメリカ経済でも、株価がリーマン・ショック前の水準にまで戻るには4年もかかっているわけですから。たまには長い期間のグラフを眺めてみるのもいいものです。

ついでに、2000年代の日米英の株価について、半年間の上昇率のグラフをみてみよう。

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これをみると、40%以上の上昇も下落もほとんどないことがわかります。最近の日本の株価は80%近い上昇でした。これが40%くらいまで調整されても、まったく不思議ではないでしょう。それでも半年前に比べて40%も値上がりしているのです。

重要なのは株価ではなく予想インフレ率の動向である

ただし重要なことは、このグラフをもってわたしが、「日本の株価もリーマン・ショック前の水準まで戻すでしょう」ということを示唆しているわけではないということです。戻るかもしれないし、戻らないかもしれない。株価の話は、理論的には5割方しか説明がつかないため、わたしはハッキリ言って、どうなるかということを言える立場にありません。

もっとも重要なことは、株価の話なんかではなく、再三言っている予想インフレ率がどう動くかということです。わたしが言っていることは、「十分な量的緩和を行えば、半年のラグがありますが、ほぼ確実に予想インフレ率は上昇し、2年ぐらいのタイムラグをもって、日本の景気回復を示す数字は軒並み改善されるでしょう。わたしは1割方の意味不明の話にBETすることはできません」という単純な話だけなのです。

―― 今回の株安を受け、黒田・岩田コンビが動くということはないのでしょうか?

わたしは株価のみを目標にして黒田総裁・岩田副総裁が動くことはないと思います。あくまで大切なのは予想インフレ率です。今回株が上がったことによる資産効果という経済に対する正の影響はあるものの、株価はバイプロダクト(=副産物)に過ぎません。ベースマネーと予想インフレ率のグラフと、ベースマネー拡大の波及経路の図が示していることは、株価が上がろうが上がらまいが、9割方、景気は回復すると説明することができるということですから。

とくに岩田先生は、株価ではなく、予想インフレ率を見て金融政策運営を行わなければいけないことを百もご承知のはずです。なぜなら、岩田先生がバブル崩壊前後から主張されてきたことは、「金融政策は、資産価格を目標として運営してはならない」ということだったからです。「株価でバブルが起こっているとしても、インフレ率が目標の範囲内であれば、金融引締めを行なってはいけない」と強烈に旧日銀に主張してきたのが、岩田先生ご自身だったわけですから。

今回の株安で狼狽えてしまっている人は、前回の日本のバブル時の教訓を忘れてしまっている人です。グリーンスパン元FRB議長も言っていることですが、まずもって「そのときの株価がバブルかどうかなんて誰にもわからない」わけですし、なかんずくも、バブルの教訓としては「予想インフレ率の動きを見ずに、株価の動きを見て金融政策運営を行なってはならない」とわたしは考えています。なかなか人間というものは物事を忘れがちなものだなと思います。

黒田・岩田日銀による追加緩和の可能性は?

―― それでは、今後黒・岩コンビによる追加緩和はないと見てよろしいのでしょうか?

それは、もしも予想インフレ率が本格的に下落するようなことがあれば、ありえる話だと思います。そもそも、どれだけの量的緩和を行えば、どれだけの予想インフレ率の上昇が生じるか? は、かなりわかっていますが、経済は生き物です。気まぐれを起こすときもあります。だからこそ、バーナンキも、リーマン・ショック後に、QE1を行ったかと思えば、QE2を行い、そしてQE3にまで踏み込んだわけです。予想インフレ率の動向次第で、量的緩和の規模を調整していくということは、まったくもって自然なことです。

そして、いかに中央銀行という存在が、デフレ対策(=リフレ政策)について多くの手立て・方法を持っているかを、バーナンキが、これでもかというほど詳しく解説しているのが、『リフレが正しい。』(中経出版)の第2章「デフレーション――「あれ」をここで起こさないために」です。

この講演でバーナンキは、「それでも中央銀行に「弾切れ」はない」と力強く断言し、「中央銀行の金融政策によっていかにリフレが達成できるか?」また、「いかに中央銀行が潤沢にリフレを達成する手段をもちあわせているか」が、詳細に説明されているのです。

株価の短期的な動向に狼狽える必要はありません。そしてリフレ政策の発動後に、その国の経済に何が起こるかのケーススタディーとなるのが、正にリーマン・ショック後のアメリカの経験です。

『リフレが正しい。』(中経出版)は、バーナンキの講演のなかでも、とくにバーナンキが「リフレ」についての考えを披露している講演をセレクトして翻訳したものです。興味深いことに、読みなおしてみると、バーナンキがほぼ一度も、どの講演でも株価の話について触れていないことがわかります。これは、バーナンキもちゃんと予想インフレ率の動向を見ながら金融政策運営を行なっていることの証左になるのではないでしょうか。

最終章の「日本の金融政策、わたしはこう考える」には、日本でのリフレの達成のために、日本銀行が何をしなければいけないか? が明確に書かれています。そのなかでバーナンキは、「リフレが正しい」と言い切り、そして、何度も何度も「予想を転換することの重要性」を説いているのです。

世界第一級の経済学者であり、金融政策の実務家による、贅沢なアベノミクスの解説書にもなっているこの本は、まさにこういった「株安などが起こり、リフレの実現への信頼にゆらぎが生じているとき」にこそ読んでいただきたい本です。「バーナンキなら、こういった(突然の株安のような)事態に対して、どう対応しただろうか?」という視点で読み進めていただいても面白いと思います。

プロフィール

高橋洋一政策研究

株式会社政策工房代表取締役会長、嘉悦大学教授。

1955年、東京都生まれ。東京大学理学部数学科・経済学部経済学科卒業。博士(政策研究)。

1980年、大蔵省(現・財務省)入省。プリンストン大学客員研究員時代、のちに連邦準備制度理事会(FRB)議長となるベン・バーナンキ教授の薫陶を受ける。内閣府参事(経済財政諮問会議特命室)、総務大臣補佐官、内閣参事官(総理補佐官補)などを歴任。2007年に財務省が隠す国民の富「霞が関埋蔵金」を公表し、一躍、脚光を浴びる。2008年、退官。現在、大学で教鞭をとるほか、国・地方自治体、政党など政策関係者向けの政策コンサルティングを手がける政策工房を運営している。最新作に『こうすれば日本はもの凄い経済大国になる 安倍内閣と黒田日銀への期待と不安』(小学館101新書)がある。

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